フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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8「俺(私)たち、めちゃくちゃ」

「ところで。気付いてるよな。ユイ」

「うん。あの人たちからも、魔力が感じられなかった」

「やっぱりか。こっちもだ」

 

 マジックショーをやっている間、ずっと観察を続けていたが、誰一人として気力も魔力も感じられなかった。

 いや、人間だけではない。不気味なほどに一切の生物の気が感じられないのだ。

 これはもしかすると……。

 

「なんか怪しい匂いがするな」

「また変なことに巻き込まれてたりして」

 

 なぜかは知らないが、俺たちの行く先々には何かとトラブルが付き物だ。今回は「ない」方だと思いたいが、どうなんだろうな。

 ……まあそれは「あった」ときに心配することにしよう。

 今は目の前の生活だ。依頼だ。ドラゴンをスレイするのだ。

 そんなこんなで、掲示板のところまで戻って来た。

 張り紙は……あったあった。手を伸ばして、と。

 

「おっと」

 

 横からも別の手が伸びてきて、ぶつかりそうになった。ぴたりと目が合う。

 若い男だった。中性的な容姿で、一目で「うわあ」と目を見張るほどの超が付く爽やか系美男子だ。

 ピンク色のサラサラなストレートヘアを耳や眉に少し被る程度まで伸ばしている。そして流麗なフォームの金属鎧を身に着けていた。

 どうしたものかと手を止めていると、彼はきらりと白い歯を覗かせて、爽やかキラースマイルを放ってきた。

 理想的なイケメンだ。女の理想がここにいた。

 

「ああ。君たちが受けてもらって構わないよ」

 

 せっかくそう言ってくれたので。

 ユイと見合わせて少し相談し、ありがたくこちらで受けることにする。

 

「悪いな」

 

 と断りながら、張り紙を剥がし取った。これをカウンターに持っていけば依頼を受けられる。

 彼は俺とユイをしげしげと興味深げに見つめて、

 

「見ない顔だね。新参者かい?」

「ええ。この町には昨日来たばかりで」

 

 ユイが答える。

 

「そうか……。中々良い所だろう?」

「うん。気に入ったよ」

 

 とにかく活気があって楽しい町だと思う。飽きることがなさそうだ。

 旅先で暮らすならこういうところだな。

 

「はは。結構結構」

 

 冒険者の町を褒められた彼は、嬉しそうに破顔する。

 やばい。その辺の女子が揃ってくらっと倒れそうなレベルでかっこいい。

 ユイは平気そうだけど。

 

「うん。君たちは良い目をしてるね」

 

 彼は一人合点した様子で穏やかに頷いた。

 

「真っ直ぐで力強い。とても良い目だ」

「「はあ」」

「……ふっ」

 

 何か意味ありげに微笑している。

 いかん。微笑すらも美しい。オーラ出てる。なんだこの男は。

 

「さて。予定が取られてしまったな。まあ他の依頼を探すとしよう」

 

 彼はやれやれと肩を竦めたが、そこに嫌味らしさはなかった。

 

「では」

 

 彼は小さく手を振って、背を向けた。青のマントが綺麗になびく。右の腰に細身の剣を差しているのが目に付いた。

 だが二、三歩進んだところで、ぴたりと立ち止まり。

 振り返って思い出したように言った。

 

「クリスタルドラゴンはそこそこ強い。君たちは……たぶん大丈夫だと思うけど、気を付けてね」

 

 そして、今度こそ向こうへ行ってしまった。去り際まで爽やかだった。

 ユイが去る彼の背中を見つめて、ぽつりと一言。

 

「あの人、たぶん強い」

「ああ。佇まいがただ者じゃなかった」

 

 オーラもな。この世界で初めてエネルギーのような何かを感じたよ。相変わらず気も魔力もないけど。

 

「お、おい。今の! 今、喋ってたの!」

 

 向こうからやけにきょどった声がかかる。

 マイツが落ち着きのない様子でふらふらと近寄ってきた。

 

「あの人がどうかしたのか」

「うおおい! 誰って、知らないのかよっ!?」

 

 彼は大袈裟な身振り手振りを駆使して、一気にまくし立てる。

 

「ひとたび剣を振るえば天が裂け、魔法を放てば地が震える。その力は山を砕き、海を割る。あらゆる精霊の加護をその身に受け、身のこなしは神速のごとく。なお剣捌きは流麗にして、聖剣フォースレイダーに斬れぬものなし。ギルドランク唯一のSS! 生ける伝説、神に愛された男、夜の万(マン)殺し、剣麗レオンとはまさに彼のことだぞ!」

 

 すべてを言い切った彼は、RPGの最初の町で「ここは始まりの町だよ」としたり顔で説明するだけの町人Aのような、ただ己の使命を果たし遂げた自己満足感に浸っていた。ここで話しかけてももう一度同じ台詞が返ってきそうだ。

 というか、彼の言うことが本当だとすると。

 なにそのチート。下手すると一部のフェバルにも劣らないんじゃないのか。

 さすがに盛ってるよな。なあ?

