研究所の三階に、ドックと案内されているいかにも場所があった。
俺とリルナは一緒にそこへ向かった。
「こっちへ来い。見つかったぞ」
リルナの手招きに従って行くと、そこには普通の車に混じって、宇宙船らしき乗り物が一台だけあった。
透明な蓋が上部に付いた白い車みたいな乗り物で、およそ地球のロケットなどとは似ても似つかない代物だった。どちらかと言えばUFOに近いような気がする。
プラトーの言っていた通り、椅子が隣り合わせで二つだけあるので、確かに二人乗りのようだ。
後部に付いたナンバープレートには、『近宇宙型1-204』と刻まれている。
「こんな形状と大きさで宇宙に行けるのか。すごいな」
「旧文明の賜物だな。わたしたちの時代では、宇宙に行く理由がなくなってしまったからな。宇宙関連の技術はかなり衰退してしまっている」
宇宙船の蓋に手をかけたところで、リルナが思い出したように尋ねてきた。
「わたしは機械だから平気だが、お前はその恰好で宇宙で活動できるのか? さっき宇宙服も見つけたが」
「その辺は大丈夫。ごてごてのものを着ていたら戦いにくいだろう。ちょっと手を握っていて欲しい」
「わかった。何かをするつもりだな」
頷いて、リルナと手を繋ぐ。
リルナが側にいると、普段よりもずっと心の力が湧いてくるようだった。
気のせいではないだろう。もう何度も助けられてきたから。
なぜリルナだけそうなのか。
何となく、今ならその理由もわかるような気がした。
「私」にも呼びかける。
『いつも通り、君も一緒に頼むよ』
『オッケー』
レンクス。また技を借りるよ。
《不適者生存》
見た目は何も変化はないが、確かに使えた感触があった。
これで宇宙空間でも問題なく活動できるはずだ。
「これでたぶん大丈夫。何があるかわからないから、一応君にもかけておいたよ」
「助かる」
それにしても……。
ウィル。お前は……。
まさかこうなることを見越して、いきなり宇宙に飛ばすような真似をしたのか……?
気まぐれでそうしたのだと思っていたが。
今は、ここで必要になるから、レンクスに使わせるように仕向けたのだとしか考えられなかった。
レンクスを殺したのも、バラギオンと俺たちを戦わせるため。
この世界を滅ぼすためではない。
それなら邪魔者のいない今この瞬間にだって簡単にできるはずなのに、そうはしていないから。
そもそもあいつは、この世界にはさほど興味がないようだった。
今はどこにも気配を感じないけど……。
あいつの行動には、何か裏がある。
でも何が目的なのか。見当も付かなかった。
「どうした? 急に難しい顔をして」
「少し気になることがあってね。まあ今は関係ないことだ」
「相談したいことがあったら、遠慮なく言えよ」
「もちろん」
リルナが乗り込むのに続いて、俺も乗り込んで座る。
運転は、いつだか乗り物には詳しいと豪語していたリルナに任せようと思っていたのだが。
「マニュアルの他に、リモコンでも簡単に操作できるようだな。エストケージが目的地に設定されている」
「最初から、そのつもりで作ったのかもしれないね」
「そうかもな」
ルイスのことを思い出したのだろう。リルナは神妙な顔をする。
「そう言えばさ。ここ、壁が開く機構とか、何もないみたいなんだけど」
「とりあえず押してみればわかるだろう」
気を取り直したリルナが、軽い調子でリモコンに設定された目的地へ行くボタンを押す。
ぱっと、視界が途切れたかと思ったら。
俺たちはもう宇宙空間にいた。
宇宙船のライトによって照らされた向こうには、真っ暗な宙に浮かぶ小島のような要塞がうっすらと映っている。
エストケージに違いなかった。
見下ろせば、エルンティアの星の姿が大きく映っていた。
どうやら宇宙とは言っても、大気圏からかなり近くの高度のようだ。
それはともかく。
「こんなにあっさり着いてしまうとは……」
リルナが、拍子抜けしたように漏らす。
俺もまったく同意だった。
「正直、もっと色々あると思っていたよ」
