フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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16「ニルバルナの魔窟 1」

 ん、うん……。

 なんだろう。柔らかい。

 ああ。胸に顔が埋まっている。

 ユイ。俺を抱き枕みたいにして寝てたのか。

 良い匂いがする。落ち着く。

 ……もうちょっとこのまま寝てようかな。

 と思っていると、俺の背中に回っている彼女の腕に力が入って、ぎゅうっと押し付けられた。

 

「もうちょっとこのまま寝てようかなとか考えてたでしょ」

「当たり。おはよう」

「おはよう。良い天気だね」

 

 ユイが窓際を見てそう言ったので、俺も顔だけ向けてそちらを眺めてみる。

 確かに空は雲一つない快晴だった。

 で、いつもだったらそろそろ身体を起こすのだけど。

 今日は中々彼女の腕が緩まないばかりか、さも嬉しそうに胸に抱き入れたまま、ぺたぺたと愛おしげに背中を手がなぞる。

 

「幸せそうだね」

「もう寝言が可愛くて。抱っこしたくなっちゃった」

「なんて言ってた?」

「いいんだよ。私だったらいつでもいっぱい甘えてくれていいからね」

 

 そこは濁されてさらにしっかりと抱きすくめられ、頭をよしよしされる。

 まるで子供でもあやされているかのようだ。まあ悪い気はしないんだけど。俺も甘えん坊だよなほん――

 

 コンコン。ガチャ。

 

 突然の素早いノックから堂々とした勢いでドアが開け放たれ、

 

「……ふっ」

 

 シルがどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべて。

 

 ガチャン。ドアが閉まった。

 

「「…………」」

「「……なに。今の」」

 

 とりあえずベッドから起きて、ドアを開けて左右を覗いてみると。

 いた。ずっと向こうにいた。

 私は何も見てないよとでもあさっての方向を向いて、下手くそな口笛を吹き鳴らすシルが。

 だが顔がにやけている。

 

「営業時間にはまだ早いんだけど」

「そうね。朝の営業中だったわね」

 

 なんだその含みのある言い方は。

 

「ダイジョブ。お姉さん応援してるヨ」

「あのねえ。昨日聞いたんだけど、冒険者に変な噂広めてるのってあな――」

「ランドー! ユウユイいたよー!」

 

 おいこら! 無視するんじゃない!

 

「おう! そっち行く!」

 

 お約束の流れで、ランドが遅れてやってきた。

 

「どうしたんだよ。そんなにやにやして」

「何でもないよ」

 

 シルは生暖かい目で俺たちを交互に見て、ほくそ笑んでいる。

 

「何だかのけ者にされてる気がするぜ」

 

 今回は8の字までは描かなかったが、微妙にいじけるランド。

 君は君で、一番近くにいるのに何も知らないのか。相当鈍いんだな。

 とりあえず話題を変えよう。

 

「それで。今日はどんな用件で来たんだ。依頼をしに来たのか」

「そうそう。かなり探索が難航しているエリアがあってさ。ユウたちにも協力してもらいたいなと」

「なるほど。報酬はいくら出すつもり?」

 

 細かい条件は置いておいてユイがさっさと尋ねると、シルがさらりと返した。

 

「大変なこと頼むからね。シンプルに成功報酬のみで十万ジット。どうかしら」

「結構出してくれるんだな」

「いやいや。普通元Sランクの冒険者雇うってなったらもう少しするんだぞ。あまりランク低い仕事は受けたがらないもんだし。あんたたちが何でも安請け合いし過ぎなんだよ」

「「何でも屋だからね」」

「ぷふっ。またハモってる」

「「あ」」

 

 シルはこれがちょっとツボにきてるらしい。口元を押さえている。

 

「二人とも本当に息ぴったりだよな」

「「まあね」」

 

 そこから、最近の事情をじっくり聞いていく。

 あれから時々ワープクリスタルで町に戻っては物資補給をしつつ、着々と冒険を進めていたようだ。

 やっとのことで俺たちが最初に居たあの森を抜けて、次のエリアに入ったとのことだが。

 

「現在チームで探索中のエリアは、切り立った断崖のあちこちが洞窟みたいになって迷路のように繋がっているんだが……どうもやたら広大らしいことがわかったんだ。そこで、ニルバルナの魔窟という仮称を付けた」

「「ニルバルナの魔窟、ねえ」」

「風のいたずらをする精霊の一種から付けたのよ」

「なぜその名前にしたんだ」

「まるでいたずらのようというか……ある重大な問題が出て来てさ。それがあんたたちに頼もうと思った最大の理由なんだ」

 

 ランドとシルが、その単語を口にする。

 俺とユイはまったく知らなかった話で、やや驚きとともにそれを受け止めた。

 

「「パワーレスエリア?」」

「そうだ。冒険者の間で都市伝説程度の噂にはなっていたものだが。まさか本当にあるとは思わなかった」

「その名の通り、そこでは不思議なことに全然身体に力が入らないの。魔法剣も精霊魔法も一切使えなくなってしまう」

 

