フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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54「冒険者シンを探せ」

 ユウから人を探すように頼まれて、再びバダー通りのレジーナさんを訪ねてみた。

 

「すみません。レジーナさん」

「あらまあ。ユイさん。ごきげんよう」

 

 レジーナさんは温かく出迎えてくれた。

 今日の実験は上手くいっているみたいで、奥では青色の魔法薬が静かに煮立っている。

 

「またお茶でもご一緒しにいらっしゃったんですの?」

「いえ、今日はちょっと急いでまして。尋ねたいことが。冒険者のシンさんという方を、ご存じないですか?」

「あら。その方なら、ちょっとした有名なご近所さんですわよ」

「本当ですか!?」

「ええ。A級の冒険者さんで。ですが、今訪ねてもきっと無駄だと思いますわ」

「どうして」

「魔のガーム海域に挑むんだって。数日前に張り切って出ていかれましたわ。止めたのに、命知らずな男ですこと」

 

 わあ。これってやばいやつだ。

 慌ててユウに連絡する。

 

『大変! シンさん、ガーム海域に向かったって!』

『なんだって!? あんな無茶な場所に……!』

『ほんとにね。心配だよ』

『接触できた患者の中では、唯一名前がわかっている人なんだ! 唯一の手がかりなんだよ! どうにか探せないか?』

『と言ったって。この世界の人たち、魔力が読めないから……。困った』

『くそ。だよな。別に見つからなかったからって責めたりしないよ』

『わかってる。でもせっかくの手がかりだもん。できるだけ頑張って探してみる』

『君が頼りだ。でも無茶はするなよ』

『うん』

 

「教えて下さってありがとうございます。もし見つけたら、連れ戻してみます」

「実は私も心配しておりまして。もし出会えたら、命は大切にしなさいと。あの馬鹿男に伝えてやって下さいな」

「はい。そうします」

 

 あんな危険な場所に向かったとしたら、時間の問題かもしれない。

 自然と足は逸り、屋根の上を忍者のように駆け、跳んでいく。

 『アセッド』に帰り着いて、入り口の両開きのドアを開け放った。

 

「レンクス! あなたの力を借りたいの!」

 

 しかし、いつもなら真っ先に飛び込んでくるはずの変態の姿は、どこにも見当たらなかった。

 

 いない……?

 

 カウンターで料理の仕込みをしていたミティが私に気付いて、さっぱりとした笑顔を向けた。

 

「おかえりなさいませ。ユイ師匠。随分慌ただしいご帰還ですね」

「レンクスは? どこ行ったのあいつ」

「ああ。さっきレオンさんが来ましてですね。一緒に調べたい連中がいるって、ごみを連れて行っちゃいました」

「レオンが?」

「はい。ライバル意識があるのか、中々険悪な雰囲気でしたよぉ~」

 

 どういった赴きだろう。

 レオンもあいつの強さはよくわかっていたみたいだし、戦力になると考えて連れていったのだろうか。

 こんなときに、タイミングが悪い。

 それにしてもごみって。そこまで言わなくてもいいんじゃないの。

 しょっちゅう置物みたいにはなってるけど。

 どうしよう。

 頼みの綱のレンクスがいないとなると、私一人でやるしかないか。厳しいな。

 あ、そうだ。フェバルはもう一人いたんだった。

 レンクスに比べると、ちょっと頼りないかもしれないけど。

 

「エーナさんは?」

「2号なら、今二階で掃き掃除をさせてますよ」

「わかった!」

 

 階段を駆け上がる。

 丈の短いスカートがひらひらと揺れたが、気にしている場合じゃない。

 

「エーナさん。いた!」

 

 魔女帽子の代わりにバンダナを巻き。

 すっかり三十路の家政婦じみたエーナさんが、古臭い鼻歌を歌いながら掃き掃除をしていた。

 

「どうしたの? ユイちゃん。そんなに慌てた顔して」

「詳しいことは移動しながら。探したい人がいるんです。手伝って頂けませんか?」

「え、ええ! 先輩の力を頼りたいと。そういうことなのね!?」

 

 頼られるのがよほど嬉しいのか。

 エーナさん、あまり見たことないほど瞳をキラキラさせている。

 ここは素直に持ち上げておこう。

 

「はい。エーナ先輩の力をお借りしたくて」

「いいわ。可愛いユイちゃんのためだもの。大船に乗ったつもりで任せてちょうだい!」

 

 エーナさんちょろい。ありがとう。

 

 簡単に事情を説明しながら、『アセッド』の屋根裏に上った私とエーナさん。

 シンさん捜索に向けて、早速動き出そうとしていた。

 ちなみにエーナさんは、しっかり魔法使いコスに早着替えしている。

 彼女の故郷ではこれが正装なんだって。

 

「魔のガーム海域ね。空を飛んで行きましょう」

「飛べるんですか? この世界に来るとき、落っこちてませんでしたっけ」

「言わないで。あのことは。フェバルの能力に頼らない調整をしたから、もう大丈夫よ」

 

 エーナさんが集中すると、周囲の魔力要素が彼女にことごとく引き付けられてしまった。

 確かに凄まじい魔力ね。

 レンクスも本人も、戦闘タイプのフェバルではないと言っていたけど。

 それでも、完全に能力を使いこなせない私よりは上な気がする。

 

「行くわよ。新人さん。私のスピードについて来られるかしら」

「わかりませんけど、頑張ってみます」

 

 自信に漲る彼女の横顔を見つめて。

 あの初めて会ったときのエーナさんが戻ってきたような気がした。

 

「きゃあっ!」

 

 びたーん!

