フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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27「ミティがうちにやって来た」

 なんとミティに師匠と呼ばれるようになってしまった俺たちだが。

 とりあえずユイと相談の結果、好きに呼ばせておこうということになった。

 彼女と別れを告げて、帰りはユイの転移魔法であっさり帰ることができた。バイクで走って戻るのも楽しいけど、さすがに店を開け過ぎたので。

 またナーベイに来たときに料理の手ほどきでもしてあげればいいかなと思っていたのだが。

 ところがである。帰宅から四日後。

『アセッド』のドアが叩いて飛び込んできたのは、見覚えのある元気いっぱいの女の子。ミティだった。

 

「ユウ師匠! ユイ師匠! わたし、来ちゃいました!」

 

 とびきりのスマイルで、俺に抱き着いてきた。

 無下に突き放すわけにもいかないので、優しく受け止める。

 彼女は幸せそうに俺の胸に顔を埋めた。

 

「や、やあ。よく来たね」

 

 ここまで来るとは。四日。四日だぞ。早くないか。

 俺たちみたいに速いバイク持ってるわけでもないだろうし、家に帰ったらすぐ身支度してこっち来るくらいのペースでないと無理だ。アクティブだなあ。

 ユイもこれには予想外という顔をしている。

 テーブルでぐーたら寝ていたレンクスが、元気な声に反応して目をこすった。

 

「師匠たちに、ミティからのとっておきの依頼があります!」

 

 すーっと息を吸い込んで。

 彼女はよく通る声で言った。

 

「ミティをここで働かせて下さいですぅ! 住み込みでよろしくですぅ!」

 

 いきなりそんなことを言い出したのである。

 これにはぽかんとしてしまった。

 働くって、住み込みって。ほんとか。君の宿はどうするんだよ。

 考えがまとまらないうちに、ミティは俺を上目遣いで見上げて、いたずらっぽくウインクした。

 

「ここは何でも屋さんなんですよね? だったらミティの依頼、当然聞いて下さいますよね?」

 

 ――なるほど。考えたな。

 

『アセッド』が何でも屋を掲げている以上、この依頼を断るわけにはいかないということか。

 

「けどミティ、宿はどうするの?」

 

 ユイが俺の聞きたかったことを聞いてくれた。

 

「あっ、それなら大丈夫です。どうせ閑古鳥が鳴いてるような宿なんで、ちゃっちゃと畳んできましたよ」

 

 へっと自嘲気味に毒吐くミティ。

 

「たとえ回り道のようでも、ここできちんと料理修行をすれば、料理がおいしい宿として再出発できるかなぁって。はい!」

 

 俺の顔を見つめながら、ミティは意気込んだ。日頃から何とかしなきゃとは考えていたらしい。

 カウンターにいたユイが嫉妬で目を細め、俺の方に近づいてくる。

 

「ちゃんと将来設計を考えて来たわけだ」

「ですぅ。あのう……」

「なんだ」

「今のわたしは着の身着のまま、身一つです。勢いで飛び出してきちゃいましたけど、もし師匠たちが受け入れてくれなかったら、わたし……」

 

 ゆったりと着られた布の服の胸のあたりを撫でて、不安そうな表情を見せる彼女。

 計算し尽くされたその隙のあるしぐさは、中々に男心をくすぐるものがあるが。

 あざといとわかっていても、実際にやられると困ってしまうものだな。

 まあそんなことしなくたって、最初から断るつもりなんてなかったけどね。

 俺は小さく溜息を吐いた。

 密着していた彼女を半歩分だけ引き離して、なで肩に手を置く。

 彼女の目をしっかりと見て、答える。

 

「わかった。わかった。君の想いと決意はよくわかったよ。ちょうど人手も足りてなかったところなんだ」

「では!」

 

 ぱあっと顔を明るくするミティ。よほど受け入れて欲しかったのか。

 俺はテーブルにだらしなく座って話を聞いているレンクスの方を向いて、呆れをたっぷり込めて言う。

 

「戦力として当てにしてた奴は、あれだしな」

 

 レンクスは、呑気に頭の後ろに手を回した。

 

「いやあ。それほどでも。へっへっへ」

「別に褒めてない」

 

 ユイがナチュラルに突っ込みを入れる。

 レンクスはユイに反応してもらえて、嬉しそうににやけるばかりだ。

 あれだからな。もう。

 

「話はわかったよ。ミティ」

 

 いつの間にか、ユイは俺の後ろにぴったりとくっついていた。

 すぐ対抗心燃やすよな。君も。

 

「できるときは私が、できないときはユウが。料理をみっちり教えてあげる」

「ほんとですか!?」

 

 ミティ、ますます嬉しそうに顔を綻ばせている。もう感激というレベルだった。

 ユイもそれにはまんざらではない顔だ。

 

「できるだけ丁寧に教えるつもりだけど、やるからには手を抜くつもりはないから。どこに出してもおいしいと言われるようになろうね。ちゃんと付いてくる気概はある?」

「はい! もちろんあります! わたし、頑張ります!」

 

