ここは何でも屋『アセッド』。最近は連日大繁盛している。
ただ、繁盛しているだけにちょっと問題も現れてきている。
二つの身体では、いくら力があっても一度にこなせる依頼に限りがある。
そこで、優先度の低いものはどうしても後回しになってしまったり、仕方なく冒険者ギルドに紹介するケースも出てきてしまっていた。
逆にギルドからも仕事が回ってきたりして両者の関係はWin-Winであるが、すべては理想通りというわけにはいかないみたいだ。
何でも屋の看板が泣いている。
直接の来客だけを相手にするやり方では管理に限界があるので、この辺りで予約も取り入れてみようかとも考えている。
しかし店には俺とユイしかいないので、二人とも出かけてしまうと電話が取れないのが悩みだ。
多忙のため二人ともしょっちゅう店を空けているので、このままの状態では機能しないだろう。何か考えないとな。
例えば、誰かを受付として雇うとか。受付のお姉さんでも引き抜いてみるか?
……いや、やめておこう。あれを扱い切れる自信がない。
さて。日が沈んだ時間からは、食堂としてもみんなに使ってもらっている。
この世界は一日が二十五時間くらいあるのだが(時計は地球と同じ二十四時間制なので、地球より微妙に一秒が長いことになる)、この世界の時計で大体十九時半から二十四時辺りまでやって閉める。
料理の仕上げは店で行うが、下準備は毎日『心の世界』で行っていて。こちらでは時間の流れがごく緩やかなので、昼間の業務に支障はない。
『心の世界』には食べ物をずっと腐らせないで保管できるため、冷蔵庫は要らないし、管理コストもかからない。飲食店の経営者が聞いたら下唇を噛んで羨ましがりそうだ。
ギルドの酒場とは違って、誰でも安心して入れる食堂というコンセプトで運営している。
悪酔いされると女性や家族連れの子供が安心して入れないので、お酒の類はあまりたくさんは置いていない。
時々マジックショーをやってあげるととても喜ばれる。
ちなみに俺たちには、かつてディアさんという超一流のシェフに付いて、プロとしての料理修行を一年に渡ってみっちり行った経験がある。
だから料理の腕については、その辺りの店には負けない自信がある。実際味の評判はすこぶる良好だ。
そんなある日のこと。
いつものように客に料理を振る舞っていると、入口の両開きのドアがバアァァン! と勢い良く開いた。
入って来たいかつい大男に、客が皆一様にぎょっとして、身を固める。
「ギンド!」
「ギンドだ……」
「こっちにも来やがった」
俺はユイと見合わせた。
そうか。もう退院してたんだったよな。
なんだ。リベンジにでも来たのか。だったら受けて立つぞ。
と、警戒を強めたのもつかの間、
「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
なんとギンドはその場に崩れ落ちて、大声で男泣きを始めてしまった。
俺もこれには虚を突かれて、目を丸くしてしまう。
大半の客は事情でも知っているのか、呆れ顔だ。
「い、いらっしゃい……」
「……ユウ。とりあえずカウンター席まで運んで宥めてあげたら?」
ユイがひどく哀れなものを見るような目で促した。
他の客にも迷惑だしね、とも言いたげである。
「そうだね。そうしよう」
俺はギンドにそっと歩み寄ると、肩を持って引き起こし、カウンター席にまで連れていった。
「どうしたんだよ」
優しく肩を叩いて、声をかける。
すると、彼はぽつりと零した。
「ちくしょう……」
「うん」
「ちくっしょうううううううううう! またふられたああああああああああああああああああ!」
大の男とは思えないくらい情けない嗚咽を上げ、自分の腕を目に当ててカウンターに突っ伏す。
「ああ。またか……」
「これで101敗目だぞ」
「ねえおかーさん。あれなに」
「こら。指差しちゃいけませんよ」
客が口々に漏らすのを聞いて、色々と察した。
ギンドはぐずぐずの涙声で続ける。
「あんたみたいな、むさい男は、お断りだって……ぐずっ……言うんだよおおおおおおおお! 悪かったなああ! 生まれつきだよおおおううっ!」
俺とユイは、反応に困ってしまった。
「まさかギンドにこんな一面があったなんて」
「ちょっと可哀想かもね。はいこれ」
「お、サンキュー」
ユイが用意したものを受け取る。
考えていることは同じか。気が利くな。
俺は彼女から受け取った杯を、ギンドの前に差し出す。
彼はそれに気が付いて、咽び泣くのを止めた。
「ん、なんだあ……?」
「前に言ったよな。一杯奢るって」
「ああ……そうだったか……こいつあ、なんだよ……」
「お米と水から作った純米吟醸酒だ。日本酒という」
「……オコメ? ニホンシュ?」
「うちの故郷に古くから伝わるものさ」
