フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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閑話2「ユウ、お風呂に連れて行かれる」

 まず最初に言い訳させて欲しい。

 私は確かに女のようだ。

 身体は完全に女のものだし、自分が女だって自覚もある。

 男のときと違って、女を異性として見ることもない。自分や他の女性の裸を見たって、それ自体はなんてことはない。

 なんか本当に苦しい言い訳みたいだけど、全部本当のことだ。

 性格も口調も男のときと変わった自覚はないし、変えようって気も起きない。でもそれは単に、私が自分のままであるというだけのことだと思う。

 ただ。これまでの16年間は生粋の男として生きてきたし、その気になればいつでも男になれるのもまた事実。

 男の「俺」は(私もそうだから当然)年頃だ。華のような女子寮という場所で、もし男のままでいたなら、まったく興奮しないというのは間違いなく無理だろう。

 性欲は人間ならほぼ誰しも持っているものだし、男としては普通の感情だから、ある程度仕方ないところではあるけど……。まあ情けない話だよね。

 一応、これでも理性は堅い方だと自負している。男だからって変なことなんてするつもりはないし、実際しないとは思うけど。

 それでも、ついいけないことを妄想してしまう程度なら……正直、ある。

 ……ごめんなさい。そこそこあります。

 恥ずかしながら、自分はまあまあえっちなのかもしれない。

「俺」の方だけでなくて、たぶん……私の方も。

 だって。昔から甘えん坊で、愛情とかスキンシップとか、求めたがりなところがあるから。

 相手と触れ合うことが心地良くて、幸せを感じてしまって。それでつい逃れられなくなってしまうタイプだという自覚は、そういった危ういところの自覚は……一応、ある。

 とにかく。

 だから、女子寮で暮らすにあたっては決して男にはならない。

 これが自身へ課した最低限のルールであり、私はずっとそれを守り続けてきた。

 それでも最初のうちは、ただ女子寮にいるというだけで悪いことをしているような気がしていた。何かと遠慮してしまうし、罪悪感から色んなことでつい目を背けてしまう。

 内心は冷や汗だらだらの日々だった。

 けどしばらくルールを守って暮らしていたら、段々と気にならなくなってきた。

 アリスが開けっ広げな恰好をしていても普通に話せるようになったし、ミリアが抱きついてきてもあまり動じなくなった。

 他の人に対しても、問題はほとんどなくなりつつある。こちらからスキンシップできるようにもなってきている。

 少しずつだけど、何でも自然に、遠慮なくこなせるようになってきたと思う。慣れって素晴らしい。

 だがそんな今の私でも、未だにどうしても避けてしまうものがある。

 

 ……女子寮の大浴場だ。

 

 私の能力なんて知らない人が、あまりにも無防備、あまりにも無頓着に素肌を晒す空間。

 これだけはどうしてもダメだった。良心が咎めてしまうのだ。

 できれば入りたくはなかったが、一切お風呂に入らないというわけにもいかない。

 大浴場は真夜中までは開いているので、極力人の多い時間帯は避けるようにしていた。せめてものことだ。

 もっとも、イネア先生との修行がいつも夜遅くまであるので、大抵の日は自動的に避けられていたのだけど。

 そして入るときも、なるべく隅っこで誰とも目を合わせないように、目立たないように浸かっていた。

 アリスやミリアが私を待ってくれて、一緒に入ることもちょくちょくあったが、すっかり仲良くなった二人だけはもう大丈夫だった。特にアリスとは、入学前にも何度も一緒に入った経験があるしね。

 

 

 ***

 

 

 そんな風にしてどうにかやり過ごしていた、ある日のことである。

 イネア先生が、気剣術の指導で出張することになった。月に一回程度、サークリス剣士隊のところで行う定例のものだ。

 ということで、明日の修行はなしだと先生は言い出した。

 久しぶりに私の予定が開いた。この場合、開いてしまったと言うべきか。

 折りしもその日は、放課後から夜分にかけて、女子寮生限定の催し物があった。同級生のみならず、先輩たちも加わっての交流イベントだ。

 アリスに連れられて、私とミリアも参加することになった。

 参加者は、私たち三人を含めて十二人だった。中にはカルラ先輩もいる。

 催し物の流れであるが、まずはレクリエーションでスポーツをして、それからパーティーという感じだ。 

 それで、スポーツ自体は結構楽しかったんだけど、ここで参加者数が中規模ということで、融通が利いたことが災いしてしまう。

 その場だけの話で、パーティーの前にみんなで入浴して汗を流そうという流れに行ってしまったのだ。

 こうなってしまうと、一人だけ断るというのはやりにくい。

 それでも、こればかりは勘弁してくれ! 内心もう泣きそうだった。

 私はなけなしの勇気を出して、辞退を試みた。

 場の空気を悪くすることは仕方ない。覚悟の上だ。

 

「すみません。私は遠慮しま……!」

 

 最後まで言い切る前に、何者かにがしっと腕を掴まれてしまった。

 振り向くと――。

 

「みんなで、入った方が、楽しいですよ」

 

 うっ、ミリア!