 おっ。素直に答えた。

 この子は、ぶりっ子してないときの方が可愛いような気がするな。もっと普通にしてればいいのに。

 

「では改めまして。ミティアナ・アメノリスですぅ。ミティと呼んで下さい。よろしくですぅ!」

「ユウ・ホシミだ」「ユイ・ホシミだよ」

「一応俺も。レンクス・スタンフィールドだ」

 

 こちらもいつの間にか来ていた。

 ユイのお尻に手を伸ばそうとしてぱしっと叩かれているレンクスが、顔だけはしまり顔で名乗った。

 

「あ、師匠たちから聞いてますよ。屑拾いのレンクスさんですね」

「そうだぜ」

 

 親指を突き立てて、誇らしげに答えるレンクス。

 ボランティアならいざ知らず、古今東西職業屑拾いであることを誇らしげにするのは、中々いないと思うよ。

 俺はそれだけじゃ軽蔑しないけどね。それすらも自分からじゃ中々やらないからなこいつは。

 と、ミティがぽわぽわと幸せそうな乙女の顔になっていた。

 

「うふふ。今日からユウ師匠と一緒に寝るですぅ!」

 

 俺の腕を取って、豊満な胸をすりすりと擦り付けてきた。

 ついどきまぎしてしまう。

 

「だめ。そこは私の特等席だから!」

 

 え。そうだったの?

 ユイも対抗して、もう一方の腕に形の整った胸を押し当ててきた。

 ミティは鼻で笑いながら、さらに胸を密着させてきた。

 

「ちょっと言ってる意味がわからないですねぇ」

「あなたみたいなのがユウ誘ったら、押しに弱いユウは堕落しちゃうから。だめ!」

 

 俺、そんなに信用ないか?

 ……うん。ちょっと自信ないな。

 確かに。よくわかってる。

 

「ふふーん。なぁにが堕落ですか! そちらこそ、お姉ちゃんが実の弟に色目を使うなあですぅ!」

「別に使ってないもん! とにかく、だめなものはだめ! 師匠として許さないからね!」

「そればっかりは聞けませんですぅ。女の戦いに師匠も弟子もないのですよぉ!」

「むむむぅ……!」「ミティ……!」

 

 俺を挟み合って、女の睨み合いが続く。

 どうしよう。どうしたらいいんだ。

 俺は困り果てて、胸の感触を楽しむ余裕もないままその場で固まっていた。

 ただ、背中に凍えるほどの寒気を感じながら。

 

「じーっ」

「はっ!」

 

 銀の後ろ髪が、さっと引いたように消えていった。ような気がした。

 今一瞬、両開きのドアの向こうにシルヴィアが見えたような……。気のせいか?

 

「はっはっは! ユウお前、随分モテるようになったじゃねえの! あのちびっ子だったのがなあ!」

 

 レンクスが可笑しくて仕方がないといった様子で、腹を抱えて笑っている。

 くそ。他人事だからって良い気になって。

 で、あの。リルナさんの殺気が止まらないような気がするんだけど。

 俺何もしてないよ。ごめんよ。許して下さいリルナさん。

 あ。ちょっとだけ緩まった。優しい。

 あ、もうちょっと緩まった。

 ……それにしても、情けないな。これじゃあ。

 

「待て。待ってくれ。二人とも」

 

 語気を強めて、諭すように腕から二人を引き剥がした。

 牙を抜かれたようにきょとんとする二人。

 特にミティに対して、俺は言葉を考えた。

 よく考えて、正直に、誠実を心掛けて言った。

 

「まずミティ。君に変な期待をさせたくないので、はっきり言っておくよ」

「……はい」

「俺には既に愛する嫁がいるんだ」

「ぐはっ……!」

 

 痛恨の一撃! ミティはその場にしおらしく崩れ落ちてしまった!

 

「そ、そんなぁ。もう、そこまで進んでいたなんて……」

 

 いやいや! 待って! どんな勘違いだよ!

 絶対シルのせいだ。絶対そうだ。

 

「違う。違うから。とても遠いところなんだけどね。ずっと愛し合うことを誓い合った仲がいるんだよ」

「ふへえぇ……まあ、そうですよね。ユウ師匠、かっこいいですから。彼女さんの一人や二人くらい、それはいますよね……」

 

 すっかり意気消沈して、彼女は項垂れている。

 ユイはというと、さすがに同情的な目で彼女を見つめていた。

 好意を抱いていた相手に好きな人がいると聞いたら、それは落ち込むだろう。

 だがいつかは言わないといけなかったことだ。早めに言っておいてまだよかった。

 

「その方とは……今は、どうされているのでしょうか」

「もう二度と会えないけどね。思い出はずっとここに残っているよ」

 

 俺は胸に手を当てて、答えた。

 すると、ミティの沈み切っていた表情に変化が現れた。

 ゆらぁと顔を上げて。その瞳には、光が戻っていた。

 

「もう二度と会えないんですかぁ? それは、とても寂しいことですね……」

「ああ。寂しいよ。ほんとにね。本当に……寂しい。でも、それが」

 

 運命だったんだ、と言おうとして。

 

「でしたら、わたしが埋めてあげます。ミティは現地妻で構わないのですよ?」

「ちょっ……!」

 

 予想外! 緊急事態発生!

