フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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70「星屑の空に別れを」

 月日は流れ。今年も星屑祭の日がやって来た。

 まだ数々の事件の傷跡は、あまりにも大きい。

 けれど町は、来る人は減っても、例年にも劣らない賑わいを見せていた。

 去年大事件があったせいで中止を検討されていた魔闘技も、結局は住民の根強い希望で行われることになった。

 大変なときこそ沈んでいてはいけない。明るく盛り上げていかないといけないって。

 そんな住民たちの底力の強さを感じる出来事だった。

 あたしたちは、今回は魔闘技参戦はパスすることにして。

 ミリアとユウと一緒に、祭りを思いっ切り楽しんだ。

 去年以上に色んなお店や見世物を見て回って、去年以上に羽目を外して。

 本当に楽しい時間だった。

 

 ――それが、あたしたちとユウとの最後の思い出になった。

 

 

 ***

 

 

 夜。あたしたちは、また星屑の空を特等席で眺めるために、魔法学校の第一校舎の上へと登った。

 そこにはイネアさん、アーガス、ケティさん、そしてカルラさんがもういた。

 祭りの間だけは特別に自由が許されたみたい。よかった。

 やがて空にオーロラのような光がかかり、それが消えると、夜空は眩いほどの満天の星々に包まれた。

 

 やっぱり何度見ても、この光景は感動するわね。

 

 しばらくの間、輝く星空に心奪われていた。

 満足するまで眺めた後で、恒例の願い事をしようと思った。

 今年は何を願おうかしら。

 

「ねえ、ユウ。そろそろ……」

 

 さっきまで隣にいたはずのユウは、その場から忽然と姿を消していた。

 

「あれ。ユウは? ユウはどこへ行ったの?」

 

 横にいたミリアに尋ねると、彼女もわからないみたいだった。

 

「そう言えば、さっきから姿が見えませんね」

 

 あたしはひどく胸騒ぎがした。

 いつもならユウは、あたしたちから離れるとき、何か一言くらいは言ってから離れるの。

 無断でどこかへ行くときは、後ろめたいことがあるときって、相場が決まってる。

 気付けば、あたしは駆け出していた。

 屋上から階段を降りて、廊下に差し掛かったところで。

 窓から星空を見上げる、ユウの姿が目に映った。

 

 あたしは、目を疑った。

 

 ユウの身体の色が、まるで透けるように薄くなっていたの。

 

「あなた……まさか……」

 

 振り返ったユウは、とても切なげな表情を見せる。

 星明かりに照らされた顔に滑らかな黒髪が映えて、神秘的な美しさが感じられた。

 

「ずっと覚悟はしてたけど、とうとう時間が来たみたい。身体が、この世界を離れたがってる」

「そんな……」

 

 ショックだった。

 いつかは来るとわかっていたけど、こんなにも突然別れのときが来てしまうなんて。

 あたしは駆け寄っていって、ユウを力強く抱き締めた。

 まだユウがそこにいることを感じたくて。

 ユウも、あたしをしっかりと抱き締め返してくれた。

 でも近寄ってみれば、ユウはまるで蜃気楼のように、ますます儚い存在に感じられて。

 もういなくなってしまう。

 そのことが腑に落ちてしまって、悲しくなった。

 そんなあたしの顔を、優しくて力強い瞳で見つめながら、ユウはしみじみと言った。

 

「ねえ、アリス。星屑の空の願い事って、本当に叶うんだね」

「……なんて願ったの?」

「またみんなで、この星空を見られますようにって。ギリギリ叶っちゃった」

 

 ユウは今にも泣きそうな顔で、でも心から嬉しそうに微笑んだ。

 

「今年は、何を願うつもりなの?」

「内緒。だって、願い事を言うと逃げちゃうんでしょ?」

 

 そう言って、いたずらっぽく笑ったユウに、すっかり去年のことをやり返されたと思った。

 少し気分が上向いて、笑い返す。

 

「そうね。ちゃんと胸の中にしまっておいてね」

「わかった」

 

 もうすっかり薄くなって。いよいよ終わりのときが近い。

 あたしは、ユウの手をしっかり取って言った。

 

「行こう。ちゃんとみんなにお別れ言わないと、絶対後悔するよ」

「……うん」

 

 

 ***

 

 

 再び屋上に上がると、みんながあたしたちの方を向いた。

 今にも消えそうなユウの姿を認めたみんなは、すぐにこちらへ駆け寄ってきた。

 輪になって。あたしたちは、ユウの言葉を待った。

 やがてユウは、名残惜しそうに口を開いた。

 

「みんな。そろそろ行かなくちゃならなくなったんだ。いざこうして別れになると、なんて言ったらいいのか、わからないけど」

 

 一度目を瞑り、そして開けると、素敵な笑顔で言ってくれた。

 

「ありがとう。今まで本当に楽しかった。ここで過ごした日々のこと。私、忘れない。絶対に忘れない」

 

 イネアさんが、右手の人さし指と中指を差し出した。

 ユウも同じようにして、シミングを結ぶ。

 

「元気でな。ユウ。私もお前と過ごした日々のことは、一生忘れない。向こうでもしっかり剣の修行をやるんだぞ」

「はい」

 

 ユウは力強く頷いた。

 そこからは、一人一人シミングを結んでいく流れになった。

 

「オレはさよならなんて言わないぞ。いつかその宇宙というのに行って、お前に会いに向かってやるさ」

「はは。期待してる」

 

 得意な顔でにっと笑ったアーガスに、ユウは嬉しそうに微笑んだ。

 

「あなたはどこに行っても、わたしの可愛い後輩よ。気をつけてね」

「カルラ先輩こそ。気をつけて下さい」

「この馬鹿を助けてくれてありがとう。あなたと出会えて、本当によかったわ」

「ケティ先輩。カルラ先輩をしっかり支えてあげて下さいね」

「もちろん。任せて」

 

 次は、ミリアの番になった。

 

「私……すみません。胸が一杯で……」

「うん」

 

 ユウは言葉を詰まらせるミリアを優しく見つめて、彼女の言葉を待っていた。

 意を決した顔つきになったミリアは、ユウの目をしっかり見つめ返して。

 目にいっぱい涙を溜めて、切なげな笑顔を見せた。

 

「ユウ。大好きです」

「私もミリアのこと、大好きだよ」

 

 二人は、しっかりと抱き締め合った。

 

 そして。ついにあたしの番が来てしまう。

 みんなそれぞれ、思い思いのことを告げていったよね。

 

 あたしから言うことは――うん。

 

「ユウ。あたしたちは、どんなに離れてもずっと親友よ」

「――もちろん。ずっと親友だよ」

 

 ユウは、本当に嬉しそうな顔をしていた。

 その目には、きらりと光るものがあった。

 

 

 ***

 

 

 最後に、ユウは笑顔で力強く別れを告げた。

 

「行ってきます」

「「行ってらっしゃい」」

 

 全員でそう返した直後、ユウはその場から消えた。

 

 ――まるで最初から、そこには誰もいなかったかのように。

 

 後には何も残らなかった。

 

 だけど、あたしたちはちゃんと覚えてる。

 握ったこの指の感触を。

 ユウとこの世界で過ごした日々の、大切な思い出を。

 

 さようなら。ユウ。元気でね。


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