一々着替えるのも面倒だったので、女のままスレイスを使って剣の修練を済ませてしまった。
きっちり一時間後に客間へ向かう。
そこには既に何人ものアウサーチルオンが集まって、わいわいがやがやしていた。ここのアジトで世話をしてくれているナトゥラたちだ。
一番の上座には、主催であるテオがどっしりと構えて座っている。彼は頬杖をついたまま、全体の様子を微笑ましそうに見つめていた。
普段は王とは思えないくらいに威厳もまったく感じさせず、気さくに話をしてくれる彼だが。
いざ収まるべきポジションに収まってみると、中々様になっていると感じた。
これが玉座だったら、もっとしっかり王様らしく見えたことだろう。
既にラスラはテオのすぐ隣、右斜め前の席に座っていた。
他にもテオの近くはいくつか席が空いている。どうも私たちのために空けていてくれているらしい。
私はラスラの向かいに座ることにした。
待っていると、アスティがやってきて私の隣に座った。
最後に、私たち五人分のお酒の入ったジョッキを持って、ロレンツが客間に入ってきた。
それらを一つずつ私たちの目の前に置いてから、ラスラの隣に座る。
やがて全員が揃ったところで、テオがすっと立ち上がり挨拶を始めた。
みんなの視線が一斉に彼へと集まる。
「今宵はよく集まってくれた。まずはお礼を言わせてほしい。ぼくなんかのために死力を尽くして、見事助け出してくれたこと、心からありがたく思う」
「ぼくなんかのためにとか、それは言いっこなしだぞ。テオ」
ラスラから野次が飛んだ。
テオは肩を竦めて、静かに頷いた。
「そうだな。言葉を変えよう。ヒュミテの王たるこのぼくを助けてくれてありがとう。無事ルオンヒュミテに戻ることができたなら、そのときは必ず君たちに力を尽くすと誓おう」
みんなの熱い眼差しを注がれて、テオは続けた。
「犠牲になった者たちは数知れない。だが、ぼくたちがいつまでも嘆き悲しんでいては、未来を託して亡くなった彼らも浮かばれないだろう。今日はあえて辛いことも忘れて、楽しくやろう」
その通りだよね。今日は楽しくやろう。
「では、堅苦しい挨拶はこのくらいにして。ヒュミテとナトゥラのために」
「「ヒュミテとナトゥラのために」」
一斉にその言葉が唱和される。宴会が始まった。
「かんぱーい」
自分のジョッキを持って、隣のアスティとジョッキをぶつけようとした。
が、まったく相手にされず、すっとかわされてしまった。
あれ?
「ユウ。お前、一人で何やってんだ?」
既にジョッキを傾けて中身を飲み始めていたロレンツが、変なものを見るような目をこちらに向けてきた。
「え、えっと。何でもない」
そっか。この世界には、乾杯の習慣がないのかな。
つい癖でやっちゃった。ああ恥ずかしい……。
一口だけジョッキに口を付けると、お酒特有の喉の奥がカッと熱くなるような感じがした。
結構アルコールの度数が高いみたいだ。
これを飲むのはまずいなと思って、ソフトドリンクを探しに席を立つことにした。
お茶のような飲み物を見つけた私は満足して、それをグラスに注いでから席に戻る。
それからは、時々それを飲みながら、おいしい料理に舌鼓を打った。
「さっきからお酒ほとんど一滴も飲んでないけど、どうしたの?」
宴もたけなわになったところで、アスティが不思議そうに尋ねてきた。
彼女は大分酔いも回って、気持ち良さそうにしている。
「あ、いや。お酒はちょっとね……」
肉体的にはまだ半分子供のまま止まっているからかな。
どうもお酒が入ると、過剰に回り過ぎるというか。
大人になったとき、試しに一回飲んでみたことがあるんだけど。
その後、ひどいことになったから。
うう。思い出したくもない……。
それ以来、自重してるんだよね。
「なんだぁ? ユウ! ノリがわりいぞ!」
顔を真っ赤にしたロレンツが、語気を荒くしてこちらにやってくる。典型的な絡み酒だった。
つい顔をしかめてしまったところに、彼は馴れ馴れしく肩に手を回してくる。
うわ。息が酒臭い。
「おい、遠慮せずに飲めって」
「いや、いいよ」
さらにそこへ、なみなみとグラスいっぱいにお酒を注いだラスラが近づいてきた。
彼女はアスティやロレンツと違って、あまり変わった様子は見られない。お酒には強いようだった。
「こういうときに飲めないというのは、感心せんな」
