ディースナトゥラの後始末は、ラスラたちに任せることとして。
ユウとリルナは、人知れず行動を開始した。
近くにある適当な車を拝借して乗り込み、燃料が足りていることを確認してから、プラトーより聞いたルイス・バジェット研究所のある場所へ向けて走らせる。
運転は自動操縦に任せることができたので、ユウとリルナは後部座席に隣同士座っていた。
しばらく車を走らせると、陸地が切れて濁り切った海の上へと出た。
研究所は遥か遠くにあり、まだ数時間はかかる。
やがて、ユウがうとうとし始めた。リルナがそっと声をかける。
「疲れているのか」
「いや。大丈夫だ」
そうは言うものの、ふらふらで明らかに限界に達している様子だった。
「少し休め。いざというとき戦えないぞ」
「でもリルナだって、疲れてるんじゃないのか」
「わたしは機械だからな。エネルギーも補充してある。まだまだ平気だ」
「そうか。じゃあ悪い。お言葉に甘えることにするよ」
ユウは目を瞑ると、よほど疲れていたのだろう。
五分もしないうちに、すやすやと寝息を立てていた。
車は乱気流に突入する。
振動で、ユウの身体が揺れた。自然とリルナに肩を寄せる形でもたれかかる。
「おっと……仕方のない奴だな」
リルナはユウを横に寝かせて、自分の膝の上に乗せてやることにした。
特別な半生体素材でできている彼女は、一般のナトゥラと違って、生身の人間とほとんど変わらない柔らかい質感の機体を持っている。
これまではあまり快くは思っていなかったのだが、今はこれでよかったと、彼女には心からそう思える。
ユウとほとんど同じなのだから。
ユウは安らかな顔で眠っていた。
それを見つめるうち、リルナも自然と表情が柔らかくなっていた。
「こんなに無防備に身を預けて。今なら簡単に殺せてしまうな」
傷だらけの頬を優しく指でなぞって。ふふ、と彼女は小さく笑った。
何もない穏やかな無言の時間が続く。
こんな時間がいつまでも続けば良いのに、と彼女はそんなことを思った。
ユウの髪を、そっと撫でつける。
乾いた汗で少しべたべたした感触の中に、硬い砂埃が混じっていた。
「……ありがとう。プラトーを助けてくれて。わたしを助けてくれて」
ユウからの返事はないが、彼女は構わず独白を続けた。
「わたし自身の役目を知ったとき。実は少し、心細かった」
この身にかかる責任の重さと、遠く離れた宇宙へ孤独な戦いに赴かなければならないことを知って。
事情を知れば、ディーレバッツの仲間たちはまず力になってくれるだろう。
しかし、プラトーが簡単にやられたほどの相手だ。どれほどの犠牲が出てしまうのか。
そんな心配を見越した上で、この人は言ってくれたのだ。
「嬉しかった。お前は、最後までわたしに付き合ってくれると言ってくれたな。当たり前のように」
リルナは目を細めて、彼が自分たちやバラギオンと戦ったときのことを思い返す。
「本当に馬鹿な奴だよ、お前は。この世界の事情とは、何の関係もなかったのに。どこまでも自分を犠牲にして。こんなボロボロになってまで。どれほどお人好しなんだ」
自分の手で斬り落としてしまった左腕を、今は機械製の義手になってしまっているそれを、彼女は愛おしむように撫でた。
それでも彼は、決して自分を恨むことはしなかった。それどころか、ますます心を開いて自分に歩み寄ってくれた。
辛くてどうしようもないときには、必死になって慰めてくれた。戦うときはいつも側にいて、気遣ってくれた。嬉しいときは一緒になって喜び合った。
いつだって、本心で向き合ってくれた。
「結局お前は、誰一人として心ある者を無闇に殺そうとはしなかった」
ただの敵だと思っていたのに。ただの甘い奴だと思っていたのに。
いつの間にか、そんな甘い考えのままで、自分とこの星全員の運命をすっかり変えてしまおうとしている。
本当に大した奴だ。リルナは、心からそう思う。
だが……。
「お前の心を垣間見た。お前の運命が垣間見えた。お前だって、よほど寂しい旅を続けているじゃないか」
心の奥に抱えた、どうしようもない寂しさを押し殺すように。
誰かに愛されたいと願い、甘えたいと願う気持ちから目を遠ざけるように。
普通に生きることを諦めて、あくまで心の拠り所を置かない旅人として生きることを選んだ。
ユウもまた、人並みの弱さを抱えた一人の人間に過ぎない。
自分と同じなのだ。何も変わらないのだ。
むしろどちらかと言えば、誰かが支えてやらないといけないような脆さがある。
それなのに。いや――。
だからこそ。お前は誰かに優しくなれるのかもしれないな。
「そんなお前を。そんなお前だから、わたしは――」
ユウの顔を、熱い眼差しで見つめて。
リルナは目を瞑り、小さく首を横に振った。
「いや――これは直接言ってやるべきだな」
代わりにリルナは、ユウの右手を指先からしっかりと絡めるように握った。
「ユウ。わたしに力を貸してくれ。お前と一緒なら、どこまでもやれる気がするんだ」