フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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52「ユイ、レンクスとごみ拾いに出かける」

 ユウから受け取った地図を見せるべく、私は机で突っ伏して寝ているあいつに声をかけた。

 せっかく部屋を割り当てたんだから、そこで寝ればいいのに。

 こいつの適当さ加減には溜め息を吐きたくなる。

 

「レンクス。朝だよ。貴重なあなたの出番だよ」

「うにゃ? もうちょっと寝かせてくれぇ……」

「ねえ。お・き・て」

 

 仕方なく耳元で囁きかけると。

 彼はたちまち顔を上げ、背筋をピンと伸ばしてハキハキした声で返事をした。

 

「はいレンクス! 今起きた!」

 

 うわ。わかりやすい。

 

「おはよう」

「朝から声かけてくれるなんてよ。そんなに俺を求めていたのかい?」

「別に求めてない」

「いいぜ。今からたっぷりと愛を確かめ合おうじゃないか」

「しないから」

「お前がしがみついてくるときの声がまた可愛いよなあ」

「あなたのきもい夢の続きをここで語らないでくれる?」

「ふっ。恥ずかしがり屋さんめ」

「二度と目が覚めないようにしてやろうか」

「ぜひそうしてくれ。フェバルだがな」

「うざい」

 

 したり顔で聞き飽きたフェバルジョークを飛ばすレンクスに、つい口を尖らせてしまう。

 

「というかね。冗談でも死にたいとか言わないでよ」

「俺がいなくなったら寂しいか?」

「それは、やっぱり寂しいよ。ユウもそう思ってるよ」

「ああもう! 可愛い奴だな! 愛してるぜ!」

「そうやってすぐくっつこうとするな!」

 

 いつものように襲い掛かる彼を手で押さえつける。

 このやり取り何回目だろう。疲れる。

 そんなこんなでようやく落ち着いたこいつに、ユウの描いてくれた地図を見せる。

 

「すげーな。よく一カ月でここまで丹念に調べ上げたもんだ」

「それはまあ……頑張ってたんだよ」

 

 ユウにお願いされた通り、一応言葉を濁しておく。

 けど、意味があるのかどうか。

 

「くく、あいつ何気にゲーム好きだもんなあ」

 

 やっぱり付き合いも長いので、何となく察されてしまった。

 

「小さいときもよく一人遊びで必殺技叫んでたしよ」

 

 今も脳内だと普通に叫んでいるけどね。

 

 そこに、後ろから元気な声が届いてきた。

 

「ミティ1号、おはようございますぅ!」

「エーナ2号、今日も張り切っていくわよ!」

 

 もう朝の仕事の時間か。

 ミティとエーナさんはいつの間に仲良くなったのか、1号だか2号だかで協力して作業をこなすようになっていた。

 エーナさんもミスの多さは相変わらずだけど、それにもめげず中々楽しんで仕事をこなしているみたい。

 

「それで今、ユウはトリグラーブという市にいるみたい」

「このでっかい山々で囲まれた盆地にある都市か」

 

 レンクスは地図をつつきながら、眉をしかめて考えている。

 

「気になるのはいくつかあるんだけどよ。ラナソールとラナクリムで一部の町の名前が違ってたり。あと例えば、レジンステップなんてレジンバークとアロステップの折衷だったりよ」

「そうだね」

「ちょっと気付いたんだが。ラナソールだと二つの大陸を繋ぐエディン大橋、トレヴァークだと見事に切れちまってるじゃないか」

「うん。エディン断橋だよね」

「この途切れてる部分とよ。魔のガーム海域というやつ。ぴったり範囲が重なってねえか?」

「あ、ほんとだ」

 

 ユウの歴史話によれば。

 トレヴァークでは、エディン大橋は大昔には繋がっていたものの。

 大陸同士を繋げるなんて設計にそもそも無茶があったようで、年月の経過であっけなく崩れ去ってしまったらしい。

 今では残っている切れ端だけを指して、エディン断橋と呼ぶのだとか。

 レンクスの指摘通り、エディン断橋の途切れている部分と魔のガーム海域は、一致しているように思える。

 両者の共通点は渡れないということ。

 

