†
「ふぅ……」
自分の周りにいたエネミーが光の粒子になって消えるのを確認したあと一息つきながら背中に武器をマウントした。
兄とオハナシをすることをしっかりと頭に刻み込んで瑠璃は自分の依頼を果たすべく、東京を訪れていた。
「さて次は……」
次のポイントを確認するべく、敵を全滅させ静かになったこの場所で宙に指を滑らせる。
東京の地形は道の中心に、車両が行き交うことができるように大きな道路が通っている。この道路は網の目のように連なっており、その道路を挟むように両側にさまざまなビルが整列していた。
瑠璃が立っているのはこの広い道路の真ん中なのだが、車が来る気配は一向にない。それどころか周りに人の気配すらなく、さながらダーカーに襲撃された後のゴーストタウンのようだ。だが襲撃されたようにいつもなら陽の高いこの時間帯ならさまざまな人や車が行き交い、賑わっているはずの場所なのだが、今は人一人すら見つけることはできない。理由は単純で、一般人が巻き込まれないように一定の区画を隔離するするフィールドが展開されているためだ。だから車はおろか、人一人すら見当たらない状態になっている。
さて、あとはこの区画内で目当てのエネミーを探して倒すだけなのだが、まだ出会えずにいる。すぐに見つからないとなるとエネミーの出現予兆のあるポイントを巡って出てきたエネミーを倒しながら探すしかない。すぐに見つかるかは純粋な運だ。
指を滑らせることで目の前に周辺の状況が確認できるマップが表示される。次の出現予兆のあるポイントが黄色のアイコンで表示されていた。そのポイントはここからさほど離れていないポイントだ。
次こそは出るといいなと思いながら瑠璃は移動しようと近くにあった人一人がくぐれそうなくらいの大きさの光るわっかのようなものにアクセスする。すると爆発的な加速をもってして移動を開始した。先ほどの輪っかはダッシュパネルという。地球では広範囲に出現予兆が発生するため、通常の移動では間に合わないという問題が発生していた。その問題に対処するために、迅速に現場に駆け付けることができるようにと設置された装置である。
--早く終わればヒツギ達に会いに行きたいですね。
いつもとは違う速度で景色を目まぐるしく変えて走りながらも--道路の真ん中を走っているが、万が一一般人が巻き込まれないようにと隔離する結界が張られているので車はおろか人ひとりの姿も見えない--しかしその速さに戸惑うこともなく、終わった後のことを考える。地球にはこの地であった一連の事件で知り合った大切な友人たちがいる。数日会っていないので久々に会えればなと瑠璃は考えていた。そんなことを考えていると目的地がもう目の前までに迫っていた。すでに光がいくつか集まってエネミーの具現化の予兆が始まっているのを遠目で確認した瑠璃は、思考を切り替え戦闘態勢に移行する。
--ここで終わりますように。
「ふっ……!」
そんなことを願いながら、目的地の手前で跳躍する。勢いを殺さずに蹴りを繰り出す。狙うは一番近くに出現した地球のカラスという黒い鳥を模した--クロウファムトという名前だ--エネミーだ。
ダッシュパネルによって弾丸のような加速からの飛び蹴りは不意を突く形で標的に命中。まともに直撃した黒鳥のエネミーは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる前に光となって四散した。
--まず一匹!
