無事にランドを見つけることができた次の日。
俺はリクを伴って、再びトリグラーブ市立病院を訪れていた。
向こうは向こうで、ランドとシルヴィアが『アセッド』を訪ねている。
シンは未だ目覚めておらず、奇しくも二人とも気を失ったままの格好だ。
受付を済ませて、まずはハルの病室へ向かう。
彼女もぜひ見届けたいだろうと考えてのことだ。
「どこ行くんですか」
「もう一人、お見舞いに付き合いたいって子がいてね」
病室のドアをノックし、自分がユウであることを告げると。
ハルから「どうぞ」と返事が来る。
そこでリクは、ハルと初対面になった。
身体の自由の利かない彼女にとっては、身体一つ起こすのも重労働だった。
上体を起こして、両手を使って細い足をベッドの縁に運ぶ。
それから俺とリクを交互に見やって、柔らかく微笑んだ。
「もうここへ来たということは、カードが揃ったんだね?」
「そういうこと。君も見たいだろうと思ってね」
「もちろんだとも」
「何の話ですか?」
すっかり蚊帳の外なリクが首をひねっていると、ハルは彼へと目を移して言った。
「キミがリクくんだね。キミのことはユウくんから色々と聞いているよ。ボクはハル。よろしくね」
「ええと、はじめまして。僕、リクです。こちらこそよろしくお願いします」
ハルはリクのことは見て知っていたのだが、あくまで話をするのは初めてである。
初対面らしい挨拶の後、握手が交わされた。
握手の際、彼女に笑顔を向けられる。
それからリクは、途端にぽけーっと放心したような様子になった。
どうしたのかと思っていると。
彼はへらへらして、俺に耳打ちしてきた。
(不健康そうなのは仕方ないですけど、めっちゃかわいい子じゃないですか。昨日ですよね。いつの間に知り合ったんです?)
なんだ。見とれていただけか。
確かに可愛らしいからな。
(まあ色々あってね。友達になってくれたよ)
(いやあ~随分長いなと思ってたんですよ。ユウさんも中々隅に置けないっすね)
(別にそういうのじゃないから)
「なにひそひそ話してるのかな」
ハルがこちらを怪しむように目を細めてきたので、二人で笑ってとぼけた。
彼女はまあいいかという感じで、くりっとした元の目に戻る。
「ユウくん。早速行こうじゃないか。剣は斬れるうちに手入れしろと言うだろう」
彼女はウインクして、何かを期待するような、甘えのこもった目で俺を見つめてきた。
俺は察して車椅子を回し、ベッドへ寄せる。
それから念のため目で確認し、やはり彼女は頷いたので、デリケートな部分には触れないよう十分注意して抱え上げた。
「わあ」と小さく嬉しそうな声が上がったが、大人しく身を任せている。
さすがに軽いな。名字の通り、雪みたいだ。
優しく車椅子に乗せてあげると、彼女は意気揚々と車輪を手押しして、先導を始めた。
後ろから付いて歩く俺。
隣のリクが、肩を叩いてくる。
(やっぱり結構親しげなんじゃないですか)
(そんなこと言われてもなあ)
(好意的でない相手に、身体なんか任せませんって)
(まあ確かにね。妙に懐いてくれてるなとは思うけど)
(いいなあ。くっそおおおお)
などと話し合っていると。
「こほん。あまりごにょごにょやられるとね。ボクもそのね、困ってしまうよ?」
くるりと車椅子を回して、お得意のちょこん首傾げが炸裂する。
男殺しの仕草に、リクはやられてしまったらしい。懲りずに耳打ちしてきた。
嬉しそうだねほんと。
(うわあ。破壊力やばいです。今、僕の中でアイドルになりました)
(お前、案外惚れっぽいんだな)
ランドの朴念仁っぷりと比べると、中々に男の子らしいじゃないか。
(免疫がないんですって。僕なんて生まれてこの方、彼女なんかいたことないですもん。ユウさんはモテるって顔してますよね)
(そうか? 確かにいるけどさ)
(やっぱりね。そんなことだろうと思いましたよ。どうせ僕なんて)
(あのな。あんまりそういうこと言ってるとね――)
コツン。
廊下の窓に、硬い何かが当たる音がした。
俺は即座に反応し、注意を外へ向ける。
――石だ。
投げられた石が窓に当たったのだ。落ちていくそれの影が見えた。
ハルとリクは、やや遅れてぼんやりと窓の方に視線を向けた。
もう石は見えていない。
誰が投げたのか。俺には明らかだ。
ずっと向こうから、「彼女」の恨めしい気配が……。
ほら。女の子の前であんまりへらへらしてるから、シルさんの中の人むっとしてるじゃないか!
