フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

254 / 537
59「夢想病を治せ 2」

 無事にランドを見つけることができた次の日。

 俺はリクを伴って、再びトリグラーブ市立病院を訪れていた。

 向こうは向こうで、ランドとシルヴィアが『アセッド』を訪ねている。

 シンは未だ目覚めておらず、奇しくも二人とも気を失ったままの格好だ。

 受付を済ませて、まずはハルの病室へ向かう。

 彼女もぜひ見届けたいだろうと考えてのことだ。

 

「どこ行くんですか」

「もう一人、お見舞いに付き合いたいって子がいてね」

 

 病室のドアをノックし、自分がユウであることを告げると。

 ハルから「どうぞ」と返事が来る。

 そこでリクは、ハルと初対面になった。

 身体の自由の利かない彼女にとっては、身体一つ起こすのも重労働だった。

 上体を起こして、両手を使って細い足をベッドの縁に運ぶ。

 それから俺とリクを交互に見やって、柔らかく微笑んだ。

 

「もうここへ来たということは、カードが揃ったんだね?」

「そういうこと。君も見たいだろうと思ってね」

「もちろんだとも」

「何の話ですか?」

 

 すっかり蚊帳の外なリクが首をひねっていると、ハルは彼へと目を移して言った。

 

「キミがリクくんだね。キミのことはユウくんから色々と聞いているよ。ボクはハル。よろしくね」

「ええと、はじめまして。僕、リクです。こちらこそよろしくお願いします」

 

 ハルはリクのことは見て知っていたのだが、あくまで話をするのは初めてである。

 初対面らしい挨拶の後、握手が交わされた。

 握手の際、彼女に笑顔を向けられる。

 それからリクは、途端にぽけーっと放心したような様子になった。

 どうしたのかと思っていると。

 彼はへらへらして、俺に耳打ちしてきた。

 

(不健康そうなのは仕方ないですけど、めっちゃかわいい子じゃないですか。昨日ですよね。いつの間に知り合ったんです?)

 

 なんだ。見とれていただけか。

 確かに可愛らしいからな。

 

(まあ色々あってね。友達になってくれたよ)

(いやあ~随分長いなと思ってたんですよ。ユウさんも中々隅に置けないっすね)

(別にそういうのじゃないから)

 

「なにひそひそ話してるのかな」

 

 ハルがこちらを怪しむように目を細めてきたので、二人で笑ってとぼけた。

 彼女はまあいいかという感じで、くりっとした元の目に戻る。

 

「ユウくん。早速行こうじゃないか。剣は斬れるうちに手入れしろと言うだろう」

 

 彼女はウインクして、何かを期待するような、甘えのこもった目で俺を見つめてきた。

 俺は察して車椅子を回し、ベッドへ寄せる。

 それから念のため目で確認し、やはり彼女は頷いたので、デリケートな部分には触れないよう十分注意して抱え上げた。

「わあ」と小さく嬉しそうな声が上がったが、大人しく身を任せている。

 さすがに軽いな。名字の通り、雪みたいだ。

 優しく車椅子に乗せてあげると、彼女は意気揚々と車輪を手押しして、先導を始めた。

 後ろから付いて歩く俺。

 隣のリクが、肩を叩いてくる。

 

(やっぱり結構親しげなんじゃないですか)

(そんなこと言われてもなあ)

(好意的でない相手に、身体なんか任せませんって)

(まあ確かにね。妙に懐いてくれてるなとは思うけど)

(いいなあ。くっそおおおお)

 

 などと話し合っていると。

 

「こほん。あまりごにょごにょやられるとね。ボクもそのね、困ってしまうよ?」

 

 くるりと車椅子を回して、お得意のちょこん首傾げが炸裂する。

 男殺しの仕草に、リクはやられてしまったらしい。懲りずに耳打ちしてきた。

 嬉しそうだねほんと。

 

(うわあ。破壊力やばいです。今、僕の中でアイドルになりました)

(お前、案外惚れっぽいんだな)

 

 ランドの朴念仁っぷりと比べると、中々に男の子らしいじゃないか。

 

(免疫がないんですって。僕なんて生まれてこの方、彼女なんかいたことないですもん。ユウさんはモテるって顔してますよね)

(そうか? 確かにいるけどさ)

(やっぱりね。そんなことだろうと思いましたよ。どうせ僕なんて)

(あのな。あんまりそういうこと言ってるとね――)

 

 コツン。

 

 廊下の窓に、硬い何かが当たる音がした。

 俺は即座に反応し、注意を外へ向ける。

 

 ――石だ。

 

 投げられた石が窓に当たったのだ。落ちていくそれの影が見えた。

 ハルとリクは、やや遅れてぼんやりと窓の方に視線を向けた。

 もう石は見えていない。

 

 誰が投げたのか。俺には明らかだ。

 

 ずっと向こうから、「彼女」の恨めしい気配が……。

 

 ほら。女の子の前であんまりへらへらしてるから、シルさんの中の人むっとしてるじゃないか!

