あれから三日間、俺は『アウサーチルオンの集い』のアジトで過ごしていた。
ヒュミテも使えるように設計された旧型のコンピュータによって、俺は望むだけの情報にアクセスすることができた。それを使って様々な調べ物をした。
ヒュミテとナトゥラの対立の歴史も、少しだけ見えてきた。
この星の名前は、『エルンティア』というらしい。
大きく分けて二つの大陸、北のエルン大陸と南のティア大陸がある。
今から約二千年前、ティア大陸を中心として巻き起こった凄惨な核戦争が、この星の大半を人が住めない場所にしてしまったという。
生き残ったヒュミテは、比較的汚染の少なかったエルン大陸に逃れ、放射線を防ぐ巨大なシェルター街『ルオン』を現在のこの場所に造った。
ディースナトゥラを包み込むように取り囲んでいる巨大な外壁は、元々はシェルターとして造られたものらしい。ちなみに都市の上部も、放射線を防ぐ目には見えない透明なバリアで覆われているそうだ。
それからヒュミテは、ティア大陸の復興に力を注ぐことにした。
しかし彼らは、戦争ですっかり心が疲れ果てていた。またあまりにも汚染がひどいティア大陸に直接立ち入ることはできなくなっていた。
そこで、身の回りの仕事や汚染地域での復興作業をすべて代わりに行ってくれるような機械を作り上げた。
ヒュミテにとって親しみやすい人型とし、誰に命令されずとも自ら思考学習し作業に当たる。
それがナトゥラだった。
彼らは、ルオンの中央工場及び中央処理場で製造・管理・処分されることとなった。
現在の文明は当時よりも衰退しているようで、ナトゥラの製造技術そのものはとっくの昔に失われている。
休むことも壊れることもなく動き続ける中央工場のみが、今もナトゥラを生み出し続けている。
だからナトゥラにとって生命線となる中央工場の警備は、特に厳戒だったようだ。
ナトゥラは、人間の交配を模した技術によって、自らが学習したものを次世代に受け継ぐ。そうすることで、時を経てより高等な人工知能が生み出されるようになっていた。
それが作業効率やコミュニケーション能力の向上に繋がると考えられていたようだ。
ただし、当時のヒュミテが、なぜナトゥラをチルオンとアドゥラの二タイプの機体に分けたのかまではわかっていない。
両親から受け継ぐと言ったが、どういうわけかチルオンは、最初から完成品としては造られない。例外なく、始めは人間の赤子程度の知能しか持たないものとして生まれてくる。そこから人と同じように成長して一人前になっていく。
製造後約十五年までのチルオンは、他のナトゥラに比べて学習能力が遥かに高いという研究結果がある。どうやら姿だけでなく、ものとしても少しアドゥラとは構造が違うようだ。
想像でしかないが、チルオンとアドゥラに分ける必要があったのではないかと考える。技術的な必要なのか、もっと別の理由なのかはわからないけど。
さて結局のところ、草の根一つ生えないほど荒れ果ててしまったティア大陸の復興は、ナトゥラの力をもってしても至難を極めた。
復興作業は遅々として捗らず、多くの部分が今も戦争当時のままほったらかしにされているという。
ヒュミテはナトゥラに対し、長年奴隷のようなひどい扱いを続けてきたようだ。
自分たちが作ったものだから、当然のつもりであっただろう。
しかし、学習型人工知能と世代交代での継承による知恵の蓄積は、思わぬ事態を引き起こした。
長い時をかけ、人にまったく並ぶ高度な知能を持つに至ったナトゥラは。
ついに自らの扱いに疑問を感じ、自由と独立を求めて立ち上がったのだ。
始めはヒュミテが圧倒的に優勢だったという。
だがナトゥラを製造する中央工場が奪われてからは、状況が一変した。
やがてルオンを完全に奪取したナトゥラは、この都市に自らの名を冠し『ディースナトゥラ』と改めた。
以来両者は、互いに相容れぬままたびたび争い続けることとなる。
機械の方が基本的に身体能力や兵装に優れていることもあり、地力の差で徐々にヒュミテは押されていった。ナトゥラは順当に勢力を拡大していく。
百年ほど前、とうとうナトゥラはエルン大陸をほぼ制圧して、ヒュミテをティア大陸に追い出してしまった。そして今に至る。
ティア大陸は未だに汚染が色濃く残っている。
大半の地域には、足を踏み入れただけですぐ死に至ってしまうほどの高濃度放射能が残留しているという。
もはやヒュミテには、ルオンを造り上げた当時の技術はなく、至る所に存在する放射能から放たれる放射線を防ぐ術はほぼない。
劣悪な環境が様々な病気を引き起こし、さらに奇形児や不妊に繋がって、著しい出生率の低下を招いているとのことだ。
歴史的経緯はともあれ、今後ヒュミテが生き残るためには、汚染の少ないエルン大陸への再進出がどうしても必要である。
ヒュミテ王テオルグント・ルナ・トゥリオーム(クディンたちがテオと言っていた人物だ)は、再びヒュミテがエルン大陸で居住する権利を手に入れるために戦ってきた。
しかし、ほぼ反ヒュミテで世論が固まっている現在、それは中々叶わない願いのようだ。
まあざっとこんなところだろうか。
大まかな事情はわかったし、ヒュミテが罪深い存在だというナトゥラの主張も理解できた。
だが歴史を見る限り、もはや百年前に大勢は決しており、ナトゥラの勝利は揺るぎ無いものである。
今やヒュミテがまったく逆の扱いを受けているのは、なんという皮肉だろう。
このままヒュミテが滅びるに任せるのはさすがに忍びない。今を生きている彼ら自身に罪はないのだから。
