ふらふらになった俺たちは、新築ほやほやの家に入ると、寝室で『心の世界』からツインベッドを取り出した。
すぐに滑り込み、そのまま仲良くもつれるようにしてぐっすり眠った。
気が付いたら真っ昼間になっていた。
「「ふああ……」」
一緒に目をこすって、お互いの顔を見つめる。
ユイ、ちょっと寝癖が付いてるな。……俺もか。
「まだ少し寝足りないかも」
「これ以上寝ると夜寝れなくなっちゃうからね」
ぼちぼちしたら身嗜みを整えようか。
魔法を活用して、ライフラインはしっかりと構築してある。水道、トイレ、風呂、キッチンなどは当然完備だ。
ついでに言うと、家は二階建てである。二階は居住スペースになっていて、この寝室を始めとして六つほど部屋を作ってある。
どう使うかまではまだ考えていないが、段々と決まっていくだろう。
一応俺とユイの部屋は分けておいた。ユイが行動を俺に依存してばかりの状態から離れて、自分の旅を楽しむためには、個人のスペースを自由に使えることが大事だと思ったからだ。
ユイの方が全体的にしっかりしてると思っていたけれど、ちょっと意外なところがあったな。
よく考えてみれば、ユイはあまり出られないので仕方ないとは言え、これまでの人生で矢面に立ってきたのはほとんど俺だ。
ユイはその存在理由も行動もすべて俺に依存して、サポートに徹してきた。
だから好きにしていいと言われても、やや戸惑ってしまうのだろう。
また一緒に寝てしまったけど……まあ今日のところは、へとへとだったのでとりあえず。
「ユウ。今日も作業頑張ろうね」
早速目の前で寝間着をまくり始めたので、俺は咄嗟に手で制止した。
「また君はそうやって一緒に着替えようとする」
「だって一々向こう行くの面倒じゃん。がら空きだよ?」
「それはまあ、そうだけどさ」
微妙に寂しそうな甘え声で言うなよ……。
この部屋だって、まだツインベッド以外は何も置いていない。今日はまず内装を整えるところから始めようと考えていたところだ。
「私たち、元々一個だし。ね」
「万能な免罪符になってないか。それ」
「いいのいいの。誰も見てないし」
そう言って、ちょっとはにかんだ笑顔でパジャマシャツをめくり上げていくユイ。
もう目の毒ゾーンに突入しそうだった。
俺は彼女のへその辺りまで視線を落として、
「でも……いや待てよ。俺たちはそろそろ学習すべきなんだ」
「なに?」
ここで手を止めて素直に耳を傾けるところは、さすがに「私」だった。
いいか。ここはレジンバークだ。レジンバークなんだ。
この流れは。俺はたった今した嫌な予感を信じるぞ。
「ぼちぼちシルヴィアが入って来るような。そんな気がしないか」
「……言われてみると、確かにそんな気がしなくもない」
コンコン。ガチャ。
素早いノックの後、無遠慮にドアが開け放たれる。
「あなたたちがやばいことになったって聞いて」
「ほらね。来た」
「ユウすごい」
ユイは素直に感心していた。
伊達に弄られキャラはやってないんだよ。
くそ。自分で言ってて悲しくなってきた。そうなるつもりなんてないのに。
「何がほらね、よ」
「こっちの話だ」「こっちの話」
「ふーん……まあいいわ」
シルは明らかに怪訝な、しかしどこか物足りないような顔をしている。
まさか期待していたわけじゃないよな。
「それより、聞いたよ。もうびっくり。紹介した次の日に私たちを軽く飛び越えちゃうなんて……」
「……あはは」「……えへへ」
「あなたたち、あんなところで平気にしてるからおかしいとは思ってたけど。本当にただ者じゃなかったのねえ」
そう言ってしげしげとこちらを見つめるシルの目には、嫉妬の心はまるで感じられなかった。
素直に賞賛し、評価する人の眼差しである。本当に良い人だな。
「見たけどさ。こんなに立派な家建てちゃって。クリスタルドラゴンってそんなに高かったかな」
「ああ。この家なんだけど」
