フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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A-5「戦士の覚悟」

 ザックレイは、ディークラン本部の作戦司令室にいた。

 彼は地下へ逃げた王を捜索するよう指示を飛ばしていた。と同時に、まだ上でちょろちょろしている連中を始末すべく、盤石な包囲網を配備せんと動いていた。

 そんな彼の心中は、嵐の海のように荒れていた。

 

「やってくれたな。まさか直接中央管理塔に忍び込もうなんて。そんなバカがいるとは思わなかったよ」

 

 苛立ちを露わに、指先を噛む。

 

「しかも、見事にセキュリティを破壊してくれやがって。これじゃ、得意の探知も効果が半減だ」

 

 ついそんな恨み言が漏れてしまう。

 すべてというわけではないが、中央管理塔のセキュリティシステムは市街の監視カメラ等を統制していた。それらが一斉に機能しなくなってしまったため、彼の探知はかなり有効範囲を制限されてしまったのである。

 しかも。しかもだ。

 

「ルナトープには、命知らずの馬鹿しかいないのか。こっちに真っ直ぐ向かってきているのがいるぜ」

 

 彼には、二人組の男がディークランより防弾車を奪ったとの情報が入っていた。

 中央区に向かってひたすらその車を走らせる二人の男の姿を、しっかりとカメラは捉えていた。

 

 そんなに死にたいなら、望み通り蜂の巣にしてやろう。

 

 ザックレイの顔が、憤りと殺意で歪んだ。

 

「第七街区三番地にいる連中を撃ち落とせ! 多少街中に被害が及ぶかもしれないが、《ファノン》を使っても構わない!」

 

《ファノン》。

 

 銃よりも遥かに強力なレーザー兵器である。

 本来、中央工場と中央処理場への侵入者を撃ち落とすための設置型兵器として開発されたものだ。

 もっとも、今はセキュリティがダウンしているため、バックアップシステムが稼働するまでしばらくは、そこに配備されているものは機能しないのだが。

 

 

 ***

 

 

 ウィリアムとネルソンは、しつこい追手を振り払いながら、高層ビルの間を縫うように車を走らせていた。

 なるべく敵に狙い撃ちされないよう、直線的な動きは避けつつ、中央区へ向けて突き進む。

 と、そのとき。

 銃弾に混じって、赤い光の筋がこちらを狙ってくるのが見えた。

 

「運転を代われ」

 

 散々仲間を失ってきた経験から、そいつの危険性をよく知っていたウィリアムは、ネルソンにハンドルを預けた。

 そして自らは車体の上によじ登り、やや腰を屈めて踏ん張るように立つ。

 すう、と息を大きく吸い込んで、精神を研ぎ澄ませる。

 チカッと赤いものが奥で光った。

 その瞬間、彼は狙いを付けて神速でスレイスを振り払う。

 直後、目にも留まらぬ速さで飛来してきたそれは、刃に当たってあらぬ方向へと跳ね返っていった。

 車両にインパクトするタイミングを完全に見切り、強貫通性のレーザー《ファノン》を弾き飛ばしたのだ。

 長らく最前線で戦ってきた彼だからこそできる、神業であった。

 なおも、次々と飛んでくる《ファノン》を弾き飛ばしながら、ウィリアムは運転するネルソンに声をかけた。

 

「このまま本部の付近まで行って、指揮系統をかく乱する。ラスラたちが救出に成功し、帰還の目途が立ち次第、撤退するぞ。いいな」

「ああ……!」

 

 中央区が近づいてきた。

 十台以上の車両が、行く手をぴったりと塞いでいるのが見える。

 ウィリアムは、一旦スレイスを腰に差し戻すと、背負っていた装備をやや上に向けて構えた。

 ロケットランチャーだった。

 標的に狙いを定めて、そいつをぶっ放す。

 発射された弾頭は、緩やかなほぼ直線の放物軌道を描き、前方を守るように立ち塞がっていた車両に命中する。

 爆破炎上した車両は、そのまま市街地の海に落下していった。

 

 そうして攻撃に専念せざるを得なくなり、彼がスレイスを手から放すその瞬間を。

 

 あの男は狙っていたのだった。

 

 遥か彼方より、建物の隙間を縫って、青き閃光が空を貫く。

 

 ピンポイント狙撃。

 

 マイナの命を一瞬にして奪った、即死の魔弾である。

 もちろんただ二の轍は踏まない。

 特に警戒していたウィリアムは、狙撃が想定されるタイミングで、あらかじめヒットポイントを外すよう、巧みに身体の位置をずらしていた。

 だが狙撃というものの速さは、人の動きとは比較にならない。

 ほとんど意識する間もなく、彼の身体まで不可避の光線は迫り――。

 プラトーの狙いとは異なるが、左肩を綺麗に撃ち抜かれた彼は。

 大きくよろめいて、車体からふらふらと落下していった。

 

「ウィリアム!」

 

 さらに直後、狙い澄まされた二発目の光線が、車両のボンネットを撃ち抜く。

 車体は炎上し、中にいる彼とともに落下していく。

 咄嗟のことで飛び出したネルソンは、ワイヤー装置を建物の壁に引っ掛けた。

 だが、そこをさらに付け狙うように、飛来した赤のレーザー光が、彼の利き手を穿つ。

 激痛が彼の身を襲う。

 それでもどうにか体勢を立て直し、再度ワイヤーを使って減速しつつ、無事着地することはできた。

 そんな彼の背後で、憎たらしい声が響いた。

 

