フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

192 / 537
74「別れは愛とともに」

 朝日が昇る時間。心地良い風に包まれて。

 なだらかな丘の上から、ディースナトゥラを一望する。

 数か月が経ち。少しずつヒュミテも移住し始めた首都は、新しい活気に満ち溢れていた。

 

 懐から、レンクスにもらった世界計を取り出す。

 針は、もうとっくに時間を示していた。

 いつ消えてしまってもおかしくないということだ。

 しばらく首都を眺めた後、感傷のようなものが胸に込み上げてきて、何もない方へ振り返る。

 一つの旅は終わり。また次の旅が始まる。

 

「よし。次の世界へ行こうか」

 

『みんなに最後のお別れ、言わなくていいの?』

『何だかんだで、結局フェバルだって言うタイミング逃しちゃったからね。今さら異世界から来ましたって言ってもさ』

 

 みんなあまり実感が湧かないだろう。それに。

 

『そのうち旅に出るとは言ってあるし、挨拶回りならもう済ませておいたから』

 

 この日に備えて、別れの挨拶みたいなものは、もう親しい人たち全員に済ませておいた。

 いつかもし本当のことに気付いたとしても、きっとわかってくれるだろう。

 何となく察している人もいるようだったし。

 

 この世界でやるべきことは、もうほとんどすべて済ませた。

 あと一つ、心残りがあるとすれば。

 

「やり逃げは許さんぞ」

 

《パストライヴ》で、ぱっと彼女が現れた。

 急いで追いかけてきたのか、綺麗な水色の髪は乱れている。

 

「ごめん。人目につく場所だと、恥ずかしくてさ。それに、外で風を感じておきたかったんだ」

「まったく。急にいなくなったから焦ったぞ。仕方のない奴だ」

 

 じっと見つめ合う。

 言葉がなくても、通じ合っていた。

 もうわかっている。この日が必ずやってくることは、最初からわかっていた。

 お互いに覚悟も決めていた。

 それまで、精一杯愛し合って。思い出もたくさん作った。

 だから、涙は見せない。そう決めたのだ。

 

「たとえどんなに離れても。ユウ。わたしはずっとお前を愛している」

「俺もだよ。リルナ。君をずっと愛している」

 

 固く抱き合って。

 最後にもう一度。深くキスを交わした。

 

 徐々に、身体の感覚が薄れていく。彼女の感触が薄れていく。

 彼女の手は、もう掴めない。彼女の身体には、もう触れない。

 肌のぬくもりも。絡め合う舌の蕩けるような感覚も。触れ合う唇の温かさも失われて。

 消えていく。

 

 だけど心は。いつまでも繋がっているから。

 ずっと想いは繋がっているから。

 最後の瞬間まで、ただ目の前の彼女だけを心に焼き付けた。

 

 さようなら。エルンティア。

 母さんの過ごした世界。

 ヒュミテとナトゥラ。

 二つの種族が破滅の運命を乗り越えて、ともに暮らしてゆく世界。

 

 そして、さようなら。リルナ。

 俺に愛することを教えてくれた、誰よりも大切な人。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。