見た目も派手でかつ流麗な聖剣技を駆使して、大型魔獣を次から次へとあっさり消し炭にしていくレオン。
あれよあれよという間に、他の選手とのリードを広げていく。その中には俺も含まれていた。
『今度はSランク魔獣グホルボスを一刀両断! どうしたレオン!? 今日の剣麗は一味違います! クールでありながら熱い! いつになく気合十分です!』
『やはり剣麗はさすがですね。名に違わぬ実力です。……ユウ、このままじゃ負けちゃうよ?』
『はい。いいです。とってもいいです。もうブラコン出してきました。そんな素直なところが好きです、私。解説なんか適当でいいから、しっかり弟を見届けてやれい!』
……もう。ユイはいつもこうだからなあ。嬉しいけど、ほんと恥ずかしいよ。
レオンは時折、お前も何かやってみろと言わんばかりに挑発的な視線をこちらに送ってくる。普段より妙に楽しそうな、どこかいたずらっぽい笑みも添えて。
しかし一々余裕たっぷりで、キザったらしいというか。
いい加減少しカチンときた。
君がそう来るなら、俺にだって考えがあるぞ。
あまり大人げないやり方だから、はじめ戦略からは外していたのだけど。
悪い。ランドシル。それからみんな。やらせてもらう。
そもそもだ。今の俺の力をもってすれば、獲物を狙い定める必要なんて本当はない。
スポットそのものを丸ごと攻撃対象にしてしまうことも簡単なんだ。見てろよ。
【神の器】を利用して、記録された視覚情報から、自分とターゲットの位置関係を正確に認識する。各スポットを、既に他の選手が立ち入っているそれと、まだ誰も入ってないそれに分けて把握する。
今からやるのは、人がいるところを狙えば殺してしまうほどの攻撃だ。だからもちろん誰もいないスポットだけに狙いを定める。
またこちらをちら見してきたレオンをむっと見つめ返してから、左手を構えた。
《気断掌》
ドン! と大気を激しく打ち叩く感覚が起こり、同時に不可視の衝撃波が飛び出す。
ほんの一瞬の後、狙ったスポットに激震が走っていた。
これからだ。一発だけでは終わらない。
《気断掌》《気断掌》《気断掌》《気断掌》《気断掌》きだんしょうきだんしょうきだんしょ……
あーもう一々唱えるのめんどくさい!
はっ! はっ! はっ! はっ! はっ! はあっ!
左右交互。ノリにノって、空いているスポットに向けてとにかく撃ちに撃ちまくる。必殺技の大盤振る舞いだ。
一発撃つごとに、爆撃ミサイルでも落ちたような轟音が風に乗って鳴り響く。なだらかなすり鉢状の凹みの、その中身全てが弾けて、下方向へ瞬時に押し潰される。
後には、無残に壊滅した魔獣たちの死体が残るのみだった。中には跡形も残らないのさえいる。
近くで見たら絶対グロ注意だ。我ながらえげつない技性能してるからなあ。これ。
『なんということでしょう! 十、二十、三十……五十……まだまだ! 次々とスポットが破壊されていきます~! ポイントが加速する!』
『もう。負けちゃうよとは言ったけど。むきになり過ぎだってば……』
ごめんユイ。これは負けられない戦いなんだ!
まだまだ撃てる。どんどん撃てる。
威力の調節が効くとは言っても、《気断掌》は大技の部類だ。普通の世界だと、数発から十数発も撃てば消耗を感じるのだけど。
まるで気力が無尽蔵にあるみたいだ。これだけ連発しても全然平気なんて、気持ちいい!