 ……まあレンクスは普通に渡れるらしいんだけど、例外は例外だから。

 

 中々示唆に富む事実だ。

 やっぱり偶然の一致にしては出来過ぎている。

 

 それから三枚の地図を手にあーでもないこーでもないと議論してみたけれど、結局地理の関係性以上の答えは出そうもなかった。

 ユウにも聞いてみたけど、今後はちょっと違った方向からアプローチをかけてみるつもりだって。

 ランドとリクの操る「ランド」が、まるっきり同じでなくてもどこか似た部分を持っている。

 この事実から、人を介して何らかの繋がりが掴めるのではとユウは睨んでいるみたい。

 

「そんじゃまあ。ぼちぼち俺もごみ拾いに行くとするか」

「私も手伝おうか?」

 

 今日やらないといけない私宛の依頼は少なかったはずだし、たまにはレンクスの仕事ぶりを視察してみるのもいいだろう。

 最近の町を見て回る機会でもある。

 

「おっ。一緒に来てくれるのか? よっしゃああああ!」

 

 飛び上がって喜ぶレンクス。

 さすがにもう天井は突き破らなかったけど。破ってたら怒るところだった。

 まったく。子供じゃないんだから。

 

「これってデートだよな! うひょおおおおおお!」

「そういう言い方しないの。ただ仕事に付き合うだけだよ。ごみ拾いデートなんてしまらないしね」

「それもそうだな!」

 

 身支度を整えて、『アセッド』を出る。

 一応ミティに仕事はないか確認したけど、問題ないとのことだった。

 ちなみにユウにやって欲しい依頼は溜まる一方だ。

 これは帰ってきたらユウ死ぬんじゃないかな。しばらく。

 助けてあげないとね。

 

 レンクスはどこから用意したのか、巨大なごみ袋を持ち、手袋を嵌めて、それらしい様になっていた。

 何だか顔つきがやけに誇らしい。ごみ拾いレンクスには見えない貫禄だ。

 

「あった。またか。ここは捨てられやすいんだよな」

 

 やれやれと嘆息し、慣れた手つきでごみを回収していく彼。

 嫌な顔一つもしないところは、素直に見習えるところだと思う。

 私も手伝ったけど、レンクスの方が熟練してるというか、手早くこなしていた。

 

「あっ、おはようレンクス兄ちゃん!」

 

 歩いている途中、お店の前に立つ男の子が明るく手を振ってくる。

 レンクスは笑顔で手を振り返した。

 

「よう。ニギーの坊主。今日もお父さんに頼まれて店番か」

「うん。えらいでしょ」

「よしよし。えらいぞ」

 

 レンクスは男の子の頭を強めに撫でた。

 その様子はとても親しげに思える。

 

「ところでレンクス兄ちゃん。隣の可愛い女の子は?」

 

 レンクスはにやりと口の端を上げて、人差し指で小さな丸を描いた。

 

「聞いて驚くなよ。()()だ」

「おおー!」

 

 男の子の歓声に交じり、道行く人や周りのお店の人からも冷やかしの声が混じる。

 レンクス、この辺だとすっかり親しまれているみたい。

 って、待って。

 それはこの世界で、彼女とか婚約者のサインでしょ!

 

「あの、違うからね! こら。レンクス」

「げへへ」

「だよねー。レンクス兄ちゃん顔は良いけど、あんまモテなそうだもん」

 

 男の子は正しい理解をしているようで、ほっとした。

 レンクスは「言うなあ」と照れている。

 

「肉串二本。ユイ、お前も食うだろ? 奢ってやるよ」

「え、うん」

 

 元は私たちの稼いだお金だけど、レンクスにはごみ拾いをしたらちゃんとお小遣いをあげることにしている。

 と言っても、そんなに大した金額じゃない。

 見栄張って私のためになんて使わなくてもいいのに。

 まあせっかく奢ると言うのだから、気持ちよく奢らせてあげよう。

 

「可愛いお姉ちゃんもいるから、ちょっとお安くしとくよ」

「商売上手だねえ。将来は立派な跡継ぎになれるぜ」

 

 男の子から肉串を二本買って、私たちは店を後にした。

 

