フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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9「開校以来の天才 アーガス・オズバイン」

 入学して半年からはまあまあ戻って、ある日のこと。

 私は演習場裏にある木のたくさん生えているところで、みんなに隠れて魔法の練習をしていた。

 最初は普通に屋外の演習場を利用し、みんなの前で堂々とやっていた。魔法書に書いてあった魔法を練習したり、自分なりに考えた魔法を試したりといった具合だ。

 でも毎日のようにやっていたら、私がしょっちゅう変な魔法を使い、変な失敗をするものだから、次第に周りの目が集まってしまった。それがどうにも気になって仕方ないので、隠れてやれるところを探していたのだ。

 ここは周りからは死角になっていて見えにくい穴場であり、つい先日ようやく見つけたお気に入りの場所である。

 まずは昨日のおさらいからやってみるか。

 大きめの木の前に立った私は、左手を突き出して脳内で魔法のイメージを固める。

 そして放つ。

 

《ラファルス》

 

 風の刃が飛び出し、目前の木を切り刻んで、浅い傷をいくつも付けていった。

 よし。成功だ。

 間違えて木を倒してしまわないように、威力は抑えめにしてある。

《ラファルス》は、元からこの世界にある風の中位攻撃魔法《ラファル》を参考にして、好みで弄ったものだ。

《ラファル》は、槍状の一本の風刃を飛ばす魔法である。対して《ラファルス》は、風刃を日本刀の刀身のような形状にし、数も六つに増やしている。ちなみに《ラファルス》のスはスラッシュの略だ。

 やっぱり、風魔法はいいな。

 数ある魔法の中でも、私は特に風魔法が好きだった。

 魔法は最初からあるものを操ることもできるし、ないものを魔素からイメージで生み出すこともできる。

 一般に、前者に対して後者の方が、ものを一から作り出さなければならない分、魔力の消費は激しい。例えば、水のない場所で水魔法を使うのは、水を直接魔法で操るよりも大変という理屈だ。

 その点、風魔法は便利だ。

 空気は最初から豊富にあるので、魔力は風を操るためだけに使えばいい。

 よって他の系統の魔法に比べると、魔力消費を抑えやすい。さらに言えば、魔法の軌道が見えにくく避けにくいことも特長の一つだろう。

 まあそういう実際上の利点もあるのだけど、私が風魔法を好きな理由は、実はもっと単純なものだった。その理由はというと――。

 

 それは、今から練習する魔法にある。

 

 私は意識を集中し、大量の魔素を取り込んで身体中に漲らせた。

 それを惜しみなく消費し、全身で風を操る。強い上昇気流を生むように念じる。

 すると、私の身体はその場で地面から離れ、ふわりと浮き上がった。

 そう。風をコントロールすれば、こうして宙に浮くことが可能なのだ。

 誰もが一度は夢見たことがあるだろう。空を飛ぶことができる!

 この世界では魔法が使えると聞いてから、ずっとやってみたかったことだった。純粋な憧れもあった。何度も何度も練習して、実際に初めてできたときは、死ぬほど嬉しかったものだ。

 ただ残念ながら、実はまだ浮くだけで精一杯だったりする。自在に飛べるようになるには、まだまだ練習が必要だ。

 しかも浮いている間は、魔力を使いっぱなしにしないといけないものだから。省エネ性に優れた風魔法の中にあって、例外的に恐ろしく燃費が悪い。

 私ほどの魔力量でもあまり保たないから、事実上使えるのは相当の魔力値を持つ者に限られるだろう。

 こんな難易度の高く非効率な自力飛行よりも、アリスの家で飼われている愛鳥アルーンのような、最初から空を飛べる者の力を借りる方がずっと合理的だ。

 何とも夢のない話だが、それが現実である。

 この世界で空を飛ぶ魔法を探したところ、どの文献にも載っていなかった。

 だが、風で空を飛ぶという素敵でシンプルな発想を、誰も思いつかなかったというのは考えにくい。単純に使えないか、無理だと判断されたからだろうと思われる。

 それでも。たとえ長くは飛べなくたって。

 私にとって飛行魔法が使えることは、かなり意味のあることだった。

 世界を移動したときに最も危険度が高いのは、その世界に対して何も知識がなく、誰にも力を借りることができない到来直後だ。

 そのとき、空を飛べるというだけで格段に生存率が上がると思うのだ。

 例えば、人が住んでいる場所を探すにしても、食べ物を探すにしても、空から眺めることができるだけで、景色は随分変わってくるだろう。

 

