星屑祭二日目の朝。
アリスとミリアは、午前中行動をともにするはずであったが……。
待ち合わせの場所に、ミリアの姿はどこにもなかった。
「いない……。あれー? ミリア、どこ行っちゃったのかな?」
アリスは、一人で首を傾げていた。
***
時は少し遡り。
人気のない通りの、さらに路地裏の奥で、二人の人間が会話をしていた。
一人はあの仮面の女。もう一人は男だった。
彼は逞しい体つきをしており、オレンジ色の短髪をろくに整えず、生え散らかすままにしている。
年の頃は三十代前半と言ったところだろうか。一つ一つの所作からは、どうにも粗野な印象を与える人物だった。
彼こそが、ヴェスターその人である。
星屑祭三日目に起こす事件について、仮面の女は彼にその詳細を話していたところだった。
「――と、いうわけよ。理解できたかしら」
「おう。要は、明日コロシアムでとにかく大暴れすればいいんだろう?」
仮面の女は、心底呆れ果てた。
彼の生存率を少しでも上げるため、丁寧に説明してやったことの一割も理解していない。
「ちゃんと話を聞いていたのかしら。あなたがそんなでなければ……」
残念そうに吐き出された彼女のその言葉が、どうにも彼にとっては気に入らなかったらしい。
彼は突然激昂した。
その様は、とても良い年をした大人とは思えない。チンピラか何かのごとくであった。
「なんだぁおい!? なんか文句でもあんのかよぉ!?」
「いいえ。あなたの『行動力』は信頼してるつもりよ」
彼女は一切の尽力を諦めた。馬鹿が考えなしで死ぬなら、もう勝手に死ねばいい。
仮面の奥の目が蔑むような冷たい光を宿していることに、ヴェスターはまったく気付かない。
「そうだろう。任せとけよ! 部下引き連れて暴れてよぉ、マスターにきっちり戦果報告してやんぜ!」
「期待してるわ」
その声色には、まったくもって期待が込められていなかった。
「ところで――ネズミがいるようね」
そう言って、仮面の女は路地裏の表に通じている方を見やる。
すると観念したか、初老の男性が姿を現した。
彼は怯えていたが、なけなしの勇気を振り絞って二人を目に焼き付ける。
「おいおい。こそこそ盗み聞きはよくねぇなぁ~」
ヴェスターが、残忍な笑みを浮かべた。
男性は二人に背を向け、目もくれず走り出した。
「くそっ! 仮面の集団め! 何としても、魔法隊か剣士隊に報告を……!」
「させねぇよ」
ヴェスターが手をかざすと、逃げ出そうとして路地裏を抜けたばかりの男の元に、突如大爆発が起こった。
その威力は凄まじいものがあった。
彼の肉体は、あわれ爆散してしまった。おそらくは死の瞬間すら認識できなかったであろう。
既に彼が生きていた証拠は、わずかな肉と骨の破片、大きく黒焦げた跡を残して他にない。
徹底的かつ冒涜的な破壊である。
確かな手ごたえに、ヴェスターはほくそ笑んだ。
「《コレルキラス》。マスターにもらったこいつさえありゃあ、オレァ百人力よ」
愉悦の表情を浮かべる彼に対し、仮面の女はいらついていた。
「馬鹿ね。殺し方を考えなさい。あんな大きな音を出せば、誰かが来てしまうでしょう。早くここから離れるわよ」
「ちっ。へいへい。せっかく人が良い気分だったのによぉ~」
二人は路地裏をさらに奥へ進み、いずこへと消えて行った。
***
事件が起こった瞬間、爆発の起こった場所から少し離れたところに、私は居合わせていました。
危なかった……。
変だったから、何だろうと思って後を付けていたんです。
途中ですっかり見失ってしまいましたが。
その代わり、これが……。
黒焦げた跡に屈み込んで、せめてもの祈りを捧げます。
もし私が、あの場を覗いていたならば。
死んでいたのは――私でした。
腰が抜けそうです。今の私、どんなひどい顔をしてるんでしょうか。
結局何があったのかは、わかりませんでした。
ですが、犠牲者の方が「仮面の集団め!」と、そう叫んでいるのだけは、辛うじて聞こえました。
仮面の集団。目的は一切不明。
多くの構成員が仮面を被り、見たこともないロスト・マジックを使い、破壊活動や遺跡荒らしを行う不気味な奴らです。
私の親戚一家を惨殺した、憎らしい連中でもあります。
それにしても、あの爆発は。あの魔法は――。
まさか……。
まさか、ですよね。
私は、恐ろしい予感を捨てきれないまま、その場を後にしました。
それから一応、魔法隊の方にこの出来事を報告しました。ですが詳細がわからない以上、捜査は厳しいものとなりそうでした。
残念ながら、仮面の集団によるよくある事件として片付けられることになりそうです。
この報告のせいで、私はアリスとの待ち合わせ時刻に、かなり遅刻してしまいました。
彼女には文句を言われましたが、この話をすると一転、すっかり心配してくれたのでした。