 

 人見知りゆえの警戒心から鍛えられた観察眼で、私が嫌がっていることを察したのだろう。

 逃がすものですかと、やたらに黒い笑顔を浮かべている。

 このミリアの攻撃によって、まずは退路が断たれてしまった。

 そこにすかさず連続攻撃が畳み掛けられる。私キラーでおなじみのアリスだった。

 

「ユウ~。あなた、恥ずかしいんでしょ。あたしは知ってるよー」

「そ、そうだよ。だからね」

「でもね、そんなに恥ずかしがることないじゃないの。綺麗な身体してるし、立派な胸だってあるのに!」

「私の方が、大きいですけどね」

 

 ミリアが控え目かつ得意そうに胸を張った。

 地味に隠れ巨乳なんだよな、ミリア。

 って、そんなことはどうでもいい!

 まずい。この流れは、色々とまずい。

 もう助からないのか。どうにか逃げられないのか!?

 しかし、恥ずかしくて行けないということにされてしまった時点で、既に私の勝ちはなかった。

 止めを刺したのは、横でふんふんと楽しそうに聞いていたカルラ先輩だった。

 

「ふっふっふ。そういうことだったの。ユウ」

「えっと。カルラ先輩?」

「遠慮はいけないわ。来なさい。中でお姉ちゃんが優しく抱きしめながら、みっちりと、ロスト・マジック研究の素晴らしさについて話してあ・げ・る・か・ら!」

 

 言うや否や、私の着ていたジャケットの襟をもう掴んでいた。

 

「え、ちょっと! カルラ先輩!?」

「逃がさないわよ!」

 

 そのまま力づくで、ずるずると引きずられ始めた。やけに腕力があって、藻掻いてもままならない。

 まずい! 本当にまずい! このままじゃ!

 

「離してください! 私にはっ、行かなくちゃならない場所が!」

「あら。今日は何も予定がないって聞いたわよ」

 

 しまったあああっ! そういう風に話してたんだった!

 

「助けて! アリス! ミリア! とにかく入ったらやばいんだって!」

「うふふ。何がやばいのよ。いっつもあたしたちとは普通に入ってるじゃないの」

「皆さんとの裸の付き合いも、大事だと、思いますよ?」

 

 ああもう! ダメだ! 味方がいない!

 

「心配しなくても、お姉ちゃんがたっぷり可愛がってあげるわよ。ね、ユウちゃん♡」

「うわああああああん!」

 

 そのままカルラ先輩に引っ張られて、強引に浴場まで連れて行かれてしまったのだった。

 

 

 ***

 

 

「しにたい……」

 

 脱衣所で、私はかつてない罪悪感を抱えて凹んでいた。

 みんなを決して見ないように、隅っこで壁だけを無心に見つめていた。

 ああ。許されるなら、貝になりたい。

 お節介焼きのアリスが、ちょんちょんとほっぺをつついて話しかけてくる。

 

「ほら。ユウも服脱ごう?」

「まだ心の準備が……先に入っててよ」

「ふふ。ほんと恥ずかしがり屋さんねえ。ちゃんと後で来るのよ」

「待ってますから」

 

 後ろから、ミリアがそう付け加えるのが聞こえた。

 じっと待ち続け、みんな着替えて入っていったのを音で確認してから、ようやく壁から目を離すことができた。

 正直、このまま逃げ出したいのは山々だけど。

 はあ……。みんな許してくれないよな……。

 ここまで来てしまった以上は、もう覚悟を決めるしかない、か。

 大きく深呼吸してから、えいやっと気合い一発。

 服を勢いよく脱ぎ捨てる。

 ずっと考えていた。みんなの裸を見ないためにはどうするか。

 単純だが、確実な方法がある。

 

 私は、ぎゅっと固く目を瞑った。

 

 これから入浴中は、一切開かない覚悟で。

 

 名付けて、ずっと目を瞑っていよう大作戦!

