フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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A-15「もう一つの決着、そして」

「う……う、ぐ……ち、くしょう……」

 

 誰もいない荒野に、疲れ切った白髪の男の掠れた声が、薄く延びて消えていく。

 彼は、力なく蹲っていた。

 かつての自信に満ちた姿はどこにもなく。力にかまけてやりたい放題だった栄華は影も形もなく。

 長きに渡って溜め込んだ恨みと屈辱に、心をすり減らして。限界を迎えようとしていた。

 

「無様なものだな。ワルター」

「きさ、ま……は……ウィル……!」

 

 ウィルが、膝を付く彼を見下ろす形で背後に立っていた。

 

「仮にもフェバルが、ただ一人の女を根に持って子供に復讐とは。小さい」

「うる、せえ……! 貴様に……何が、わかる……!」

 

 万物の事象を【逆転】させることのできる特殊能力を持つフェバルの男。ワルター。

 彼はかつてエストティア内乱の最中、星海 ユナの手によって撃ち倒された。

 当たればフェバルにも通用する希少な武器。魔力銃ハートレイルを手にした彼女に。

 

 魔力銃ハートレイルは、同じくフェバルであるユナの旧友、【属性付与】のハーティナの手によって造られた。

『全貫通属性』を持つこの銃は、対象に当てることさえできれば、どんなものでも必ず撃ち抜くことができる。

 銃に撃たれれば、普通の人ならばダメージを避けられない。

 この自明な理を、フェバルにも適用させること。

 反則級の能力によって実質無敵を誇るフェバルを、人間の理が通用する舞台に引きずり下ろしてやるための武器。

 あくまで人間のまま化け物に勝つことにこだわったユナが、それ以上の性能をあえて求めなかった。

 その心意気に打たれた、ハーティナは。

 心が限界を迎えて『死にかけていた』ところ、最後の力を惜しみなくユナのために尽くした。

 そうして出来上がった、彼女の事実上の遺作である。

 ハートレイルという名は、彼女の名の頭文字と、旧文明の首都エストレイルの後ろからそれぞれ取って付けられた。

 

 これをもって、ユナとワルターは死闘を繰り広げた。

 とは言え、あくまでユナにとっての死闘であり。

 ワルターにとっては、ただの遊びのはずであった。

 ユナは、いかに人として類稀な天才と言えど、フェバルに比べれば乏しい実力であるところ。

 口八丁とハッタリも駆使して、どうにか食らいつき。

 じっと決定的な隙を狙っていた。

 ついに、魔力を込めた決死の一弾を放ったとき。

 皮肉にも、攻撃を反転させんと癖で【逆転】を使用してしまったことが、彼の致命的な隙となった。

 能力にかまけて、油断し切っていたことによる敗北。

 ただの人間を相手に。

 彼が倒れる瞬間目の当たりにした、哀れなものを見下すようなユナの目が。

 彼の心に焼き付いて、決して離れることがなかった。

 以来、そのときの光景が彼を毎晩のように苛むことになり。プライドが余計に彼を苦しめた。

 そうしていつしか、完全に復讐だけに憑りつかれて。

 結局それも果たせることなく、二千年が虚しく過ぎ去った。

 心がすり減ったフェバルは、本来の力を発揮することもできず、見る影もなく弱り果てていく。

 そしてさらに気の遠くなるような時間をかけて、徐々に生きる屍と化してゆくのだ。

 いつか完全に心が死に、星脈に存在そのものを飲み込まれてしまうその日まで。

 

「瀕死だった……オルテッドを……機械と化し、操り……バラギオンを……捕え、使役し……」

 

 死後、【逆転】の力で、わずかの間だけエストティアへ舞い戻ることのできた彼は。

 布石を打って、破滅を助長した。

 いつかユナが戻ってきたその日に、徹底的な絶望を叩き付けてやるために。

 そうしてエルンティアに復讐の根を張り、星を転々としながら、待ち続けて。

 ついに先日、血縁者と思われる生体データの情報を得て。

 彼は三度、執念でこの星へやってきた。

 残念ながらユナはもう死んだらしいが、そいつは実の子供だった。

 ならば。その子供をいいように踊らせることで、腹いせとするつもりだった。

 万が一再びあの銃が子供の手に渡ることのないよう、徹底的にルイス研究所を破壊し。

 ガキが惨めに力尽きていく様を眺めて。

 今度こそ、腹の底から笑うつもりだった。

 だがそのすべての企みは、またしても敗れ去った。

 自分が関わっていたことすら知る由もない。

 他ならぬユナの子、ユウの手によって!

