この戦い――おそらく、一瞬で決着がつくだろう。
お互いに一発で勝負を決められる武器を持っている以上は。
あいつの物質消滅波と、俺と「私」の銃撃。どちらが先にまともに入るか。
戦いが終われば、ゆっくり喋ることはもうできないかもしれない。
だからその前に、やはりどうしても確かめておきたいことがあった。
そしてもし、できることなら――。
「オルテッド。戦いの前に、少しだけ聞いておきたいことがある」
「ほう。なんだ」
「……なぜ、バラギオンが現れたあのタイミングで初めて出てきたんだ?」
オルテッドの眉がぴくりと動いたのを、俺は見逃さなかった。
「答えを言ってやろうか。お前は、出たくても出られなかったんだ。お前自身も、バラギオンによって行動を縛られていたから」
図星を突いたのだろう。
オルテッドは、険しい顔で黙り込んでしまった。
プラトーは言っていた。「ただの」管理者と。
オルテッド自身が言っていた。「今は」自分が支配者だと。
バラギオンが倒された「今は」そうなのだろう。
だが元々の彼が、あくまで自立したシステムの維持管理「しか」任されていなかったのだとすれば。
バラギオンは、システムにとって異常をなす者、害をなす者は全て排除する。
それは、オルテッドであっても例外ではなかったのだ。
とすれば、彼は実に二千年以上もの間、この宇宙の牢獄でろくに身動きも取れず、一人で過ごしていたことになる。
それがどれほどの孤独か。想像も付かなかった。
「それに、なぜあえてわざわざ姿を現した? 本気で星の征服を狙うつもりなら、お前自身はいつまでも姿を隠し、量産型バラギオンを完成させてから一気に蹂躙することもできたはずだ。なのに、それをしなかったのは――」
「……もう、いいだろう。そんな無駄口をいくら叩いたところで、私は止まらんぞ」
「どうしてだ? どうしてこんなことを続ける?」
「…………」
「意味がないよ。もう十分だろう。お前だって、十分に苦しんだはずだ」
オルテッドは、随分長いこと重苦しい沈黙を保っていた。
時間にすれば、ほんの数秒のことだったかもしれないが。
それが非常に長く感じられたのは、場を包む尋常ならざる緊張と、何より彼自身思うところがあったからだろう。
やがて彼は、静かに口を開いた。
「この世には悪が必要なのだ。それで救われる者がいる。それで利益を得る者がいる。そして――」
こちらに挑むような決然とした瞳で、彼は不敵な笑みを浮かべた。
「悪は最後まで悪でなければならない」
……そうか。
それが、お前の答えなんだな。
「もう、戻れないんだな……」
「私はエストティアの人間。どこまでも人類の意志を貫き通すのみ」
「俺は……お前を倒すよ。システムを止める」
「いいだろう。来い」
オルテッドが、右手を突き出して構える。
俺も右手の銃を構え直した。
――消滅波が、来る。
《パストライヴ》
目に見えない消滅波の圧倒的な速度に対しては、直接身体を動かしていてはとても間に合わない。
ゆえに姿を消して、奴の背後か横を取る一手だった。
オルテッドの後ろに回り込む。
しかし彼は、同時に後ろにも左手を回していた。
読まれている――!
消滅波が、すぐそこまで迫っているはずだ。
避ける余裕はない。中途半端に避けたとしても、第三波をかわす手がない。
だが――負けるわけにはいかない!
変身する。
私たちで、倒す!
「私」の協力で瞬時に体勢を入れ替えることによって、完全な直撃だけは避けた。
それでも、すべてを避け切ることはできなかった。
消滅波が、左の脇腹から足にかけて、ごっそり削り取っていく。
気を失いそうになるほどの激痛に耐えて、右半身の攻撃姿勢は綺麗に残した。
右手に構えた銃で、狙いを定める。オルテッドの動力炉に。
祈るように、引き金を引いた。
乾いた銃声が、響き渡る。
そして――次の瞬間には、決着がついていた。
オルテッドの身体が、崩れ落ちるように床へ沈んでいく。
ふらふらになりながら、自分の身体を見下ろす。
目算三分の一近くも削れてしまった左足は、赤黒い血肉がありありと見えていた。
脇腹の方は、内臓に届いているかもわからない。
正直、立っているのも不思議なくらい。
ほんとに、ひどい姿。
でも、何とか倒せた。殺すこともなく。
血まみれになった足を引きずって、彼の元へ歩み寄ろうとしたとき。
彼に、異変が起きた。
暴走した消滅のエネルギーが、彼自身を呑み込もうとしていたの!
「オルテッド!」
「寄るな!」
助けに向かおうとする私を、彼は苦痛に歪んだ顔で静止した。
「ふっ。この兵器に……唯一欠陥があるとすれば。制御を失ったときのリスクだな……」
自嘲気味に彼が笑う。
その間にも、彼の身体は無に飲み込まれようとしていた。
そうか。あの兵器は、リルナと同じ自動展開型。
なんてこと……!
誰も近寄ることができないような兵器を、自分に施すなんて……!
「顔を。よく見せろ……」
私は、彼の最後の頼みに応えた。
できる限りの範囲で近づいて、彼の顔を見つめてやる。
そこで、はっきり気付いてしまった。
これは、新たな野望に燃える男の顔などでは決してない。
人生に疲れ切った、枯れた老人のような顔だと。
ルイスと、同じ……。
いや、それ以上の孤独を……この人は……。
「ふ、はは……あの女に、そっくりだな。見事な、腕だったぞ……」
綺麗に撃ち抜かれた胸を指差して、彼は満足そうに微笑む。
「オルテッド……あなた……」
「さあ。お前たちの、勝ちだ。行け……システムは……しぶといぞ……」
そしてオルテッドは、この世から姿を消した。
自ら作り上げた兵器によって、自らの手で人生に幕を下ろすことで。
オルテッドは――。
本当はただ、決着をつけたかっただけなのかもしれない。
二千年以上も。ずっと、待っていた。
システムに囚われ続けた自分を止めてくれる相手が、いつか現れることを。
「……急ごう。リルナが、待ってる」
システムはまだ止まっていない。終わらせなければ。
男に変身し、気力による治療でこれ以上の出血だけは辛うじて止めて。
満身創痍の身体を突き動かし、俺はメイン区画へと急いだ。