 リルナさん! リルナ! 対応を! 対応を願います!

 ……くっ! 存在を感じられても、遠過ぎて心の声までは届かないか……!

 というか、届いてたら喋りまくってるしな。現実は甘くない。

 

「待ってくれ。そこまで好意を持たれる理由がわからない。第一、俺は君にほとんど何もしてないよ。どうしてそこまで……」

 

 ミティはからっぽそうな頭を回して、くるくると考えるような仕草を見せて……すぐに考えるのをやめた。

 そして、はにかんだ笑顔で言った。

 

「わかりません。フィーリングです。わたし、直感は信じる方なんです」

 

 フィーリング。フィーリング……?

 今度は、俺の頭がぐるぐるする番だった。

 わからない。この子がわからない。こんなタイプ、初めてだよ。

 ユイももう、何が何だかという感じで。もはや嫉妬も何もなく、ただ興味深そうにことの成り行きを見守っていた。

 ずっと声を殺して笑っているレンクスがうざい。

 

「ユウさんは、ぴぴっと来ちゃったんです。付き合いの長さなんて関係ありません。女は理屈じゃないのです。好きになっちゃったものは、仕方ないんです」

「そうか。仕方ない、か……」

 

 どうしたらいいんだ。俺はこの気持ちにどう答えるべきなんだ。

 

『正直でいいんじゃないの?』

『そっか。正直に、か』

 

 俺は言葉にしにくい想いを、どうにか少しずつ頭の中で整理していった。

 彼女に配慮しながらも、できるだけ正直に告げていくことにした。

 

「ミティ。よく聞いてくれ。本当に変な期待をさせたくないから言うけど。俺に現地妻を作るつもりは今のところない」

 

 リルナを心から愛しているし、リルナを裏切りたくないからだ。

 あの人は、俺が望むように生きれば、俺が幸せならそれがいいと言ってくれる人だけど。

 そこまで想ってくれている人だからこそ、最低でもよほどの事情がなければならない。中途半端な愛や寂しさに流されたくはない。

 

「俺はリルナを愛している」

「そっか。リルナさんって、言うんですね……」

「ああ。いきなりこんなこと言われて、正直……戸惑っているんだ。本当に」

 

 しゅんとなるミティ。少しきつく言い過ぎたかな。

 でもここは、これくらい言わないと余計に残酷だ。

 

「でも、気持ちは嬉しいよ。ありがとう」

 

 フォローもしておく。好意を持たれるのが嬉しいのは本当だから。

 

「君が悪いわけじゃない。君の気持ちも否定しない。だけど俺が。俺が、いい加減な気持ちで人を愛したくないんだ。わかってくれ。ミティ」

「……はい。すみま、せん……」

「こっちこそごめんね。それに、君自身もまだ舞い上がってしまっている部分があるかもしれない」

 

 もう一度しっかり目を見て。努めて優しく諭す。

 

「俺は君に普通に接するし、君も俺に普通に接して欲しい。どうか焦らないでくれ。今後ここで働く中で、本当の君をもっと見せてくれないか」

「本当の……わたし」

 

 そこで、はっとしたように口の端を結ぶミティ。

 何か思い当たることがあるのだろうか。

 

「よく、わかりました。確かに、舞い上がってしまっていた部分があるかもしれません。ミティ、ユウさんのことをもっとよく知りたいと思います」

「うん。ありがとう」

 

 身体を起こしたミティに、もう気落ちした様子はなかった。幾分晴れやかな表情になっていた。

 デリケートな案件だったけど、これで一件落着かな。

 するとミティは、にこにこと笑い出した。

 

「えへへ。でも、嬉しかったのは嬉しかったんですよね!? だったら、わたしにもユウさんを振り向かせるチャンスがあるってことじゃないですかぁ!」

 

 って、あれ? めっちゃポジティブだぞ。この子。

 と思った次の瞬間には、再びそばまでずいっと迫られていた。

 魅惑的な艶を秘めた微笑みで、

 

「ユウさん。本当のミティを、もっと見て下さいね?」

 

 

 ちゅっ。

 

 

「…………!」

 

 ……やられた。

 

「……えへへ。今日はこのくらいにしておきます」

「…………」

「さあ、師匠! お仕事張り切っていきましょう! 料理もいっぱい教えて下さい!」

「……あ、ああ」

 

「ユウ、すっかり腑抜けにされてやがるぜ」と穏やかに笑うレンクスの声がやけに遠く聞こえた。

 ユイが後ろから、ぽんと優しく肩を叩いてくれた。

 

『ふふ。そっかあ。また一人濃いのが来ちゃったね』

『店が賑やかになって、結構なことじゃないか。はあ。これからどうなるんだろう』

『頑張ろうね。でも、ユウの隣は簡単には渡さないから。もっとあなたのこと、知ってもらわなくちゃね』

『はは。俺、人気者だなあ……』

 

 先が思いやられるよ。ほんと。

 

 ミティが、『アセッド』の一員になりました。


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