ユウたちが刑務所内で戦っている頃。
アスティ、マイナ、リュートを始めとするかく乱部隊は、ディーレバッツの注意を一部でも己たちに引き付けようと、深夜のオフィス街の各地で騒ぎを引き起こしていた。
銃を派手に鳴らしたり、爆弾を使って建物を破壊したりといった具合である。
ディーレバッツが警察組織ディークランの一部である以上は、このような警察の手に負えないレベルの破壊活動が大っぴらに行われれば、対策のために数名は出て来ざるを得ないとの判断の上であった。
あくまでかく乱が目的なので、各自その場に長く留まることはせずに、あちこちを常に動き回っていた。
破壊する建物は、中に誰もいないかよく見極めてから、無関係のナトゥラを巻き込まないよう細心の注意を払って行われた。これは、無用な犠牲者を出さないようにというユウからの、そして同じナトゥラであるアウサーチルオンたちからの要望であった。
ルナトープの中でも比較的中立な考えの持ち主であるアスティとマイナは、これを素直に聞き入れた。
もっとも、深夜という時間帯なので、ほとんどのナトゥラはオフィス街から帰宅していた。なので、巻き込まないようにするのはさほど難しいことではなかった。
やがてディーレバッツに先立ち、近場のディークラン支部から人員が送られてきた。
すぐに戦闘状態となるが、所詮は一般警察などものの相手ではない。
かく乱部隊は彼らを軽くあしらいつつ、適宜逃避行動を取りながら破壊活動を続ける。
そんな折、レミからかく乱部隊全員に通信が入った。
『気を付けて下さい。ディークラン本部が相当騒がしくなっています。ディーレバッツがそちらへ向かう動きを見せ始めているようです』
通信を受け取ったマイナが答えた。
「了解。引き続き彼らを注視してちょうだい」
『承知いたしました』
「もうちょこっと暴れたら、ちゃっちゃとんずら決めちゃいましょうか。マイナねえ」
「それが良さそうね」
二丁拳銃の銃口を真上に向け、派手に銃声を鳴らすアスティに、マイナはにこりと頷く。
マイナは無線でかく乱部隊全員に通達する。
「各自このまま作戦行動を継続したのち、頃合いを見て撤収。続いて、突入部隊が帰還用トライヴまで到達できるよう支援行動に移りなさい」
『わかったぞ~。オイラの方は、今のとこ問題なし!』
無線の向こうからリュートの元気な声が返ってきたのを始めとして、各員から応答がくる。
やがて敵が多くなってきたことから、タイムリミットがきたと判断したマイナは、アスティに呼びかける。
「そろそろね。行くわよアスティ」
「は~い。じゃ、最後に一発派手なのをお見舞いしますか!」
アスティが懐から閃光弾を取り出そうとしたとき、無線に再びレミからの音声が入った。
彼女の声は鬼気迫るものだった。
『大変です! 各所のカメラがすべて敵にハッキングされていました!』
「なんですって!?」
『映像データ改竄の恐れがあります! 皆さん、安全のためその場から速やかに離れ――』
レミがすべてを言い終わる前に――。
ピュン、と目も覚めるような青い一筋の光が、遥か遠方より宙を突き抜けて飛んできた。
それは瞬きをする間もなく、かく乱部隊の元へ到達し――。
誰かが、倒れる音がした。
「マイナね……え?」
物音に、アスティが振り返ると――。
仰向けで、無造作に身を投げ出した状態で――。
マイナは倒れていた。
アスティの目が、はっと見開かれる。
青いビームに、脳天を綺麗に撃ち抜かれて。
額に空いた穴からは、どろりと濁った血が垂れ落ち始めていた。
マイナは、先ほどまで喋っていたそのままの顔で、虚ろに目を開いたまま――もう彼女に言葉を返すことはなかった。
狙撃による即死。
声を出す間もなく。実にあっけない最期だった。
アスティの肩が、小さく震える。
「マイナ、ねえ……」
彼女はふるふると肩を震わせたまま、俯く。
まだ見習いの頃、彼女に手取り足取り基本からすべてを教えてくれたのは、他ならぬマイナだった。
スレイスの扱いが下手な自分に、射撃の素晴らしい才能があることを見出して励ましてくれたのも、マイナだった。
「マイナねえっ……!」
ぽろぽろと、涙が零れ落ちてくる。
いつも、あたしとラスラねえにとって、頼れる姉貴分だった。
優しくて、包み込んでくれるような、温かい人だった。
いつか自分がもっとしっかりしたときには――。
マイナねえみたいに、立派に後輩を率いられるようになったら、
こんな危ない仕事は引退させて、故郷の家族のところへ返してあげようって。
そう、思っていたのに。
それを、こんな形で――あたしの、目の前で……!