いつの間にか、すっかりハイになってしまっていた。
驚き目を開くレオンに対して、意趣返しで渾身の得意顔を向けてやった。どんなもんだ。
ん? なんだレオン。またふっと笑って。何をする気だ。
すると彼は聖剣を右手だけで持ち、片腕でもって滅茶苦茶に振るい始めた。いやその実、まったく滅茶苦茶ではない。残像で腕がぶれて、常人にはとても見えないほどの速さでありながら、全てが狙い澄まされた動きだった。
一振りのたびに、剣先からは違うエフェクトが飛び出していく。さながら虹でも放っているようだった。
そして、虹が魔獣を駆逐していく。
なにこの人、本気出すとこわい。
観衆はとにかく派手なやり取りの応酬に、大興奮していた。あまり盛り上がっているので、『心の世界』にも強い熱狂が入り込んできて、こっちまで影響を受けてしまいそうだ。というか、かなり受けてるのかもしれない。
『《レイザーストール》、《ソーマレイン》、《パースレイド》、《ファイダーオン》、《ハックルベイン》、《ミザースガルド》、ほええええ、ほええええ……すごいすごい! 七色の聖剣技のオンパレードだ!』
『レオンさん……。あの、他の人はどうなるんでしょうか?』
さあどうなるんだろうね。
とりあえず負けられないので、俺も対抗して《気断掌》を撃ち加える。
絶え間ない爆音が、穴という穴を穿ち続けた。魔獣の大小など問題にならず、出落ちのクリスタルドラゴン現象があちこちで頻発する。当の奴らからしたらたまったものじゃないだろう。
『うわあああああ! 誰がこんな展開を予想できたのか!? 未だかつてこれほど無茶苦茶な大会があったでしょうかああー!? まるで空飛ぶ人間災害だ! もはやポイントもクソもない! あんたら、大会をぶっ壊す気ですか~!?』
『何やってんの。ばか……』
『選手一同、両選手を茫然と見上げるしかありません! 何も出来ないっ! 泣くしかない!』
『はあ……』
うわ。ユイがすごい呆れてる。後で怒られるかな。
観客の熱は増す一方で、なんか大々的にどっちが勝つか賭けまで始まっていた。
他の選手はというと、反応はまちまちのようだ。白けた顔で俯く人、キラキラした顔で見上げている人、観客と一緒になって騒いでいる人なんかが眼下に見えた。
レオンが振るえば俺が撃つ。どんどんむきになって、互いに譲れない。
まさかあいつがあんなに負けず嫌いだとは思わなかった。
でもただの負けず嫌いというよりは、やっぱりどこか楽しんでやってる節があるんだよな。たまにはお前に付き合って羽目を外すのもいい、みたいな。そんなスカした顔にまいったと言わせてやりたい。
激しい技の応酬が続く。
たぶんペースは互角。いや、勝っていて欲しい。負けるか!
調子に乗って、ひたすら撃ちまくっていると。
気が付けば、ダイバルスポットは一つ残らず焼け野原になっていた。
魔獣なんて最初からいなかったように。無だ。どこまで見渡しても、生きているものは何もない。ここ一帯に核が落ちたのだと言っても、信じる人がいるかもしれないレベルだ。
しまった。やり過ぎた……。
ふと我に返って、己のバカさ加減にちょっと凹んだ。珍しく叱られた子供のような顔をしているレオンを見るに、彼もやり過ぎたと思っているクチみたいだった。
ついに競えるものがなくなって、俺はレオンと示し合わせ、焦げ付く臭いのする大地に降り立った。
「見込み通りだよ。やるじゃないか」
「君こそ」
固く握手を交わす。
途端に、血相を変えて選手たちが駆け寄ってきた。みんなそれぞれ思うところ、言いたいことがあるようで。
まず最初に飛び込んできたのは、ランドシルコンビだった。
「おい! 待てやこら! 俺たちの獲物、みーんないなくなっちまったじゃねえか!」
「私たちの取り分どこいったのよ! このアホ人外ども!」
「いや……ごめん。つい」
張り合ってやってたら楽しくなってきて、つい。
「すまない。僕としたことが……つい」
隣でしゅんとなって頭をぺこぺこさせているレオンが、どこか新鮮だった。
「いやいや。いいーもの見せてもらった! だよなあ、みんな!」
朗らかに笑ったのは、S級冒険者『快鬼』アルバス・グレンダインだ。血を固めたような赤い髪をしている。どこかジルフさんに似て、逞しい人だった。
彼の言葉には多くの人が賛同して、「おおー!」と雄叫びを上げてくれた。
まあ楽しんでくれた人が多かったならよかったかな。でないと、さすがに嫌な空気を感じて途中で止めてただろうし。
そして、馴れ馴れしくレオンの肩を叩く者がいた。
「あっはっは! 剣麗! まさかあんたがこんなに熱くなるなんてな。オレも知らん一面だったぜ!」
またもやS級冒険者。『魔聖』ケーナ=ソーンティア=ルックルーナーだ。
どちらも冒険者ギルドの紹介パンフレットに載る顔だから、姿と名前だけは覚えていた。オレっ娘だったんだ。
と、こちらもドンと強く肩を叩かれる。
振り向くと、細長い顔の男がにやりと笑っていた。
「ユウ・ホシミ。お前の名、確かに刻ませてもらったぞ……」
そう言って、手に持っている小さな紙を見せつけてくる。そこには確かに、俺の名前が書いてあって――
というか……誰?