「私たちが建てたんだよ」
「は!?」
シルはもうびっくら驚いて、口をあんぐりと開けていた。
「なになに!? そんなわけわからない才能まであるわけ?」
「「あるわけ」」
才能というかチート記憶能力+まっとうな努力だけどね。
「ほえー……」
シルはがらんどうの部屋を見渡して「一日かよ……」と目を丸くしていた。
そして、腕を組み考える仕草を見せつつ、
「あなたたちはもう何があってもおかしくないと思うことにする。決めたわ……」
と、ぶつぶつ独り言のように決意を固めていた。丸聞こえなんだけど。
「あ、忘れてた。そろそろランドを呼んでやらないと。外で待たせてるの」
「ちょっと失礼」と、俺とユイの間を通り抜けて、窓から声を張り上げた。
「ランドー! ユウとユイいたよ! こっちこっち!」
すると、下の方から返事が戻ってきた。
「おう! 今行く!」
ランドと合流したシルは、この家を俺たちが建てたものであることを彼に説明していた。
ランドは「どっひゃー」って感じで思いっ切り驚いていた。素直な反応ありがとう。
「いやな。いくら実力があっても最初は慣れないだろうと、依頼の話とか色々してやろうと思ってさ。シルを寄こしたんだが……こいつ、何も喋らないで帰ってきたって言うんだよ」
ランドがシルを小突く。
シルは少しむっとしたように、しかしばつが悪そうに言った。
「だって。あれは、ねえ」
「どうしたんだよ」
「何でもないわよ。ねえ?」
シルは、俺とユイに確認を取るように嫌味っぽく目を細めた。
やっぱりとんでもない勘違いをされたままだ……。
ただこちらにできることは、愛想笑いだった。
「なんだよお。俺だけ仲間外れってやつかよ」
ランドがしゃがみこんで指で8の字を描き始めたので、俺はユイと一緒になって「まあまあ」と宥めた。
いくらか機嫌を直した彼が言う。
「物資の補給は済んだし、本当はもう向こうに行こうと思ってたんだけどな。とんでもないニュースが入ってきたもんで」
「町中があなたたちの噂で持ち切りよ。一日でSランクになって、やめたですって!」
「まさか先越されるとは思わなかったぜ。せっかくのニューヒーローなのによ。なんでいきなりやめたんだ?」
それは間違いなく聞かれると思っていた。
別に隠すことでもないし、話してしまって良いだろう。
「俺たちな。ここで何でも屋を始めてみようと思うんだ」
「え。何それ面白そう」
シルから口を衝いてそんな感想が出て来た。
ランドはまたまた驚いていた。
「何でも屋。冒険者じゃなくてか!?」
「うん。この町を色々見てさ。自分の力も確かめて。ユイとじっくり相談したんだけど」
「私たちの力は、ただ冒険というだけの範囲じゃなくて、ここにいる色んな人たちと触れ合うのに使うべきじゃないかって」
それこそが、俺たちの旅のスタンスだった。
行く先々の世界にいる人々と触れ合うこと。旅を楽しむこと。そんなごく普通で当たり前のことだ。
でも、かけがえのないことだと思う。レンクスから聞いた限り、それができないフェバルのいかに多いことか。
ラナソールは、日常が既に面白い世界だ。本当に色んな人たちがいる。
そして、本当に濃い。
ただ冒険ばかりにかまけていては、足元にある大事なものを見落としてしまうのではないか。そんな気がしたのだ。
「内容は冒険に限ったものじゃない。基本的に、悪い内容でなければどんな依頼も受け付ける。依頼料もそこそこリーズナブルにね」
あまり安くし過ぎると、冒険者ギルドの営業妨害になってしまうからな。
丸被りではないとは言え、一部の仕事を奪い取ってしまうだろう。競合他社というやつだ。
だから冒険者を続けるわけにはいかなかった。規定でも依頼を個人の裁量で受けることは禁止されてるからね。
「なるほど……。そいつは面白そうだな!」
ランドはうんうんと納得したように頷いていた。少年のように目を輝かせている。
「元一日でSランクのネームバリューも活かせるわね」