「そうかな」
「そうだぞ。一杯くらい付き合え。ほら」
結局断り切れずに、やや押し切られる形で飲まされてしまった。
口を近づけた瞬間、強烈なアルコール臭が鼻をつく。
どうも苦手なんだよね。これ。
そこにロレンツが、不意打ちを仕掛けてきた。
グラスを傾けて、一気に飲ませてきたのだ。
びっくりする間もなく、喉を焼くような熱さが、食道を縦に突き抜けていく。
むせて、咳き込む。
「けほっ! けほっ! これ、相当強いやつじゃないの?」
不安になって尋ねてみると、ラスラは事もなげに答えた。
「何のことはない。ほんの20パーセント程度だ」
「あ、ああ。まずい……」
「大丈夫だって。すぐ効いてきて、気持ち良くなってくるから。ね、ユウちゃん♪」
アスティの言葉通り、酒の効果は間もなく現れた。
何かを考えようとしても、靄がかかったように浮かんでこなくなって……。
あれぇ。頭が、ぽーっとしてきたぁ。
***
「えへへ……」
既に半ば平常の理性を失ったユウは、目をとろんとさせて、恍惚の表情を浮かべていた。
普段はさほど強くは感じさせないのだが。すっかり紅潮した頬も相まって。
今は成熟しかけのまま成長の止まった、瑞々しい少女の色気をむんむんと醸している。
「おいしい」
その声は、やはり普段はほぼ決して出すことのない、甘えるような蕩けるソプラノだった。
ユウは躊躇うことなく、グラスに注がれたお酒の残りをぐいっと飲み干す。
「お、なんだよ。全然いける口じゃないか」
実はロレンツが多少無理にでも彼女に酒を飲ませたのは、ただの悪乗りではない。
彼なりに表と裏の魂胆があってのことだった。
表の方の魂胆は、この場にいる全員に共通の理解がある。
このまま思いっ切り酔わせてこいつの口を軽くしてやろうぜ、とロレンツが目配せする。
アスティとラスラは、意図を察して小さく頷いた。
ユウはただのヒュミテではない。
明らかに何かの秘密があって、しかもそれを話さないでいる。
そのことを列車での治療の一件で決定的に突きつけられた三人の、ささやかな作戦だった。
悪意はない。酒の席を利用して、根掘り葉掘り聞いて、より仲を深めようと考えたのだ。
実は、素面のときに素直に聞いておけば、大体はすぐに話してくれる程度のことだったのだが。
戦いの日々の中本心を隠すことに慣れてしまった三人は、そのことに思い至らない。
そんな彼ら四人の様子を、テオは一歩引いたところで愉しげに観察していた。
そして、ユウはというと。
べったりとラスラの肩にまとわりついて、女性の柔肌同士を触れ合わせていた。
「ラスラぁ。おかわりちょうだい♪」
蕩けた猫撫で声で、控えめにグラスを突き出す。
己を押さえつけていた理性が吹っ飛んだので、元々重度の甘えん坊な彼女は、もう甘えることに対して一切の遠慮がなくなっていた。
精神を融和させている「私」も一緒になって酔っているから、誰も止める者がいない。
「ははあ。しょうがない奴だな」
ラスラは穏やかに微笑んで、二杯目を注ぐ。
ユウはにへらと邪気のない笑顔を見せて、グラスを軽く突きあげた。
「かんぱーい。うふふ」
「そのかんぱいって何なの?」
先ほどもそのワードを聞いて、疑問に思っていたアスティが、二杯目を勢い良く呷っていくユウに尋ねた。
ユウはふにゃっと首を傾げて、小さな子供が大人にお喋りするような調子で答えた。
「えーとね。わたしのところのね、お酒のあいさつだよー」
「聞いたことないわよ。アマレウムの出身なんでしょ? あそこには、そんなのなかったはずだけど」
二杯目もすぐ空になる。
今度はやや乱暴に突き出されたグラスに、ラスラがそっと三杯目を注いだ。
「ううん。わたしねえ、ずっとたびしてるの」
「旅?」
「うん~。ここは、よっつめなんだよ」
「四つ目?」
アスティをはじめ、全員が気になったが。
ユウはその話題を続けることなく、ぽつりと言った。
「さみしいの。いつもね、一人で行くから」
ほんの少しの間だけ、物悲しげな表情を見せる彼女。
だが周りには、何のことだかさっぱりわからなかった。
気付けば、もうユウは元の緩い酔っ払いの顔に戻っていた。
「ここのね。みんなも、だいすきだよ?」
甘えた声で裏もなくそう言うものだから、みんな思わず頬が緩んで、毒気が抜かれてしまった。
