フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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10「お家を建てよう」

 ああ……。疲れた。ひどい目に遭った。

 翌日。一緒のベッドで目覚めた俺たちは、目に大きなクマの張り付いた顔を突き合わせて、へらへらと笑った。

 何とか辞められるには辞められたけどさ。遺留が死ぬほどしつこかったよ。

 ギルド長も異例の扱いを決めた手前、こんなすぐに辞められては沽券に関わると必死だったし。みんなも「そんなああああ!」って子供みたいに喚いてるし。本当に楽しい連中だな。

 昨日は報酬金の一部で酒場の全員にぱーっと奢ってやって、それでようやく矛を収めてもらったよ。俺たちも飲まされそうになったけど、固く断っておいた。あれだけはね。

 夜中まで馬鹿騒ぎになって、宿の部屋に戻ったら疲れ切っちゃって。

 ユイともつれ合うようにしてくたばった。気が付いたら朝になってた。

 で、一夜明けてみたら。

 伝説になってた。

『一日でSランクになってその日に辞めた伝説のコンビ』として、ギルドから号外が乱れ飛んでいた。

 おお。なんということだ。なんということだ……。

 おかげでちょっと出歩いただけで、道行く人たちがみんな振り返って手を振ってくる始末。握手まで。

 子供たちなんか目をキラキラさせて、どうしたら強くなれるの? なんて聞いてくる。

 そんなの俺が知りたいよ。なぜこんなに強いんだ。異常だぞ。

 でも、ああ。ヒーローってこういう感じなんだろうな。

 子供の頃はずっと憧れだった。憧れを知ってしまった味は、切ない。

 

「貴様がユウだな! 貴様を倒して、おれが伝説に――」

 

 グシャッ! バッコーン!

 

 ひっきりなしに襲い掛かってくる謎の挑戦者を、ワンパンでごみ集積場所送りにする。何人目だ。

 ふう。思ったんだけど。この町、色んな意味で濃過ぎないか。

 

「これまでの常識は通用しないと思った方がいいのかも」

 

 ユイがまるで俺の心を読んだかのようなタイミングでそう言った。実際読んでいたのかもしれない。

 

「もうなんか。色々と、すごいよな……」

「うん……」

 

 何と言ったらいいのかわからないが。とにかくすごい。わけがわからない。またコッペパン飛んでるし。

 そう。まるで。

 

「「毎日お祭り騒ぎしてるみたい、だね」」

「……ふふ」「……はは」

 

 ハモった。

 

「今日の用事を忘れそうになるな」

「そうだね。記念すべき第一歩だってのに」

 

 昨日の飲みで二万ジットくらいは派手に飛んでしまったが、それでも報酬を取り崩さずに済んだ。

 クリスタルドラゴンの素材自体もかなり高く売れたのだ。首から上だけでも素晴らしい価値があって、特に二本の角がそれぞれ五万ジットにもなった。

 せっかく『心の世界』に全部詰められたのだから、勢いで焼いてしまわない方がよかったかなと。

 そう思ってユイをちら見したら、「てへ」と舌を出していた。こいつめ。

 

「やっちゃったものは仕方ない」

「君って都合の良いときだけ母さんイズムを出すよな」

「そりゃあね。私の半分は母さんで出来てるから」

 

 バフ○リンみたく言うな。

 と、さりげなく腕を差し入れて引っ付いてきた。横並びで歩く形になる。

 

「バカ。目立つよ……」

「もう十分目立ってるよ」

 

 にこにこ顔で身体を寄せて、幸せそうに歩くユイ。恋人じゃないんだから。

 とんでもないブラコンだ。わかってたけど。正確には姉でもないから、ブラコンと言っていいのか。

 ……まあ、でも悪い気はしないかな。俺も。やっぱり一緒か。

 安らぐというか。落ち着くというか。

 けどさ。こういうのは、やっぱり『心の世界』の中だけにした方がいいんじゃないかな。確かにあっちではべったりやってたけどさ。

 元に戻ったらまたいつでも来ていいから。なあ。

 しかしユイは確信犯的に、俺の反応と肉感を楽しんでいた。

 と、不意に真面目な顔になって。こちらを見上げる。

 

「なんでかな。ユウとくっついてた方が心が安らぐというか。落ち着くの」

「何となくそうなんじゃないかなって気がしてたところだ。いつもよりスキンシップ五割増しだもんな」

 

 ここ二日夜を共にしたのも、本当のところは君が一緒に寝たかったんだろうし。

 照れ隠しで俺が甘えたいってことにしてたけど。

 

「どうも離れてると落ち着かなくて。身体が戻りたがってるのかな。あなたに」

「だとしても慣れなくちゃね。今はくっつけないんだ」

「だよね……」

「大丈夫。俺はどこにも行ったりしないよ」

「うーん。まあ、そうだよね。いつもユウにしっかりしろって言ってるのにね。一人立ちしないと」

 

 黒髪を撫でるように掻いて、ユイはちょっと名残惜しそうに腕を離した。

 こんなに落ち着かない彼女を見るのは、初めてかもしれない。

 俺はユイの頭をぽんぽんと撫でた。

 

「別に頼ってくれてもいいからな」

「うん。ありがと。でも頑張ってみる。私の旅だからね」

 

 ユイはいくらかすっきりした顔で、頷いた。

 そうだ。これは俺の旅であり、ユイ自身の旅でもあるのだ。俺にくっついてばかりじゃなくて、もっと君自身で色んなものを感じた方がいい。

 滅多にできないことだ。させてあげられないことだ。

 いつかまた帰る日が来たとき、心から楽しかったと言えるようにね。

 

 

 ***

 

 

「即金で40万ある。これで買える土地が欲しい」

 

 俺は札束を投げ出した。ラナさんが笑っている。

 決まった。これ、一回やってみたかったんだよね。

 ユイは、やや冷ややかな視線を俺に向けていた。これだから男は、とでも言いたげである。

 このロマンがわからないなんて。お前、もしや俺じゃないな?