「くっくっく。上手くいった。予定通りの場所に落ちてくれたな」

 

 少年然としたその声に、はっとネルソンが振り返ったとき。

 彼の目に映ったのは――。

 整然と並び立つ数十名ものディークラン隊員と、彼らのすぐ後ろに控えるザックレイだった。

 ザックレイは、勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 

「散々このぼくを舐め腐りやがって。だがそれも終わりさ」

「……ザックレイ」

「処刑の時間だ。総員、撃て!」

 

 一斉射撃が実行される。

 至る所すべてが、銃弾のベールで覆いつくされる。

 逃げ場など、どこにもなかった。

 

 だがネルソンは、不敵にも笑っていた。

 この時を待っていたのだ。

 

「おおおおおおおおおおおおーーーーっ!」

 

 いついかなる時も寡黙を貫き続けてきた男は。

 この時、最初で最後の雄叫びを上げた。

 スレイスも手にせず、猪突猛進の勢いで隊列に迫る。

 おびただしい数の銃弾を身に受けて、腕が千切れ飛ぶ。片足の先も吹っ飛んだ。

 腹を、肩を、頬を、耳を、そして頭までも撃ち抜かれて。

 全身のあちこちで血肉が弾け、鮮血が飛び散る。

 それでも彼は、決して止まらなかった。

 隊員の列を割って、一直線に飛び込む。ザックレイの元へ強引に迫り寄る。

 完全に捨て身の動きだった。最初から死を覚悟していた者の動きだった。

 そしてネルソンが、いよいよザックレイの眼前に達したとき。

 彼の少年らしい顔が、一瞬で恐怖に引き攣った。

 

 ネルソンの手には――既に起爆直前のテールボムが握られていたからだ。

 

「口うるさくて、出しゃばりな……お前のことだ。挑発してやれば、顔くらいは見せるだろうと……思っていたぞ……」

「おま、えっ……!」

「戦士の覚悟を、思い知れ……!」

 

 誇らしげな笑みを力なく浮かべた瞬間、彼の手から爆弾がこぼれ落ちる。

 直後、辺り一面を焦熱と閃光で塗り潰すほどの、壮絶な大爆発が起こった。

 

 

 ***

 

 

「ザックレイ……!」

 

 プラトーは、信じられないという思いでその凄惨な光景を目に焼き付けていた。

 仇を討とうにも、その仇は一緒に吹っ飛んでしまったのだ。

 どうしようもない悔しさに身を震わせた彼は、力なく拳を壁に叩き付ける。

 

 悲しみも込み上げてきた、そのとき。

 リルナのごく近くで、恐ろしいほどの生体エネルギー上昇反応が起こり始めた。

 プラトーは、途端に戦慄した。

 彼女の強さを信じて疑ってはいなかったが、それでも嫌な予感がするほどのおぞましい生体反応。

 

 くそ、こんなときに……!

 

「リルナ!」

 

 プラトーには、悲しみにも怒りにも暮れる暇はなかった。

 一も二もなく、足が動き出していた。

 

 

 ***

 

 

「ふ、は、は……」

 

 男の口から、乾いた笑いが零れる。

 何の因果か。

 身体を強く地面に打ち付けて、満身創痍ではあるものの――。

 またしてもウィリアムは、ギリギリのところで「生き残ってしまった」。

 腹心の部下は、たった今死んだというのに。

 

「私より先に死ぬことは、なかったのだ……。馬鹿、野郎……」

 

 もうもうと焼煙を上げる、彼が生きていた場所に目を向けて。

 やるせない気分で、たった一言だけ。そう呟いた。

 それからはもう、そこへ目を向けることはなかった。

 ふらつく身体を押して、彼は立ち上がる。

 まだ、大事な仕事が残っている。

 ラスラたちを無事に逃がすという一仕事が。

 

「いたぞ! 生き残りだ!」

「死ねえ!」

 

 全身が打撲で血塗れになった、ボロボロの身体を引きずって。

 

「るあああああああああああああーーーーー!」

 

 ウィリアムは激情に魂を振り絞り、叫んだ。

 その身に数発の銃弾を撃ち込まれながらも、鬼のごとき気迫で敵に迫ると、スレイスで容赦なく斬り付ける。

 剣を一振りするたびに、敵の首も、四肢も、彼の激情を反映するかのように、激しく乱れ飛ぶ。

 その勢いのまま突き進み、彼は手近な車両の一台を奪って乗り込んだ。

 フロントミラーに映る、血の気を失って蒼白と化した顔面。

 震える手は、穢れた血と油に塗れていた。

 殺し合いに生き、殺し合いに死にゆく男の姿。

 

 そうさ。これが私に似合いの姿なのだ。

 

 彼は自嘲気味に、そう思った。

 だがこんな汚れた私でも、可能性を未来へ繋ぐことはできるはずだ。

 いや、繋がなければならない。

 ハンドルを力強く握る。彼の目は、最期の使命感に燃えていた。


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