フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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5「冒険者ギルドに行こう」

 レジンバークの街並みは、まるで巨大な迷路のように複雑に入り組んでいた。

 大通りと呼べるものがまずほとんど見当たらない。家や小路の並び方も構造もまちまちで、唯一綺麗に揃っているものは赤レンガの色並みだけである。町一つが大きなダンジョンのようだった。

 歩きながら、ランドは懐かしいものでも見るかのように目を細める。

 

「最初のうちはみんな好き勝手家をおっ建てたもんだからさ」

「都市計画も何もあったもんじゃない」

「まるでごった煮だね」

 

 ユイが面白そうにあちこちをきょろきょろしている。

 

「でも楽しい」

「だろ?」

「私も好きよ。この町」

 

 二人が自慢げにウインクする。実際ユイの言う通り、ごちゃごちゃして楽しい街並みだった。

 人々の顔は明るい。大声で売り込みをしている人。自転車で配達をしている人。剣を携えて意気揚々と歩く冒険者らしき人。鬼ごっこでもやっているのか、楽しそうに走り回る子供たち。あちこちから活気が漏れ聞こえてくる。

 そして、炸裂する爆発音。燃え上がる家。屋根を飛び移る怪しい人影。黒こげで笑う女性。雄叫びを上げるおっさん。すぐ横を通過する雷撃魔法。突如飛来するコッペパン。バックステップで駆け抜ける全裸男。包丁を振り回し店に飛び込む主婦。壁を突き抜けて吹っ飛んでいく大男。

 

 あれ? 何かおかしいぞ。

 

「いいのか」

「何が?」

「いや、あれとか。止めなくて」

 

 目の前では、若い男女が取っ組み合いをしていた。

 男の顔には引っ掻き傷ができており、女の顔は腫れ上がっている。

 今は互いに頬をつねり合っている。周りの野次馬がはやし立てている。

 横では目敏い商人がドリンクを売り始めた。

 

「私の方があなたを愛してるわ!」

「いいや。僕の方がずっと君を愛してるよ!」

 

 じゃあなぜそんなボロボロになるまで喧嘩を。

 思わず突っ込みたくなったが、そこで二人は飛び退いて構えた。

 

「火の精霊よ。この分からず屋に私の愛を刻み付けて! 《クレリファイ》!」

「火の精霊よ。この強情女に僕の愛を教えろ! 《クレリファイ》!」

 

 両者の掌から同時に真っ赤な炎が飛び出した。それらは中央でぶつかり、激しく燃え上がって、美しいハートマークを作り上げる。

 野次馬からヒューヒューと黄色い歓声が上がる。

 

「中々やるようね! さすが私の男!」

「君こそ! 僕の見初めた女だ!」

「「愛してる~~~~~!」」

 

 二人は飛び込み、拳を合わせた。カッと閃光が生じて、二人を中心に愛の大爆発が巻き起こる。

 野次馬はというと、防御魔法を張ってしっかり防いでいた。

 ぽかんと眺める俺とユイに、

 

「こんなの日常茶飯事だから」

 

 シルが事もなげに言った。

 

 …………。

 

『ユイ。俺、早くもこの旅が心配になってきた』

『奇遇だね。私も同じこと思ってたところ』

 

 

 ***

 

 

 やがて少し広い通りに出て、しばらく歩くと。

 赤レンガの建物の中で一際目立つ、白塗りのバカでかい建物があった。

 

「着いたぞ。道案内は終わりだな」

 

 どうやらあれが冒険者ギルドのようだ。

 近寄ってみれば、確かに大きな木の看板にでかでかと名前が書いてあった。

 

「じゃあ私たちはここで。しっかりね」

「本当にありがとう」

「助かったわ」

 

 そこでシルが、思い出したように言った。

 

「あ、そうだった。登録料として50ジット必要だけど、お金は――」

 

 俺とユイは苦笑いして首を横に振る。

 そうか。登録料が必要なのか。

 

「仕方ない。貸しといてやるよ」

 

 ランドが腰のポケットに手を入れて、くたびれた皮の財布を取り出す。

 俺は待ったをかけた。

 

「さすがにそれは悪いよ。物と交換でいこう」

「そうか?」

 

 ポケットから取り出す振りをして、『心の世界』から金になりそうな物を探す。

 あった。これでいいだろう。大きさも申し分ない。

 

「砂金の粒だ。いくらになる」

「へえ。良い物持ってるじゃないか。シル。見立ては得意だろ」

「はいはい」

 

 シルはランドの手から砂金の粒をひょいと摘み上げて、つぶさに観察した。

 

「この純度と大きさだと……ま、500ジットってとこかな」

 

 ランド財布からくしゃくしゃの札を五枚掴んで渡す。

 

「ほい」

「どうも」

 

 券面に100ジットと書かれたお札には、ラナという名の綺麗な女性の肖像が描かれていた。偽造防止の透かしまできっちりと入っている。

 

「後でこいつを800ジットで売ってくる。利益は手間賃として頂くよ」

 

 ランドは「はは」とやや呆れた微笑をもらした。

 