 なんと。そんな場所があるのか。

 剣も魔法も使えないって、まるで許容性が低い世界みたいだな。

 

「面白いのは、人それぞれによって落ちる能力の幅に差があるってことなんだ」

「私はまだそこそこ動けるみたいなんだけど、ランドがね」

 

 シルが溜め息を吐く。ランドが悔しそうに肩を落とした。

 この様子だと、足手まといになるレベルで力が落ちてしまうのだろう。

 

「すまねえ。不甲斐ないばかりだ」

「いいよ。あなたのせいじゃないし」

 

 シルがランドの肩を叩いて宥める。

 目と目で通じ合う様は、まるで俺たちのような仲の良さを感じさせた。

 俺は少し返答を考えて、一つ頷いた。

 

「事情はわかった。つまりそのパワーレスエリアを抜けるまで、助っ人になって欲しいと。そういうことだな」

「その通り。話が早くて助かる」

「報酬が成功に限るというのも」

「こればかりは行ってみないとな。もしかしたら、向こうじゃユウとユイの方がお荷物になるかもしれない」

「だったらもちろん報酬はあげられないからね」

 

 ランドとシルが、くつくつと笑う。

 なるほどな。ギルドでもじきSランクに上がるだろうと言われている実力派のこの二人が頼ってくることだから、正直何事だろうと思っていたが。そういうことだったか。とすると。

 

「一つ懸念点があるとすれば、パワーレスエリアがどこまで広がっているのかがわからないことだな。依頼がいつまでかかるか」

「そうね。それは申し訳ないと思っているわ。もし長引くようなら、追加報酬を出してもいい」

「そこはいいんだ。ただ、離れている間他の依頼が滞っちゃうのはね。俺たち二人ともではなくて、片方だけというのは無理なのか?」

「いや。どちらかだけでも力になってくれるなら十分心強いぜ」

「私も異存はないわ」

 

 二人の返答を聞いて、ユイへ提案した。

 

「よし。じゃあ実際に現地へ行ってみて、パワーレスエリアの影響が少ない方、力になれそうな方が依頼に当たるということにしよう」

「ちょっと離れるのは寂しいけど、仕方ないね」

 

 ユイも納得してくれた。これで商談はまとまった。

 

「どうする? 俺たちはいつでも行けるが。何か準備するものはあるか?」

 

 ランドが肩を回しながら、こちらの都合を尋ねてくる。

 俺たちは首を横に振った。

 

「いつでもOKだ。すぐにでも出発できる」

「いいね。なら早速行っちゃいましょう!」

 

 玄関から出るのもかったるいので、四つの人影が窓から飛び出した。

 屋根伝いに、ワープクリスタルのあるエディン大橋側の門へ向かう。この移動法は目立つが、冒険者レベルなら意外と普通にやってるみたいだ。

 風を切って跳んでいる最中、ランドが楽しそうな顔で聞いてきた。

 

「この町にも少しは慣れてきたかよ」

「段々とね。まあ毎日新しい発見があって飽きないよ」

「ほんと濃い連中ばっかりだよね」

 

 隣を駆けるユイが、色々なことを思い出すようにしみじみと呟く。

 本当に色んな奴がいるよなあ。

 シルがふふっと笑った。

 

「夢追い人の集まる町だからねえ。橋を渡った先のフロンタイムでは、さすがにもうちょっと落ち着いた感じの人が多いよ」

「へえ。そうなのか」

 

 フロンタイムか。このレジンバークのある未開区ミッドオールと対をなす先進区。

 まだ行ったことはないので信じがたいが、そこでは魔法を利用した先進的なIT文明が栄えていると聞く。いずれは行ってみようかなと思っている。

 なぜこちらと文明レベルがそこまで差があるかというと、まあ色々と理由はあるらしいのだが。最大のものはあれだろう。

 何でも、エネルギーにも通信媒体にも使えるという、先進IT文明を根底から支える理想粒子「メセクター粒子」というものがあるそうだ。

 だがそれが橋を一つ渡ったミッドオールでは、なぜかまったく消え失せてしまって、効力を発揮しなくなってしまうのだと。

 そのせいで、メセクター粒子を動力にしている車やバイクだったり魔法列車だったりは、こちらでは一切使えないのだとか。

 なのでエディン大橋のところには、大量に車やバイクが乗り捨てられてしまっているらしい。

 そんな不便で手付かずな未開区にあえて可能性を感じ、わざわざやってきては冒険者ごっこを楽しんでいるのがこの町の連中というわけだ。

 許容性が恐ろしく高いということは、人の能力に際限がないということ。磨けば磨くほどに人は力を増し、可能性を広げていく。

 そして、まだまだ広がる未知の土地に未知の魔獣たち。こんなに冒険をするのに楽しい環境もないだろう。

 いざとなれば向こう側に帰って文明的な暮らしをすれば良いのだから、人々の顔が明るいのも頷ける話だ。

 そうだ。気付いたことがある。

 俺とユイの死と隣り合わせの実戦で鍛え上げられた動きと、彼らの動きは明らかに違う。

 平和な証拠だと思うが、命懸けでやっている奴なんて滅多にいないのだ。みんなスポーツの感覚で冒険を楽しんでいる。

 だから強い冒険者には誰もが憧れるし、恐れもなく素直に賞賛する。

 仮にもし山を斬れるほど力を持った者が彼らにとって本当の脅威となるのなら、先進区が圧倒的な魔法文明の武力でもって手を下してくれるだろう。

 

「まーてー!」

 

 ……ん?