「……よくも」
彼女は戦士である。
悲しみに暮れるよりも先に、怒りが勝った。
「よくも……!」
背に掛けたライフルを手に取り。
顔を上げて、悲痛な声で叫んだ。
「よくもマイナねえをッ! 出て来いッ! あたしがッ! この手で撃ち殺してやる!」
大粒の涙を流しながら、鬼のような形相で彼方を睨んだ彼女は。
しかし頭ではわかっていた。
狙撃手はその役割に徹するとき、決して表になど現れないということを。
身を隠して淡々と命を撃ち取る死神。それが自分たち狙撃手という存在なのである。
相手はこちらに居場所を決して悟らせはしないだろう。向こうからは自分の位置が筒抜け。
これでは、格好の的でしかない。
すぐにでも建物に身を隠し、逃げなければならない。
頭ではそうわかっていた。
それでも彼女は、湧き上がる激情をどうしても抑えることができなかった。
レーザーの飛んできた方向から当たりをつけ、激しい怒りを込めて弔いの一発を放つ。
哀しい銃声が、響いた。
***
アスティたちのいる場所から数キロ離れた地点。
右腕のビームライフルを静かに構える副隊長プラトーと、その隣で敵の位置を割り出すザックレイがいた。
プラトーのビームが最初の標的にしかと命中したのを確認して、ザックレイは得意気に顔を歪めた。
「これだから脳内お花畑は。あんな子供騙しの隠しカメラ、あらゆる機器にアクセスできるこのボクの目に誤魔化せるわけないだろう。逆に利用してやったぜ」
ザックレイは、アウサーチルオンの集いが設置した監視カメラの存在に気付き、送信データを書き換えた。これによって、レミに到着時刻やルートを誤解させることに成功したのである。
それがこの不意打ちに繋がったというわけだ。
「つくづくおめでたい連中だ……。次はどいつを狙う。ここではセキュリティのせいで、透視できないのが面倒だな……」
プラトーの目は、本来任意で障害物を透視できる特殊なものである。
ただし、ディースナトゥラにおいては、セキュリティシステムが作用して、この目の機能は無効化されることになっていた。
「ボクが目の代わりを務めるさ。副隊長は、とにかく指示したとこにガンガン撃ってくれよ」
「そうするとしよう」
そのとき。
アスティの放った銃弾が、驚くべきことに彼らの位置をほぼ正確に捉えていた。
二人のすぐ横を掠め、壁に小さな穴を開ける。
プラトーは感心して、口元をわずかに緩めた。
「ほう……。向こうにも、中々良い腕の撃ち手がいるようだ」
一方のザックレイは、やや肝を冷やしたという顔をしていた。
「やれやれ。まず当たらないだろうけど、驚いたよ」
改めてアスティの位置情報を確認し、彼は顔をしかめる。
「あーあ。撃ちやがったそいつ、すっかりこっちを警戒してんな。身の隠し方も完璧だ。ありゃきっと、副隊長と同業だぜ。おそらくあの子にはもう当たらないな」
そこまで言うと、彼はいらついたように舌打ちした。
「ちぇっ。あっちから先に殺ればよかったよ」
「ふっ。もはや言っても詮無きことだ。さあ……次のターゲットを言え」
「――ふむふむ。あそこのアウサーチルオンなんか、狙いやすそうだね。位置データを送るよ」
ザックレイが各地の機器から得た敵の位置情報を、ワイヤレスで送信する。
それを受け取ったプラトーは、何も言わず正確無比に狙いを付けると、静かにビームライフルを撃った。
また一つの光の筋が飛んでいき、一つの命を奪う。
***
一発だけ銃弾を放ったアスティは、零れる涙を拭って、どうにか感情を押し殺した。
プロとして為すべきことを優先しなければならない。
ここで取り乱して全滅することは、マイナねえも望んではいない。
そう考えて。
彼女はマイナの亡骸を見つめると、ぽつりと言った。
「ごめんね。マイナねえ。寂しいだろうけど、置いてくよ。運ぶ余裕がないから」
ぐしぐしと、袖で涙を拭い。
「あたし――行くね」
しっかり前を向くと、もう泣かなかった。
狙撃を警戒しつつ、建物の影、狙われにくそうな場所に身を隠しながら、狙撃者から離れるように素早く移動していく。
動きながら、彼女は無線を手に取ると、必死な声で伝えた。
「みんな逃げて! あたしたちは今、狙撃手に狙われてる! とにかく散り散りになって! 早く!」