「えっと。すみません。どちら様でしょうか」
「…………ふっ」
あの。何か言ってくれ。
彼はしかし一切何も言わず、ひらひらと手を振って人ごみの中へ消えてしまった。
消えるまでの足取りが、流れるようだった。どうもただ者ではないのはわかったけど。何がしたかったんだ?
「あ、あいつは……!」
「ん、知ってるのか。ランド」
「セナ・ミルトング……!」
ざわ、ざわ、とにわかに選手たちが色めきたつ。
そう言えば、選手名簿にそんな名前の人がいたっけな。
「どんな人なんだ」
「配達屋だ」
「ええ」
ランドに合わせて、シルヴィアが力強く頷く。
それはまあプロフィールにあったから知っている。俺はその先が知りたいんだよな。
「そうか。なんで配達屋が討伐祭に? 俺のところに?」
まあこっちも何でも屋だから、あまり人のことは言えないけどさ。
「あ、もしかして。宣伝や顔つなぎのためかな」
「いいや違う。彼は伝説の配達屋。きっと、運んでいたのさ」
「ええ。運んでいたのよ」
「「うんうん」」「「だよな」」
ダメだ。わからない。
毎度のことながら、時々説明が超ざっくりしてるんだよな。それでみんな納得しちゃうのもだいぶおかしいと思う。
『だから何だって言ってるの』
案の定、放送席のユイから正しい突っ込みが入っていた。
そして実は誰もよくわかってない。謎のラナソールノリ。
呆れていたら、今度は向こうで何やらざわめきがあった。
「おーい。こっちでギンドが泡吹いて倒れてるぞー!」
「喧嘩売っちゃいけない相手に売ったんだと、やっと気付いてぶるっちまったらしいぜ……」
うわあマジか。ギンド。そんな怖がらせるつもりなんてなかったのに。ごめんよ。意外にメンタル小さかったんだね……。
とまあ、それからも何だかんだ一悶着あった。……特にありのまま団の皆さんが色々と見せようとしてひどかったので、少し懲らしめてたり。途中で微妙な殺気を感じて警戒したりもしたけど。
みんなの総意は、まだまだ楽しみたいということで落ち着いた。実況の受付のお姉さんも荒れに荒れている。
『そうですよー。どうするんですかあ!? まだ午前中ですよ? ポイントも多過ぎて、まだまだ集計に時間がかかっているようですし……。そもそもこんな終わり方じゃあ、あっけなさ過ぎますよねえ! 皆さん!』
「「そうだそうだ!」」
確かにな。せっかくの大会だったのに、結局蓋を開けてみれば俺とレオンの一騎打ちみたいになってしまって、それも中途半端で終わってしまって、申し訳ないというか。
これじゃ大会詐欺と言われても仕方ないよな。
「はーい。そこでみんな注目ー! ボクにとっても楽しい提案があるよ!」
衆目を集めたのは、ピンク色髪の剣士だった。
Aランクの『剣姫』ハルティ・クライ。ご覧の通りのボクっ娘だ。
どうもあの子と名前がよく似てる気がするんだけど……。偶然だろうか。
一冒険者として俺のことをよく見ていたというのは、あり得る話じゃないだろうか。
そう考えて、ストレートに「ハルって名前の子知ってる?」って聞いてみたら、「えー、知らないよ?」ってとぼけたように言われてしまった。ついさっきのことだ。
知っているとも知らないとも取れるような微妙な感じだった。俺の能力では真偽を判定できそうもない。一体どっちなんだろう。
まあそれはともかく。彼女は意気揚々と続ける。
「みんなさあ。ユウとレオン。どっちが強いのか気にならない?」
「「あー、それめっちゃ気になる!」」
満場一致で言われてしまった。
……そうきたか。なるほど。そう来るか。
「そこで! エキシビジョンマッチをしてみたらどうかなと思うんだけど……どうかな?」
「「さんせーい!」」
『おおーっと! 何やら凄いことになってまいりました! 世紀の対決が実現してしまうのかあああああ!? そこんとこどうですか、お姉ちゃん』
『今日の件は、後できっちり反省させます。でもせっかくだし、やってみたら?』
『はい! ということですが、当の弟くんはどうなんですか?』
受付のお姉さんの振りで、一気に視線が俺の元に集まる。みんなすごい期待してるぞ。
まあ俺としても、別にやらない理由はないけど。貴重な実戦経験になるし。
