フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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A-7「暗雲立ち込めるエルン大陸 1」

 ルオン地下鉄道における死闘から、九日が過ぎていた。

 リルナは、信頼できる技師ガソットの下で、簡易修理だけを施してもらった。CPDを再びその身に取り付けられて、いいようにされることのないようにである。

 念のため彼女は、修理を行う前に、不意打ちの形でガソット自身に取り付けられたCPDを破壊しておいた。これにより、間違っても再びCPDを取り付けられる危険性を排除した上で、修理を依頼したのだった。

 彼にはある程度の事情を話し、口外は厳禁とした。

 ほぼ復調した彼女は、表向きはディースナトゥラ近隣の都市から順に捜査を進めるよう指示を出した。

 彼女としては、メーヴァに逃げ込むという話をユウから聞いていたので、あえて捜査の目を外すことで時間稼ぎをしたのである。

 表向きは捜査を進める一方で、裏では歴史等の事実関係に関する調査を進めていた。

 ユウが話していたことの真偽を、まずは自分の目で確かめるためだ。

 首都に戻ったリルナは、すぐにトラニティと極秘でコンタクトを取った。

 内臓トライヴシステムを持つ彼女に事情を話し、捜査に見せかけての各地における実地調査を依頼したのだった。

 彼女はいつもながらの軽いノリで、快く引き受けてくれた。

 他のメンバーでCPDの影響がなくなっている者がいれば話をしたかったが、既にプラトーの指示の下で、独自に捜査を開始しているようだった。

 彼女は仕方ないと諦めて、たった二人での調査を始めた。

 

 リルナはまず、中央図書館の調査から始めた。

 ディーレバッツ隊長という肩書を使って、一般閲覧禁止の資料も利用する許可をもらい、片っ端からインストールしていった。

 それから地下街の捜査を名目に、CPDの影響を受けていない地下住民に対して地道な聞き込みを開始する。わずかながらではあるが、ヒュミテからも話を聞くことができた。

 聞けば聞くほど、地上に暮らすナトゥラの異常性が浮き彫りになる内容だった。

 つい先まで自分もその仲間、それも筆頭だったというのだから、これほど恐ろしいこともない。

 

「今までのわたしは、目が曇っていたとしか思えない……。まるで、ちぐはぐじゃないか」

 

 よくよく判明してみれば、明らかに整合性の取れない情報ばかりが並んでいた。

 ヒュミテ側の主張する歴史と数十年単位で食い違っていたり、まったく正反対のことなどざらである。

 二千年以上前の記述が不自然なほど切り取られてしまっていることも、歴史に対する不信感に拍車をかける。

 まるで造り物のようだ、とリルナは思った。

 実際、かなりの部分で作為的な操作が施されているに違いなかった。

 

 たった一人だけだが、製造後百年を超えるというナトゥラから話を伺うことができた。

 彼女は語る。

 

「私はね、怖くてもうずっと言えませんでした。誰も信じてはくれないのですから」

 

 どちらから始めたのかもわからない。突如として、戦いは始まったのだと。

 気が付けば、まるで示し合わせたかのように、ナトゥラとヒュミテは二手に分かれて殺し合い、覇を競っていたという。

 やがて共通認識の通り、大勢はナトゥラの勝利に終わった。

 

「ああ、それなのに。若者たちは、時代を経るにつれて、ますます互いに憎しみを強めていく。お互いを根絶やしにするまで、この戦いは終わらないのでしょうか。ああ、恐ろしい。恐ろしい」

 

 ひとしきり語り終えた女性のナトゥラは、どっと疲れたように溜め息を吐いた。

 しかしその顔は、話すべきことをやっと話せたことで肩の荷が下りたのか、安堵しているようだった。

 

「お話、感謝する」

 

 リルナは深く一礼をすると、彼女の元から去った。

 賑やかな地下の商店街を歩きながら、リルナは雑音も耳に入らぬほど真剣に思案に耽っていた。

 

「どうなっているのだ。調べれば調べるほど、煙に巻かれてしまっているようだ」

 