***
その後、何杯になるかわからないくらい飲んだユウは、すっかり出来上がってしまっていた。
肝心の話の方は、もうまともに考える頭がないのか、いくら聞いてもふわふわとした答えしか返ってこない。
もうロレンツたちは諦めていた。
「それにしてもねぇ。この部屋、ちょっとあついよね」
買ったばかりのキャミソールの胸元を、彼女はぱたぱたさせた。
隙間から、汗で蒸れた谷間が覗いている。
いつの間にか、服は盛大にはだけていた。
あとほんの少しずらせば、乳首が見えてしまいかねないほどに。
ロレンツが期待の目を向ける。
ついでに一部の男性タイプのアウサーチルオンと、悲しい男の性だろうか、テオまでもが思わずいやらしい視線を向けてしまう。
彼らの視線に気付いたユウは、いたずらっぽく小悪魔な笑みを浮かべてみせた。
「なぁに? 見たいの? うふふ、えっちさんですねえ」
すっかり身体が熱くなっていたユウは、男どもの視線にも一向に構わないと、上着の下に手をかけた。
ブラカップ付きのキャミソールを脱いでしまえば、その素肌を隠すものは何もない。
「ちょっと、ストーップ!」
予想外の事態に、アスティは慌ててユウの手を止めた。
意味のわからないユウは、きょとんと首を傾げている。
おへそと、綺麗にくびれた腰までがもう見えていた。
すっかり釘付けになっていたロレンツは、悔しさいっぱいに舌打ちする。
「あれぇ、あすてぃー。なんでそんなにあわててるの? あははは! うける」
「ユウちゃんねえ……。さすがに、無理に飲ませ過ぎたかしら?」
「わたしは、おとこらろぉー。あれ、いまおんならったっけ? えへへ」
ユウは、もう呂律が回らなくなってきてきた。
と、いきなりラスラを指差して大笑いし始める。
「きゃはははは! らすらがいっぱいらぁー。いっぱい」
見ると、今にも床に突っ伏してしまいそうなほど、ユウはふらふらになっていた。
最初に勧めたラスラも、さすがに心配になってきた。
「まずいな。これは想像以上にタチが悪いぞ。水を用意しよう」
「ほら、ユウ。飲むんだ」
場の空気を察して、予め水を持ってきていたテオが、そっと彼女にグラスを差し出した。
促されるままに、ごくごくと水を飲むと、ユウはアスティにぐったりともたれかかった。
「あすてぃ。ぎゅー」
媚びるような上目遣いに、アスティの心は完全にやられた。
「あーもう。かわいいなぁー! この子は」
アスティはユウを膝枕して、よしよしと撫でてやった。
そのうちにすっかり安心したのか、ユウは眠りに落ちてしまった。
すやすやと安らかな寝息を立てている。
「あらら。寝ちゃった」
「やれやれ。やっと落ち着いたか」
「まさかユウちゃんが、こんなに甘え上戸だったとはね」
ユウのさらさらした黒髪を撫でながら、アスティは彼女に温かい目を向けていた。
ラスラも、同じように温かい視線を向ける。
「こうして寝顔を見てみると、やはりまだまだ子供のように見えるな。ふふ。可愛いものだ。本当に同い年なのか疑わしいぞ」
「しっかし今のこいつ見てると、あのリルナと互角に張り合ったっていうのも、疑わしく見えてくるよな」
そこでテオが、完全に失われた彼女の左腕に視線を向けて、沈痛な面持ちになる。
それから、三人に向かって言った。
「あんなにボロボロになってまで頑張ってくれたんだ。今さら彼女が何者かであるかなど、問うこともないだろう。もしかすると、天が遣わしてくれた戦士なのかもしれないな」
その言葉に、三人それぞれ思うところがあったのだろうか。
しばしユウを見つめたまま、無言の時間が流れる。
「あたし、ユウちゃんを寝室まで運んでくるね」
やがて、気が付いたようにそう言ったアスティは、ユウをそっと抱える。
彼女を起こさぬよう、優しく寝室まで運んでいった。
***
「つまりだ。俺はこう、なし崩し的に身体を許してくれる的な展開を期待してるわけだな」
宴会も終わり、全員が寝静まった頃。
ロレンツは静かに行動を開始していた。
彼も飲み過ぎで多少ふらついてはいたが、歩く分にはまったく問題ない。
戦士はいついかなるときも、行動不能になるほどは飲まないものなのだ。
夜なので、全員個室には鍵をかけている。
いつもなら、ユウの部屋にも鍵がかかっているわけなのだが。
酔っ払って寝てしまった以上は、そのはずもなく。
彼にとっては、寝込みに近づく一大チャンスだった。
