朝日が昇る時間。心地良い風に包まれて。
なだらかな丘の上から、ディースナトゥラを一望する。
数か月が経ち。少しずつヒュミテも移住し始めた首都は、新しい活気に満ち溢れていた。
懐から、レンクスにもらった世界計を取り出す。
針は、もうとっくに時間を示していた。
いつ消えてしまってもおかしくないということだ。
しばらく首都を眺めた後、感傷のようなものが胸に込み上げてきて、何もない方へ振り返る。
一つの旅は終わり。また次の旅が始まる。
「よし。次の世界へ行こうか」
『みんなに最後のお別れ、言わなくていいの?』
『何だかんだで、結局フェバルだって言うタイミング逃しちゃったからね。今さら異世界から来ましたって言ってもさ』
みんなあまり実感が湧かないだろう。それに。
『そのうち旅に出るとは言ってあるし、挨拶回りならもう済ませておいたから』
この日に備えて、別れの挨拶みたいなものは、もう親しい人たち全員に済ませておいた。
いつかもし本当のことに気付いたとしても、きっとわかってくれるだろう。
何となく察している人もいるようだったし。
この世界でやるべきことは、もうほとんどすべて済ませた。
あと一つ、心残りがあるとすれば。
「やり逃げは許さんぞ」
《パストライヴ》で、ぱっと彼女が現れた。
急いで追いかけてきたのか、綺麗な水色の髪は乱れている。
「ごめん。人目につく場所だと、恥ずかしくてさ。それに、外で風を感じておきたかったんだ」
「まったく。急にいなくなったから焦ったぞ。仕方のない奴だ」
じっと見つめ合う。
言葉がなくても、通じ合っていた。
もうわかっている。この日が必ずやってくることは、最初からわかっていた。
お互いに覚悟も決めていた。
それまで、精一杯愛し合って。思い出もたくさん作った。
だから、涙は見せない。そう決めたのだ。
「たとえどんなに離れても。ユウ。わたしはずっとお前を愛している」
「俺もだよ。リルナ。君をずっと愛している」
固く抱き合って。
最後にもう一度。深くキスを交わした。
徐々に、身体の感覚が薄れていく。彼女の感触が薄れていく。
彼女の手は、もう掴めない。彼女の身体には、もう触れない。
肌のぬくもりも。絡め合う舌の蕩けるような感覚も。触れ合う唇の温かさも失われて。
消えていく。
だけど心は。いつまでも繋がっているから。
ずっと想いは繋がっているから。
最後の瞬間まで、ただ目の前の彼女だけを心に焼き付けた。
さようなら。エルンティア。
母さんの過ごした世界。
ヒュミテとナトゥラ。
二つの種族が破滅の運命を乗り越えて、ともに暮らしてゆく世界。
そして、さようなら。リルナ。
俺に愛することを教えてくれた、誰よりも大切な人。