フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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30「Sneak into Central Tower 4」

 箱の内部は特にこれといった障壁はなく、すんなりと緊急セキュリティシステム管理室に辿り着くことができた。

 そこには端末を始めとして、様々な機械類やコードがフロア一面に所狭しと並んでいた。

 私には、端末からシステムに侵入して、セキュリティを解除するなんて高度な真似はできない。それにもし仮にできたとしても、後から簡単にセキュリティをかけ直されてしまうだろう。

 ここはテールボムを使って、この部屋ごと物理的に破壊してしまうのが良いと思う。

 一般システムまで壊してしまうと、町の機能に影響が出て住民に迷惑になってしまう。だからあくまで、緊急セキュリティを管理しているこの二フロアだけ爆破する。

 ちょうどテールボムは二個だけある。

 

 これでよし、と。

 

 テールボムを設置したら、急いで離れる。

 箱の上まで戻ったところで起動させると、下で爆音が響いた。

 直後、けたたましいサイレンが鳴り出す。

 

 これで目的は達成。あとは帰るだけだけど――そう簡単にはいかないでしょうね。

 

 箱の淵から、遥か下の地面を見下ろす。リュートが下から健気に手を振っているのが見えた。

 行きはワープで来たからいいけど、帰りはどうしようかな。

 飛び下りるには……ちょっと高過ぎるよね。

 男の状態なら骨折くらいで済むかもしれないけど、私ならきっと死んじゃう。

 

 ――そうね。ワイヤー装置を使えば大丈夫か。

 

 箱にフックを引っ掛け、ワイヤーを伸ばして手早く下りていく。

 床まで下りたところで、リュートが近寄って来た。

 

「やったじゃん! ユウ」

「急いで帰るよ。リルナが来る前に。そこの穴を使おう」

 

 ステアゴルが床に空けた大穴を指差した。

 リュートと一緒に、穴から飛び下りて近道をする。

 着地地点の近くには、ディークランと思われる者が三人やってきていた。

 彼らが銃を構えるより先に、私は銃を抜いて彼らの胸部を正確に撃ち抜いた。

 動力炉をやられた彼らは、倒れて動けなくなった。

 立ち止まらず、エレベーターのあるところまでひた走る。

 緊急セキュリティシステムを破壊したおかげなのか、ここのエレベーターはまだ刑務所のようには遮断されずに動いているようだった。

 すぐに乗り込んで1Fのボタンを押すと、エレベーターは下へ向けて滑らかに動き始めた。

 このまま無事に下まで着いてくれればいいけど……。

 

 

 ***

 

 

 ユウとリュートがエレベーターに乗った時点から、遡ることほんの少し。

 リルナの乗ったオープンカーは、中央管理塔の屋上300Fに着陸した。

 中央区の一部は通常、車両は立ち入り禁止なのであるが、リルナの持つ車は特別に許可を得ている。

 車体から飛び出したリルナを、ディークランの隊員が出迎えた。

 

「侵入者は下にいます。現在、システム管理エリアにて、ステアゴルさんとブリンダさんが交戦しているところです」

「そうか。すぐに向かう」

 

 リルナはモードを切り替える。

 

「戦闘モード。バスタートライヴモードに移行」

「では、こちらのエレベーターで――」

「必要ない。それより、直ちにすべての逃げ道を塞げ。いいな」

 

 リルナは即座に《パストライヴ》を使用した。

 床の存在を無視して、一瞬にして数階下へとワープする。それを数回繰り返して、220F――システム管理エリアにまですぐに辿り着いてしまった。

 吹き抜けを落下していく彼女の目に映ったのは、上部が破れたポラミットの箱。

 それから、箱に空いた大穴の下で、既にユウにやられてしまっていた二人の姿だった。

 彼女にさほど驚きはなかった。自分とあれほど渡り合ったユウならば、やりかねない。

 普通のヒュミテとはまるで違うユウの実力を、彼女が過小評価することはもうなかった。

 

「ステアゴル……ブリンダ……」

 

 その身を案じながら静かに二人の名を呟き、再び《パストライヴ》を使う。

 201Fの床に着地した。そのとき、ちょうど通信で連絡が入る。

 

『リルナさん。現在、侵入者はエレベーターに向かっています。そこで閉じ込めてやりますよ!』

『了解した』

 

「逃がさない」

 

 リルナの透き通るように青い瞳が、激しい怒りで塗りつぶされた。

 

 

 ***

 

 

 エレベーターが止まった……。

 やっぱりそう簡単にはいかないか。

 

「どうしよう。閉じ込められちゃったよ」

 

 オロオロするリュートに、私も焦る気持ちをどうにか押し込めつつ言った。

 

「仕方ないよ。エレベーターで急いだんだから、こうなるリスクは覚悟の上。手を繋いで」

 

 手を伸ばして、彼に取るように促す。自分は行先を念じながら。

 これで使うのは四度目。

 かなり危ないけど、そんなこと言ってる場合じゃないのはわかっ――!?