というか、やっぱり付いて来てたんだな。ストーカーめ。
さて……となると、困ったな。
彼女、見るからに普通の人ではないようだし。
今からやることをあまり大っぴらには見せたくないのだが。
やや迷ったが、結局は治療を試みることにした。
夢想病は不治の病だ。
たとえ完治せずとも、何らかの効果があったと認められた段階でも、ニュースになってしまうだろう。
遅かれ早かれ、その筋の者にも目を付けられるに違いない。
どこの誰とも知らない奴に嗅ぎ回られるよりは、シルの中の人の方がまだ信頼できる。
ただ心配なのは、リクとハルのことだ。
この二人に変な注意が向かないように、俺が矢面に立たなければ。
そんなことを考えているうちに、シンヤの病室に着いていた。
病床で色もなく横たわる痩せこけた青年を、三人で見つめる。
病人は見ていて何となく怖くなるから苦手だ。
何度見ても慣れそうにないな。これは……。
やがて、ハルが覚悟を決めたように促した。
「さて。ユウくん。キミはこれから何を見せてくれるんだい?」
ここまで来たか。いよいよだな。
上手くいけばいいが。緊張してきたぞ。
『ユイ』
『うん。こっちは準備万端だよ』
「……リク。手を」
「えっ。は、はい。どうぞ?」
雰囲気に流されるまま、とりあえず素直に手を差し出してくれるリク。
俺は彼の手を右手でしっかりと握った。
そして左手は、シンヤの額に添える。
これで俺を介して、リクとシンヤが結ばれたことになる。
向こうでは、ユイが同じようにランドとシンを結んでくれている。
回路はできた。あとは繋ぐだけだ。
――懸念事項はある。
リクは、口ではただの知り合いだと言っているけれども、本心ではかなりシンヤを気にかけているみたいだ。
問題ないだろう。
しかし、ランドとシンは、こちらの世界ほど仲の良い関係ではないようだ。
足りないのではないか。そこがネックと言えばネックだが。
手持ちのカードでは、これが最強ではある。やってみるしかない。
「ユウさん……?」
きっと怖いほど真剣な顔をしているのだろう。
リクにも緊張が伝わって、少しだけ手が震えていた。
ハルもまた、固唾をのんでこちらを見守っている。
俺は深く一呼吸して、諭すように言った。
「リク、君はシンヤを助けたいと思うか?」
「ユウさん。まさか」
「俺は今から、シンヤを救ってみる」
「……本当ですか?」
「嘘は言わないよ。もう一度聞こう。君は、シンヤを助けたいか?」
「それはもちろん。助けられるなら助けたいって……思ってますけど」
彼の握る手に、少し力がこもった。
俺は強く頷く。
「どうかその気持ちを強く持ってくれ。素直に注いでくれ。すべては君の想いにかかっているんだ」
「よくわからないですけど……はい! やってみます!」
うん。良い返事だ。覚悟は決まった。
使う技はただ一つ。
俺には心を繋ぐ力がある。
今こそ、その力を使うとき。
『ユイ。同時にいくぞ』
『オーケー』
『『せーの』』
頼む。上手くいってくれ!
『心の世界』のチャネルを開き、リクの心を受け入れる。
同時にユイは、ランドの心を受け入れた。
リクの真剣な想いが、ランドの馬鹿正直な想いが、直に心を通り抜けていく。
胸が揺さぶられる。
シンヤの眠った心に、シンの冒険心溢れる心に、二人の想いを注ぎ込む。
頼む。開いてくれ。
祈りが通じたのか、果たして効果はあった。
閉じられていたシンヤの心に、わずかな隙間が生まれる。
やや強引ではあるが、心臓に手を突っ込むようなイメージで、空いた隙間をこじ開ける。
よし。いける。いけるぞ。
そのままだ。いけ!
リクとランドの助けを通じて、俺はついに、シンヤの心に直接踏み込むことができた。
途端に、眠る彼が持つ心の情報が、滝のように流れ込んでくる。
くっ。無理やり入ったんだ。流石に抵抗も強いか……!
気を強く持たなければ、我を見失ってしまいそうだ。
『ユウ! 気をしっかり持って!』
『わかってる! 大丈夫だ!』
雑多な情報が、次から次へと心を素通りしていき。
やがてさらにその奥――深層心理へと意識は沈んでいく。
そして、彼の「夢見る世界」がぼんやりと姿を現した。