前の異世界でちゃんと品種改良された米を見つけたときは感動したなあ。
せっかくなので苗を頂いて『心の世界』で栽培してるんだよね。
『心の世界』って結構何でもありだよな。それはともかく。
「まあ飲んでみなよ。口当たりがまろやかで美味しいよ」
そう言って、色抜きをしていない本来の出来立ての色、淡い黄金色の液体を薦める。
ギンドは大きな手で杯を掴み取ると、一気に煽った。
うわあ。もっとちびちび呑むもんなんだけどな。
すると、俯き加減でぷるぷると肩を震わせ出した。
どうしたのかと思ったら。
「こ、この味は……うめえ! くうう! 心に沁みるようだああああっ!」
いたく感動している。
そんなに美味しかったか。よかった。
「お代わりいい! お代わりをくれええええっ!」
「はいはい」
ユイが苦笑いして、次の一杯を注ぐ。
「もっと味わって飲みなよ」
一応言ったが聞かない。二杯目もかぶり付くように飲み干してしまった。
結構度数高いから、そんな勢いで飲むとすぐ悪酔いするぞ。
これはいけないな。仕方ない。
「ユイ。あと店頼んだ。ちょっとギルドの酒場でギンドの話に付き合ってくるからさ」
「あんまり遅くならないようにね」
「善処するけど、約束はできないかも。ほら、行くよ」
俺はギンドの肩を担いだ。
「うう……面目ねえ……」
なんだ。素直なところもあるじゃないか。
というわけで、俺はユイに食堂を任せ、顔の赤くなってきたギンドを酒場に連れて行くことにした。
***
というわけで、ユウから食堂を任されてしまった。
「ユイちゃん。こっちもお代わりお願い!」
「はーい。すぐ向かいますので」
一人だけになって、倍は大変になったけど。
そこはウェイトレス時代を思い出して、てきぱきとこなしていく。
もちろん雑談に付き合うのも仕事のうち。
「さっきは大変だったねえ」
「そうですね。ユウが連れて行ってくれたので助かりました」
「いやあ。本当に助かったよ。二人とも、見かけによらず本当に心強いね」
また別の客が、笑顔で尋ねてくる。
「ユウくんは弟さんなんだっけ」
「ええ。ほんと手のかかる弟で。いつも苦労してます」
まあそこが可愛いんだけどね。
「二人とも、愛し合ってるんだって?」
「え?」
不意な言葉に、笑顔も忘れて聞き返してしまった。
「私も聞いたわよ。とっても仲が良いものね」
「大丈夫。うちの町では近親婚も自由だから!」
わっはっはと、生暖かい笑い声が起きる。
いつの間にかとんでもない噂になってるみたい。
「いやいや……。それ、誰が言ってたんですか」
「私はとある女の冒険者から聞いたんだけどねえ」
「そう言えば、俺も」「僕も」
なんてこと。シルだ。絶対シルだ。
あの子、変な勘違いばかりして。もう。
「別にそんなことないですよ?」
「え、そうなの?」
「この前、恋人繋ぎして歩いてなかった?」
「……それはまあそれとして。普通に弟として大好きなだけですよ」
「じゃあ、ブラコンってやつ?」
「まあ……そこは認めます」
「ヒューヒュー!」「いいね!」
普通に家族やパートナーとして愛しているだけだもんね。普通だよ普通。たぶん。
そもそもユウにはリルナさんがいるし。
……もう会えないだろうけど。
遠く離れて実はすごく寂しがってるから、私がちょっとでも埋めてあげようかなって。
それだけだよ。うん。まあ一応、レンクスのバカもいるし。
「はい。この話終わり! 今日は一人だけど、マジックショーするよー!」
「おー! 待ってました!」
「ぼくあれすき!」「わたしも!」
話題を反らすために始めたマジックショーは、いつも通り大反響だった。
店仕舞いしても、中々ユウは帰って来なかった。
遅いなあ。まだかなあ。変なことに巻き込まれてないかな。ちょっと心配。
三時間近くはじっと座って待っただろうか。やっとユウが帰ってきた。
「おかえり。遅かったね」
「ただいま。中々泣きが止まらなくてね。最後は酔い潰れたから、寝かせてきたよ。いやあまいったまいった」
笑顔で頭を掻くユウを見て。
何となく飛びつきたくなったので、抱き付いてみた。
「どうしたんだよ。ユイ」
ユウは少し戸惑いながらも、しっかり抱き締め返してくれた。
「……うん。やっぱり一緒の方が落ち着くね」
「……うん。落ち着くね」
温かい。安心する。
ちょっとだけ見上げて。また何となく、聞いてみた。
「ユウ。私たち、離れてもずっと一緒だよね?」
「何言ってるんだよ。当たり前じゃないか」
そんなこと、確認するまでもないことだけど。
ユウから改めてその返事が聞けて、私は嬉しくなった。
「じゃあ、今日も一緒に寝よう」
「それとこれとは話が違うような」
「寝よう。ずっと待ってて寂しかったし」
「……わかった。寝ようね」
「えへへ」
さすがユウ。ちょろいね。優しいね。
ユウのそういうところ、小さいときからずっと好きだよ。