 しばらく飛行の練習をしていたが、浮いたまま少しでも横に動こうとすると、途端に風のコントロールが難しくなる。

 上下方向に動くための風と、水平方向に動くための風が互いに邪魔し合って、ちっとも上手くいかない。

 自由自在に飛ぶためには、魔法の技術革新も必要だな。

 ふう。そろそろやめようか。まだ大丈夫だろうけど、もし魔力が切れたら次の魔法が試せなくなるから。

 体内に溜めた魔素を使うことで魔法は発動するが、一度魔素が空になった身体が再びそれを受け入れるようになるまでには、大体一日くらいのクールダウンが必要らしい。

 したがって魔法を使い過ぎれば、俗に言う魔力切れという状態になる。気を付けないといけないのだ。

 私は浮くのを止めて、地面に降りた。

 

 さて、次へ行こう。

 念頭にあるのは、イネア先生との修行で身に付けた、気力による身体強化だ。あれがあるのとないのとでは、天地ほども動きのレベルに差が出る。

 実際、かつて死にかけるほど彷徨ったあのラシール大平原を、丸二日もかかったとはいえ、へとへとになりながらも走り切ってしまったときには、自分でも驚いたものだ。

 イネア先生は、魔法で気力強化に相当することを行うのは難しいと言っていた。

 でもどうにかして今の女の状態でもできないかと思ってしまう。それほどに、私はその威力を実感していた。

 いやまあ、別に気力を使いたいときだけ、男に変身すればいいんだけど……。

 でもやっぱり違うんだよ。人前で変身するわけにはいかないから、好きにはできないこともあるんだよ。何かの時のために、女のままで動きを向上させる方法があるに越したことはないよね。うん。

 ではどうするか。

 残念ながらこの身体には気力がまったくないから、男のときの真似事はできない。

 そこで考えた。ここでも風魔法が役に立つはずだ。

 原理は簡単。移動に合わせて、風でブーストをかけるだけだ。上手くできれば、肉体自体は強化されなくとも、動きはそこそこ速くなるはず。

 物は試しだ。さっそくやってみよう。

 地面を蹴り出して跳び上がったところで、後方に風を送り、身体を前に押し出す。

 このくらいかな。

 すると、身体が少しだけふわっと前へ進んだが、あまり勢いはなかった。

 ちょっと弱かったか。もっと風の勢いを強くしてみよう。

 そうしたら、今度は強過ぎた。

 コントロールを誤って、風の力が前進ではなく、回転作用として働いてしまう。身体が前にぐるりと半回転して、額から思い切り地面に頭をぶつけてしまった。

 

「いたたた……」

 

 失敗、失敗。柔らかい土の地面でよかったよ。

 でも、せっかく手入れした髪が汚れちゃったな……。

 なんでこんなに心が沈むのか、自分でもよくわからなかった。男のときに髪の汚れなんて気にしたこと、あったかな。

 まあ後で洗えばいいか。気を取り直してもう一度だ。

 

 

 ***

 

 

 それから、度重なる失敗にもめげずに練習していると、だんだんとコツが掴めてきた。

 そろそろもっと威力を強くして、スピードを上げてみようか。

 そう考えて、風の威力を上げてぐんと前へ加速した。

 

 そのときだった。

 

 突然、目の前に人の姿が現れた!

 

 燃えるような赤髪を持つ、男子学生のようだった。

 まずい。このままじゃぶつかる! とにかく、避けないと!

 でも、加速したばかりで身体は止まらない。風を横に噴出して方向を変えようとするも、焦って上手くいかない。

 身体がくるんと回って、向きが地面に対して垂直だったのが、ただ水平に変わっただけ。

 状況は余計に悪化した。もう時間も打つ手もない。

 ダメだ! ぶつかる!

