フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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50「この手を伸ばさなければ届かない」

「焦土級……戦略破壊兵器……」

 

 聞くからに、ものものしい呼称だった。

 

「何だそれは?」

「かつてこの世界を瞬く間に死の星に変えたという、悪魔の兵器だ。一機だけが残存して、システムの守護者として再利用されている」

「そんなものが……」

 

 プラトーは、項垂れて首を小さく振った。

 

「今はまだ影も形も見えないが……じきにここへやって来るだろう。オレたちは、終わりだ……」

「なぜ終わりと決めつける? わたしは――」

「今ここで天災が起こったとして、どうにかできると思うか?」

 

 物静かだった彼が急に声を荒げたので、リルナは虚を突かれたように声を呑み込んだ。

 そんな彼女に投げやりな視線を向けて、彼はまた溜め息を吐いた。

 

「……そういうレベルの話だ。どうしようもないさ」

 

 彼は、すっかり諦めてしまっているようだった。

 

「だが……」

 

 絶望する彼を見て、リルナは言葉が続かなかった。

 そんな彼女の後を継いで、私は言った。

 胸に湧き上がる決意を込めて。

 

「それでも。簡単に諦めちゃいけないよ。やるだけのことはやらなくちゃ。泣き言を言うのは、それからでいい」

「お前は……」

 

 プラトーが、うんざりしたようにこちらに視線を投げ返した。

 けれどその瞳は、私の瞳をじっと探っている。

 

 絶望的な状況なんて、何度も経験してきた。実際に世界が終わる寸前まで行ったこともある。

 何度も失敗した。でも、同じくらい何度だって乗り越えてきた。

 私の力だけじゃない。仲間の力を合わせて、さらに運が覚悟に味方しなければ届かなかったことだってたくさんある。

 結局は、どうしても届かなかったものもある。

 その境目は、わからない。

 だからこそ、どこまでも足掻かなくちゃ。できることはしなくちゃ。

 この手に届くものは限られている。

 けれど可能性は、手を伸ばした者にしか与えられない。

 

「私、みんなを連れてくる。まずはできる限り戦力を集めて、それからプレリオンを止めよう。犠牲者を少しでも減らすために」

「その後は、どうする。まさか……本気で戦うつもりなのか?」

 

 信じられないという顔で呻くプラトーに、私は力強く頷いた。

 

「もちろん。最後までやってみなくちゃわからないじゃない」

「お前は……。わかっているのか。自分が何を相手にしようとしているのか……!」

 

 詰め寄られて、はっきりと目が合ったとき。

 彼は、はっとしたようだった。

 私から、揺るがない決意を感じ取ったのだろう。

 どんな相手だろうと関係ない。やるだけだと。

 責めの代わりに出てきたのは、またもや溜め息だった。すっかり呆れているようにも見える。

 これで呆れられたの、何度目だろう。

 

「何なのだ。本当に……。お前は、何度も何度も。なぜそこまで足掻く。なぜ諦めようとしない。一体、お前は……」

「ただの旅人だよ。でも、それなりに絶望は見てきた。同じだけ、希望があることも知っている」

 

 まだほんの若造だけどね。でも少しは知ってるつもり。

 たとえ惨めに見えたとしても、足掻くことには、それなりの価値があるんだってことを。

 

「どうせ何もしなくても死ぬなら、やるだけやってやろうよ。ね。ナトゥラとヒュミテで意味のない殺し合いを続けるより、よっぽど希望があるって」

「なぜ、そう思う?」

「だって、この上なく倒すべき敵がはっきりしてて、勝てばいいんだから。後腐れも一切ない」

「ふ、ふふ……ははは! その通りだな!」

 

 可笑しくてたまらないといった調子で笑い出した、リルナの方を見る。

 彼女は、熱っぽい眼差しをこちらに向けていた。

 

「わたしは現実を見ない馬鹿が嫌いだ。だが、ユウ。お前みたいな馬鹿は、嫌いじゃない」

「ありがと。一応言うけどね。私だって、怖くないわけじゃないよ」

 

 プラトーは、もう何も言わなかった。

 少しだけ、目に強い意志の光が宿ったように見える。

 この調子なら、きっと大丈夫だろう。

 

「リルナ。私が少し離れている間、もし何かあったら頼むね」

「もちろんだ。任せてくれ」

 

 さて。転移魔法でルオンヒュミテ、と。

 

「あ、そうだった」

 

 そうだ。大事なことを忘れてた。

 

「行く前に、一つだけはっきりさせておこうか。わだかまりがあったままじゃ、嫌だものね」

 

 私には既に確信があった。だから、彼に対する怒りはもうない。

 プラトーの目をしっかりと見て、告げた。

 

「マイナとウィリアムを殺したのは君だ。でも、トラニティを殺したのは君じゃない。プレリオンが勝手にやった。そうでしょう?」

「そうだったのか?」

 

 言いつつ、リルナにももうさほど驚きはないようだった。

 プレリオンもまた、プラトーと同じくビームライフルを備えている。

 ほぼ不意打ちのような形なら、戦闘タイプではない彼女にはどうしようもなかった。

 おそらくそれが真相に違いない。

 リルナから聞いたよ。仲間想いなんだってね。

 君には、殺せなかったんだ。

 

