フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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A-3「中央政府本部 百機議会」

 リルナとプラトーは、悲鳴を上げながら中央処理場へと落ちていくユウを見下ろしていた。

 やがて、声も姿も遠ざかっていった彼から目を離し、プラトーがせいせいした口ぶりで言った。

 

「この高さからでは、間違いなく死んだだろうな」

 

 一方のリルナは、不満な目をプラトーに向ける。

 

「できればこの手で殺したかった。こんなやり方は感心できないな」

 

 彼女の潔癖な性格を熟知しているプラトーは、小さく肩を竦めて素直に謝ることにした。

 

「悪いな……。うちの連中を一人で何人もやってくれた奴だ。少々私情が優先してしまったことは認めよう」

「……ふっ。仲間想いのお前らしい。わかった。この件は不問としよう」

 

 プラトーに軽く微笑みを向けてから、リルナは少しの間思案に耽る。

 それから彼女は彼に言った。

 

「《パストライヴ》の多用で、かなりエネルギーを使ってしまった。一度補給する必要がある。ここまで来たついでだ。わたしはまずこの件の進捗状況について百機議会に報告し、それからすぐに補給を済ませることにする」

「了解した」

「わたしが戻るまでの間、残る犯罪者の処分は任せたぞ。ザックレイと協力して、始末に当たってくれ」

「ああ……。さっきのユウとやらに比べれば容易いことだ」

 

 そこで二人は一旦別れた。

 プラトーはザックレイと合流するため、連絡橋を中央管理塔に向かって歩き出す。

 リルナは逆の方向、中央政府本部に向けて歩き始めた。

 

 

 ***

 

 

 百機議会。

 中央政府本部の上層に位置する、ディースナトゥラの最高決定機関である。

 すべての法案及び特別措置は、この議会によってのみ決定される。

 ただし議会とは言っても、実際に百機の選ばれたナトゥラが会を開くという性質のものではない。百機議会とは、百の異なる性格を持つ人工知能の集合体――マザーコンピューターの通称である。

 百の人工知能は、常に各々が独立に思考している。そして何かしらの正式な意思決定をする際には、それらの思考内容を突き合わせて総合的に判断するのである。これが通常の議会で言う議論に当たり、そのステップを経て一つの決定――議決に至る。

 思考系統を単一でなく多数とすることで、もし一部の人工知能に重大なエラーが生じた場合でも、全体としては致命的な問題が生じないようになっている。

 また、百の人工知能のうち、基幹をなす四十はこの都市が作られたときより休むことなく稼働し続けているが、残りの六十については、四年ごとに市民投票によって半数が別のものに差し替えられる。この選挙を通じて、政治に民意が反映されるという仕組みである。

 差し替えの人工知能は、一括して中央工場が製造を請け負うが、その一つ一つにどのようなタイプの人格を持たせるかは市民が選ぶ。

 選挙の一ヶ月前になると、人格のタイプカタログが市民のアドゥラ全員に配られる。市民はそれを参照しつつ、自らにとって望ましい政策を行ってくれると思うタイプの人工知能に票を投ずるのである。

 中央政府本部の実質とは、すなわちこの百機議会そのものであると言っても差し支えはない。中央管理塔に並び立つこの巨大な建築物に存在する施設はすべて、百機議会が保持され、かつ正常に機能するために存在するものなのだ。

 

 さて、リルナは会議場へと向かった。

 会議場と言っても、言葉通りのものではない。百機議会と言語を用いた意思疎通のできる場所を指す。

 一般の者は侵入しようとしただけで即死罪となる聖域であるが、ディークランの中でも特に位の高い彼女だけは、特別に入室を許可されている。

 幾重も張り巡らされたセキュリティをパスして、彼女は経過の報告へ参じようとしていた。

 

「どうも苦手だな。あれは」

 

 途中、リルナは口をへの字にしてそんな独り言を漏らした。

 彼女は既に幾度も百機議会と謁見しているのだが、相対するたびにどことなく気味の悪さを感じてしまうのであった。

 それでも百機議会こそがナトゥラの長であるのだから、そうした不信とも取られかねない感情は、百機議会の前では間違っても出さないよう心がけていた。

 果たしていつからコンピューターがナトゥラを治めることになったのか。

 約二十年前に『目覚めた』ばかりの彼女は何も知らないのであるが。

 そんなことを考えているうちに、彼女は会議場に到着した。

 