エネミーを吹き飛ばしても勢いは止まらず、吹き飛ばしたエネミーが光に還るのを視界の端に捉えて地面を滑りながら着地。同時に滑りながら背中から抜き放った武器を大きく振りかぶる。両剣と言われる武器だ。読んで字のごとく、両端に刃がついている現在の彼女のクラスファイターが扱える武器の一つだ。
息つく暇もなく目の前にはエネミーが迫っていた。見上げるくらいの茶褐色の巨体が迫りくる。この地球で大昔に生きていた恐竜と呼ばれる種族だと瑠璃はデータで見たことがある。エーテルは人の想像を具現化して形を成す。絶滅した動物でも想像されれば具現化される。エネミー名Tレックス--人々のこうであったであろうという恐怖の想像で生まれたエネミーだ。人々の畏怖を体現したエネミーは爬虫類の縦長の瞳孔を血走らせ、のこぎりのようなぎらついた鋭い歯を見せつけるように大きく口を開いて迫ってきていた。見るものを恐怖させるに相応しい姿が猛然と巨体を揺らしながら迫ってきていても彼女は怯まない。
「はぁっ--!」
裂帛の気合いと両剣を投擲する。投擲された両剣は意志を持ったかのように持ち主の周りを旋回する。噛み砕かんと肉迫しようとしたTレックスは旋回する刃に切り裂かれ、たたらを踏んで後退した。
アークスはフォトンアーツという--略してPAと呼ばれることが多い--技を使うことができる。斬る、突く、殴る--というような基本的な武器の攻撃以外にフォトンを介して斬撃を飛ばしたり、攻撃を拡散させたりといった通常ではできない攻撃を行うことができるようになる。その用途は多岐に渡り幅広く応用が効くのだ。
瑠璃は両剣のPAの一つ、デッドリーサークルを使った。デッドリーサークル--両剣を投擲して自分の周りに旋回させるPA。敵の攻撃を阻むこともできる攻防一体のPAだ。
たたらを踏んで怯んだTレックスに立て直す暇を与えない。間髪入れずに追撃をかけるべく手元に戻ってきた愛両剣を流れるような動作で振るう。振るわれた刃には風が纏わせてあり、球体となって飛び出しだした。風球は直線的な軌道を描いて、まだ態勢の立てなおっていないTレックスに接触する。刹那--爆発的に膨れ上がり竜巻となって敵を飲み込んだ。ハリケーセンダー--竜巻を放つPAだ。
さらなる追撃をまともに受ける幻想の恐竜--だが攻撃はそれだけで終わりではではない。発生した竜巻にはもう一つの効果がある。それは周辺のエネミーを吸引するという効果だ。目論見通り具現化してこちらへ攻撃しようと様子を窺っていたエネミー達が吸引される。もし感情があるのなら大層驚いていたことであろう。竜巻に吸引され身動きが取れなくなっているエネミー達に最後の仕上げとばかりに愛両剣にフォトンを込める。
「これで--!」
瑠璃は勢いよく地面を蹴る。体を捻りながらきりもみ回転をしながら敵に吶喊する。同時に武器に込めたフォトンを解放。ドリルのように竜巻を敵ごと貫いた。トルネードダンスという回転して突撃するPAだ。
まとめて貫かれたエネミー達は一つの例外もなく光へと還っていった。突撃した余波を滑りながら殺して振り返る。確かな手ごたえを感じていても警戒は解かずに辺りを見回した。敵の姿はもうどこにも確認できない。そこでようやく残身を解こうとしたとき--緊張感のある声が耳朶を打った。
「敵性反応増大--来ますよ瑠璃さん!」
声の主はオペレーターのシエラだった。今回の探索のナビをしてくれている。その彼女が緊急事態を告げたのだ。
彼女の言葉を証明するかのようにまた光が集まる。しかし、先ほどの光よりも強く大きい。それはこれから現れる敵の強さを示していた。やがて光の中心から敵は突然姿を現した。
その体はTレックスよりもさらに大きく、空を見上げんばかりの大きさで瑠璃に大きな影を落としている。四足歩行で首は三つあり、その姿は龍を思わせる。だが龍とは決定的に違うところがある。それは体が列車で構成されているということだった。身体を覆っているのは鱗ではなく、人工的に作られた金属で、横に大きく裂けた口の中かから見えるのも複雑に絡み合った機械群。機械仕掛けの三つ首龍--トレインギドラン。瑠璃の標的が姿を現したのだった。機械龍は何もない場所からなにもない場所から現れた。まるでそこに初めからいたかのように。元々幻想種は人々の空想の存在で物質的存在ではない。そのために場所を選ばずに出現する。