 瞬間、ぞくりと寒気がした。

 真上の方から、恐ろしいまでの殺意を感じる。

 この冷たい殺気は、間違いなくリルナのもの!

 

「早く! 急いで!」

 

 リュートが慌てて手を触れる。

 即座に《パストライヴ》を使って、エレベーターから脱出した。

 

 

 ***

 

 

 それから、わずか数秒後のことだった。

 ユウとリュートの乗っていたエレベーターを、突如として光刃が刺し貫いたのは。

 内部に瞬間移動したリルナの《インクリア》による攻撃だった。

 何も斬れなかった空虚な手応えに少々イラつきを抱きつつ、深々と底に突き刺さった水色の刃を静かに引き抜いて、彼女は独り言ちた。

 

「逃げたな。どこへ消えた」

 

 目の前を鬼の形相で睨み付けた彼女が刃を振るうと、エレベーターのドアも壁も、まるで薄い紙切れのように容易く斬り裂かれてしまった。

 

「殺してやる」

 

 開いた切れ目から、彼女は神速の勢いで飛び出した。

 

 

 ***

 

 

「うっ! げほっ!」

 

 きつい――!

 

 どうにか数階下の廊下へとワープに成功した私は、だがその場にうずくまって、激しく吐血していた。

 あまり間を置かずの四度に渡る使用は、『心の世界』を危険なレベルで活性化させてしまっていた。

 度を超えた力の使用は、心身に痛烈なダメージとなって跳ね返ってくる。

 でも、お願い。私の身体、今だけは動いて!

 

「どうしたの? しっかりして!」

 

 事情のわからないリュートは、突然苦しみ出したようにしか見えない私を気遣って、優しく背中をさすってくれる。

 申し訳ないと思いつつ、説明する時間はなくて。

 すぐにでもリルナが来る。この場から一刻も早く離れないといけない。

 ふらつく身体をどうにか起こし、彼に顔を向けた。

 もう笑顔を見せる余裕すらない。

 

「ごめん。逃げるよ!」

 

 リュートとともに廊下を全力で駆けて行く。

 階段へ繋がる道は、どこもポラミット製のシャッターで封鎖されてしまっていた。

 まずい。今はユウが眠っているから、男になれない。あのシャッターは手の出しようがない。

 完全に逃げ道を塞がれてる……!

 それに、凄まじい速さでリルナが迫ってきてる!

 このままじゃすぐに追いつかれてしまう。

 今は戦うことさえできないのに! 見つかったら確実に殺されてしまう!

 

 何かないの!? 何か!?

 

 走りつつ、ウェストポーチから必死にミックの発明品を探る。

 缶タイプの瞬間煙幕発生装置《けむりくん》を探り当てて、取り出した瞬間――。

 

 リルナが、目の前にワープで現れた。

 

「見つけたぞ!」

「うわあああっー! むぐっ」

 

 恐怖でたまらず叫び出したリュートの口を押え、《けむりくん》を開けて放り出す。

 瞬間、爆発的な勢いで濃厚な白い煙が広がった。

 

 今のうちに少しでも遠くへ!

 

 私はリュートの手を引いてリルナに背を向け、とにかく走った。

 

 

 ***

 

 

 文字通り煙に巻かれたリルナには、しかし動揺はなかった。

 

「小賢しい真似を――死ね」

 

《フレイザー》

 

 敵がどこにいようとも有効打になり得る、光弾による全方位射撃を繰り出す。

 全身から発射される青い光弾が、周囲を瞬く間に蜂の巣にしていく。

 間もなく命中したのか、子供の呻き声が小さく聞こえた。

《けむりくん》が作り出した煙は、すぐに塔の換気扇によって排除されていった。

 徐々に晴れ上がる視界の中、リルナは二人の姿がまたしても消えてしまったことを認める。

 

「また消えた。いや――」

 

 彼女は、完全にクリアになった周囲を見回して頷いた。

 

「この短時間でそう遠くに逃げられるはずもない。転移したか、あるいは――どこかに身を隠したな」

 

 通常、転移は短時間にそう何度も使えるものではない。

 おそらく後者だろうと踏んだリルナは、拳に力を込める。

 一応前者の可能性も考慮して、通信で総員に侵入者を見つけ出せと通達しておく。

 そして自身は、一番近くの部屋のドアから開いていき、中に獲物が隠れていないかを確認し始めた。


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