 ユイに視線で同意を求めると、彼女も同じことを求めていた。

 さすが同じ者同士。役に立たない。

 

「おいおい。よかったなあ。レオンと話せるなんて。ちくしょう。羨ましいぜえ」

 

 マイツはまるで我が事のように感動し、泣きそうになっている。ご尊顔を見られただけでも感謝感激というやつなのだろうか。本気で羨ましがっている様子だ。

 ものすごい妬ましそうな顔で下唇を噛んでこちらを見つめるので、さすがに煩わしいと思ったのか、ユイが冷ややかな目でそそのかした。

 

「ところで、まだ出かけてなかったの?」

「う、うるさいな。これから行くところだったんだよ!」

 

 そんな彼は、確かに自分で言う通りののんびり屋らしかった。

 

 受付カウンターへ向かい、お姉さんにクリスタルドラゴン討伐の依頼を受けることを告げる。

 Eランクのカードを見せたとき、さすがにお姉さんの顔色が曇った。

 

「あのう。確かに契約金も足りてますし、規定では依頼は受けられますけど……。止めておいた方がよろしいのでは?」

「大丈夫です。慣れてますから」

「はあ」

 

 受付のお姉さんは、ぽかんとしていた。

 

 

 ***

 

 

 燕尾服とレオタードはとっくに脱いで、最近お気に入りの黒ジャケットと、動きやすいスカートにそれぞれ着替えている。

 俺たちは冒険者らしからぬ軽装で、意気揚々とギルドを出発した。

 クリスタルドラゴンが住むという山は、レジンバークから北に200キロのところにあるらしい。人里が近くにあるわけではないが、時折山を下りて来ては、周りの土地を好き勝手に荒らし回っているという。

 最近はレジンバークの近くまでやってきて、住民が肝を冷やしたこともあるそうだ。放っておいては危険なため、身の安全を欲したさる富豪から討伐の依頼が出たということだった。

 

「よし。日が暮れる前に着きたいから、飛ばしていくか」

「置いてかないでね。あなたの方が速いんだから」

「わかってるさ」

 

《身体能力強化》《ファルスピード》

 

 俺は気力で身体能力を底上げし、ユイは風の力を借りて加速する。

 二人で同時に跳び上がった。

 人混みを避けるため、屋根の上へ。屋根から屋根へ、横並びで音もなく次から次へと飛び移っていく。

 昨日屋根の上を跳び移ってる奴がいたから、変に思われても騒ぎにはならないだろう。

 

「身体が軽い。これならあっという間に着けそうだ」

「一般人も普通に魔法使ってるし。かなり許容性が高いのかも」

 

 こんな快適に動ける世界は久しぶりだな。最初の異世界エラネル以来かもしれない。

 調子良く跳び続けているうちに、高くそびえ立つ石の壁が見えてきた。

 

「町の果てが見えた」

「門はあっちだけど」

「少し遠回りになるな」

「なら」

 

 頷き合わせる。

 

「「跳び越える」」

 

 俺は足に力を込めて、ユイは風を強く纏わせて。

 遥か頭上まで行く手を阻む石の壁に向かって屋根を蹴った。

 気持ち良く風を切って、悠々と跳び越える。

 壁の向こう側は、まだ石作りの道だった。そのさらに向こうにはなだらかな草原が広がっている。

 膝を曲げ、ダン! と大きな音を立てて危なげなく着地する。

 ちょうど近くを通りかかっていた通行人の群団が、壁の内側から突然降って出て来た俺たちを目にして、びっくり仰天していた。驚かせてしまったか。

 

「おっと。ごめんな」

 

 ワンテンポ遅れて、風を纏ったユイがふわりと華麗に着地する。魔法で空を飛べると楽でいいよな。

 

「驚かせてごめんね」

 

 一言謝って、俺たちはすぐに走り出す。

 

「わあ! はやーい!」

 

 ずっと後ろから子供の歓声が聞こえてきたが、距離が離れるとあっという間にかき消えてしまった。

 

 

 ***

 

 

「なあ」

「うん」

 

 北へ北へしばらくひた走って、もう目的地の山は見えていた。

 昼過ぎに出かけたが、まだ日は高い位置にある。中々良いペースだ。

 

「ドラゴンと戦う前に、一度どのくらい使えるか試しておこうか」

 

 新しい世界に着いたとき、まず早いうちにやっておくべきことの一つだ。

 それぞれの世界で許容性が違うため、当然俺たちが使える技や魔法もそれぞれの世界で異なる。

 許容性が高ければ基本的に何でもできるが、逆に低いと、例えば魔法がさっぱり使えなかったり、気剣を一切作り出せなかったりする。

 まあ今回の感じではそんな不自由はないだろうけど、どこまで力を出せるかテストしておくのは大事なことだ。

 自分の手の内を知らないまま未知の敵に挑むのは、最も避けるべき愚行である。

 

「そうね。この辺人もいないし、適当にぶっ放してみてもいいんじゃない」

 

 ユイも同意した。確かにここなら見られて変なことになる心配もないだろう。

 一旦足を止めて、息を整える。

 

「あの山に向かって、景気良くいってみよう」

「クリスタルドラゴンが住んでる山ね」

「じゃあまずは俺から」

「見てるね」

 

 左手に気合を込めてイメージすると、掌から白く光り輝く気剣が作り出された。

 気剣は特に色が薄いということもなく、煌々と綺麗な光を湛えている。100%の出来だ。

 ちゃんと出たな。第一段階はオーケー。次。

 出来上がった気剣に、さらに気を集中して威力を高めていく。

 誰もいないし遠慮は要らない。テストだし、全力を込めてみる。

 基本となるこの技で、大体の感覚は掴める。

 

 シュイイイイィィィィィンンンンン……

 

 ん?