ただなあ。相手がレオンだと、加減をするわけにはいかないだろう。
そうなると、この世界でまだ全力出したことないからな。この辺りが無事で済むのかわからないって心配がある。
みんなの安全を考えると、すぐに首を縦には振れないよ。
「一つだけ。安全面でかなり問題があるんじゃないかと思うんですが」
盛り上がっているところに水をぶっかける発言。冷めることにはなるが、しっかり言うべき心配は言っておかないと。
『それなら、うちのギルドの職員総出でバリアを張ります! 皆さんもちろんやりますよね!?』
「「おう!」」「「俺たちも協力するぜ!」」
職員に加えて、冒険者の有志たちも続々と名乗りを上げてくれた。
ただ正直、それでもちょっとだけ不安があるんだよね。こういうとき万が一を考えちゃう自分なのがいけないのか。
返答に迷っていると、素敵な助け船が入った。念話が飛んでくる。
『坊主。守りは俺たちフェバルがこっそり加勢してやる。だから思いっ切りやっていいぞ』
『ジルフさん!』
助かった。ジルフさんやレンクス、エーナさんが協力してくれるなら、何の心配もない。
『その代わり、イネアの弟子として簡単にまいったするんじゃないぞ』
『はい。わかりました』
はは。プレッシャーだなあ。元よりそう簡単に負けるつもりはないけど。
俺の内心の変化を敏く読み取ったのか、黙って話を聞いていたレオンが、やれやれと嬉しそうな苦笑いを示した。
「どうやらギャラリーは、僕たちのことを逃がしてくれそうにないみたいだね」
「そうみたいだね」
とか言いつつ、やっぱり君の方が楽しそうだよな。
よし。心は決まった。
しっかり呼吸を整えてから、通る声で受付のお姉さんに向かって言った。
「わかりました。やりましょう!」
「僕も精一杯務めさせていただこう」
「「うおおおおおおおおー!」」
割れんばかりの大歓声が巻き起こる。遥か向こうの観客席から、風に乗って直接届いてくるくらいだった。
隣にいたランドが、すっかり子供のようにはしゃいでいる。
「いよいよこれでユウの真価が見られるってわけか。わくわくしてきたぜ!」
「レオンもね。伝説のベールに包まれていた実力は、いかほどのものか」
シルヴィアも手を顎に添えて冷静に考えているようで、目がキラキラしている。
そして、ユイからは温かい応援の言葉が。
『頑張ってね。ユウ』
はい。頑張ります。
俺とレオン、二人のための試合場は、ダイバルスポットを丸ごと贅沢に使うことになった。
観客や他の選手たちは、俺たちがよく見える一か所に固まって集まっていた。こうすることで、守りを張る面積を狭くすることができる。
術師たちが協力し、ギャラリーから向かって正面方向にのみ集中して、強力なバリアをかける。こっそりフェバルも加わっているので、破られることはないだろう。
こうして、観客のいる方向以外には何らの守りもない、大自然のバトルフィールドが整った。
俺とレオンは、互いに十メートルの距離で対峙している。
十メートルなど、この世界ではほんの一歩に等しい。この距離にしたのは、聖剣技の使える彼だけが有利な開始位置にならないようにとの、彼からの提案だった。
余裕のある者にしか言えない台詞だ。いつだかのアーガスを思い出して、ニクい奴だなと思いつつも、心遣いには素直に感謝して提案を受け入れた。
「まさか君とこんなことになるとはね」
「本当にね。でも実を言うと、一回思いっ切り戦ってみたかったんだ」
この世界で伝説の英雄とされる男の実力がどんなものか。この底なしの世界でどれほどの力が出せるのか。わくわくしていた。
「フフ、僕もさ。白状すると、密かに夢に見ていた。今から楽しみだよ」
「がっかりさせないといいけどな」
「期待してるとも」
いつでも気剣を出せるように、左手を空けておく。レオンも、腰の柄に手をかけていた。
軽口は消えて、次第に集中が深まっていく。
相手は気力も魔力も感じさせない。自分の気力だけが漲っていくのを内側で感じる。しかし、心身の充実の方はよく伝わってくる。
静かで、どこか奇妙な空気の緊張感。
そして。
『では……剣麗レオンハルト対ユウ・ホシミ、特別試合! はじめっ!』