しばらくして落ち着いたプラトーは、移動途中に教えてくれた。
システムを創り上げたのは、当時の主戦派が中心だったという。それゆえに、星が回復するまでの長大な時間を利用した、ナトゥラとヒュミテを用いた壮大な戦争シミュレーション研究の仕組みを考え付いたのだろう。
吐き気がするような仕組みを。
システムが健全に機能するように、管理者、監視者、実行者、守護者が設定された。
プラトーは監視者として当時に造られた、特別なナトゥラだった。
システムの命令に従わなくなったエラー因子と、俺のようなイレギュラー因子を発見し、システムに報告等をする役目が与えられていた。
だが、最初こそ役目に忠実なだけの存在だったのだが、皮肉なことに、彼自身もいつしか自分としての意志を持ち、命令に従う強制力を超越したエラー因子になっていたのだという。
実行者として造られたのが、プレリオンだ。
自らの意志を持たぬ殺戮機械として、様々な裏仕事を任されていた。
そして、戦争シミュレーションにおける二百年の一サイクルが終了する段階で一斉起動し、ゲームを終わらせるという大きな役割を持っている。今回の事態がまさにそれだったのだ。
そしてオルテッドは、システム本体の維持管理を担う者だった。
先に俺たちが対峙したのは「外出用の」時限式機体であり、本体はずっとエストケージに留まっているという。
いつか旧人類が戻ってくるその日まで、システム本体が存在するエストケージに座して見守り続けることが彼本来の務めだった。
だが結局、旧人類は自ら滅び去ってしまった。
帰るはずの主もないまま、二千年もの間システムはただあり続けた。
バラギオンこそが、絶対にして最強の守護者だった。あれがいる限り、システムを止めることは不可能だった。
重大な危険が存在すると、システムがそう判断した段階で奴を起動し、圧倒的な武力で要因を殲滅するオールクリアを実行してしまうからだ。
バラギオンは、ダイラー星系列が一機のみ未回収で残していったものを、命令系統だけ改造して利用したものだという。
戦った今だからこそよくわかる。
あんな化け物は、フェバルほどの力を持った奴でもない限りどうしようもなかった。
システムには、緊急時におけるナトゥラ停止命令が存在する。
動かなくなってしまったナトゥラは、再起動命令を出されなければ、もう二度と動くことはないと言う。
システムをただ破壊するだけではいけなかったのだ。その前に、再起動命令を出させなければならない。
だが、システムが自発的にその命令を出すわけはない。
そのために、リルナをシステム本体の所まで連れて行くことが必要だと。
つまりはそういう話だった。
もちろん、その前にオルテッドが立ち塞がっているだろう。
「二千年にも渡って悪意を振りまいてきたシステムだ。接続するに際して、どんな危険があるか……」
「肝心なところは、リルナに頼るしかないなんて。心苦しいな」
俺が役目を代わってやれればと、そう思わずにはいられなかった。
この星の運命が、彼女だけに重くのしかかっているのだ。
それでも彼女は、毅然として行くだろう。そういう人だ。
だからせめて。そこまでの道は、なんとかしてやりたい。
「エストケージまでは、どうやって行けばいい」
「確か記憶によれば、宇宙船があったはずだ……。ちょうど二人乗りくらいの奴がな」
「さすがにみんなでぞろぞろってわけにはいかないか」
バラギオンのときのように、みんなの力に頼ることはできない。
いや――。
歩いていくと、ようやく向こうにみんなの姿が映り始めた。
その光景を見たとき、俺は思い直した。
誰もが、勝利を確信していた。
ある者は抱き合って喜び、ある者は喚き叫び。ある者は感極まって嗚咽を上げ、ある者は静かにすすり泣いている。
そこにもはや絶望はない。危機感もない。
あるのは、ただ喜びと解放感だった。
「そのうち」ナトゥラのみんなも動き出して、すべてが解決すると。
そう信じている。
――そうだな。
だったら。そう思わせておいてやろう。最後まで。
絶望の象徴であるバラギオンは倒れた。プレリオンも動きを止めた。
みんなにとっての戦いは、もう終わったんだ。
もうこれ以上の犠牲は要らない。もう誰も傷付く必要なんてない。
あの笑顔が失われるようなことなど、もう二度とあってはならないんだ。
この日は、きっと彼らにとって歴史的な日になるだろう。
この世界がようやく旧時代の呪縛から独立した記念すべき日だ。
――そうであるべきだ。そうでなくてはいけない。
だから。
あとは俺自身の手で、ケリをつけよう。
ここから先の戦いは、誰も知る必要はない。
それに、相手だってもう一人だけなんだ。