「結構ぼったくるなあ。あと100ジットくれてやってもいいんじゃないか」

「ランドは甘い。私たちは慈善事業でやってるんじゃないの。私の交渉術があっての売値なんだから。こんな甘ったるい顔したカモじゃ200とかで安く買い叩かれるのがオチよ」

 

 甘ったるいって。

 ユイと顔を見合わせる。

 

「それは……まあそうかもな」

 

 ランドまで同意した。俺たちってやっぱりそんな風に見えるのか。

 

「いいよいいよ。当面生活できるお金があれば」

 

 そこからは自分たちで何とかするさ。

 

「よしよし。わかってるじゃない。素直だと助かるね」

 

 シルは満足顔で砂金を握った。

 ユイがさりげなく尋ねる。

 

「この辺で安い宿だけど、知らない?」

「ならそこのギルドでいいぞ。宿や酒場も運営してて、確か30ジットくらいで泊まれたはずだ」

「わかった。ほんと何から何までありがとう」

「いいってことよ。じゃあ、俺たちは別の用事があるから。またそのうちな」

「うん。また」

 

 二人で手を振って、一旦別れを告げた。

 

 

 ***

 

 

「「はぁぁーー」」

 

 俺たちは酒場のテーブルに向かい合って座り、一緒に突っ伏したのだった。

 

「疲れたね」

「ほんと」

 

 仲良く目と鼻の先に顔を突き合わせて、笑い合う。

 旅の初日というのは慣れないことの連続だし、気も張り詰めるしで本当に疲れるものだ。その疲労感も、こうしてくたばってみると心地良い。

 冒険者の登録はあっさりと済んだ。E~SSまでのランクがあって、ランクが一定以上ないと回って来ない依頼があるとか、素材の話とか報酬の話とか契約金の話とか、その辺りのことを長々と説明してもらった。

 何というか、一言で言うとゲームみたいな話だった。俺たちはもちろんEランクからのスタートである。

 ふとユイの胸に目が留まる。無造作にテーブルの上に放り出されて、むにゅんと潰れている。

 改めて見る側に回ってみると、我ながら結構なボリュームだよな。

 うわ。谷間までしっかり見えてる。

 だがユイは、どうも俺には見せても気にしないようだった。無防備な姿勢のまま、こちらに「ん?」とにこやかな微笑みを向けている。

 こいつ。『心の世界』だと平気なのにこっちだとつい反応してしまうからって、それが面白くてわざとやってるんじゃないだろうな。

 俺は慌てて胸から目を逸らして、顔をしっかりと見て聞いた。

 

「これからどうする?」

「とりあえず夕飯にしない?」

「賛成」

 

 ちょうど二人してタイミングよくお腹が鳴ったところだった。

 メニューを開いて、あれこれ話し合いながら悩む。こういうのってどれも美味しそうに見えてきて、中々決まらないんだよね。

 しばらくすると、エプロン服を着た可愛らしいウェイトレスがやってきた。茶色の髪を後ろで束ねている。

 

「ご注文は決まりましたか?」

「うーん。おすすめって何かあるかな」

「でしたら本日は、冒険お疲れがっつりセットなどいかがでしょうか?」

「じゃあそれで」

「私も同じので」

「はい。お二つ、と。お酒はどうされます?」

「「ミルクで」」

 

 二人で即答した。お酒なんかもう二度と飲まない。飲むものか。

 料理が届くまで待っている間、俺とユイはくつろいでいた。もうすっかり日も暮れて、酒場はわいわいがやがやと騒がしい熱に満ちている。

 ユイが足をぷらぷらさせながら言った。

 

「なんかこういうの、新鮮だね」

「うん?」

「こうやって外の世界で、いつもはくっついてるユウと話をしてさ。他の人とも普通に話して」

 

 ユイはどことなく微笑ましいものを見る目で回りを眺め渡して、また俺に視線を戻した。

 

「旅してるとこういう不思議なこともあるんだね。私、今とっても楽しいよ」

「俺もだ。君と横並びで旅ができることが、とても楽しい」

 

 二人で頷き合う。何だか嬉しくなった。

 

「分かれてしまった原因は追々調べるとして。これからこの世界でたくさん思い出作っていこうな」

「おー」

 

 ユイとタッチを交わした。

 

 

 ***

 

 

 料理が来た。鉄板の上に野菜と肉が乗っかり、もうもうと湯気を上げている。

 さすががっつりセットというだけあって、物凄い肉のボリュームだ。

 

「「いただきます」」

 

 二人同時に一口。

 肉は羊のような味がして、大雑把な味付けながらたれも効いている。とてもおいしい。

 

「おいしいね」

「うん」

 

 今度レシピを調べて作ってみようかな。

 と、しばらく舌鼓を打っていると。

 突然向こうのテーブルから怒号が響き渡った。

 

「なんだあ! オレ様の言うことが聞けないってかあ!?」

「ひ、ひいぃ……」

 

 赤髪の大男が、中肉中背の男性を掴み上げていた。掴み上げられた彼は、額からダラダラと血を流している。

 

「報酬は全部オレ様のものだ! 当然だろうが!」

「そ、そんなぁ……」

 