シルは商売という観点から、冷静に勝算を判断して頷いていた。
「わかったぜ。俺たちも一枚乗らせてもらおう。冒険の依頼もいいんだよな?」
「ええ。もちろん。何でもOKだよ」
ユイが笑顔で首を縦に振る。
「ならそのうち困ったときに力を借りるかも。よろしく」
「ああ。よろしく」
シルと握手を交わす。
最初の顧客ができた。これは幸先がいいぞ。
「っても、まだ何もないよな。これからお店にしていくのか?」
「そのつもりだ。二階は居住スペースで、一階をお店にね」
一階は、昼は何でも屋で、夜は食堂にする予定だ。そのために大きな調理場を設けている。
冒険者ギルドの酒場よりは、女性も子供も、もう少し色んな人が入りやすいお店にしたい。
俺たちの手料理を振る舞いつつ、様々な人の話を聞くのだ。そしてそれを昼の営業に役立てる。
上手くいけばきっと忙しくなる。
「なら、私たちも手伝ってあげない? ね、ランド」
「だな。みんなでやったら早く終わるぜ」
「ほんと? ありがとう」
「悪いな」
ユイと俺は、揃ってお礼を言った。
四人で協力して、てきぱきと一階を改装していく。
必要な道具一式は全て『心の世界』に入れてあるので、問題はどうアレンジしていくかだった。
あれこれ相談しながら、結局、煉瓦製だらけのこの町では珍しい木の温かみを活かしたコーディネイトに落ち着いた。
あえて調理場やカウンターに障壁を設けず、面と向かって顔を突き合わせられる設計。店に入った瞬間に顔が見えるような配置にしている。
椅子もテーブルも木製で統一し、変に飾ったところは作らない。時間を意識させないように、あえて時計は置かない。
誰でも入りやすく、誰でも話しかけやすい。
コンセプトは、「安心とくつろぎの空間を提供する」。そんな仕上がりだ。
最後に表へ出て、どでかい看板を正面に据え付けて。
俺たちの店は完成した。みんなで協力したので、どうにか夕方には終わった。
ランドがやり切った声を出した。
「よーし。お疲れ!」
「「お疲れ!」」
四人でしみじみと建物を眺め渡す。
びっしょりと汗を掻いたランドは、良い顔でバシバシと肩を叩いてきた。
「こんだけ手伝ってやったんだ。しっかり頑張れよな」
「応援してるわよ」
「うん」
「すぐに人気にしてみせるよ」
ユイは自信満々に答えた。
ふとどこか懐かしくなって。ランドとシルからはあまり聞こえないような声で、俺はユイに話しかけた。
「母さんも生きてたときは、微妙に似たようなことやってたよな」
「
「そうそう。母さんがキーボード見て適当に名前決めたとかいうやつ」
「クワーティーとかクウェルティじゃしまらないから、最初のQを発音しないことにしたとかいうあれ」
かつて地球に存在した、母さんが大学時代に設立したサークルを前身とする諜報機関だ。
母さんは設立者兼エージェントとして、子育ての傍ら精力的に活動を続けていた。
表向きはボランティアを行うNPO法人で、何か裏ではどでかいことをやってたらしい。色んなことやってたって。
まあ子供の俺にはあまり話してはもらえなかった。何度か巻き込まれたことならあるが。
ああ。死ぬかと思った。
「どうでもいいことだけど、ユイってキーボードだと横並びなんだね」
『心の世界』より、キーボード配置を思い浮かべながら言う。
彼女も一緒に思い浮かべて、
「あ、ほんとだ。どうでもいいね」
「うん。どうでもいいね」
二人で笑い合う。
「なんだなんだ。二人して」
「あなたたち、やっばりデキてるんじゃ……」
「「いいや(ううん)。こっちの話」」
そして、取り付けた看板を見上げた。
そこには大きく「アセッド」と書かれていた。
本当の意味は俺たちにしかわからないだろう。
All Service on Demand.
せっかくだから、母さんにあやかってみた。
まだ半人前だから、半分で。
俺たち、何でも屋始めました。