 そこで大きな違和感があった。

 どうした。いつもより輝きがずっと強くないか?

 それに、何か変だ。普段はしない噴き出すような音が……。

 この技を使うとき、気剣は白から目の覚めるような青白色へと転じる。

 だが、これは……。

 

「ユウ。なんかすごいことになってるよ」

「あ、ああ」

 

 手に持つそれは、やけどしてしまいそうなほどの熱を生じていた。

 青白さにより青みが濃さを増し、凝縮されたエネルギーが激しく燃え上がっている。

 気力はこれ以上ないほど充実し、威力については申し分なさそうだった。

 しかし逆にどこか不安になる熱量だが……。

 まあいいや。とりあえず撃ってみよう。

 剣を両手で上段に構えて。振り下ろす。

 

《センクレイズ》

 

 

 ズッシャアアアアアアアアアアァァァァァァァァア!

 

 

 剣閃は大気を斬り裂き、行く手に待つあらゆるものを消し飛ばして。

 ただ一直線に突き抜けた。

 

 

「…………ほぁ?」

 

 

 それを脳が正しく認識したのは、すべてが手遅れに過ぎ去った後だった。

 

 ――ああ。

 

 山が。

 

 切れてる。

 

 ぶった切れてる。縦に。

 

 すっぱり。縦に。綺麗に。縦に。

 

 あ、は、はは。

 

 縦に。

 

 ははは。はは。はははははは。

 

 なに。なあにあれ。

 

 フェバルだ。

 

 フェバルじゃん。フェバルじゃないか。

 

「ねえ、あれ」

 

 ああ、そうか。

 

「あれ」

 

 俺、フェバルだった。

 

「あ、は、ははは」

「あれ!」

 

 ユイに組み付かれて肩を揺さぶられて、ようやく我に返った。

 

「はっ!」

「あれ、クリスタルドラゴンじゃない?」

 

 ユイもユイで気が気ではない様子だったが、とにかく指差す方を見ると。

 遥か彼方の上空に、ふらふらと飛び上がる豆粒のような影が見えた。

 よくよく見ると確かにクリスタルドラゴンだ。不幸にも突然の「試し打ち」に巻き込まれたのか、既に満身創痍も良い所だった。

 わけわからないだろう。もう一目でわかるほどめっちゃ必死になって逃げようとしている。

 

「ユイ。狙えるか」

 

 俺は至極投げやりな気分で言った。

 もうどうでもいいや。どうなってんの。助けて。

 

「やってみる」

「……弱めにね」

「……うん」

 

 ユイは大きく息を吸い込むと、左の掌を突き出して、そこに魔力を集中させていく。

 これが弱めなのか。

 我が目を疑ってしまう。とても信じられない。

 魔力が感じられなくても。いやもう誰にとってもはっきりとわかる。

 凄まじい密度のエネルギーだ。これまで「私」が撃ってきたどの魔法よりも、さらに強烈な光が集積していた。

 純粋な魔素の色を示すエメラルドグリーンが、烈火のごとく燃え上がって、掌で渦巻いている。

 こんなものが、放たれれば――。

 だがユイは容赦しなかった。

 

《セインブラスター》

 

 ズゥゥァアアオオオオオオオオオオォォォォォウゥッ!

 

 あり得ないほどの勢いで、極太の光線がぶっ放された。

 そう。ぶっ放された。

 まるでレーザー砲撃。すべてを焼き尽くすイレイザービームだ。

 それは瞬きをする間に獲物へ到達し――精強なはずのドラゴンを哀れな焼きトカゲに変えてしまった。

 討伐証明部位となる逆鱗の付いている、首から上だけを綺麗に残して。

 焼きトカゲが落ちていく。ああ。かわいそうに。

 

 

 ***

 

 

 それから。それから、どれほどの時間が経っただろうか。

 その事実を。

 これまでひたすら見せつけられる側だったゆえに。これまでずっと持たざる側だったゆえに。

 その事実を、ただ単純なその事実を、受け入れるのに時間がかかった。えらく時間がかかった。

 やがてどちらからともなく、口を開いた。ひどく疲れ切った声で。

 

「……なあ」「……ねえ」

「「俺(私)たち、めちゃくちゃ強いんじゃ……」」

 

 許容性無限大。能力無制限。

 その恐ろしい事実を知るのは、もう少し後のことだった。


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