 

「ユーウーホーシーミー! 貴様に再度挑戦を申し――」

 

 ピシュン! ドッゴーン!

 

 ユイの光魔法が、横から飛び込んできたほぼ全裸の彼をごみ収集場所送りにした。

 

 ……なぜにほぼ全裸?

 

「また変なの湧いてたよ」

「対処サンキュー」

「てかなにあれ」

 

 ユイはどん引きだった。

 いつものように挑みかかってきたばかりではなく、まごうことなき全裸一歩手前である。

 股間だけ葉っぱで隠していたように思う。俺もあれは引く。

 

「あいつら何だろうな。知ってるか」

 

 果たしてランドは知っていた。

 

「たぶん伝説になり隊の連中じゃないか」

「そのふざけた名前は何なの」

 

 奴の落ちていった場所を見やるユイの眼差しが、汚物を見るようなじと目に変わる。

 

「伝説になりたいんだ。あいつら」

 

 ランドはうんうんと男の理解を示した。

 

「だから何だって言ってるの」

 

 ユイがすかさず突っ込む。

 ランドも彼女の凄みにはやや引いて、半笑いになりつつ述べた。

 

「と、とにかくだ。自分より強くて構ってくれそうな、でも殺さないで済ませてくれそうな。そんな優しい相手を選んでは挑みかかるという。伝説になりたいのさ」

「そんなしょうもない連中だったのか……」

 

 とんだはた迷惑だ。俺の知らないところで勝手にやってろ。

 

「あなたたちは見るからに甘そうだし、カモなんでしょうね」

「いっぺん半殺しにすると寄り付かなくなるって話だぜ」

「「いや。さすがにそこまでは」」

 

 決めた。これからも遠慮なくぶっ飛ばしておこう。

 大怪我しない程度に。

 

「しかも裸だったんだけど。新しいタイプだよ。何なのあれ」

 

 ユイはまだ不機嫌である。

 それを聞いて、ランドが何か思い返すように苦笑いして目を細めた。

 

「ああ……あれはなあ……」

「ありのまま団も掛け持ちしてるわね」

 

 そこへシルが素早く斬り込んだ。何か物知りげだ。

 

「葉っぱだけ付けてたよね」

「良心派よ」

 

 シルはびしっと断言した。食い付きが凄いぞ。

 

「良心派じゃないのもいるのか」

「いるわ。すべてを開いた原理派こそが至高。他にも、下は着込んでしまうカジュアル派とか。まあこいつらは甘い連中ね。それぞれがそれぞれのやり方で、真理を求め日々修行を積んでいる」

 

 そして、熱い眼差しで拳を握った。だが口元はだらしなくにやけている。

 

「すべてはありのままであるために!」

 

 どうしようもなくわかった。

 シンパだ、この人。

 

「それに、数は少ないけれど……」

 

 急に神妙な顔で、シルは俺とランドに視線を送る。

 

「女性団員もいると聞いているわ」

「「なんだって!?」」

 

 二人同時に唸った。

 

「「眼福じゃないか!」」

 

 ごつん。

 ユイに軽く頭を小突かれた。いたい。

 

「いや。何となく言う流れなのかなと」

「もういいから」

「はい」

 

 食い付きが良かったのが面白かったのか、シルはさらに得意な顔で続ける。

 

「恥ずかしいから、夜中にだけこっそり野外活動してると専らの噂よ」

 

 何それかわいい。見たい。

 

『……私やリルナさんというものがありながら』

 

 まずい。ユイに心通信でばっちり拾われていた。もうちょっとで怒りそうだ。

 

『あ、あの』

『ほんとにしっかりしてね?』

『はい。ごめんなさい』

 

 やり過ぎた。反省しよう。

 大丈夫。俺は何も聞かなかった。よし。落ち着いた。

 

 などと長話をしているうちに、門はすぐそこに迫っていた。

 屋根裏から着地して、最後の通りを駆け抜ける。

 四人同時に、門の外へ飛び出した。

 向こうにはもう、水色の輝きを放つワープクリスタルが見えている。

 ランドが一番乗りで触れて、四人共が手をかざす。

 そして、彼が宣言した。

 

「イクスペル・ラン! ニルバルナ!」

 

 四人の身体がふっと音もなく消える。

 気が付くと俺たちは、切り立った断崖の前に立っていた。


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