 

 気のせいだった。

 ローブの裾を踏んづけて、飛ぼうとしたエーナさんは盛大にすっ転んだ。

 丈夫なフェバルの肉体が、天井にがっつり穴を空ける。

 ああ。また修理しなきゃ。

 

 ……ほんとに大丈夫かなあ。

 

「……いくわよ」

 

 涙目でなかったことにしようとするエーナさん。

 もはや体面も何もあったものではないが、あえて気にしないであげた。

 

「はい」

 

 二人で飛行魔法を展開し、屋根の上から一気に加速する。

 雲の近くまで上がったところで、チートじみた魔力を解放して、水平飛行へ移行する。

 間もなく、飛行速度は容易く音を超えた。

 さすがにエーナさんも、何もない空ではへまをしなかった。

 

「中々やるわね。この短期間でそこまで力を使いこなすなんて」

「色々ありましたからね。あとこの世界は馬鹿みたいに許容性が高いですから」

 

 そうでなかったら、自分の力に肉体が耐えられない。

 どういうわけか、私たちの肉体はフェバル仕様ではなく、普通の人間のそれに過ぎないものだった。

 ユウと二人分の力を足し合わせて、ようやくフェバルの足の指先程度なのだ。

 

「そうね。何といっても許容性無限大だものね」

 

 高いというのは聞いていたけど、無限大とは初耳だったので驚いた。

 

「無限大!? そんな世界ってあり得るんですか?」

「普通なら絶対おかしいのだけど。現実にあるわけなのよね。これが」

「へえ……」

 

 考えを巡らせる。

 許容性無限大の世界。理想粒子。

 ゲームじみた設定。ぶっ飛んだ住人たち。

 感じられない気力と魔力。

 

 夢。

 

 夢想病の人たちは――この世界の夢を見ている。

 

 ……もし、すべてが夢なのだとしたら。現実でないのだとしたら。

 

 この破天荒な世界にも、あり得ない事象にも、すべて説明が付いてしまう。

 でも私たちはここにいる。この世界の人たちは確かに生きている。

 触ることもできる。あくまで心は本物。

 だけど。

 ランドはリクのことを知らないし、リクもランドのことは知らない。

 知っているのは「ランド」のことだけ。

 何が何だか。わからない。

 世界規模で、何かが起こっている。

 ただ事でない何かが。エーナさんの言う『事態』が。

 

 まとまらない考えを、首を振って振り払った。

 シンさんを見つければ、また何かわかるかもしれない。

 何としても探し出そう。

 気分転換に、話題を変えた。

 

「ところで、エーナさん」

「なに?」

「いくら何でも、ちょっとドジ過ぎませんか? レンクスも、あんなにやらかしてるエーナさんは初めて見たって言ってますけど」

 

 するとエーナさんは、下唇を噛んで顔をしかめた。

 何かを言いたくなさそうで、やっぱり言ってしまいたそうな、そんな微妙な感じだ。

 やがて、彼女は話す決心をしたみたいだった。

 

「……レンクスには黙っててもらえるかしら? あいつ、すぐ馬鹿にしてくるから」

「いいですよ」

「私がドジなのは、自分でもよーく自覚があるのよ」

「はい」

「だからね。普段は【星占い】でカバーしてたの。それでやっと普通にできていたのよ」

「なるほど。自分がどういうところを気を付ければへまをしないか、こまめに占っていた、ということですね」

「ええ。その通り」

 

 ということは、今のメッキが剥がれたエーナさんが、元々の姿ということになる。

 あんなチート能力をフルに使ってやっと人並みなんて。よほどアレだったんだね。

 

「わかりました。エーナさん。この世界にいる間は、目を瞑ることにします。大丈夫ですから」

「うう……。心に染みるわ。ユイちゃん。優しいのね」

「ふふ。そんなことないですよ」

 

 そうして女子トークを続けているうちに、眼下の海は突然荒れ出した。

 ガーム海域に突入したのだろう。

 シンさんが出かけてまだ数日。

 どんな船を使ったのかは知らないけど、この海域ではメセクター粒子は効力を発揮しない。

 無事なら、まだ大した距離は航海していないはず。

 

「そろそろね。人探しなら任せなさい。フェバル探しのプロを舐めないで欲しいわね」

 

 フェバル殺しのプロでないことをさりげなく認めつつ、エーナさんは妖しげに笑った。

 

「《スィケービジョン》」

 

