フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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61「歴史に残る戦いと、決して残すことのない戦い」

 しばらくして落ち着いたプラトーは、移動途中に教えてくれた。

 システムを創り上げたのは、当時の主戦派が中心だったという。それゆえに、星が回復するまでの長大な時間を利用した、ナトゥラとヒュミテを用いた壮大な戦争シミュレーション研究の仕組みを考え付いたのだろう。

 吐き気がするような仕組みを。

 

 システムが健全に機能するように、管理者、監視者、実行者、守護者が設定された。

 プラトーは監視者として当時に造られた、特別なナトゥラだった。

 システムの命令に従わなくなったエラー因子と、俺のようなイレギュラー因子を発見し、システムに報告等をする役目が与えられていた。

 だが、最初こそ役目に忠実なだけの存在だったのだが、皮肉なことに、彼自身もいつしか自分としての意志を持ち、命令に従う強制力を超越したエラー因子になっていたのだという。

 実行者として造られたのが、プレリオンだ。

 自らの意志を持たぬ殺戮機械として、様々な裏仕事を任されていた。

 そして、戦争シミュレーションにおける二百年の一サイクルが終了する段階で一斉起動し、ゲームを終わらせるという大きな役割を持っている。今回の事態がまさにそれだったのだ。

 そしてオルテッドは、システム本体の維持管理を担う者だった。

 先に俺たちが対峙したのは「外出用の」時限式機体であり、本体はずっとエストケージに留まっているという。

 いつか旧人類が戻ってくるその日まで、システム本体が存在するエストケージに座して見守り続けることが彼本来の務めだった。

 だが結局、旧人類は自ら滅び去ってしまった。

 帰るはずの主もないまま、二千年もの間システムはただあり続けた。

 バラギオンこそが、絶対にして最強の守護者だった。あれがいる限り、システムを止めることは不可能だった。

 重大な危険が存在すると、システムがそう判断した段階で奴を起動し、圧倒的な武力で要因を殲滅するオールクリアを実行してしまうからだ。

 バラギオンは、ダイラー星系列が一機のみ未回収で残していったものを、命令系統だけ改造して利用したものだという。

 戦った今だからこそよくわかる。

 あんな化け物は、フェバルほどの力を持った奴でもない限りどうしようもなかった。

 

 システムには、緊急時におけるナトゥラ停止命令が存在する。

 動かなくなってしまったナトゥラは、再起動命令を出されなければ、もう二度と動くことはないと言う。

 システムをただ破壊するだけではいけなかったのだ。その前に、再起動命令を出させなければならない。

 だが、システムが自発的にその命令を出すわけはない。

 そのために、リルナをシステム本体の所まで連れて行くことが必要だと。

 つまりはそういう話だった。

 もちろん、その前にオルテッドが立ち塞がっているだろう。

 

「二千年にも渡って悪意を振りまいてきたシステムだ。接続するに際して、どんな危険があるか……」

「肝心なところは、リルナに頼るしかないなんて。心苦しいな」

 

 俺が役目を代わってやれればと、そう思わずにはいられなかった。

 この星の運命が、彼女だけに重くのしかかっているのだ。

 それでも彼女は、毅然として行くだろう。そういう人だ。

 だからせめて。そこまでの道は、なんとかしてやりたい。

 

「エストケージまでは、どうやって行けばいい」

「確か記憶によれば、宇宙船があったはずだ……。ちょうど二人乗りくらいの奴がな」

「さすがにみんなでぞろぞろってわけにはいかないか」

 

 バラギオンのときのように、みんなの力に頼ることはできない。

 

 いや――。

 

 歩いていくと、ようやく向こうにみんなの姿が映り始めた。

 その光景を見たとき、俺は思い直した。

 

 誰もが、勝利を確信していた。

 ある者は抱き合って喜び、ある者は喚き叫び。ある者は感極まって嗚咽を上げ、ある者は静かにすすり泣いている。

 そこにもはや絶望はない。危機感もない。

 あるのは、ただ喜びと解放感だった。

「そのうち」ナトゥラのみんなも動き出して、すべてが解決すると。

 そう信じている。

 

 ――そうだな。

 

 だったら。そう思わせておいてやろう。最後まで。

 

 絶望の象徴であるバラギオンは倒れた。プレリオンも動きを止めた。

 みんなにとっての戦いは、もう終わったんだ。 

 もうこれ以上の犠牲は要らない。もう誰も傷付く必要なんてない。

 あの笑顔が失われるようなことなど、もう二度とあってはならないんだ。

 

 この日は、きっと彼らにとって歴史的な日になるだろう。

 この世界がようやく旧時代の呪縛から独立した記念すべき日だ。

 

 ――そうであるべきだ。そうでなくてはいけない。

 

 だから。

 

 あとは俺自身の手で、ケリをつけよう。

 ここから先の戦いは、誰も知る必要はない。

 それに、相手だってもう一人だけなんだ。

 いくら強くとも、フェバルでもないただの人間だ。

 母さんのやり残した仕事でもある。俺自身が始末するべきだろう。

 