 これだ。これなら誰も何も見なくて済む。まったく問題はないはずだ。うん。

 さあ行くぞ。油断するなユウ。ここから先はすべてが死地。

 もし一度でも目を開けてしまえば、どんな爆弾が飛び込んでくるかわかったものじゃない。

 ここは慎重に。目を瞑ったまま、慎重に歩を進めるんだ。

 そうして、やや危なっかしい足取りであったものの、無事、浴場入り口の引き戸と思われるところまで到達することができた。

 ここまでは上々。いいぞ。この調子だ。

 

 見るな見るな見るな、絶対見るな――。

 

 改めて繰り返し念じながら、引き戸に手をかける。

 しかし、一見完璧に思えたこの作戦も、あっけなく崩れ去ってしまうことになるのであった。

 いよいよ浴場に足を踏み入れて、そろそろと歩き始めたときだった。

 

「あ、ユウ。危ない」

「え――」

 

 アリスが注意を呼びかけた瞬間。何かにぶつかった。

 身体がふらついて、そのままドタッと無様に倒れ込む。

 全身を柔らかい肌の質量が包み込んだ。とりわけ、胸のところにむにゅっとした感触が走る。

 

「ユウ……」

 

 甘みを帯びた囁き声がして、うっかり目を開けてしまうと――。

 すぐ目と鼻の先には、耳まで真っ赤に赤面したミリアの顔があった。

 なんと私は、彼女を上から押し倒すような形で、しっかりと全身で覆いかぶさってしまっていたのだ!

 そして、む、胸の柔らかい感触とはっ!

 すなわち、私の程よい大きさの胸と彼女の巨乳とが、その頂きから触れ合い、互いに潰れ合うことで生じたものだった!

 ど、どどど、どうしよう!?

 戸惑いと恥ずかしさがいっぺんに押し寄せて混乱しながらも、ひとまずは彼女に怪我がないか心配になる。

 

「ごめん。大丈夫? 痛くなかった?」

「はい。大丈夫、ですが……」

 

 彼女がなぜか嬉しそうに微笑むと同時、周りが騒ぎ出した。

 

「キャー!」

「やっぱりあの噂は本当だったのね!」

「目の保養♪ 目の保養♪」

 

 うわあっ! そうだった! 

 歓迎会でやらかしたせいで、私とミリアが愛し合っているとかいう変な噂が立っているんだった!

 ひいいっ。このままじゃまたあらぬ誤解が広がってしまう。もう手遅れかな。とにかくまずいよ!

 せめて違うと言おうとして、立ち上がったとき。

 私は言い訳を考えるのに夢中で、ここが浴場であるということをすっかり失念していた。

 

 ダイナマイト級の衝撃が、私を襲った。

 

 あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ。

 

 元々入っていた人たちと合わせて、ざっと十五人もの女子たちが私を一斉に見つめていた。

 見渡す限り一面の、裸。裸。裸。

 みんな当たり前のように、胸も、おしりも、股も晒して――。

 

 ぐっ……。ぐうう……。

 

 私は人目も憚らず、完全に打ちひしがれてしまった。

 

 終わった……完全に終わった……。

 

 もう自分に言い逃れはできない。

 決して後戻りのできない一線を越えてしまったんだ。私は――。

 

「ふふふ。はは、ははは……」

 

 自分の中で決定的な何かが、切れた。

 そうだよ。

 女でいたら、いずれこんな日が来るなんて、わかってたことじゃないか。

 自分勝手な線引きなんて、誰が得をする。結局、真実を隠していることに変わりはないんだ。

 そんな線引きなんて、するだけ無駄だったんだ……。

 そうだ。楽になれよ。星海 ユウ。むしろ吹っ切れてやろうじゃないか。

 今の私は女だ。何も問題はない。うん。ないよ。

 絶対、きっと……たぶん…………おそらく…………願わくば、ない!

 よ、よーし! こうなったらやけだ! もう来るなら何でも来い!

 私は今から怖いものなしだ!

 

「あいむあうーまん!」

「何それ?」

 

 近くにいたカルラ先輩が、怪訝な顔をしていた。

 やばい。勢いで変なこと口走っちゃったよ。

 どうせ英語なんて知らないだろうから、適当に誤魔化しておこう。

 

「お風呂入るときの、特別なおまじないみたいなもんですよ! 先輩も一緒に言ってみます?」

「そんなものがあるのね。いいわよ!」

 

 さすがカルラ先輩。普段からノリがきついけど、こういうよくわからないことに対してもノリが良いところが素敵!

 

「せーの」

「「あいむあうーまん!」」

「「いぇーい!」」

 

 そのまま勢いでハイタッチを決めた。

 

「カルラ先輩! ゆっくりお話を伺いましょう!」

「おっ、話がわかるじゃない! いくらでもしてあげるわよ!」

「望むところですよ!」

 

 ミリアとアリスがこんな風に言ってるのが、かすかに聞こえたような気がした。

 

「ユウ、ついに壊れちゃいました、ね」

「今日に限ってどうしたのかしら。あんなユウ、初めて見た」

 

 ほっといてくれ。こっちだって。こっちだってさあ! 泣きたいんだようぅぅ……!


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