そう。これこそが、彼の裏の魂胆だったのだ。
ここまで見てきた経験上、ユウの弱点ははっきりとわかっていた。
彼女は、明らかに押しに弱い。
先っちょだけと言ったら、そのまま最後までやれそうな勢いで。
さすがの彼も、嫌がっているところを無理やりというのは心が痛む。そこまで堕ちたつもりはないと自負している。
そこでお酒に酔わせてしまい、うやむやのままなし崩し的にやってしまおう。
と、男なら誰でも一度は考えるであろう、ゲスそのものなテクニックである。
彼は良心の叱責など物ともせず、最低な作戦を実行に移したのだった。
ついにユウの部屋へ辿り着く。
オーケー。鍵はかかっていない。
彼は、顔がにやけるのを止めることができなかった。
物音を立てないように、そっとドアを開ける。
明かりなど一切ないが、暗い中ずっと歩いてため、夜目が効いている。
今、彼の前には、はっきりと楽園が映っていた。
ユウは、無防備に四肢を投げ出していた。
しなやかに鍛え上げられた、健康的な素足。
ショートパンツの下から露わになっている太ももは、むっちりと肉付きが良く。
何とも言いがたい、まだ青臭さも残した色香を放っている。
くびれた腰と、だらしなく開いた両足の付け根からくっきりと目に浮かぶ、女性の形。
ロレンツは、ごくりと唾を呑んだ。
こちらに向ける無邪気な寝顔は、艶やかな黒髪が纏わりついて。人懐こい可愛らしさの中にも。ほのかな色気を漂わせていた。
そして何よりも目に付くのは、はだけられたままの上着から覗くへそと、立派な胸だった。
キャミソールの肩ひもは、だらしなく上腕に引っ掛かって。
たわわに実った右胸。膨らみの上半分が、緩んだ布地の隙間からぼろんとはみ出している。
あと少しずり下げれば、その神秘の先端が露わになるだろう。攻めたギリギリ具合だった。
それほどの痴態を、まざまざと見せつけながら。
垂れることなくつんと上向いた、豊かなお椀型の双丘が。浅い呼吸に従って、ゆっくりと上下している。
時折、小さく身をよじって。
うぅんと、どこか悩ましげな、甘えるような喘ぎ声をかすかに漏らす。
まるで誘っているかのように。
「お、おお……」
感嘆の吐息が漏れる。無性にそそるものがあった。
これが元男の誇る容姿なのだから、反則級である。
とは言っても、元々の彼からして男らしくはないというか、かなりの女顔であることには違いなかった。
実は彼が中学生のとき、クラスの悪乗りで女装させられたことがあった。
そのまま学園祭のミスコンに出ることになり、うっかり優勝してしまったこともあるのだが……。
本人の名誉のため、ここだけの話にしておこう。
あともう少し手を伸ばせば、彼女のすべてが自分のものになるのだ。
「うへへ。では、おいしくいただくとしますか」
ついに、ユウの真上にまで彼は辿り着いた。
そして、いよいよ手にかけようとしたとき。
彼の急所目掛けて、恐ろしく鋭い蹴り上げが放たれた。
ロレンツは、知らなかったのだ。
ユウにとって、レンクスという偉大なる変態の先輩がいたことを。
そしてそのために、ユウは変態迎撃キックを、無意識のうちに開発していたことを!
意識のない分、一切加減のない蹴りが。
容赦なく、彼の股間を襲う!
「お、お、お、おおう……!」
完全に不意を食らったロレンツの股間へ、強烈な蹴りはものの見事にクリーンヒットした。
息が止まるほどの衝撃と、危ない浮遊感すら伴う強烈な痛みが、彼の全身を一度に駆け抜ける。
彼は情けなく股間を押さえたまま、よろよろと後退し、膝を屈して悶絶した。
「へんたいはしね……むにゃむにゃ……」
「くそったれ……強烈、だ、ぜ……」
自身がやった鬼のような反撃などつゆ知らず。
安らかな顔で寝言を呟く彼女を前にして、彼はその場で無念の笑みを浮かべた。
そして力尽きた。
***
翌朝。ユウはぼんやりと目を覚ました。
二日酔いのせいか、頭がガンガンしている。
まだ眠い目をくしくしとこすって、うんと伸びをして。
それから、胸元に目を向けたところで――。
一気に青ざめた。
服が滅茶苦茶に乱れていることに気付いたのだ。
はっと横に目を向けると、なぜかすぐ隣には。
股間を押さえたままという芸術的変態ポーズで、ロレンツがくたばっている。
ユウは慌てて、ばっと胸を押さえた。
まさか、お酒の勢いでしちゃった!?