 

「お、のれ……こうなれ、ば……やはり、この俺が……直々に……!」

「下らん。今さら『死にかけ』のお前が行っても、ただつまらないだけだ」

 

 ウィルは無関心の表情のまま、明確に蔑む口調でそう言い切った。

 

「き……さ、ま……! この俺を、愚弄……するか……!」

 

 冷静さを失ったワルターが、【逆転】を使い、ウィルに襲い掛からんとする。

 昔の切れ者だった彼ならするはずのない、あまりに軽率な行動だった。

 

「雑魚が」

 

 即座にウィルが発動させた【干渉】によって、ワルターの能力は彼自身に牙を向く。

 存在を【逆転】された彼は、ちょうど物質消滅に呑み込まれるような形で、肉体を消失させていく。

 

「お前など、僕の足元にも及ばん」

「お……お、あ……!」

 

 ワルターの消え入るような悲鳴に、それを聞くことすら不快だと顔をしかめつつ。

 さらにウィルは、能力による追い打ちをかけた。

 

機能不全(ディスファンクション)

 

 効果は能力封じ。

 弱っているフェバルが相手ならば、容易にかけることができた。

 そこまでやってから、彼は止めとばかりに侮蔑の言葉を浴びせかける。

 

「下らん能力は封じた。これでお前は、ただの塵だ」

「な……! お、ま……!」

「惨めな思いを抱えたまま、いつまでも生き続けるがいい。無力に怯えてな」

「あ……が……!」

「じゃあな。ゴミクズ」

 

 

 ***

 

 

 そうして、決して誰も知ることのない後始末を付けて。

 ウィルは、眠そうに欠伸をした。

 それから、人の気配のする方向へゆっくりと振り返る。

 

「それで。こっそり浄化の種を撒きに来たのは、お前なりの罪滅ぼしか」

 

 呼ばれた筋肉質の男は。

 ユウとサークリスで会ったときの、ガチムチなふざけた格好ではなく。

 きっちりと「仕事用の」黒スーツに身を固めていた。

 

「トーマス・グレイバー。いや――ダイラー星系列第3セクター執政官殿」

「元、だ。そういうのは疲れちまったって、言わなかったっけか。ただまあ――」

 

 濁った空と荒れ果てた大地を見渡して、彼は神妙な面持ちで頷いた。

 

「一端の責任を感じない、とも言えないわな」

「今日はよくフェバルが集まる日だな」

「みんなユウが大好きなんだろうよ」

 

 皮肉気にそう言ったトーマスに対し、ウィルは直球で返した。

 

「僕は大嫌いだがな」

 

 さらにウィルは、怪訝な目をトーマスに向ける。

 

「何のつもりで、僕とユウを監視している。気付いていないとでも思ったか」

「んー、やっぱ。どうもこの辺りに、一つの大きな流れの焦点があるような気がしてな。周りの連中は、まだそうは思っちゃいないみたいだけどよ」

 

 トーマスは、のんびりとした調子でそう答える。

 ウィルは顔をしかめたが、否定はしなかった。

 

「ユウの坊やは、ちったあ成長したのか?」

「一つ大きな壁は乗り超えたと言えるだろう。能力込みで、種族限界のレベルを超えつつある」

「へえ。そうかい」

 

 種族限界級。またの名を許容性限界級とも言う。

 その世界に暮らす者が、その世界の中で鍛錬して自然に到達できる最高レベルの実力。

 通常の範囲で、種族として到達可能な究極の強さと言い換えることもできる。

 各世界の許容性に基準が依存するため、実際の実力のほどは、その者が今いる世界によって大きく変動する。

 ただ共通して言えることは、それが各世界にとって、一つのメジャーな限界点を与えるということである。

 地球の人間が、どう足掻いても音速では走れないように。素手で山を破壊することはできないように。

 人には人の限界があり。獣には獣の限界があり。機械生命には機械生命の限界がある。

 許容性限界とは、つまりはその世界に属する者にとっての天井であり。

 決して超えられるはずのない、また通常は超える必要のない壁である。

 この壁を超えてしまった、ほんのわずかな者だけが。

 世界という枠組みをも超えて、無秩序に力を増してゆく可能性を秘めている。

 

 一に、フェバル。

 一に、星級生命体。

 一に、異常生命体。

 

 フェバルは、宇宙全域のシステムたる星脈に属する者であるゆえに。

 星級生命体は、星そのものを支配する絶対強者であるゆえに。

 異常生命体は、その存在自体が異常であるゆえに。

 

