フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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66「星海 ユウという名前」

 やがて母さんは、少し言いにくそうに切り出した。

 

『実はね。今日はお別れを言いに来たのよ』

 

 そして、名残惜しそうな顔で続ける。

 

『悪いけど、しばらく異世界からは引退だ――この子がいるからな』

 

 優しげに目を細めて、母さんはお腹をさすった。

 そうだったんだ。

 母さんが異世界に行くのを止めたのって、俺のためだったのか……。

 

『そうか……。寂しくなるね』

『そうね』

 

 しんみりとした空気が漂う。

 静寂を破って、母さんが口を開いた。

 

『もう色々と挨拶回りは済ませてきた。ここが最後だ。一番気がかりなのは、やっぱりこの世界だった』

『すまないね。心配をかけて』

『本当は、もう少しくらい面倒見てやりたかったんだけどね。地球でも色々あってさ。子育てしながらじゃ、さすがに手が回りそうもない』

 

 母さんは、腰に取り付けたホルスターに手をかけた。 

 

『だから、私の代わりってわけじゃないけど』

 

 そこから、無骨でシンプルな造りのハンドガンを取り出す。

 一見何の変哲もないそれが、ただの銃でないことは。

 ルイスのぎょっと驚いた反応から、すぐに読み取れた。

 

『それは……! 君の大切なものじゃないか!?』

『いいのよ。私の暮らす世界じゃ、こんなものは役に立たないからな』

 

 私自身の腕さえあればそれで十分、と母さんは胸を張った。

 

『こいつをあんたに託しておく。もし必要になったとき、然るべき相手に渡してやってくれ』

 

 母さんが本当に物を頼むときの真剣な目で、ルイスに告げた。

 ルイスも意を汲んだのだろう。余計なことは言わず、丁重にそれを受け取った。

 

『ああ。わかった。目の届くところに、大切に保管しておくよ』

 

 彼はすぐに研究室の壁際へと向かった。

 そこには大きめの棚があって、彼は棚から何やら黒い蓋つきの箱を取り出した。

 箱の蓋を開けて、母さんから託された銃を丁寧にしまい込む。

 しっかりと収めると、蓋を締めて箱は元の場所に戻した。 

 よく見てみれば――今も、その黒い箱はそこにしっかりとあった。

 

『これで用も済んだな。じゃあ、名残惜しいけど。そろそろ行くことにするわ』

『向こうでもちゃんと幸せにやれよ』

『もちろん。なに、この子が少し大きくなったら、今度は一緒に連れて来てやるさ』

 

 ――それは、結局叶わなかった。

 

 先を知っている俺からすれば、この別れがどうしようもなく寂しいことのように思えた。

 

『そう言えば。性別はどっちなんだい?』

『あえて聞いてない』

『それはまたどうして?』

 

 母さんは、にっと笑った。楽しみで仕方がないというように。

 

『産まれたときに初めて会いたいからな』

 

 母さん……。

 胸が熱くなる。

 

『でも、名前とか色々困らないか? 僕ならすぐに調べちゃうけどな』

『名前なら、もう決めてる』

 

 お腹にそっと手を当てて。

 中にいる俺に言って聞かせるように、母さんは穏やかな口調で言った。

 

『男の子でも女の子でも、ユウだ。優しい子に育つようにってね』

 

 不意に、目に熱いものが込み上げてきた。

 

『ユウか……いいじゃないか。とても素敵な名前だと思うよ』

『だろ? 旦那と話し合って決めたんだ』

 

 明るく笑った母さんは、お腹の中の俺に、優しい声で語りかける。

 

『ユウ。私もシュウも、お前に会える日を楽しみに待ってるからな。ちゃんと元気で出て来るんだよ』

 

 ぽろぽろと、次から次へと涙がこぼれ出てきて。

 止めることができなかった。

 

 俺……。

 

 母さんと父さんの子供でよかった。本当によかった。

 

 ――今まで、色んなことがあってさ。

 

 話したいことが、たくさんあるんだ。

 

 泣き虫は、少しは直したつもりだったけど……ちっとも直ってなかったよ。

 

 母さんも父さんもいない一人きりの夜は、とても寂しかったけど。もう平気だよ。

 あれから、たくさんの人と出会って。友達も、いっぱいできたんだ。

 だから。もう大丈夫。

 俺、母さんと父さんの望んだ通りになれてるか、わからないけど。

 何とかやってるよ。ちゃんと元気にやってるよ。

 

 静かに涙を流す俺の頭に、温かい手が触れた。

 そのまま、手は優しく頭を撫でてくれる。

 振り向くと、リルナは何も言わずにただ微笑んで、いいんだと首を横に振った。

 

 母さんの幻が、ルイスの研究室を去っていく。消えていく。

 袖で涙を拭って。

 俺はその後ろ姿を、最後まで目に焼き付けた。

 

 ねえ。母さん。

 今から、また戦いがあるんだ。

 母さんがやり残した仕事が。

 きっとこれからも心配させるようなこと、たくさんするだろうけど。

 俺、頑張るから。しっかりやっていくから。

 どうか、見守っていて下さい。


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