 すると。

 俺の生命反応を捉えていたのだろう。

 猛然の勢いで、リルナが真っ先にこちらへ飛び込んできた。

 

「プラトー! お前……!」

 

 背負った彼の悲惨な姿を認めて、彼女はショックで目を見開いていた。

 プラトーは、気まずそうに顔を背けている。

 俺は問答無用で、彼女の目の前で彼を引き下ろしてやった。

 相変わらず目を向けられないプラトーに、リルナはがばりと抱き付いた。

 

「馬鹿者! そんなになるまで、無茶するやつがあるか……!」

 

 彼女は、彼の性格からすぐに察したのだろう。泣きそうな顔で腕に力を込める。

 プラトーは、一瞬驚いた後、神妙な顔で彼女にされるがままになっていた。

 

「……すまない。すまなかった」

 

 やっと絞り出すように、不器用な口調でそう言うと。

 リルナはもう離さないと、腕の力をますます強める。

 

「いい。よく生きて帰ってきてくれた……」

 

 抱き合って再会を喜び合う二人の姿に、こちらまで胸が熱くなってくるのだった。

 

 

 ***

 

 

 しばらくして、ようやくリルナが彼を離したところで。

 空気を読んで離れていた他のディーレバッツのみんなも、ぞろぞろとやってきた。

 まず飛び込んでいったのは、ステアゴルだった。

 彼は突然、ガツンと一発だけプラトーの頭をぶん殴ったのだ。

 極太の腕から繰り出される衝撃に、プラトーが声もなく顔を歪める。

 抑える腕もないから、もろに食らっていた。すごく痛そうだ。

 

「こいつで勘弁してやらあ。あんまり隊長さんを泣かせるなよな!」

 

 ゴン、ともう一発重い拳骨がさらに響く。

 今度はジードだった。

 

「わしもついでだ。この大バカ野郎」

 

 止めに、ブリンダからもきついビンタがお見舞いされた。

 

「これで許してあげるわ」

 

 三発の熱いお叱りをいきなり受けて、プラトーはすっかり間の抜けたように固まっていた。

 遅れて、恐る恐るの声で尋ねた。

 

「……お前たち。このオレを……恨んでいないのか……?」

「ふふ。わたしと同じようなことを言っているぞ」

 

 たまらず、リルナが笑う。

 

「だって。あのとき、いつまで経ってもわたくしたちを殺しに来なかったんですもの」

 

 ねえ、とブリンダが同意を促すように小さく首を傾げると、ジードもステアゴルも頷いた。

 

「それでさすがに少しは察したよ。なあ」

「これでも結構な付き合いがあるんだからよ! 騙せねえぜ! あんたがガチで殺しにかかるときは、容赦なく狙い撃ちって相場が決まってっからなあ!」

 

 がはは、とステアゴルが気持ちよく笑う。それで大分空気も明るくなった。

 

 はは。それもそうだな。

 彼ら自身が生きていること自体が――わかってみれば、バレバレじゃないか。

 

 プラトーは、一人だけ俯いてしまった。

 みんなの前でみっともなく「泣き」出しそうなのを堪えている。

 どうやら、すっかり心を打たれてしまったらしい。

 

「ああ。氷の副隊長ともあろうお方が、なんて様だ」

「こりゃあ見ものだ!」

「はい。わたくしの目を通して、動画にバッチリ保存させていただきましたわ!」

 

 ズバッと早口で言ってのけたブリンダに、リルナが面白そうににやりとした。

 

「でかしたブリンダ。今度みんなでじっくり弄ってやろう」

「おい……やめろ……!」

 

 泣き顔のまま半笑いで突っ込むプラトーに、全員が大笑いする。

 

『よかったね』

『ああ』

 

 本当によかった。彼にちゃんと帰る場所があって。

 もう戦えなくなったけれど。いや、もう戦う必要はない。

 これでやっと、彼の戦いは終わったんだ。

 

 

 ***

 

 

「ちょっと向こうへいいか。これからの大事な話があるんだ」

 

 人気のないところへリルナを連れていく。

 俺は彼女に、知り得たすべてのことをほぼ包み隠さず話した。

 彼の名誉のため、プラトーが「泣きながら」頼んできたことだけは内緒にして。

 彼女には真実を受け止めるだけの強さがあることを、俺はよく知っている。

 実際、仲間を失ったと思っていたときのことに比べれば、彼女は随分と冷静に話を聞いてくれた。

 

「まさか、わたしにそんな重大な役目があったとはな……」

「ということで、どうやら君が要らしい」

「……まったく。水臭いな。あいつも」

 

 リルナは、やれやれと小さく肩を竦めた。

 

「君にはきっと大変な思いをさせることになる」

「今さらだろう。それでナトゥラを救えるというなら、わたしはやるさ」

「俺も最後まで付き合うよ。一緒に戦おう」

 

 するとリルナは、どこか呆れたように溜め息を吐いたのだった。

 

「はあ。お前は、本当に……」

「なに?」

「いや――わたしの制作者の所だったな」

「うん。行こう。やり残した仕事を片付けに」


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