月日は流れ。今年も星屑祭の日がやって来た。
まだ数々の事件の傷跡は、あまりにも大きい。
けれど町は、来る人は減っても、例年にも劣らない賑わいを見せていた。
去年大事件があったせいで中止を検討されていた魔闘技も、結局は住民の根強い希望で行われることになった。
大変なときこそ沈んでいてはいけない。明るく盛り上げていかないといけないって。
そんな住民たちの底力の強さを感じる出来事だった。
あたしたちは、今回は魔闘技参戦はパスすることにして。
ミリアとユウと一緒に、祭りを思いっ切り楽しんだ。
去年以上に色んなお店や見世物を見て回って、去年以上に羽目を外して。
本当に楽しい時間だった。
――それが、あたしたちとユウとの最後の思い出になった。
***
夜。あたしたちは、また星屑の空を特等席で眺めるために、魔法学校の第一校舎の上へと登った。
そこにはイネアさん、アーガス、ケティさん、そしてカルラさんがもういた。
祭りの間だけは特別に自由が許されたみたい。よかった。
やがて空にオーロラのような光がかかり、それが消えると、夜空は眩いほどの満天の星々に包まれた。
やっぱり何度見ても、この光景は感動するわね。
しばらくの間、輝く星空に心奪われていた。
満足するまで眺めた後で、恒例の願い事をしようと思った。
今年は何を願おうかしら。
「ねえ、ユウ。そろそろ……」
さっきまで隣にいたはずのユウは、その場から忽然と姿を消していた。
「あれ。ユウは? ユウはどこへ行ったの?」
横にいたミリアに尋ねると、彼女もわからないみたいだった。
「そう言えば、さっきから姿が見えませんね」
あたしはひどく胸騒ぎがした。
いつもならユウは、あたしたちから離れるとき、何か一言くらいは言ってから離れるの。
無断でどこかへ行くときは、後ろめたいことがあるときって、相場が決まってる。
気付けば、あたしは駆け出していた。
屋上から階段を降りて、廊下に差し掛かったところで。
窓から星空を見上げる、ユウの姿が目に映った。
あたしは、目を疑った。
ユウの身体の色が、まるで透けるように薄くなっていたの。
「あなた……まさか……」
振り返ったユウは、とても切なげな表情を見せる。
星明かりに照らされた顔に滑らかな黒髪が映えて、神秘的な美しさが感じられた。
「ずっと覚悟はしてたけど、とうとう時間が来たみたい。身体が、この世界を離れたがってる」
「そんな……」
ショックだった。
いつかは来るとわかっていたけど、こんなにも突然別れのときが来てしまうなんて。
あたしは駆け寄っていって、ユウを力強く抱き締めた。
まだユウがそこにいることを感じたくて。
ユウも、あたしをしっかりと抱き締め返してくれた。
でも近寄ってみれば、ユウはまるで蜃気楼のように、ますます儚い存在に感じられて。
もういなくなってしまう。
そのことが腑に落ちてしまって、悲しくなった。
そんなあたしの顔を、優しくて力強い瞳で見つめながら、ユウはしみじみと言った。
「ねえ、アリス。星屑の空の願い事って、本当に叶うんだね」
「……なんて願ったの?」
「またみんなで、この星空を見られますようにって。ギリギリ叶っちゃった」
ユウは今にも泣きそうな顔で、でも心から嬉しそうに微笑んだ。
「今年は、何を願うつもりなの?」
「内緒。だって、願い事を言うと逃げちゃうんでしょ?」
そう言って、いたずらっぽく笑ったユウに、すっかり去年のことをやり返されたと思った。
少し気分が上向いて、笑い返す。
「そうね。ちゃんと胸の中にしまっておいてね」
「わかった」
もうすっかり薄くなって。いよいよ終わりのときが近い。
あたしは、ユウの手をしっかり取って言った。
「行こう。ちゃんとみんなにお別れ言わないと、絶対後悔するよ」
「……うん」
***
再び屋上に上がると、みんながあたしたちの方を向いた。
今にも消えそうなユウの姿を認めたみんなは、すぐにこちらへ駆け寄ってきた。
輪になって。あたしたちは、ユウの言葉を待った。
やがてユウは、名残惜しそうに口を開いた。
「みんな。そろそろ行かなくちゃならなくなったんだ。いざこうして別れになると、なんて言ったらいいのか、わからないけど」
一度目を瞑り、そして開けると、素敵な笑顔で言ってくれた。
「ありがとう。今まで本当に楽しかった。ここで過ごした日々のこと。私、忘れない。絶対に忘れない」
イネアさんが、右手の人さし指と中指を差し出した。
ユウも同じようにして、シミングを結ぶ。
「元気でな。ユウ。私もお前と過ごした日々のことは、一生忘れない。向こうでもしっかり剣の修行をやるんだぞ」
「はい」
ユウは力強く頷いた。
そこからは、一人一人シミングを結んでいく流れになった。
「オレはさよならなんて言わないぞ。いつかその宇宙というのに行って、お前に会いに向かってやるさ」
「はは。期待してる」
得意な顔でにっと笑ったアーガスに、ユウは嬉しそうに微笑んだ。
「あなたはどこに行っても、わたしの可愛い後輩よ。気をつけてね」
「カルラ先輩こそ。気をつけて下さい」
「この馬鹿を助けてくれてありがとう。あなたと出会えて、本当によかったわ」
「ケティ先輩。カルラ先輩をしっかり支えてあげて下さいね」
「もちろん。任せて」
次は、ミリアの番になった。
「私……すみません。胸が一杯で……」
「うん」
ユウは言葉を詰まらせるミリアを優しく見つめて、彼女の言葉を待っていた。
意を決した顔つきになったミリアは、ユウの目をしっかり見つめ返して。
目にいっぱい涙を溜めて、切なげな笑顔を見せた。
「ユウ。大好きです」
「私もミリアのこと、大好きだよ」
二人は、しっかりと抱き締め合った。
そして。ついにあたしの番が来てしまう。
みんなそれぞれ、思い思いのことを告げていったよね。
あたしから言うことは――うん。
「ユウ。あたしたちは、どんなに離れてもずっと親友よ」
「――もちろん。ずっと親友だよ」
ユウは、本当に嬉しそうな顔をしていた。
その目には、きらりと光るものがあった。
***
最後に、ユウは笑顔で力強く別れを告げた。
「行ってきます」
「「行ってらっしゃい」」
全員でそう返した直後、ユウはその場から消えた。
――まるで最初から、そこには誰もいなかったかのように。
後には何も残らなかった。
だけど、あたしたちはちゃんと覚えてる。
握ったこの指の感触を。
ユウとこの世界で過ごした日々の、大切な思い出を。
さようなら。ユウ。元気でね。