 というか、やっぱり付いて来てたんだな。ストーカーめ。

 

 さて……となると、困ったな。

 彼女、見るからに普通の人ではないようだし。

 今からやることをあまり大っぴらには見せたくないのだが。

 

 やや迷ったが、結局は治療を試みることにした。

 夢想病は不治の病だ。

 たとえ完治せずとも、何らかの効果があったと認められた段階でも、ニュースになってしまうだろう。

 遅かれ早かれ、その筋の者にも目を付けられるに違いない。

 どこの誰とも知らない奴に嗅ぎ回られるよりは、シルの中の人の方がまだ信頼できる。

 ただ心配なのは、リクとハルのことだ。

 この二人に変な注意が向かないように、俺が矢面に立たなければ。

 

 そんなことを考えているうちに、シンヤの病室に着いていた。

 

 病床で色もなく横たわる痩せこけた青年を、三人で見つめる。

 病人は見ていて何となく怖くなるから苦手だ。

 何度見ても慣れそうにないな。これは……。

 やがて、ハルが覚悟を決めたように促した。

 

「さて。ユウくん。キミはこれから何を見せてくれるんだい?」

 

 ここまで来たか。いよいよだな。

 上手くいけばいいが。緊張してきたぞ。

 

『ユイ』

『うん。こっちは準備万端だよ』

 

「……リク。手を」

「えっ。は、はい。どうぞ?」

 

 雰囲気に流されるまま、とりあえず素直に手を差し出してくれるリク。

 俺は彼の手を右手でしっかりと握った。

 そして左手は、シンヤの額に添える。

 これで俺を介して、リクとシンヤが結ばれたことになる。

 向こうでは、ユイが同じようにランドとシンを結んでくれている。

 回路はできた。あとは繋ぐだけだ。

 

 ――懸念事項はある。

 

 リクは、口ではただの知り合いだと言っているけれども、本心ではかなりシンヤを気にかけているみたいだ。

 問題ないだろう。

 しかし、ランドとシンは、こちらの世界ほど仲の良い関係ではないようだ。

 足りないのではないか。そこがネックと言えばネックだが。

 手持ちのカードでは、これが最強ではある。やってみるしかない。

 

「ユウさん……?」

 

 きっと怖いほど真剣な顔をしているのだろう。

 リクにも緊張が伝わって、少しだけ手が震えていた。

 ハルもまた、固唾をのんでこちらを見守っている。

 俺は深く一呼吸して、諭すように言った。

 

「リク、君はシンヤを助けたいと思うか?」

「ユウさん。まさか」

「俺は今から、シンヤを救ってみる」

「……本当ですか?」

「嘘は言わないよ。もう一度聞こう。君は、シンヤを助けたいか?」

「それはもちろん。助けられるなら助けたいって……思ってますけど」

 

 彼の握る手に、少し力がこもった。

 俺は強く頷く。

 

「どうかその気持ちを強く持ってくれ。素直に注いでくれ。すべては君の想いにかかっているんだ」

「よくわからないですけど……はい! やってみます!」

 

 うん。良い返事だ。覚悟は決まった。

 使う技はただ一つ。

 俺には心を繋ぐ力がある。

 今こそ、その力を使うとき。

 

『ユイ。同時にいくぞ』

『オーケー』

『『せーの』』

 

 頼む。上手くいってくれ!

 

()()()()()()()()

 

『心の世界』のチャネルを開き、リクの心を受け入れる。

 同時にユイは、ランドの心を受け入れた。

 リクの真剣な想いが、ランドの馬鹿正直な想いが、直に心を通り抜けていく。

 胸が揺さぶられる。

 シンヤの眠った心に、シンの冒険心溢れる心に、二人の想いを注ぎ込む。

 

 頼む。開いてくれ。

 

 祈りが通じたのか、果たして効果はあった。

 閉じられていたシンヤの心に、わずかな隙間が生まれる。

 やや強引ではあるが、心臓に手を突っ込むようなイメージで、空いた隙間をこじ開ける。

 

 よし。いける。いけるぞ。

 そのままだ。いけ!

 

 リクとランドの助けを通じて、俺はついに、シンヤの心に直接踏み込むことができた。

 途端に、眠る彼が持つ心の情報が、滝のように流れ込んでくる。

 

 くっ。無理やり入ったんだ。流石に抵抗も強いか……!

 

 気を強く持たなければ、我を見失ってしまいそうだ。

 

『ユウ! 気をしっかり持って!』

『わかってる! 大丈夫だ!』

 

 雑多な情報が、次から次へと心を素通りしていき。

 やがてさらにその奥――深層心理へと意識は沈んでいく。

 

 そして、彼の「夢見る世界」がぼんやりと姿を現した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。