どくんと。胸が高鳴った。
リルナ。君は――。
「告白というのは、恥ずかしいものだな」
やや恥ずかしそうに、けれど彼女は決して顔を反らすことなく。
真剣な瞳で、俺の顔を見つめている。
「お前はわたしのことを、どう思っている」
凛として、こちらの返事を待っている。
けれども双眸は、純真な乙女のように。
期待と不安の入り混じった感情で、揺らめいていた。
逃げてはいけないと思った。中途半端な気持ちで答えてもいけないと思った。
俺は自分の気持ちを誤魔化さずに、彼女の目をしっかり見て言った。
「正直……あまり、考えたこともなかったよ。いや、考えないようにしていた」
俺には、誰かを好きになる資格なんてないんじゃないかと思っていた。
人を愛する資格なんてないんじゃないかと思っていた。
男であり、同時に女でもあるこの身の上で。
誰を愛せばいいのだろう。
男と女、どちらを愛するべきなのだろう。
それはまあ、あまり大した問題ではないかもしれない。
けれど、それを抜きにしたところで。
フェバルである以上は。
異世界の渡り人である以上は、一つ同じ所に留まることはできない。
いずれ必ず別れる運命が決まっているのなら。
離れてしまえば、もう二度と会うことができないのなら。
愛する誰かに、最後まで責任が持てないのなら。いつまでも辛い思いをさせてしまうのなら。
いっそのこと、誰も好きにならなければいいと。
そう思っていた。
ずっと、逃げてきた。
心のどこかで割り切っていた。諦めていた。
友情だけに留めるなら、誰も傷付くことはないと。
それ以上に踏み込んでしまうことを。踏み込まれてしまうことを。
どこかで恐れていた。
だから、あえて意識しないように遠ざけてきた。避け続けてきた。
でも、君は――。
そんな俺に、とうとう真正面からぶつかってきた。
俺を好きだと言ってくれた。
心から嬉しいと思う。本当に素敵なことだと思う。
だけど、俺に。こんな俺に。
君の想いに応える資格は、あるのだろうか。
その迷いが、次の言葉を詰まらせる。
「俺は……」
リルナは、そんな情けない俺を見つめて――。
「好きだからでは、いけないのか?」
はっと、させられるようだった。
彼女の青く透き通った瞳が、迷いなくこちらの瞳を覗き込んでくる。
もう一度。確かめるように。
彼女は言った。
「わたしは、ユウが好きだ。愛している」
心臓が、早鐘のように波打つ。
そっと。愛おしむように、頬を撫でられた。
「お前が何者であろうと。これからどこへ行こうとも。関係ない。愛している」
そして、寂しい心の奥を見透かすような、切ない瞳で問いかけてくる。
「それでは、いけないのか?」
――それは、何よりも簡単な答えで。
きっと俺が、何よりも求めていた「許し」だった。
「……そうだね。きっと、それでいいんだ」
一粒だけ。
温かい涙が頬を伝って、ほろりと零れ落ちた。
ああ。そうか――。
俺は、誰かを好きになって良かったんだ。
君を好きになって、良かったんだ。
「リルナ」
「ああ」
「先にそこまで言わせてしまって、本当にかっこ悪いけどさ」
彼女は黙って、うんと頷いてくれる。
「俺からも、ちゃんと言わせて欲しいんだ」
返事を待つ彼女に、俺は精一杯の気持ちを伝えた。
心からの感謝と、親愛を込めて。
「俺も君が好きだよ。愛している。初めて出会ったときから。ずっと、心に君がいた」
男として、敵としての君と向かい合ったとき。
最初はただ怖いと思った。
でも女として、初めて素の君の笑顔を見たとき。
素敵だと思った。
それから君は、本当に色んな顔を見せてくれた。
いつだって。誰よりも俺と、私と真剣に向き合って。想いをぶつけ合ってきた。
そして、君の悩みを知り、苦しみを知って。
同じだと思った。何も変わらないんだって。
それからは、君との距離がもっと近くなったような気がした。
お互いに支え合って、ここまで戦い抜いた。
辛いことも楽しいことも、分かち合って。
決して長い時間ではなかったけれど。誰よりも深い絆で結ばれるようになっていた。
いつの間にか、心から君に惹かれていたんだ。
どうして君とだけ、深く感情が通じ合ったのか。
なぜ君の力が負担もなく、使えるようになったのか。
今なら、よくわかる気がする。
心の力は。
繋がりが強いほど、想いが強いほど。その輝きを増すのだから。
もう言葉は必要なかった。
どちらからともなく。
そっと、唇を重ね合わせる。
触れ合い、感触を確かめるようなキスから、深く入り込む。
抱き締めるための腕は、もうないけれど。
動かない左腕を、彼女の右手が愛おしむように撫でる。
そのまま壊れかけの左手にまで降りてきて、指同士が交わり合う。
きつく身体を絡め合って。それと同じくらい、ねっとりと舌を絡め合って。
一つに重なり合った。
敵対していた心が、いつしか信頼に変わり、愛が生まれる。
それは、とても素敵なことで。とても幸せなことで。
心が温かいもので満たされていく。
今まで感じたことのない愛情に満たされていく。
この時間が永遠に続けばいいと。そう願った。
崩れ落ちる要塞の中で。
俺とリルナは、いつまでもいつまでも。
愛を確かめ続けた。
***
やがて、エストケージの崩壊が終わって。
俺とリルナは、宇宙空間に放り出されていた。
眼下には。母なる星エルンティアの雄大なる姿が、まざまざと映っている。
『宇宙船も、すっかり吹き飛んでしまったね。どうやって帰ろうか』
リルナは、穏やかに微笑んだ。
『このまま抱き合っていればいい。星の重力が、わたしたちを導いてくれる』
俺も微笑み返した。
『そうだね――帰ろう。エルンティアへ。みんなの待つ場所へ』
この世界へ来たとき。
初めて目にしたときには、わからなかったけれど。
空を覆う濁った雲に、切れ目ができている。その下からは、わずかに青い海が覗いていた。
二千年以上に渡る、長き冬の時代を越えて。
ヒュミテとナトゥラ。彼らの生きる星は。
ようやく少しずつ、回復の兆しを見せようとしていた。