 エーナさんがそれを唱えると。

 彼女を中心にして、波動のような何が瞬く間に広がっていく。

 波動は私など一瞬で貫いて、上下左右360°――雲の上から海の底まで、くまなく届いていった。

 見た目は何も変化はないけれど。魔力を感じ取れる者ならばわかる。

 ぴりぴりと肌を刺す魔力結界のような何かが、凄まじい広範囲に展開されている。

 やはりフェバルはフェバル。すごい。

 目を見張った私に、エーナさんは得意気に説明してくれた。

 

「半径数十キロに渡って、特殊な感知結界を張ったわ。人の生命反応、魔力反応に限らず、『視覚』で捉えることもできる」

「それは便利ですね」

「今回のように、探し出す範囲に対象が少ないときに有効よ。効果範囲を絞れば、普段のあなたにも使えるでしょう」

 

 そして、これ見よがしにウインクする。

 

「私からのプレゼントよ。覚えておきなさい」

 

 そっか。わざわざ説明してくれたのは、私が見て覚えたこの魔法を使うときのことを考えてくれたんだ。

 

「ありがとうございます。必要になったら、大事に使わせていただきます」

「いいのよ。よし――どうやらまだ無事みたいね。急いで。こっちよ!」

 

 エーナさんの先導に従って、飛行魔法で飛ばしていく。

 しばらく進むと、大雨叩きつける嵐の海の中に、何かを見つけた。

 

 黒髪の冒険者が、小舟で海を漕いでいた。

 遠目からではよくわからないものの、動いている。

 生きていることは辛うじてわかる。

 

 よかった。これなら助けられそ――!?

 

 突然、海鳴りが響き。

 

 目の前の海が「盛り上がった」。

 

 大海に比べれば、一枚の木の葉に過ぎない小舟は、荒ぶる波間に飲まれて藻屑と消える。

 そして、突き上がった海流から――山のような大きさの海獣が現れた。

 誇張ではない。海に山が立っているとしか思えない威容。

 薄黒いイカのごとき軟体。数え切れないほどたくさんの、吸盤の付いた足。

 それぞれが暗黒の海を叩き打って、さらに波は荒ぶる。

 

 あれはもしかして――。

 

 かつてレオンが一太刀で倒したという、海獣ヌヴァードンではないの!?

 

「とんだ大物が出ちゃったよ」

「彼のピンチってわけね。まだ辛うじて反応はあるけど、一刻の猶予もない。一撃で決めるわよ!」

「はい!」

 

 荒れ狂った海で最大の威力が出る魔法の系統と言えば。

 もちろん水は効かない。

 私とエーナさんは。示し合わせたように、同じ系統の魔法を構える。

 大気が震えていた。

 絶大な魔力が、二人の下に集束していく――。

 

 そしてそれらは、同時に放たれた!

 

《バルシエル》《ラファルスレイド》!

 

 竜巻のような旋風刃が。そのど真ん中を突き進む一陣の風刀刃が。

 奴の打ち叩く波をすべて吹き飛ばして、山のごとき巨体を穿つ。

 軟体の先端に触れた途端、竜巻はばらけた。

 数えきれないほどの足を束ねて、強引に巻き込んでいく。

 そのまま怒涛の勢いをもって、すべての足をずたずたに引き裂いてしまった。

 そこへ私の放った風の刃が届く。

 奴の身体の一番太い本体を、真っ二つに斬る。

 海獣自身にも、ダメージを認識する暇はなかっただろう。

 勢いの留まることを知らない旋風刃が、既に半身を削られたイカの身を、細切れになるまで切り下ろしていき――。

 

 気が付けば、そこには荒れ狂った海だけが残っていた。

 

 勝っちゃった。あっけなく。

 私たち、すごい……。

 

 ……てか、待って。

 

《バルシエル》って。

 初めて会ったとき、私たちに食らわせようとしてた魔法だよね。

 こんなにやばい威力だったの!?

 あんなとんでもないものを、私たちに食らわせようとしてたわけ!?

 オーバーキルだよ……。あそこが地球でよかった。

 

 私は思い返して、身震いしていた。

 そんなことに気付きもしないエーナさんは、無邪気にも喜んでいる。

 

「おっといけないわ! 喜んでる場合じゃなかった。彼を助けなくちゃね! ちょっと待ってて!」

 

 そう言うと、エーナさんは嵐の海をものともせず、果敢にダイブしていった。

 一分くらい待っていると、シンさんを抱えた彼女が勢いよく海から飛び出してきた。

 息をしていなかったけど、私には幸い応急処置の心得がある。

 魔法で電気ショックをかけてやると、どうにか彼は息を吹き返した。

 

「ふう。ギリギリのタイミングだったわね。無事ミッション完了よ」

「ありがとうエーナさん。本当に助かりました」

「いいのいいの。たまにはね」

 

 エーナさんが笑顔で、片手を差し出した。

 

「「イェーイ」」

 

 ハイタッチが触れ合う。

 その音は風雨にかき消されて、何もわからなかったけれど。

 

 ユウ。ちょっと苦労したけど、とりあえず何とかしたよ。


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