 会議場の最前には壇があり、後方にはずらりと円形の机が並んでいる。

 机には、合わせて百機分の議席が設置されている。

 席には始め何もいなかったが、リルナがそこへ入ると変化が起こった。

 百の人工知能からそれぞれの人格に基づいて構成された、百機のナトゥラのイメージモデルが、各議席に座った状態で浮かび上がる。

 ナトゥラの容姿は皆若々しいのが普通であるが、そこに現れたのは老若男女多様な人の姿であった。

 それらは虚像ではあるものの、まるで本物と見紛うばかりに精巧な造りである。

 リルナは壇上に立ち、「百機」が環視する中、ルナトープのディースナトゥラ侵入及び刑務所襲撃事件等について、簡潔に報告を始めた。

 淡々と報告が進む中、手配書の男――ユウの話に入ったところで、場は妙にざわつき出した。

 No.1 ――リルナにどこか似た冷たい雰囲気を湛える若い女のイメージモデルであり、議長でもある――は顔をしかめつつ言った。

 

『聞けば聞くほど妙な者ですね。もしや――』

「なんだ。何かあるのか?」

『あなたには関係のないことです』

 

 妙齢の男性の姿形をしたイメージモデル――No.12がぴしゃりと釘を刺す。

 リルナは少々不思議に思ったが、その疑念は心の内に留めた。

 立派なあごひげを生やした年寄りの男、No.64がリルナに尋ねる。

 

『して、その手配書の男はどうなったのか?』

「お前たちの指令通り、始末した」

 

 No.15、しわがれた声を持つ老女のイメージモデルが目を細める。

 

『さすがはリルナ殿。頼もしい限りですな』

『うむ。世の秩序を乱す不穏因子は、直ちに排除されなければならない』

『正体を調べておかねばな。死体を検死にかけろ』

「……残念ながら、死体は手元にはない。落ちてしまったからな。あの高さでは、原形などほとんど残るまい」

 

 それを聞いた途端、百機は皆顔色を替え、姿を一斉に消した。

 各者の思考内容の総合――審議に入ったのだ。

 やがて再び百機が姿を現すと、すぐにNo.1がリルナに命じた。

 

『百機議会が命じます。その者が間違いなく死亡したことを確かめ、可能であれば生体データを手に入れなさい』

「了解した。言われなくとも、後で中央処理場へ向かうつもりだったが」

『なに? 中央処理場に落ちたというのか。それは感心できんな』

 

 No.53が難色を示したのを始めとして、会議場の空気がますます悪くなる。

 

『なぜそのようなことになった』

 

 会議場において、虚偽の報告は報告内容の関係者を含めて死罪である。

 リルナは仲間をかばいたかったが、正直に答えるしかなかった。

 

「事態を引き起こしたのは、プラトーだ」

『ふむ。プラトーか。あれがな……』

『大いに問題だぞ』

『厳重注意ですな』

『らしくない真似をしたものだ』

 

 口々に非難が飛び交う。

 リルナは顔色こそ変えなかったが、内心では相当嫌な気分になっていた。

 仲間想いの彼女にとって、仲間を他者から貶されることは、たとえ相手がトップであっても到底心穏やかなものではない。

 

『おほん。とにかく今すぐに向かえ。よいな?』

 

 リルナは無言で小さく頷き、彼らに背を向けた。

 早速中央処理場へ向かおうとしたところで、しかしNo.1が彼女を呼び止めた。

 

『ところで、リルナ。身体の調子はどうですか。壊れているところなどはありませんか』

 

 問われた彼女は、自分の身体をざっと見回してから答えた。

 

「特に何も問題はない」

『ほう――』

『それは何よりです。あなたはナトゥラの守り手。一番の有能株ですからね』

『うむ。何か問題があっては我々が困るのだよ』

『では行きなさい。すべてはナトゥラのために』

「すべてはナトゥラのために」

 

 リルナは素っ気ない口調でそう返すと、さっさと会議場を出て行った。

 

 

 ***

 

 

 誰もいなくなった会議場で。

 

『すべてはナトゥラのために。すべてはナトゥラのたメ、ナトゥラノナトゥラノノノノ』

 

 百機議会のイメージモデルたちは、突如変調をきたした。

 

『ピーガガガ……』

 

 声の代わりに、異音が鳴り始める。

 瞬間、百機のイメージモデルはすべて跡形もなく崩れ去った。

 そして百機議会は、人格の存在などまるで一切感じられない、無機質なメッセージを発信する。

 

『報告ス。エルンティアニオケル実地試験 進行度99.98% 間モナク最終フェイズヘ移行』

『特記事項。イレギュラー因子ノ発生。星外生命体ノ可能性アリ。排除ハ成功シタモノト推定サレルガ、確証ナシ。差シ当タリ、当因子ニ対スル情報収集ヲ発令。先方ノ判断ヲ仰グ』

『――了解。引キ続キ注意ノ上、試験ヲ続行ス』


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