いや、ナトゥラにすれば今も刃向かってくると言うだろう。実際、時にヒュミテによるテロなどの事件が起こるという。
しかし、誰だって存在が危うくなるほど虐げられれば、立ち上がるのも仕方ないことだと思う。
けど一方で、一市民としてのナトゥラが、ヒュミテを恐れる気持ちもよくわかるのだ。
うーん。知れば知るほど微妙な問題だ。
でも立つとすれば、俺はやはり弱いヒュミテの側に立ちたい。思い切り肩入れしようとまでは思わないけど、ちょっと手助けするくらいはね。
調べる限りテオは、平和的な解決を優先して考える良心的な人物のようだし。彼を助けてやるくらいはしてもいいはずだ。
俺がすべてを変えられるとは思わないが、状況が良くなるように少しでも手助けができればと思う。
ところで。どうも一つ気になることがある。
大戦争が起こったという二千年前より前の歴史について書かれた文章が、不自然なほど一切なかったんだけど……。
どこか引っかかるんだよな。調べても調べても、なんかすっきりしないというか。
わからないとか不明で済んでいることがあまりに多いのは、なぜだろう。
どうして文明は衰退してしまったのか。
ただの復興作業にはどう考えてもオーバスペックなナトゥラを、なぜわざわざ作ったのか。
下手に高度な知能なんか持たせたら、いずれこうなる可能性があることは予想できなかったのだろうか。
――わからないな。
まあ材料もないのに、いくら考えても仕方ないか。
***
今日も一通りの調べ物を済ませた俺は、アジトの射撃場に向かった。
射撃場とは言っても、別に射撃の訓練をしに行くわけではない。他に剣の修行ができるほどの広さがある適当な部屋が見当たらなかったからだ。
俺はクディンに頼んで、特別にこの部屋を貸してもらっていた。
壁際に備わったケースには、この世界で作られた銃器類がたくさん並べられている。
銃を見ていると、生前根っからのガンマニアだった母さんのことを思い出す。
もし母さんがここに来たなら、きっと目を輝かせて全部試し撃ちしただろうな。
そして間違いなく、俺もへとへとになるまで付き合わされるだろう。
ハンドガン片手に快活な笑顔を浮かべる母さんの姿が脳裏に浮かんで、懐かしい気分になり、少し口元が緩んだ。
射撃台と的の中間地点まで移動した俺は、気剣を出して剣の修練に入った。
斬り下ろし、斬り上げ、薙ぎ払い、袈裟斬り。
一つ一つの動きを意識しながら、気合いを入れて丁寧に繰り返しやっていく。
やがてそこに、後ろから高めの男の子の声がかかった。
「お、ユウじゃん。なにやってんの~」
「リュートか」
俺があの女の子と同一人物だと知って、最初は天地がひっくり返るほど驚いていたリュートだが、慣れるのも一番早かった。
元の人懐っこい性格もあって、誰よりも馴れ馴れしく話しかけてくる。
俺は型通りにゆっくりと剣を振りながら、言った。
「剣の修行。腕が鈍らないように、できるときはなるべく毎日やるようにしてる」
「へえ。真面目だね~」
彼は興味津々に、俺の修行の様子を眺めている。
しばらくして、彼はふと思いついたように言った。
「その腰のポーチ、もうぼろっぼろじゃん。新しいの買わないわけ?」
「ああ、これか」
俺は少しだけ剣を振る手を止め、使い込んでくたびれたウェストポーチに目を向けた。
「これは、ある人がくれた大事な品なんだ。別に物がなくたって思い出は消えるわけじゃないけど、俺のために作ってくれた大切なものだからさ。どうしても使い物にならなくなるまでは、大事に使おうと思ってる」
「ふーん。ある人ね。オイラにとってのレミやボスみたいなものかな」
「うん。離れ離れになってしまったけど――みんなかけがえのない大切な仲間たちだよ」
俺は、遠く離れたかの地のみんなの顔を思い浮かべた。
もう会えないけれど、片時だって忘れたことはない。
あれからもう四年になるんだな。みんな元気にやっているだろうか。
俺は一応元気にやってるよ。
また剣を振り始める。腕に力が入った。
先生。俺はあなたに少しは追いつけたでしょうか。
こうして剣を振るっているとき、少しだけ先生を感じます。
何度も死にそうな思いをして大変だったけど。
あの修行の日々があったから。あの戦いの日々があったからこそ、今の自分がある。
あの世界で体験したすべてのことは、今でも色褪せない宝石のような思い出だ。
流れるような動きで剣を速めていく。足も使いながら、実戦を意識した立ち回りをする。
一振りするたび、剣は雷光のように鋭く空を切った。
リュートは心を奪われたように、俺の動きに目を見張っている。
最後に《センクレイズ》で締めたとき、射撃場の入り口の方から拍手が上がった。
「素晴らしい剣技だな。惚れ惚れするよ。ラスラの奴が手合せしたくてうずうずしそうだ」
振り返ると。
見た目は三十代くらいだろうか。渋く貫録のある顔をした茶髪のおっさんが歩み寄ってきていた。
彼は比較的大柄で逞しい体つきで、これまでこの世界で見た誰よりも力強さを感じさせた。
リュートは彼を知っていたようで、
「あっ、ウィリアムだ! 本当に来た! すっげー。本物だよ」
少年らしく目を輝かせていた。
近くに来てみると、男の顔には小さな古傷がいくつも付いているのがわかった。
「私の名はウィリアム・マッケリー。ルナトープの隊長を務めさせてもらっている。君のことはクディンから聞いているよ。よろしく頼む」
そう言って、彼は右手を差し出す。俺も右手を差し出してそれに応じた。
どうやらルナトープが到着したようだ。