 

「わああっ!」

 

 思わず目を瞑った。

 あわや激突かというところで、力強い腕にがしっと受け止められる感覚があった。

 

「っと、大丈夫か」

 

 恐る恐る目を開けてみると、彼の顔がすぐ近くに映った。

 目鼻の整った顔をしていて、イケメンの部類に入るだろうか。

 茶色の瞳が、私のことを心配そうに覗き込んでいる。

 

「すみません」

「いいさ。急に飛んできたんで、驚いたけどな」

「はは……」

 

 よかった。大変なことにならなくて。

 

「オレの場所で何をしてた?」

「あなたの場所?」

「そうだ。周りがうるさいから、オレが見つけた場所さ」

 

 なんだ。そういうことか。

 

「ああ。私もそんな感じです」

「へえ。お前もか……」

 

 それでお互いに話すことがなくなり、二人で顔を見つめ合わせたまましばし黙っていた。

 その間の彼は、クールを装ってはいたが、何だか顔が少し赤くなっているみたいだった。

 それに、妙にそわそわしているような気がする。

 どうしてだろう。

 そんなことを思っていると、彼は少々ばつが悪そうに言った。

 

「で、いつまでオレに抱きついているつもりだ?」

「へ?」

 

 言われて初めて、はっきりと意識する。

 

 私が、彼にしっかりと抱っこされている状態であったということを!

 

 そうか。そうだよね。異性を抱っこしてたら、それは落ち着かないはずだ。

 無防備だった。私は、なんて甘えたような格好でこの人に――。

 意識したら、私まで急にドキドキしてきた。

 一気に恥ずかしさが込み上げてくる。まともに彼の顔を見られない。

 

「は、早く下ろしてくれませんかっ!」

「お、おう」

 

 彼は私を紳士的にそっと下ろしてくれた。

 慌てて逃げるように彼から距離を取る。

 彼の方を向けない。全然胸の鼓動が落ち着かない。

 おかしいよ。

 確かに恥ずかしいけど、ここまで取り乱すようなことじゃないはずなのに。

 どうして、こんなに意識してしまってるんだろう。

 わからないけど、とにかく落ち着け。深呼吸して落ち着こう。

 

「なんか、悪かったな」

 

 大きく息を吸って吐いて、胸を上下させている私の様子を見て、悪いと思ったのか、彼が謝ってきた。

 いや、君は悪くないよ。私がなんか混乱しちゃってるだけで。

 ふう。一息つくと、少しだけ落ち着いてきた。やっと顔を上げて彼に向き合う。

 

「いや、こちらこそ取り乱してごめんなさい」

「そうか……。ならいいんだけどな。そうだ。まだ名前を聞いてなかったな。この学校の生徒なんだろ?」

「はい。一年生のユウ・ホシミです」

「ユウ――ああ。どっかで聞いたことあると思ったら。もしかしてあの爆炎女か?」

 

 散々噂された不名誉な通り名を聞いて、ちょっと不機嫌になる。

 

「そうですよ……で、そっちは?」

「なんだ。オレを知らないのか」

 

 こくりと頷くと、彼は意外だというような顔をした。

 

「アーガス・オズバインだ」

 

 アーガス・オズバイン。

 魔法学校始まって以来の天才であり、名家であるオズバイン家の長男でもあるという彼か。

 名前だけは聞いたことあるけど、この人だったんだ。

 

「じゃあ、あなたがあの……」

「評判の方は知ってるのか。言っておくが、オレはオレだからな。どいつもこいつも天才だの何だの、喧しくてしょうがないぜ」

 

 両手でやれやれというポーズを取る彼は、しかしまんざらでもなさそうだった。

 

「はあ」

「そういや、お前が飛んできたあれは。何かの魔法の練習してたんだろ?」

「はい。そうですけど」

「何をやってたか聞かせてくれないか」

「あれは、風の魔法で加速してたんですよ」

 

 その言葉が、どうやら彼の琴線に触れたようだった。

 

「加速か。中々面白いことを考えるじゃないか。詳しいやり方を教えてくれよ」

 