 とうとうナトゥラとヒュミテが争いを始めたそもそもの理由すら、よくわからなくなってしまった。

 内部から知り得る情報には、すっかり手が加わってしまっているようだった。

 内側からでは、真実はわからないのかもしれない。

 ここは、旧時代の遺跡の調査に向かったというトラニティの報告を大人しく待つしかないか。

 時間が経ち過ぎていて、あまり期待はできないが。

 彼女は肩を落とすと、難しい顔をしたままディークラン本部へと戻った。

 

 

 ***

 

 

 廃都キプリート。

 かつてナトゥラが創り出される前、世界崩壊前に栄えていたとされるエルン大陸の都市である。現在はほとんど原形を留めないほど、すっかり荒れ果てた遺跡と化している。

 草一つすら生えない荒野のあちこちに、溶けた跡のある金属の残骸だけが放置されたまま残っていた。そのほとんどは元の形などまったく想像できないボロクズで、辛うじて家の形を成していたと確認できるものがぽつぽつあるのみである。

 トラニティは、転移を使ってこの地へとやってきていた。

 

「随分埃っぽい場所よね。さすがに年月が経ち過ぎて、何も残ってないかしら。って、あれ?」

 

 かつて建物だった跡地を調べていた彼女は、偶然にも、地面に取り付けられた分厚い金属の蓋を発見したのだった。

 早速持ち上げてみる。

 

「うんしょっと。ふう。非戦闘タイプにこの重さはきついですって」

 

 蓋の下は、手すり付きの階段になっていた。奥は真っ暗で、地下へと長く伸びている。

 よほど保存状態が良かったのだろうか。見るも無残な地上とは打って変わって、意外なほどに当時の雰囲気を留めていた。

 

「当たり見つけちゃったっぽい」

 

 彼女は意を決すると、恐れることなくその中へと足を踏み入れていった。

 しばらく進んでいくと、突き当たりに錆び付いたドアがあった。横には、何かを入力する装置の成れの果てがある。本来ならば、パスコードでも入力するところなのだろうか。

 トラニティは、思い切り力を込めてドアを押してみた。するとドアは、ガコンと音を立てて外れてしまった。

 入ってみると、どうやらそこは、何かを保管するための倉庫のようだった。

 保管していたものが何かまでは、彼女にはわからない。というのも、中はすっかり風化していて、ほとんど何も残っていなかったからだ。

 あまり期待できないかなと思いつつも、一縷の望みをかけて、彼女はその場所を念入りに調べる。

 ただ一つ、文字の刻まれた金属製の板だけが残っていた。

 彼女は知る由もないのだが、それは後世に情報を残すために特別に作られたものだった。

 手に取ってみる。

 

「ディー計画文書……何かしら」

 

【ディー計画文書 エストティア2532周期37/401日】

『我々は……のために……すべてを失った。…………生体……と半…………機械…………ナトゥラを製造することを決定した。………………ついては…………テスト……実用化…………』

 

 そこには言葉も失ってしまうような、衝撃的な内容が書かれていた。

 読み進めていくと、みるみるうちにトラニティの表情が歪んでいく。

 

「なんてこと……! 今すぐリルナっちに伝えて、一緒にどうするか考えなくちゃ!」

 

 あいにく先ほど転移したばかりで、再使用可能までにはあと二十分弱は待たねばならなかった。

 もどかしいと感じた彼女は、すぐに通信機の電源を入れてリルナにかけた。

 間もなく、彼女が出る。

 

『もしもし。トラニティ。何か発見があったのか』

「リルナっち! 大変なの。聞いて!」

『どうした。そんなに血相を変えて』

「すべては、ずっと仕組まれていたことだったのよ! 百機議会も、まず私たちの敵よ! 私たちは、ずっといいように操られて――ううん、使われていた!」

『なに!? どういうことだ!? 教えてくれ!』

「あのね。私たちはね、ナトゥラもヒュミテも、本当はね……! ――はっ!? な――」

 

 ガシャン。

 通信機が、地面に落ちる音がした。

 

『おい、どうした? トラニティ。おい。返事をしろ! トラニティ!』

 

 ブツッ。

 

 ツー。ツー。

 

 

 ***

 

 

 翌日。トラニティは、地下遺跡の奥で、変わり果てた姿で発見された。

 頭部には、銃のようなもので撃ち抜かれた跡があったという。

 直ちに近辺が捜索されたが、「何も」見つからなかった。


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