いくら強くとも、フェバルでもないただの人間だ。
母さんのやり残した仕事でもある。俺自身が始末するべきだろう。
すると。
俺の生命反応を捉えていたのだろう。
猛然の勢いで、リルナが真っ先にこちらへ飛び込んできた。
「プラトー! お前……!」
背負った彼の悲惨な姿を認めて、彼女はショックで目を見開いていた。
プラトーは、気まずそうに顔を背けている。
俺は問答無用で、彼女の目の前で彼を引き下ろしてやった。
相変わらず目を向けられないプラトーに、リルナはがばりと抱き付いた。
「馬鹿者! そんなになるまで、無茶するやつがあるか……!」
彼女は、彼の性格からすぐに察したのだろう。泣きそうな顔で腕に力を込める。
プラトーは、一瞬驚いた後、神妙な顔で彼女にされるがままになっていた。
「……すまない。すまなかった」
やっと絞り出すように、不器用な口調でそう言うと。
リルナはもう離さないと、腕の力をますます強める。
「いい。よく生きて帰ってきてくれた……」
抱き合って再会を喜び合う二人の姿に、こちらまで胸が熱くなってくるのだった。
***
しばらくして、ようやくリルナが彼を離したところで。
空気を読んで離れていた他のディーレバッツのみんなも、ぞろぞろとやってきた。
まず飛び込んでいったのは、ステアゴルだった。
彼は突然、ガツンと一発だけプラトーの頭をぶん殴ったのだ。
極太の腕から繰り出される衝撃に、プラトーが声もなく顔を歪める。
抑える腕もないから、もろに食らっていた。すごく痛そうだ。
「こいつで勘弁してやらあ。あんまり隊長さんを泣かせるなよな!」
ゴン、ともう一発重い拳骨がさらに響く。
今度はジードだった。
「わしもついでだ。この大バカ野郎」
止めに、ブリンダからもきついビンタがお見舞いされた。
「これで許してあげるわ」
三発の熱いお叱りをいきなり受けて、プラトーはすっかり間の抜けたように固まっていた。
遅れて、恐る恐るの声で尋ねた。
「……お前たち。このオレを……恨んでいないのか……?」
「ふふ。わたしと同じようなことを言っているぞ」
たまらず、リルナが笑う。
「だって。あのとき、いつまで経ってもわたくしたちを殺しに来なかったんですもの」
ねえ、とブリンダが同意を促すように小さく首を傾げると、ジードもステアゴルも頷いた。
「それでさすがに少しは察したよ。なあ」
「これでも結構な付き合いがあるんだからよ! 騙せねえぜ! あんたがガチで殺しにかかるときは、容赦なく狙い撃ちって相場が決まってっからなあ!」
がはは、とステアゴルが気持ちよく笑う。それで大分空気も明るくなった。
はは。それもそうだな。
彼ら自身が生きていること自体が――わかってみれば、バレバレじゃないか。
プラトーは、一人だけ俯いてしまった。
みんなの前でみっともなく「泣き」出しそうなのを堪えている。
どうやら、すっかり心を打たれてしまったらしい。
「ああ。氷の副隊長ともあろうお方が、なんて様だ」
「こりゃあ見ものだ!」
「はい。わたくしの目を通して、動画にバッチリ保存させていただきましたわ!」
ズバッと早口で言ってのけたブリンダに、リルナが面白そうににやりとした。
「でかしたブリンダ。今度みんなでじっくり弄ってやろう」
「おい……やめろ……!」
泣き顔のまま半笑いで突っ込むプラトーに、全員が大笑いする。
『よかったね』
『ああ』
本当によかった。彼にちゃんと帰る場所があって。
もう戦えなくなったけれど。いや、もう戦う必要はない。
これでやっと、彼の戦いは終わったんだ。
***
「ちょっと向こうへいいか。これからの大事な話があるんだ」
人気のないところへリルナを連れていく。
俺は彼女に、知り得たすべてのことをほぼ包み隠さず話した。
彼の名誉のため、プラトーが「泣きながら」頼んできたことだけは内緒にして。
彼女には真実を受け止めるだけの強さがあることを、俺はよく知っている。
実際、仲間を失ったと思っていたときのことに比べれば、彼女は随分と冷静に話を聞いてくれた。
「まさか、わたしにそんな重大な役目があったとはな……」
「ということで、どうやら君が要らしい」
「……まったく。水臭いな。あいつも」
リルナは、やれやれと小さく肩を竦めた。
「君にはきっと大変な思いをさせることになる」
「今さらだろう。それでナトゥラを救えるというなら、わたしはやるさ」
「俺も最後まで付き合うよ。一緒に戦おう」
するとリルナは、どこか呆れたように溜め息を吐いたのだった。
「はあ。お前は、本当に……」
「なに?」
「いや――わたしの制作者の所だったな」
「うん。行こう。やり残した仕事を片付けに」