 魔法のやり方を説明すると、彼の心に火がついたらしい。

 見かけのクールさによらない熱心な口調で、ズバズバと改良案を提示された。私はそんな彼の姿に圧倒されるばかりだった。

 それから彼の熱意に押されるまま、すぐさま加速魔法を実際に改良することになった。二人でああでもないこうでもないと議論しながら、時に実践を交えつつ、加速魔法はものの見事に形を成していった。

 名付けて《ファルスピード》。

 この世界で風魔法を表すときに使う接頭語の「ファル」と、速度の意味を持つ英語「スピード」。これらを組み合わせただけの、何のひねりもないネーミングである。

 この魔法を名付けたとき、スピードの意味を尋ねられた。

 英語だよとは言えないから、適当な造語だと言ったら、やけににやにやした顔をされて即採用となった。中二病だと思われたかな……。

 ともあれ、この共同作業ですっかり意気投合した私とアーガスは、時間が経つのも忘れるくらい夢中で話を続けた。

 やがて、話は飛行魔法にまで及んだ。

 

「空を飛ぶ、か。そんな子供じみた発想を本気でする奴がいたとは……」

「やっぱりそう思いますか」

「そりゃあな。空なんてその気になれば色んなもので飛べるだろ。お前、実は馬鹿なんじゃないのか?」

 

 馬鹿ってなんだよ。馬鹿って。

 

「だって、自力で空を飛べたら気持ちいいじゃないですか!」

 

 違う異世界で役に立つかもしれないからという切実な理由は置いといて、私は素直な本心を述べたが、アーガスは若干呆れ顔だった。

 

「そんなもんかね。で、実際どこまでいった。飛べたのか?」

「それが。風を使って飛ぼうとしてるんですけど、風を地面に吹き当てて浮くので精一杯で。横に動くには、風を水平方向にも出さないといけないですけど、風を二ヶ所から同時に出すと互いに干渉し合って上手くいかなくて」

「なるほど。まあ発想自体は悪くないな。ん~、たまには馬鹿に付き合うのも面白いかもな」

 

 腕を組んでいた彼は、一人で納得したように頷いた。

 

「昔から、家では代々ある系統のロスト・マジックを管理しててな。時空魔法の一種、重力魔法ってやつだ」

 

 彼は、得意そうに人差し指を突き立てた。

 重力魔法か。何だかすごそうな魔法が出てきたな。

 

「家の他の連中は能なしで扱えないが、オレだけはそいつを使いこなせる。お前、魔力値は大体いくつだ」

「一万です」

 

 それを聞いた彼は、にやりと笑った。

 

「上出来だ。それならいけるだろ。家の機密だから全部を教えてやるわけにはいかないが、自分を浮かせるだけの簡単な反重力魔法なら、今度使えるように教えてやるよ」

「いいんですか!?」

 

 大興奮だ。わざわざ天才から特別な魔法を教えてもらえるなんて、超嬉しい。

 

「ああ。そいつとお前がやってた風魔法を組み合わせれば、たぶん空は飛べるだろ。やり方は言わなくてもわかるよな?」

「あ……! 確かに、それならいける! ありがとうございます!」

 

 反重力魔法で上下方向を調節し、風魔法で水平方向に移動すればいいんだ。これなら干渉の問題もなくなり、風だけを使うよりもずっと易しい。完全なる飛行魔法の完成だ!

 あまりに嬉しくて、思わず頬がにへらと緩んでしまった私を見て、アーガスは照れ臭そうに頭の後ろを掻いた。

 

「いいさ。その代わり、条件が二つほどあるけどな」

「条件?」

 

 なんだろう。

 

「まず一つ目だが。時々オレの魔法の訓練に付き合ってくれないか」

 

 意外な提案だね。いや、そうでもないか。

 

「ここんところ退屈してたしな。お前は中々楽しい発想をするようだし、魔力値も他の奴よりはオレに近い。一緒にやると面白そうだ」

「それなら喜んで」

 

 今日一緒に加速魔法を開発してみてよくわかった。この人に付き添って訓練すれば、得るものが非常に大きいと。

 一人では決して到達できなかったようなレベルに達することができると思う。願ってもないことだった。

 