「思ったより早く終わりそうですね」
対峙する瑠璃は武器を払うように振るいながら瑠璃は呟く。その姿に先ほどと同様に気後れしている様子はない。予想ではもう少しかかるかと思っていたのだ。これならヒツギ達に会いに行く時間も作れそうだと思う。別のことに流れていきそうになる思考は幻創の機械龍の耳をつんざくような咆哮で中断される。
--今は目の前のことに集中しないといけませんね。
今の咆哮は無意識に思考がそれていたことを咎めたような気がして瑠璃は内心で苦笑を漏らす。油断すれば足元を掬われる。敵に教えられるなんてまだまだ修行が足りないと気を引き締めて両剣を構えた。
静寂が訪れる。穏やかなものではなく、張り詰めた空気が両者を包んでいた。トレインギドランとの戦闘はこれが初めてではない。故に行動のパターンは即座に対応できるくらいには頭の中に入っている。あとはだからこそ油断せずに対応できるようにするだけだ。何が起きても対応できるように瑠璃は集中力を高め、感覚を細い針のように鋭くしていく。
そして張り詰めた空気は破られた--だがしかし、そのきっかけは両者ではなかった。
「きゃあ!?」
女性の悲鳴が響き渡る。瑠璃は驚く。今の悲鳴は自分のものではない。悲鳴は背後--反射的に振り返れば、しりもちをついて座り込む女性の姿が遠目で確認できた。アークスの装備を身に着けていることから一目見て同輩だと瑠璃は理解するが、誰だ--と考える前に背筋に悪寒が走る。瑠璃が気を取られた時間は刹那の間だった--だが、敵を目の前にしてそれは命取りだ。一瞬彼女は目の前の敵の存在を失念してしまった。
「--っ!」
瑠璃は向き直ると同時に全力で後ろに跳躍する。向き直った彼女の視界には猛然と迫りくる電車で埋まっていた。それは三つ首の一つだと瑠璃は直感していた。矢のように突撃してきたということも把握している。そして首は自分の跳躍よりも速いことも何度も戦ってきたなかで知っていた。
直撃。大質量の直撃を受けた瑠璃は地面をバウンドしながら背後の女性アークスのところまで吹き飛ばされる。
「かはっ……!」
肺から酸素が強制的に吐き出される。呼吸も一瞬だが止まった。それでもなんとかすぐに態勢を立て直す。直前にバックステップしたことでわずかでも衝撃を和らげることができたのが功を奏したのだ。今度は敵から目を離さずに横目で女性を確認する。彼女はまだそのままの態勢で座り込んでいた。顔色は完全に恐怖で青くなっている。どう見てもまだ新人のアークスだ。いったいどうしてと新人が--と考える前に彼女の身に着けている装備にマークが印字されていることを見つける。瑠璃にはそのマークに見覚えがあった。確か候補生へと貸出される装備に印字されるマークだったはずだと自分の候補生時代の記憶から掘り起こす。ということは候補生なのだろうと考えるが--
--どうしてこんなところに--あぁそういうことですか。
どうしてと考えるが、瑠璃はその答えを聞いていた。思い出されるのはここに来る前に出会った情報屋の姉の言葉。
--今日はここで研修をしているということでしたね。
ここで--とはいってもこの地球でという意味である。場所によって出現するエネミーの強さが違っており、アークス自身の能力によって振り分けられるようになっているのだが--何かの手違いでここに辿り着いてしまったのだろう。研修担当のアークスがいるはずなのだが、周りにその姿はない。つまるところアクシデントのようだった。
--なんとか彼女だけでも逃がさないと。
そう考えたところで、トレインギドランが動きだす。また首の一本がこちらに狙いを定めるようにこちらに向いた。今度は視界から外していないために予備動作の時点で何をしてくるかを瑠璃は察知した。先ほどとの同じ攻撃をするつもりだ。二度も食らうまいと引き付けて横に飛ぼうと構えたが--
--あ、れ?
視界が揺れ体に力を籠めることができずに片膝をついてしまう。最初の一撃で脳を揺らされてしまい、平衡感覚が異常をきたしたのだ。まずいと感じるが、相手はすでにこちらに狙いを定めている。このままではまた直撃してしまう。
「逃げ、て……!」
このまままでは巻き込まれてしまう。彼女だけでも、と思い言葉を振り絞るが、身体は言うことを効かず。トレインギドランは首を突き刺そうと突き出して--
「危ない--!」