 

「あなた、もしかして……ユウさんでは? 噂の!」

「ええまあ。これでもね。良い取引ができることを期待してますよ」

 

 少しばかり毒と威圧を込めて、告げてやる。

 商売人というのは得てしてそういうものだが、特に「俺みたいな甘い顔したカモ」には、しめたと思ってとんでもないものをとんでもない価格で売りつけようとするのだ。

 さすがにもう慣れてるよ。その手の「しめた」顔は。

 

「ええ。ええ。とんでもないことでございます」

 

 図星だったのか。やや引きつった笑顔で、後ろ手でさりげなく紹介物件をシャッフルした。

 

「40万ですと……こちらの物件などいかがでしょう?」

 

 いくつか示された。やや郊外に位置するこじんまりとした一軒家か、あるいはもう少し中心部にある共同住宅なんかだ。

 悪くはない。別に悪くないけど、良くもない。土地付き物件で40万だと、まあそんなものか。

 大体相場を確認したところで。

 

「ああ。もう結構です。土地だけを紹介して下さい」

 

 ユイから申し出た。

 

「ですが、そうしますと……」

「大丈夫です」

 

 ユイがにっこりと愛想笑いをする。

 

「「自分で建てるから」」

「へ?」

 

 不動産屋は、間抜けな口をあんぐりと開けた。

 

 

 ***

 

 

「はは。ちょっと面白い顔が見れたな」

「うんうん。私たちを騙そうとしてたんだから、あのくらいはね」

 

 取引はしっかり成立させたから、お互いにとって損はない。

 面食らったかもしれないが、向こうも今頃はほくほく顔だろう。

 

「家建てるのは、久しぶりだな」

「前は丸太小屋だったね」

「エスタとアーシャが大はしゃぎで喜んでたやつだな」

「ふふ。可愛かったねえ」

 

 ユイがふと、空を見上げた。

 

「……元気にしてるかな」

 

 つられて、俺も空を見上げる。

 あの空の向こうに。宇宙のどこかに、彼らがいる。

 たった二人だけの世界。寂しい世界。

 心残りは、あり過ぎるほどにあるけれど。

 

「きっと元気にやってるさ。強いから。あの子たちは」

「そうだよね。魚採りとか、逃げ方とか、いっぱい教えたしね」

 

 去ってしまった俺たちには、どうしてもわからないこともある。でも、信じようじゃないか。

 と、ユイが苦々しく笑った。

 

「そのうち、二人きりじゃなくなるかもしれないしね」

「……あ、ああ」

「ね。ユウ。楽しかったねえ?」

「う、うん……」

 

 まあそれは……まあ、な。あれは、な。うん。

 

「まあ結果的に、ね?」

「じゃなかったら殺してるよ」

 

 ひいい。マジだ。マジな顔だ。怖いって。

 

 現実逃避しながら歩いていると、やっと俺たちの購入した土地に着いた。

 少し中心地から外れるが、そこそこの人通りがある住宅街。土地代だけなので、かなり広めだった。

 今からここに家を建てるのだ。

 

「木材は、あの開拓地から切り出してくれば、誰にも文句言われないだろう」

「いいね。よし。早速作業に取り掛かろう」

 

 ユイは頬を叩き、『心の世界』からゴム手袋を取り出した。

 転移魔法で、初日にランドとシルに連れて行ってもらったキャンプ地の近くへ飛ぶ。

 この辺りには、手付かずの広大な森が広がっている。悪いが少しばかり拝借させてもらおう。

 俺は気剣で天然の木を木材の形に切り出し、ユイはそれを火魔法や風魔法などで綺麗な乾燥木材へと加工していった。

 前に建てたときは一人だったので、一々変身してやっていたが。二人で協力して作業すれば、一気に効率は上がる。

 出来上がったものはすべて『心の世界』へしまっていく。そうすれば、一々ここへ取りに戻る必要がない。

 十分な材料を揃えたところで、俺たちは再びレジンバークへ飛んだ。

 今回は定住するための家なので、ログハウスのような建てっ放しでなく、基礎の土台作りからしっかり取り組む。

 大丈夫だ。こんなときのための完全記憶能力だ。建築工学は隅から隅まで頭に叩き入れてある。任せろ。

 さらにこの世界の特典である無尽蔵の気力と魔力をもってすれば、インターバルは要らなかった。

 作業は急ピッチで進んでいく。あれよあれよとモノが作り上がっていく様に、周りの人たちが気になって、きょろきょろとこちらを野次馬しているのを感じた。

 そして。

 

「「できたあああああ……」」

 

 やり遂げた。それでも一晩夜を通しての作業だった。

 俺とユイは、背中合わせでぺたんと地面に座り込んだ。照り始めた朝の光が、さすがに疲弊した身体に心地良く差し込む。

 俺たちは、満足してそいつを見上げた。

 

 夢のマイホーム、完成である。


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