「オーケー。じゃあ、二つ目だ。星屑祭ってあるよな?」

「はい。それが何か?」

 

 星屑祭とは、毎年星の月(地球で言うと十一月くらいに当たる頃)に開かれる、サークリス全体を挙げてのお祭りのことだ。アリスからそんな祭りがあると聞いたことがある。

 

「毎年恒例のイベントでな。ここの学生による魔闘技大会が行われるんだ。お前、そこの個人戦に出ろよ」

「へ?」

 

 今度こそ意外な提案に、思わずきょとんとしてしまった。

 魔闘技。その名の通り、魔法によって試合をする競技だ。

 あまり人道に反した攻撃は禁止されているが、ルールは基本的に何でもあり。

 相手を立てなくさせるか、気絶させるか、もしくは降参させれば勝ち。殺してしまうのは反則負けとなる。

 それでも稀に死者が出てしまうこともある、そこそこに危険な競技である。

 本来なら学生がやるようなものではないのだが、サークリス魔法学校は、頭でっかちなだけはなく、戦いも一人前にできるようなプロの魔法使いを育てる校風だった。

 そのため、禁止どころかむしろ推奨されている競技でもある。

 でもどうして、私がそれに。

 

「どうしてですか?」

「なに。大した理由じゃない。これも退屈しのぎさ。オレは有名なんで出ないといけないことになってるんだが、相手に張り合いがないとつまらないからな」

「でも、私なんかで相手が務まるんですか?」

「大丈夫だ。お前はまだ弱いだろうが、しっかり訓練すれば中々のタマになると見たぜ」

「はあ」

 

 大天才君が言うんだったら、そうなのかな。あんまり自信ないけど。

 

「大会の一か月前までは、訓練のときにオレが直々に鍛えてやるよ。残りの一カ月間は、お互い手の内を見せないように準備だ。せいぜいオレを楽しませてくれ」

 

 そうまでお膳立てされては、断るわけにもいかなかった。

 それに、これさえ呑めば反重力魔法を教えてもらえるのだ。

 私は一つ返事で頷いた。

 

「わかりました。その条件、呑みましょう」

 

 

 ***

 

 

 気がつくと、辺りは夕焼けに染まっていた。

 この世界の夕焼けは、地球のものと違ってまるで黄金のように空が輝く。そうなるのは、この世界には魔素があるからだ。

 

「もうこんな時間か。結構話し込んじまったな」

「そうですね」

「じゃ、そろそろ行くわ」

「今日は楽しかったです。さようなら」

 

 その場を去ろうとしていた彼は、ふと足を止めて振り返った。

 

「あ、やっぱ条件三つな。お前、その口調やめろ」

「え?」

「その『あなた』とか『です』とかだよ。せっかく友達になったのに、堅っ苦しいだろ?」

「確かにそうですけど、一応先輩ですから」

「そんなこと気にすんな。オレを呼ぶときもアーガスとかお前でいいぜ」

 

 へえ。そう言ってくれるんだ。

 何だか距離が近くなったみたいで嬉しかった。

 まあ私も丁寧語で話すよりくだけて話す方が好きだし、ここは素直に従おうか。

 

「わかった。そうしようじゃないか。アーガス」

「って、切り替え早いな。猫でも被ってたのかよ」

「さあね」

 

 私はさらっと返した。

 自分で言っておいて、彼は少しだけ困惑顔だった。

 

「おい……。ま、いいや。じゃあな。またここで会おうぜ」

 

 こうして私とアーガスは、時々この場所で魔法の訓練を共にする仲となった。

 彼とは共に考えた魔法を持ち寄って楽しんだり、鍛え合ったりした。

 彼のアドバイスはいつも的確で、その独特な着想にはよく驚かされた。本当の天才っているんだなと思う。

 私は彼から実に多くのものを吸収させてもらった。私の方から彼に何かを与えられたのかは、正直わからないけど。でも彼はいつも楽しそうにしていたから、よかったのかな。

 確かそれからだった。私が彼に次ぐ天才少女とか言われるようになったのは。

 要するに、彼に引き上げられてしまったということらしい。


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