「ほらよ」

「うん。ありがと」

 

 頂いた肉串に、かぶりついてみる。

 

「あ、おいしい」

 

 口の中でほどけて、とろけるような食感。

 醤油ベースのようなタレの味がしっかり効いている。

 腕の良い店だということが、一口でわかる。

 

「うめえだろ。あそこよく使ってんだ」

 

 レンクスは口を大きく開けて、むしゃむしゃと食べている。

 もう二口目に突入していた。

 

「よし。食ったな。残った串はごみ袋にポイ、だ。経済的だろ?」

「そうだね。あ、ほら。口にタレが付いてるよ」

 

『心の世界』から取り出したウェットティッシュで、彼の口を拭ってやる。

 

「良い歳して。子供みたいなんだからね」

 

 微笑みかけると、レンクスは突然口を開けたまま呆けて。

 

「……好きだ」

「わかってるから」

 

 軽くスルーして、先へ進む。

 

「そういうところも好きだなあ」

 

 へらへら笑って、後ろから犬のようについてくるレンクスのことは、無視した。

 

 

 ***

 

 

 しばらくごみを拾いながら歩いていると、突然向こうから爆発音が響いてきた。

 これ、最初はびっくりしたけど。マジで日常茶飯事なんだよね。

 住民は大抵即座に防御魔法張るから、何ともないことが多いし。

 

「あーあ。またあの子か」

「知ってるの?」

「バダー通りのレジーナさんだ。魔法薬の実験よくしてんだけどよ、失敗も多くてな。行こうぜ」

 

 レンクスについていくと、緑色の怪しい煙がもくもくと上がる民家に辿り着いた。

 彼がノックをすると、ドアが勢いよく開け放たれる。

 妙齢の女性が現れた。彼女がレジーナさんだろうか。

 彼女はレンクスの姿を見つけるなり、たちまち笑顔になって飛びついた。

 

「まあレンクスさん! また来てくださいましたの!」

「おうよ。あんたも気を付けないと、いつかケガするぜ」

「大丈夫ですわ。こう見えて身体は丈夫ですもの」

 

 焦げ目の付いた服で胸を張るところなんて、いかにもレジンバークしている。

 

「それより、わざわざ私に会いに来て下さるなんて。嬉しいですわ」

「いや、そういうわけじゃねえけどよ」

 

 馴れ馴れしく胸を押し付けて頬をすり寄せる貴婦人に、どうでもいいけどなぜだかちくりと胸が痛む。

 肉串屋の男の子が「レンクスはモテない」と言ってたけど。

 それは正しいけど、正確には正しくない。中身を知ってる者の発言だ。

 こいつはモテる。

 ルックスはアーガスやレオンにも負けないくらいイケメンだし、身体つきはよく鍛えられていてセクシーだし、性格も男前だし。

 時々見せる物憂げな表情にドキリとさせられる女性は多いと思われるし。

 やや軽薄だがいつも明るくユーモアに富み、ちょっと隙があるところも母性本能をくすぐられる。

 

 ……あまりにもだらしないダメっぷりさえ見られなければ。

 

 しかも。いかなる女の子がすり寄ろうとも、鼻の下が一ミリたりとも伸びない仙人メンタルだ。

 私以外で興奮しているところも、アレをアレしてるところも見たことがない。

 枯れ木メンタルと言ってもいいかもしれない。

 でも私がちょっと声をかけただけで、途端にデレデレになる。

 本当に私と女の子のユウ「だけ」が好きなんだなと。

 引くと同時に、ほとほと感心してしまう。

 

 ようやく私の存在に気付いたのか、レジーナはやや目を細めて言った。

 

「あら。この女性の方は」

「ああ。こいつはコ――」

「じろり」

「いや。友達だ」

 

 うんうん。

 

「ユイです。こいつとは腐れ縁みたいなものでして」

「そうでしたのね。おほほ。レンクスさん、あなたも隅に置けない人ですこと」

 

 若干きつめに睨まれてしまった。

 あの。どうして私がこんな奴の女みたいに勘違いされているのかな。

 

「いやあ。まあな」

 

 あんたもデレデレして答えないの。

 