しかし、呼びかけも虚しく。
次々と入ってくるのは、最悪のニュースばかりだった。
『ちくしょう! キブルがやられた!』
『ミレーナが!』
「なんてこと……! こんな、こんなはずじゃ!」
最も命を優先すべきかく乱部隊は、居場所を掴まれた者から順に、次々と遠くから撃ち殺されていった。
協力を申し出た何人ものアウサーチルオンたちが、ほとんど物言わぬ金属の塊と化してしまうのに、そう長い時間はかからなかった。
やがて、ほぼ全滅させられてしまったところで、オフィス街全域に音声がかかる。
声の主はザックレイだった。彼の少年のような声が辺りに響き渡る。
『愚かなヒュミテとその協力者どもに告ぐ。何やら下らない作戦を立てていたつもりなのかもしれないけどね。無駄さ。このお膝元であるディースナトゥラで何かやろうなんて、そもそも不可能に決まってるじゃないか』
「くっ……!」
痛いところを突かれたアスティは、悔しさに顔を歪めた。
『そんな無謀な計画を立てるしかない状況にまで追い詰められた時点で、お前たちはもう始めから詰んでいたのさ! さあ、無駄な抵抗はやめろ。大人しく出て来いよ! そうすりゃせめて楽に殺してやるとも!』
確かに奴の言う通りなのかもしれない。アスティは思った。
わざわざ言われなくとも、作戦会議の時点でかなり無茶な作戦だってことは、みんなよくわかっていた。
でもね。
アスティは、敵に聞こえないように小声で。
しかし気持ちとしては、あいつと自分に言い聞かせてやるように言った。
「たとえ、詰んでると言われたって――それでも。それでもね。あたしたちは少しでも希望が残っている限り、諦めるわけにはいかないのよ」
胸の前に拳を握り添え、彼女は凛としていた。
「だって、あたしたちこそがその――希望なんだから」
ルナ(ルオンの)トープ(希望)の名にかけて。
最後まで諦めるわけにはいかない。
たくさんのヒュミテが、テオの帰還を待っている。ヒュミテの希望を待っている。
あたしに今できることは、少しでも奴らの注意を引き付けつつとにかく逃げること。
そうすれば、その分少しは向こうが楽に――。
そう考えていたアスティに、ザックレイはやや失望したような声で語りかける。
『やっぱり出て来ないか。どこまでも強情な奴らだ。どうせ無駄だって言うのに』
音声機械の向こうで、明らかな嘲笑の含みがあった。
『じゃあ教えてやるよ。あんたらがいくら頑張ったところで、無駄な理由をな』
なにを言うつもり?
警戒を強める彼女に、ザックレイは告げた。
『我らがリルナ隊長は、どこへ向かったと思う?』
「まさか――!」
***
「ごほっ! ごほっ!」
ラスラとデビットの手によって鎖を外され。
ヒュミテ王テオは、とりあえずは自由の身となった。
だが衰弱し切った王は、時折ひどく咳き込んで、まともに動くこともままならない有様だった。
「大丈夫か。歩けるか?」
心配して彼の顔を覗き込むラスラに対し、テオは心配させまいと、あくまで気丈に振舞う。
「ああ。なんとかね」
だが、明らかに気持ちに身体がついていなかった。
見かねたデビッドが、即座に提案する。
「オレが背負っていきましょう」
「すまないな」
自分で歩いては、かえって足手まといになる。
そう判断したテオは、素直に従い、デビッドの背に乗ろうとした。
そのとき。
彼らの行く手を阻むように、目の前の空間が揺らぐ。
そこから、突如として現れたのは――。
「ヒュミテ王収監牢前、転移完了。再使用可能まで、あと三十分です。隊長」
「ご苦労。トラニティ。あとはわたしに任せておけ」
三人を、絶望が襲った。
よりによって、最も出会ってはならない敵――。
リルナが、彼らの目の前に立ち塞がったのである。
「《インクリア》。戦闘モードに移行」
リルナはある許可を上層部に賜るため、遅れての参戦となった。
それは、処刑予定の王を、予定前にその場で抹殺すること。
無事許可を得た彼女は、躊躇うことなく、両手甲より水色の光刃《インクリア》を放出する。
その眼は相変わらず氷のように冷たく、三人の愚かな反逆者を睨み付けていた。
「さて――お前たち。どいつから死にたい?」