 血を流している方は弱々しく抗議をするが、大男は聞く耳持たないようだった。

 そのうち、大男が面前で彼をぼこぼこに殴り始めた。彼が痛々しいうめき声を上げる。

 

「あーあ。またギンドの奴か」

「最近Bランクに上がったんだってよ」

「なまじ実力があるだけになあ……」

「ちょっとやり過ぎじゃないか」

 

 ひそひそと話し声が聞こえる。ギンドというらしい。

 

「ほっとくと飯がまずくなるな。止めさせよう」

「私が魔法でぱぱっとやっちゃおうか」

「いや。それには及ばないよ。俺が行ってくる」

 

 すると、冒険者お疲れがっつりセットを持ってきてくれたウェイトレスが、ギンドのところに歩み出た。果敢にも止めに入ったのだ。

 

「お客様。他のお客様の迷惑になりますので……」

「うるせえ!」

 

 乱暴に振り上げられた腕が彼女に襲い掛かる。

 

「ひっ!」

 

 彼女を傷付けるはずの拳は、しかし当たらなかった。

 咄嗟に割り込んだ俺は、ギンドの腕を片手で受け止めて、穏やかに声をかけた。

 

「まあまあ。ちょっと落ち着きなよ。ほら、みんな見てるよ」

「ああ!? 人様の事情に口出そうってのかあ!?」

 

 激高するギンドに対し、宥めすかすように言う。

 

「そう言わずにさ。一杯奢るから」

「はん。ガキが。オレ様を誰だと思ってやがる! Bランクのギンド様だぞ!」

 

 やれやれ。まいったな。完全に酔って頭に血が上ってるよ。

 

「てめえはどこのどいつだよ!」

「ユウ。ギルドには今日登録したばかりです。よろしく」

 

 ギンドがにやりと人の悪い笑みを浮かべた。まさかやるつもりだろうか。

 

「ほう。新人のEランクが生意気だな。これはたっぷり挨拶してやらねえとな!」

 

 あまりに安っぽい展開に、思わず苦笑いしそうになった。

 振りかかってきた拳は、想像以上に遅かった。これなら目を瞑っていても避けられそうだ。

 俺は必要最小限の動きで、彼の攻撃をかわし続ける。彼の拳は、すれすれのところを虚しく切っていった。

 

「いい加減落ち着けよ。何もするつもりはないから」

 

 しかし、年端もいかない(と思っている)ガキにコケにされるのは、彼のプライドが許さなかったようだ。

 今の動きで実力差に気付いてくれればよかったのだが。残念ながらそこまで利口ではなかった。

 

「く、く。このガキ! ちょこまかと舐めやがって! 本気で痛い目見ないとわからないようだな!」

 

 ギンドは剣を抜いた。

 まずいな。できるだけ穏便に済ませようと思ったが、さすがに許容できるレベルを超えている。

 仕方ない。これ以上続けて誰かが巻き込まれても危ないし。少し寝てもらうか。

 男が剣を振り下ろした瞬間、剣筋から一歩分だけ逸れて間合いを詰める。

 まず手首を手刀で打ち据えて、剣を取り落とさせた。

 早業に彼も何が起こっているのかわからないうちに、蹴りを繰り出す。

 無力化するだけだ。軽くでいいだろう。

 ちょっとだけ力を入れて。えい。

 

 

 ドッガラガッシャアアアアアアアアアアアアン!

 

 

 男は酒場入り口のドアを突き破って、勢い良くぶっ飛んでいった。

 

 ……あれ?

 

 向こう側の家の壁に強く叩き付けられた男は、ひっくり返った情けない格好で気絶して、ピクピクと痙攣している。

 

 ……あれぇ?

 

「すげえ! やるじゃねえか小僧!」

「あのいけすかねえギンドをぶっ飛ばすなんてよ!」

「スカっとしたぜ!」

 

 周りからやんややんやの大歓声が上がる。

 それをやらかした他ならぬ俺は、困惑の最中だった。

 軽く蹴っただけなのにどうして。吹っ飛び過ぎじゃないか?

 とりあえずドアを派手に壊してしまったので、酒場のマスターに頭を下げる。

 

「すみません。そのうち弁償しますので」

「いいんだよ。こんなのしょっちゅうあることだからね。それより私もスカッとしたよ。ミーシャを助けてくれてありがとう」

「ユウさん。ありがとうございました」

「い、いやあ。私も助かったよ」

 

 ウェイトレスのミーシャと、殴られていた男が頭を下げる。

 未だ混乱の抜けない俺は、とりあえず張り付いた笑顔で応じておく。

 

「ユウ。やり過ぎ」

 

 テーブルに戻ると、ユイにコツンと頭を叩かれてしまった。

 

「う、ごめん。あんなに派手に吹っ飛ばすつもりはなかったんだけど……」

「そうなの? 見てたけど、物凄い蹴りだったよ」

「そんなに?」

「そんなに」

 

 おかしいなあ。加減を間違えたかな。

 

 ともかく。少し冷めてしまったが、がっつりセットはボリューム抜群でおいしかった。

 腹も膨れた俺たちは、ギルドの宿を取って、この世界の初夜を過ごすことにしたのだった。


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