フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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55「謎の病弱少女 ユキミ ハル」

 ユイにシンの救出を頼んだけど、彼はガーム海域に向かってしまったようだ。

 果たして無事かどうか。結果がわかるのは、早くて明日になるだろうな。

 差し当たって今日すべきことはもうないか。そろそろ帰ろう。

 その場を立ち去ろうとしたとき、突然背後から声がかかった。

 

「やあ」

 

 明朗で弾むような、女の子の声。

 気配は感じ取っていたけれど、まさか声をかけられるとは思わなかった。

 やや驚きをもって振り返ると。

 車椅子に乗った少女が、小さく手を振っている姿が目に飛び込んできた。

 

「また会えたね。ユウくん」

 

 なっ!?

 

 俺は名を呼ばれた衝撃のあまり、その場に固まりついてしまう。

 誰なんだ。この子は。

 そんな俺に、彼女は穏やかな微笑みを投げかけて。

 車椅子を手で押して、ゆっくりとこちらに向かってきた。

 近付いてくる彼女の容姿を、つぶさに見て取る。

 健気な声の調子とは裏腹に――寝たきりのことが多いのだろうか、雪のように白い手足はやせ細って、肉付きも控えめだ。

 顔色もやや青白く、ほっそりとしている。

 さすがに夢想病患者より見れるとは言え、およそ健康とは言い難い状態だ。

 しかし顔つきの方を見れば、身体の弱さなど感じさせない芯の強さが覗き知れるのだった。

 不健康であっても、見る者に不安を感じさせない笑顔に、固い意志を秘めた青い瞳。

 艶こそ少ないが、鮮やかなピンク色の髪。

 もし健康であれば、見る者が振り返るほどの美少女であっただろう。

 少女はただそこにいるだけでも、死の気配が色濃く映えるこの病院において、一つ浮き立った生の存在感を放っていた。

 手の届く距離まで近づいてきた彼女は。

 にこりと笑って、か細い手を差し出してきた。

 

「もしかしたら、こっちでも会えるかなって思っていたよ。ボクの読みは当たっていたみたいだね」

 

 俺もとりあえず丁重に握手には応じて。

 それから問う。

 

「どうして俺の名前を。君は俺のことを知っているのか?」

「うん。ボクはずっと見ていたよ。キミたちのこと」

 

 自分のことをボクと呼ぶ、不思議な雰囲気の少女は。

 控えめな胸に手を当てて、意味深げに目を細める。

 

「夢の中で、だけどね」

 

 と、口元を緩めて、付け加える。

 

 夢の中で? どういうことだ。

 いや、考えろ。

 

 夢想病患者が見ていた夢と、この子が言っている夢は。

 もしや同じものではないだろうか。

 つまり、この子は。

 

「ラナソールのことを、知っているのか?」

「その通り。ようやく仲間に出会えた気分だよ」

 

 俺を見つめてけろっと笑った彼女は、「夢のこと、誰に話しても信じてもらえなかったんだよね……」とちょっぴり寂しげに言い足して。

 さらに親しげに一歩分車椅子を寄せてきた。

 

「ところで。キミはボクのことを知っているかい?」

 

 すべてを見透かすかのような青い瞳が、俺の双眸をじっと覗き込む。

 何かを期待しているような表情だ。

 知っていると言って欲しいのだろうか。

 心の能力をもってしても、何を考えているのか。さっぱり読めない。

 だが少なくとも、こんな子には出会ったことがない。

 俺は正直に首を横に振った。

 

「ごめん。知らないよ。君みたいな人と出会うのは、初めてだと思う」

「ふうん。そっかあ。まあ、そうだよね。仕方ないよね」

 

 どこかいたずらっぽい笑みを浮かべた彼女は、大して気にもしていない様子だ。

 

「ボクの名前は、ユキミ ハル。気安くハルって呼んでくれると嬉しい、かな」

 

 ちょこんと首を傾げる仕草は、年頃の少女らしく、可愛らしさに溢れたものだ。

 ユイもよく使う手だけど。無自覚なのか自覚してるのか微妙なラインでやられると、ちょっとずるいなと思う。

 

「わかったよ。よろしく。ハル」

「うん。ボクはね、もう呼んでしまっているけど。キミのこと、ユウくんって呼んでもいいかな?」

 

 ユウくん呼びされるのは、アスティ以来だろうか。

 まあ別に嫌なわけではないし、頷いた。

 

「いいよ」

「ふふ。じゃあユウくん。もう一回、握手しよっか」

「え、ああ」

 

 促されるままにもう一度、今度は最初よりも長めにしっかりと握手した。

 手を放そうとしたとき、ハルが楽しそうに俺の指をなぞる。

 

「あはは。温かいね。キミの手」

「君の手に比べたらね。健康だから」

 

 気さくな雰囲気につい笑みを返すと。

 彼女は曖昧に笑って、左右の手かけに視線を落とした。

 

「うん。病気なんだ。夢想病ほど大変なものではないけどね。まだ歩けなくて」

 

 さらっとそう言うと、器用に車椅子を回して、くるりと向きを変えた。

 

「続きはボクの病室でしよう。お互い話したいこともできただろうし。ね」

 

 俺の心はわかっているとでも言うように、彼女はウインクをしてきた。

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