だが考えてみれば、あの《パストライヴ》の開発者なのだから、遠距離ワープくらいお手の物だったのかもしれない。
そもそも、そのくらいできる技術がないのなら、宇宙戦争など成立し得ないのだから。
そこからさらに迫ろうとすれば、さすがに途中、いっぱい砲撃も受けた。
だけど正直、ディースナトゥラのガチガチ警備に比べたら大したことないというか。
たぶん、メンテナンスなしで故障した兵器が多いからだろう。母さんから聞いたほどの威容はなかった。
ショートワープも使える宇宙船を、リルナが巧みに操って上手くかわしていく。
いよいよ近づいてくると、エストケージはくすんだ銀色のフォルムを露わにした。
中央工場と中央処理場を足したくらいはあるだろうか。
宇宙の建造物としては相当な大きさで、所々に砲が突き出している以外は、全体として丸みを帯びている。それがゆっくりと回転していた。
入り口のゲートが見えた。金属ががっちりかみ合って固く閉ざされていたが、リルナが《セルファノン》を使ってこじ開ける。
このとき、どうしても外に出なければならなかったので、やはり《不適者生存》をかけておいて助かった。
宇宙船は、エストケージ上部の船着場へと侵入した。
降りてみたところ、ふわふわと宙に浮かぶこともなく、しっかりと地に足が付いた。
どうやら重力が発生しているらしい。
さすがに二千年も経てば、あちこちが老朽化しているようだった。
そして、物音一つすらしない。どこを見てもくすんだ銀一色のつまらない光景が広がっている。
ただ広いだけの、まるで宇宙の監獄だ。一分一秒でも長居したいとは思えない、あまりにも寂しい場所のように思われた。
こんなところに、オルテッドはずっといたのか。
二千年もの間、たった一人で。何をやっていたのだろう。
ここに来るまでは、彼に対してまだ憤りを感じていたが、いざこんな光景を目の当たりにしてしまうと、どうしても同情が芽生えてしまった。
彼がどこか狂ってしまった理由も、何となくわかるような気がした。
壁には案内が掛かっていた。メイン区画というところに、システムの本体があるようだ。
向こうに通路が続いている。リルナと頷き合わせて、駆け足で進んでいくことにした。
途中でプレリオンや他の兵器が襲ってくることも一切なかった。
あまりにも何も起こらないまま、本当に誰かがいるのだろうかという疑念さえ脳裏を過ぎったとき――。
「待っていたぞ。ユウ」
メイン区画に繋がる通路の手前で。
オルテッドは、言葉通りに立ちはだかっていた。
彼は、他に誰も引き連れてはいなかった。プレリオンの姿も、余計な兵器も一切存在しない。
まさか。一人だけでやるつもりなのか。
何より彼の真剣な目を見たとき、俺にはどうしても思うところがあった。
そして少し迷った末に、俺は一つの決断を下した。
「リルナ。先に行っててくれ。あいつとは、俺
リルナはわずかに逡巡したが、俺の意を汲んで黙って頷いてくれた。
「了解した。必ず追いついて来るんだぞ」
返事の代わりに、親指を立てた。リルナも同じく親指を立てて返してくれる。
彼女はすぐに《パストライヴ》を使用して、オルテッドの横をすり抜けてメイン区画の中へ入っていこうとする。
オルテッドは、彼女には一切見向きもしなかった。
邪魔をすることもできるはずなのに、まるでどうでもいいかのように。
それで、確信に変わった。
そうか……。
この男は、何よりもまず母さんに――。
勝ちたかったのだ。自分の手で。
気付いてしまうと。
あの狂ったような笑いも、今こうして向かい合っていることも。
もう怒る気にはなれなかった。どことなく哀しいものが漂ってくる。
俺は、母さんの代わりにはなれないけれど。
腰から、母さんの形見を抜く。
オルテッドの瞳が、わずかに揺れた。
魔力銃ハートレイル。
おそらく通用するだろう。まともに当てることさえできれば。
「オルテッド。望み通りだ。決着をつけよう」
「ユウ。貴様を倒すことで、私の新たなる第一歩としよう」
もう終わらせてやろう。
彼が二千年も待ち続けた虚しい望みを、せめてこの銃で撃ち抜いて。