あれからミティは三日くらいの間、俺と顔を合わせるとあわわわと沸騰して、まともに喋れないことが続いた。
ただ理由はよくわからないが、「同じ匂いがする」という俺への好意は本気のようで、ろくに喋れないのに中々傍から離れようとしなかった。
そこは私の定位置なのにと、ユイも困ったようにむすっとした顔を向けていた。
どうしてこんなことになった。
そんなこんなで落ち着かない日々を過ごし、魔法料理コンテスト当日がやってきた。
開催場所はナーベイ中央公園の特別設営会場だ。
この日は早起きして、三人一緒に出掛けた。
「腕が鳴りますぅ!」
「気合い十分だね。ミティ」
ユイがぽんと優しくミティの肩を叩く。
彼女に対する快くない感情はともかく、それをコンテストには持ち出さないだけの器量は持ち合わせている。
「はい! お互い頑張りましょー」
「俺は二人とも応援してるからね」
「どうしてユウさんは参加しないんですか?」
「参加したいのは山々だけど。俺は魔法が使えないんだ。魔法料理コンテストだからね」
「むむう。珍しい方もいるものですねぇ。まあそんなことでミティたちの絆は揺るぎませんけどね」
魔法料理コンテストとは大体的に銘打つものの、所詮は町興しの一環で開催される規模の小さな大会である。
出場者も例年十人弱程度で、参加客も数百人程度ということだが。
ユイとミティと別れて観客席に行くと、異変に気付いた。
今回はちょっとばかり、いやかなり人数が多い。
どうしたことだ。ざっと千人くらいはいるんじゃないのか。
良い席が取れるだろうか。心配になってきた。
どうにかこうにか脇を通してもらって、端っこの前列を確保する。
しばらく待っていると、さらに人は多くなり、気付けば目算で二千人規模に達していた。
中には見知った顔も数多くいる。わざわざレジンバークからやってきた冒険者連中だ。
会場が温まってきたところで、前のステージには、エプロン姿に着替えたユイやミティたち八人の出場者が、特設キッチンの前にずらりと勢ぞろいしていた。
「あ、あのう」
そこに、所在なさげにおろおろする若い女の人が一人。実況テープルのところにぽつんと立っている。
髪色は赤。燃えるような情熱の赤だ。
うん? あの人、どこかで見たことあるような。
いやまさか、あの人は!
隣の男にマイクを手渡された瞬間、大人しそうな雰囲気から豹変した彼女を見て、瞬時に理解した。
「いよっしゃあ! みんな、待ってたかーーー!」
「「うぇーーーーい!」」
「ナーベイ観光協会主催! 第38回魔法料理コンテスト! 実況はわたくし、冒険者ギルド所属! 受付のお姉さんがお送りします!」
「「うおおーー!」」「「お姉さんーーー!」」
会場に割れんばかりの大歓声が起こる。
お姉さん、こんなところまで来ていたのか!
「うーん。いい声。なけなしの有休取ってきた甲斐があったというものね。乗ってるかーーーい!」
「「Yeah----!」」
この謎のカリスマ。何者なんだ受付のお姉さん。
というか本名知らないんだけど。お姉さんで通ってるけど、いいの?
「よーし、みんな! 本日のスペシャルな開催に先立って、一つスペシャルなニュースがあります! 本日に相応しい、スペシャルなゲストをお呼びしましたーーーっ!」
「「わあああああああ!」」
幾度目か、場内に騒がしい歓声が巻き起こる。
へえ。スペシャルなゲストか。一体どんな人だろう。
もしかして、それが人気の理由なのだろうか。
「では紹介しましょう! 伝説の山斬りボーイ! 何でも屋『アセッド』マスター! ユウ・ホシミくんでーーーーす!」
……俺?
シューーーっと、俺の周りに魔法でど派手な即席スモークが焚かれる。
はい? え?
あれよあれよと、後ろからスタッフらしき人につままれて。
歓声がすごい。中には黄色い声も混じっているような。
なに? 何なの?
戸惑っているうちに、実況席にいるお姉さんの隣まで押し出されてしまった。
「じゃ、コメントよろしく」
お姉さんから、ぽんとマイクを手渡された。
……ねえ、待って。
無茶振りにもほどがあるだろうが! どうしろと!?
気付けば数千の観客は、一心に俺を見つめていた。
ユイも心配そうな面持ちで、ミティはどこか期待するような面持ちで。俺のことを見守っている。
あ、ああ。ええと、どうしよう。何か言わないと。
「あ、え、えっと。今日は姉のユイが参加するということで……俺も観客の一人として、その……」
ああ。まずい。
声に戸惑いがあるせいで、会場が白けかけている。
この空気は耐えがたい。
まずい。まずいぞ。このままでは。
変えなければ。何とかしなければ。
ええい。こうなったら、何でもいいから叫んじまえ!
「俺はユイを信じてる! 姉ちゃんは誰にも負けない!」
「「おおおおおお!」」「「そうだあああーーー!」」「「ユイたんーーーー!」」「「この、ラブラブーーー!」」
なんか変なヤジも聞こえたような気がするが。このまま勢い任せだ!
「だが、勝負は時の運。もちろん誰が勝っても恨みっこなしだ! 何より大事なのは、みんなで楽しむこと! だからみんな、今日は楽しく盛り上がって行こうぜ!」
「「うぉおおおおおおおお!」」
どうにか会場の熱を切らさず、保つことができた。
よろめきそうになりながら、マイクをお姉さんに返す。
お姉さんはウインクしてくれた。ナイスファイト、と称えてくれているようだった。
ふう。あまり上手いこと言えなかったけど、何とか事なきを得たか。どっと疲れたよ。
向こうではユイがやや呆れたように額に手を当て、ミティが目をキラキラさせて俺を見ている。
許してくれ、ユイ。俺、咄嗟の割には頑張ったと思うんだけど。
「では、ゲストのユウさん。本日は解説よろしくお願いします」
「あ、はい」
……ええ?
くそ。やられた。流れで解説やらされることになってしまった。
ミティのときも思ったけど。どうしてこんなことに。
俺の混乱をよそに、熱狂の中、コンテントの開会が宣言されたのだった。