焦った彼女は、すぐに記憶を辿ってみる。
『心の世界』は、すうべての出来事を記録してくれている。こういうときに便利だった。
記憶に行き着いた瞬間、ユウは昨夜の醜態を知った。
あまりの恥ずかしさに、みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。
一方で、どうやら何もされていないらしいことを知り、本当にほっとする。
もう今度こそ二度とお酒は飲むまいと、心に誓うのだった。
悶絶したままの無様な格好で、身体をくの字に折って気絶しているロレンツ。
彼に近づき、ユウは胸倉を掴み上げた。
「おいこら。ロレンツ。起きろ」
頬を軽くぴしっと叩くと。
彼はうっと呻いて、ゆっくりと目を開けた。
やや遅れて、股間に走る痛みに顔をしかめる。
「私の部屋で何をしてたの?」
「……なにって、そりゃ、ナニをだね」
へらへらと笑みを浮かべるロレンツに、ユウは冷ややかな睨みを向けた。
彼の額に、嫌な汗が流れる。
ロレンツは観念して、正直過ぎるほど正直に答えた。
「いやあ、あはは! 酔っぱらってるなら、もしかして身体を許してくれるかなーってさ!」
慌てて股間に手を当て、心から安堵する。
「ふう。どうやら肝心のタマは、無事のようだぜ」
「はあ……最っ低。ほんとに二度と使い物にならなくしてやろうか」
「お、おい。勘弁してくれよ」
「私はね、どこをどうすれば気持ち良くて、どこをどうすれば痛くて苦しいのか、よーく知ってるんだよ?」
元々は男だからね、と彼女は内心で付け加え。
ますます強く、彼をじと目で睨み付けた。
「……おお。やべえ。別の何かに目覚めそうだぜ」
ロレンツは、己のまさかの内なるMっ気に気付き、覚醒しようとしていた。
ユウは、心の底から呆れた。
「もう。どうして私に纏わりつくのは、変態ばっかりなのかな」
敵も含めると、貞操の危機に陥ったのは一度や二度ではない。
どうやら自分が思っている以上に、自分は男が好きにしたくなるような魅力を備えているのかもしれない。
そんな嫌気の差す事実に思い当たり、彼女は盛大に溜め息を吐いた。
「あのね。私は半分男なんだよ。あなた、自分で節操ないと思わないわけ?」
「くくく。そいつを補って余りあるくらい、お前の見た目が可愛いんだからしょうがないだろう」
あっそう。見た目ね。見た目。
カチンときたユウは、彼の履いていたズボンをパンツごと引っ張ってやった。
その中のブツに、唯一この世界で使える氷魔法をぶち込んだ。
《ヒルアイス》
「ひゃああ!」
粒状の氷をパンパンに詰め込まれ、彼は情けない悲鳴を上げた。
「一応治してやろうかと思ったけど、知らない。それで腫れでも冷やしとけ」
「うおおう!」
「次勝手に近づいたら、今度こそ潰すからね」
「お、おい。そりゃねえぜ!」
涙目になりながら訴える彼を、ユウは冷たく突き離して。
代わりに指をぴっと突きつけた。
「気で治すのにもね、それなりに時間がかかるの。お前なんかに使ってやる気力と時間がもったいない」
「うっ」
ただそこで、彼女は。
少しだけ険しい表情を緩めて、生来の優しい性分も見せた。
「まあ、どうしても痛むようだったら、しばらく私のベッド使ってもいいから。少し痛みが落ち着いたら、ちゃんと自分の部屋に戻ってね」
「おっと。それって……」
心配してくれたのかと言いかけた彼に、ユウはぴしゃりと告げる。
「じゃ、私は朝ご飯食べに行ってくるから」
「あっ、おいっ!」
「じゃあね」
残酷なほど綺麗な笑顔を振り撒いて。
彼女はもう彼には一切取り合うことなく、すたすたと部屋を出ていった。
一人だけ取り残されたロレンツは、しばし茫然としていた。
それから、ぽつりと呟いた。
「やばいな。冗談じゃなく、可愛く見えてきたぜ……。ちょっとだけ、マジで好きになっちまったかも」
半分野郎の奴をほんの少しでも女として好きになってしまうとか、彼にしてみればどうかしていた。
きっとこの所、あまりにも女に飢えているからに違いない。
ただ、どうしても。
彼女の中に潜む「女」を認めざるを得ない。そんな自分がいることも確かだった。
これは本格的に病気かもしれないなと、彼は思った。
ルオンヒュミテに帰ったら風俗にでも行くかと、彼は心の内に決めたのだった。