「…………オレは、止められなかった。見殺しにしたようなものだ。オレが殺したのと、何が違うと言うんだ」

 

 長い沈黙の後、プラトーが、とうとう観念したように呻いた。

 私は、色々思う所はあったけど、あえて微笑みを向けることにした。

 

「リュートを放り投げたこともね。君はずっと一人で悩んで、戦ってた。そのくらいは、自分を認めてあげてもいいんじゃないかな」

 

 それだけ言うと、私はそれ以上余計なお節介は付け加えずに、ルオンヒュミテに転移した。

 別荘に待機してもらっているヒュミテのみんなの力を借りて、これから始まる死闘に全力で臨むために。

 

 

 ***

 

 

 リルナとプラトー。二人だけが、その場に取り残されて。

 プラトーは、気まずい顔でリルナを見やる。

 彼女は、まっすぐ彼を見つめ返していた。

 彼を見つめるその目に、もう敵対したときの激しい動揺と憤りは込められていない。

 彼は、嘆息した。

 

「あのどうしようもないお人好しに教えてやってくれ。心を見透かされるのは、気分の良いことばかりじゃないとな」

「ふふ。まったく同感だ。他人の事情に土足で踏み入られるのは、あまり気分の良いものじゃないな」

 

 しばらく沈黙が流れる。

 先に破ったのは、リルナの方だった。

 

「すまなかったな。最後まで信じてやれなくて」

「いいさ。あのときは本気で『直す』つもりだった」

 

 そう言ったプラトーは、憑き物が落ちたようにすっきりした顔をしていた。

 彼女を支えていた、副隊長としての彼に戻っていた。

 どうしようもない事態に陥って、ようやく覚悟が決まったと言える。

 なぜあれほど悩んでいたのか、馬鹿馬鹿しくなるほどに。かえって清々しい気分だった。

 

「さて……オレは行く。仲良く死にに行くのに、付き合ってはいられないからな」

「他にやるべきことがあるのだろう。そんな目をしてるぞ」

 

 プラトーは肩を竦めただけで、否定はしなかった。

 代わりに、盛大に溜め息を吐いた。もう何度目になるかわからない溜め息を。

 

「まったく……。どいつもこいつも。少しは格好付けさせろ」

「大丈夫だ。わたしには今のお前、十分格好良く見えるぞ」

「はあ……。こうなれば、やるだけやるより仕方がないだろう。坐して滅びを待つよりはな」

 

 そして、彼女の青色の瞳をしっかりと見つめ返して、今度こそ正直に言った。

 百機議会の前で対峙したときは言えなかった言葉が、今はどうしてか臆面もなく素直に出てきた。

 

「オレはな。どんな形であれ、お前に生きていて欲しかったのだ」

 

 リルナは、何も言い返さなかった。ただ黙って頷いてくれた。

 

 二十年前、ディー計画の監視者として孤独な日々を過ごしていた彼は、偶然調査先で捜査対象であった彼女を見つけた。

 リルナ。

 リート・ルエンソ・ナトゥラ。

「ナトゥラを正しく守り導く者」という意味を込められて、彼女は名付けられたという。

 孤高の天才研究者、ルイス・バジェットの遺作とされている。

 ルイス・バジェットは、計画の反対者として要注意リストの筆頭に名を連ねるほどの人物だった。

 システムにも、当然のようにルイスのデータは載っていた。彼が開発したものもあらかたは載っている。

 リルナは、間違いなく計画にとっての、真の敵となるはずだった。

 ゆえに、見つけ次第抹殺しなければならなかった。

 

 だが彼は、殺せなかった。

 ようやく見つけた旧時代の仲間を、彼はどうしても殺せなかった。

 

 彼は提案した。彼女にもCPDを植え付け、計画の手駒として利用することを。

 彼女を生かすには、それしか方法がなかった。

 提案は、ほどなくして受け入れられた。

 それからの二十年間は、彼にとっても幸せだった。

 たとえそれが、まやかしの日々に過ぎないのだとわかっていても。

 幸せだったのだ。孤独でない日々は。家族のように思っていた。

 

「ディーレバッツの連中にも、生きていて欲しかった」

 

 大事に思っていたゆえに、過保護になってしまったのかもしれない。

 結果として、判断を誤った。みすみす大切な仲間を死なせることになってしまった。

 もっと早く戦わせてやるべきだったのだろう。たとえそれが無駄な足掻きに過ぎないかもしれないのだとしても。

 彼女の本来の使命と望みを、尊重してやるべきだった。

 もはや取り返しは付かないが、せめてこれからは彼女の望み通りにさせてやろう。そう思った。

 ならば、オレは影から支えよう。

 彼女には彼女の戦場があり、自分には自分の為すべき務めがある。

 この二千年間、ずっと無力な観測者で居続けたツケを、どうやら支払う時が来たようだ。 

 

「死ぬなよ。リルナ」

「お前こそな。プラトー」

 

 返事の代わりにぎこちない苦笑を浮かべると、プラトーは一人街の奥へと消えていった。


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