「よっしゃ。今回もごみが大量に出ちまっただろう。片付け手伝ってやるよ」

 

 部屋の中は、爆発の影響で色々なものが四散してしまっている。

 なるほど。レンクスは率先して片付けを申し出に来たわけだ。えらい。

 

「私も手伝うよ。魔法で綺麗にできるところは任せて」

「まあ。お二人とも、ありがとうございますわ」

 

 レジーナさんと合わせて三人で協力すれば、二十分程度で部屋は綺麗な状態になった。

 お礼にお茶菓子をごちそうになって、私とレンクスは彼女の家を後にした。

 

 

 ***

 

 

 そんな感じで、日が傾いてくるまで、私たちはごみを拾ったり、困っている住民を助けたりしながら過ごした。

 驚いたのは、レンクスの知名度と好感度だ。

 歩いていると、何でも屋で顔を知られている私と同じくらい、彼にもフランクに声がかかってきた。

 ごみ拾いのレンクスとして知られるようになったとは聞いていたけど。

 こんなにも積極的に町に溶け込んで、たくさんの人と仲良しになっていたなんて。

 以前母さんから聞いていたところからは、考えられない姿だ。

 

「へえ……レンクス。ちゃんと仕事してるじゃん」

 

 感心しちゃった。正直。

 最初は何かやらせなくちゃって始めさせたことだし、本人も変態パワーで乗り切ってたと思うけど。

 ここまで真面目に頑張ってるとは思わなかった。

 

「惚れ直したか?」

「それはない。そもそも惚れてない」

 

 笑い合う二人の間を、コッペパンがかっ飛んでいく。

 時々見かけるけど、あのコッペパンほんと何なんだろう。

 

「あれ何なんだろうね」

「いつか調べてみようぜ」

「気が向いたらね」

 

 ああいい汗かいた。

 シャツをぱたぱたしていると、レンクスはわかりやすく身悶えていた。

 

「はあ、はあ……。ユイの汗嗅ぎたい。ぺろぺろしたい」

「きもい」

 

 そんなこと言うからダメなんだよ。ほんと。

 どこまでも私には素直っていうか。しょうがない奴だ。

 

「そろそろ帰ろうか」

「だな。風呂入りてえ」

 

 夕日が長い影を作る中、のんびり二人で歩いて帰る。

 最近仕事漬けだったから、こんなにまったりできたのは久々かも。

 

「なあ」

「うん」

「フェバルって強いだろ。あまりにも」

「そうだね。強過ぎるよね。特にあなたは」

「だからさ。俺、普通の人と接触するのは極力避けてたんだ。まあこんな力のせいで、色々面倒臭いこともあったしな」

 

 容易に想像が付いた。

 フェバルほどの圧倒的な力をもってすれば。

 普通の人間が実現したいと考えることで、できないことの方が少ないだろう。

 奇跡のような力を求めて、縋りついてきた人、利用しようとした人。

 きっとたくさんいたのだろう。

 あまりにも強過ぎる力。

 ほんの指の一振りが、世界をいとも容易く作り変えてしまう。

 力の使い方を間違えて、あるいは使った結果望まぬ方向に行ってしまって。

 後悔したこともたくさんあったのかもしれない。

 それこそ、彼が頑として語りたがらない過去も、フェバルの力に原因があるのではないかと思う。

 

「でも今日のレンクス、輝いてたよ。みんなありがとうって言ってた」

「……そういう力の使い方なら、悪くないかなって気がしてんだ。お前たち見てるとよ。結構、影響受けたのかもな」

「ふふ。かもね」

 

 私は背伸びして、彼の汗ばんだ金髪を優しく撫でてあげた。

 

「よしよし」

「どうしたんだよ。急に」

 

 普段は攻めっ気たっぷりのくせに。

 こういうときだけ初心な男みたいに顔を赤くして、戸惑っている。

 私は可笑しくて笑った。ちょっとだけ照れていたかもしれない。

 

「ご褒美。この前約束したからね」

「ああ……。好きだ」

「はいはい。わかってるよ。わかってる」

 

 今日の夜ご飯は、ちょっぴり良いものにしてあげよう。そう思った。


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