 総して『三種の超越者』。

 彼らだけが。この宇宙において、人を超えた存在なのだ。

 

「そうだった。一つ言っておく」

「なんだ」

「ユウに適当な嘘を混ぜ込むなよ。あの脳内ハッピー野郎は、あまり人を疑うことを知らない。おかげで計画が狂ってしまっただろう」

「だが、それで別の道が見えてきたんじゃねえのか?」

「結果論に過ぎない。根本の弱さと不安定さは、依然残ったままだ。能力を安定させるには、やはり心を闇に染めてしまうのが確実だった。そうすれば、神のごとき力を見せてくれたはずだ」

「でもよ、そりゃあちっと酷ってもんじゃねえか? そうなったユウが、余計厄介なことにならないとも限らねえしよ」

 

 ウィルはその言葉を無視して、続けた。

 

「だが……ユウめ。本能が僕を絶対に恐怖するはずなのに、いつの間にか乗り越えようとしている。僕では、もはやあいつを恐怖と絶望で染め上げることはできないだろう」

「負けを認めるってか」

「仕方ないさ。こうも散々邪魔が入ってはな」

 

 ウィルは、射抜くような目でトーマスを睨んだ。

 が、栓のないこととわかっているのだろう。

 わりあいすぐに睨むのを止め、代わりにやれやれと肩をすくめた。

 

「少々やり方を変えることにした。回りくどくはなったがな」

 

 そしてウィルは、真剣な顔つきでトーマスに尋ねた。

 

「あとどのくらいで始まる」

「さあなあ。明日かもしれねえし、数年かもしれねえし、数十年かもしれねえ。あるいは、数百年か数千年か。いずれにしても、そう遠くはない気配だぜ」

「状況は芳しくないな。何かできるのか。こんな調子で」

「ま、俺たちで何とか少しでも可能性を探るしかないだろ? なあ、破壊者さんよ」

「一緒に括ってくれるな」

 

 素気なく顔を背けたウィルは、これまでのことを何となく思い返した。

 

「僕がこの道を選ぶしかなかった。せっかくだから、暇潰しはさせてもらっているがな」

 

 すこぶる凶悪な笑みを浮かべた彼に、トーマスは哀しげな顔で突っ込みを入れる。

 

「そうしてしまう心の持ち主なんだろ? 俺はよう。マジにお前の境遇には同情してんだぜ?」

「ふん。同情される謂れもなければ、邪魔をされる筋合いもないな」

 

 ウィルは、かなり不愉快だった。

 

「お前たちには、確かに借りがある。だがもしこれ以上、僕のやり方に介入する気なら――次は消すぞ」

 

 いつもの垂れ流しの殺気ではない。本気の殺意だった。

 だがそれを向けられたトーマスは、事もなげに軽い調子でやり返す。

 

「おうおう。怖いねえ。最近のガキは」

「ちっ」

 

 我ながら妙に気が立っていると、ウィルは感じていた。

 それもこれも、あいつの存在があるからに違いなかった。

 

「ユウ。あいつがもっとしっかりしていれば、僕がこうしてここに存在していることもなかったわけだ」

「まあそう言うなよ。あのときのことは……あの坊やだけが悪いわけじゃねえ。仕方のねえことさ」

「いや、気に入らないな。自分の犯した弱さという罪から逃げて、綺麗さっぱり忘れた振りをしているのだから」

「それもまた弱さだろうよ。ああでもしないと、確実に壊れていたぜ。あの坊やはな」

「……知ってるさ。誰よりも、この僕自身がな」

 

 吐き捨てるように言って、ウィルは不機嫌に踵を返した。

 

「もう行くのか?」

「ああ。用もないのに、これ以上あいつと同じ世界の空気を吸っていたら――今度は、意味もなく殺してしまいそうだ」

 

 そう言い残して、ウィルはこの世界から姿を消した。

 一人残されたトーマスは、鼠色の空をぼんやりと見上げて。

 長い溜め息を吐く。

 

「まったく。業が深いもんだよな。何とかしてやりてえが……」

 

 だがこればかりは。

 当事者たちがいずれ、己自身で決着をつけねばならない問題に違いなかった。

 そして、つけるべき問題であるとも。

 

「ま、俺は傍観者よ。行く末を見守るのが性に合ってるってな」

 

 どこか楽観的に呟いて。

 トーマス・グレイバーもまた、姿を消した。


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