そう言えば、シルヴィアの中の人に相談しようと思ってたのに、結局できなかったじゃないか……。
さすがにもう今日は何も話してくれないだろうなと思いつつ、しかし紙でもリアルでまともに会話できたのは初めてなので、収穫と思うべきなんだろうな。
それに、実質的に欲しい情報は得られた。エインアークスか、何らかの裏組織が一枚噛んでいる可能性があること。募金を掠めるなんてせこい真似、上がするとは思えないから、きっと末端の誰かが始めたことに味をしめた誰かが乗っかって、大企業の名を借りて使わせてもらっているんだろう。
彼女は親切にも、前もって釘を刺してくれたことになる。俺よりはまず、リクの身の安全のために。
そうなるとだ。俺も少し動き方を考えた方が良いかもしれない。
優先順位を付けよう。シェリーにあまり傷つかずに募金を止めてもらうのが一番だ。金を騙し取ってる連中は気分は悪いけど、勝手にやらせておけばいい。世の中には腐るほどいるからね。この手の小悪党は。
下手にちょっかい出して刺激すると、メンツだなんだとうるさくなる恐れがある。事を荒立てたくないという、シルヴィアの中の人(いい加減、名前を知りたい)の心を今回は汲んであげたい。
……こういう割り切り方、大人になっちゃった気がするなあ。良くも悪くも。
すると、突然電話が鳴った。番号を交換したシェリーからだ。もちろん出る。
「はい。もしもし」
『もしもし。シェリーですけど……。今、お時間大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫だよ」
なんてタイミングだろうか。ちょうど考えていたところに。どんな用件だろう。
やっぱりというか、募金に関する話だった。シェリーが先走って集金の人に俺のことを伝えたらしく、向こうの方が盛り上がってしまったみたいだ。
『と、いうことですので、都合が付けば明日にでもぜひお会いし、お礼を言いたいと』
「へ、へえ。なるほど。うんわかったよ」
『はい。よろしくお願いしますね』
「ああ。それじゃね」
電話を切った直後、俺はその場で頭を抱えた。
まずった! 5000ジットとか調子に乗って盛るんじゃなかった。完全に裏目に出ちゃったよ!
まさかこんなにがっついてくるせこい小悪党だったとは。想定外だ。
向こうがそういう性格してるとなると、穏便ドロップアウトプランは無理か。シェリーが止めようとしたら、何だかんだで続けさせられそうだ。脅しも含めて。
で、俺だ。俺はこんなカモみたいななりしてるから。やっぱやめましたって言ってもさ。
ダメだ。ゆすられて返り討ちにする未来しか見えない。大事まっしぐら。
どうしたらいいんだ。助けて。シルヴィアの中の人さん!
縋るような目でアドバイスを求めてみたが、返事は来ない。代わりにガン、と勢い良く壁を殴る音が返ってきた。どうやら彼女も相当頭が痛いみたいだ……。
『暴れよう』
母さんが半分入っている姉から、ばっさり過ぎる一言アドバイスがきた。
余計なことで悩むなと。お前その気になったらエインアークスだろうが何だろうが正面突破できるじゃないかと。
確かにやればできなくもない気がするけど。自分で言っててすごいな結構。
『もうちょっと平和な道を探りたいんだ』
母さんじゃあるまいし。繰り返す。母さんじゃあるまいし。
『でもユウさあ、いつだか敵の中枢に殴り込みに行ったよね。エルンティアのときとか』
『いやあれは、そうするしかなかったからやっただけで……』
『その割には乗り気だったよね。他にも、あんなことやこんなことや』
『うーん……』
あれ。俺、いつの間にかしっかりと母さんの血を引いてる? 振り返ってみたら結構滅茶苦茶じゃないか? 常識人のつもりだったのに。
リクやシルヴィアの中の人さんからもよく白い目で見られてるし。どこに置き忘れてきたんだろう、常識。
『わかった。いざとなったら戦う覚悟を決めるよ』
『うん。なるようになるよ。そのときはサポートするから』
心を固めると、気が楽になった。
そうだな。くよくよ思い悩んでみても仕方がない。最悪を想定して、そうならないように行動して、なってしまったらそのときだ。
というかさ。大会で調子に乗っちゃったのをあれだけ叱っておいてだよ。さらっとこういうこと平気で言う辺り、君も大概だと思うんだよね。女になって君とくっついてるとき、たまに妙に攻撃的になってしまうの(特に変態に対して)、あれ絶対君のせいだと思うし。
『聞こえてるからね』
『はい。ごめんなさい』
誰でもいいから聞いて下さい。悩みがあります。姉に嘘が吐けません。隠し事ができません。
『それも聞こえてるからね』
『ああもう! わかってるよ! ちょっと言ってみただけだよ』
『あなたがしっかりしないから、私がいるってことを忘れないように』
『そうですね。言う通りですね。どうせ俺はいつも君がいないとダメな甘えん坊ですよ』
『うんうん。よくわかってるね。素直ないい子は許してあげる』
『あー許してくれてありがとう』
また負けた。ユイには昔から敵わないな。
心の会話でよかった。いつも万事こんな調子だってもし誰かに知られたら、とても恥ずかしくて生きていけないよ……。
おっと。だいぶ脱線してしまったような気がするけど。彼女は大丈夫だろうか。完全に俺の失態だ。さすがに怒ってしまったかな。
「シルヴィアの中の人さん……?」
呼んでみたが、当たり前のように返事はない。
しかし、何の前触れもなく。
ヒュン。
また矢!? とりあえずかわすと――
シュコン! 良い音を立てて、前のやつよりも勢い良く刺さった。
そしてまた矢文か……。一々眉間狙ってくるの、心臓に悪いからほんと止めてくれよ。
それに今チラッと陰から覗いたの、コンパウンドボウじゃないのか。一体どこから持ち出してくるんだよそんな物騒なもの。
とにかく、そうまでして言いたいことがあるのなら、よほどのことだろうと思い。
『変な呼び方するな!』
終わり。
……お前。いっぺん泣かせてやろうか。
つい反射的に喉から声が出かけたが、どうにかすんでのところで自制した。
危ない危ない。ラナソールノリに毒されちゃいけないよな。もうかなり浸かってる感じはするけど。
ラナソールとトレヴァークに来て一番学んだものがあるとしたら、突っ込みスキルだと胸を張って言える。
努めて仏の精神でノートをまた一枚破り取り、微妙に震える手で字を書いて渡した。
『じゃあなんて呼べばいいんだ?』
すると、長い長い沈黙が続く。
一分は待っただろうか。無視でも決めるつもりだろうかと思っていると。
「……シズハ」
喋った。小さな声で。ほんの一言だけだけど。確かに喋った。
デレた!? 初めて声聞けたぞ!
長い戦いだった。本当に長かった。感動的ですらある。
シルのキャラと違って、結構暗い感じの物静かな声してるんだね。
「シズハ。それが君の名前なんだね」
コツン。軽く壁を叩く音がする。はいの代わりと捉えていいだろう。
今ならもう少し仲良くなれる気がした俺は、調子に乗って一歩踏み込んでみることにした。
シルヴィアがシルだから……シズハなら。
「シズって呼んでいい?」
「…………シズって……言うな……!」
さすがに怒らせてしまったらしい。
さらに矢を数発追加撃ち込まれた後、とどめに煙玉まで使われて。かなりむせた。
煙が晴れ上がる頃には、彼女はすっかり遠ざかっていた。
本当に、無茶苦茶する奴だな。
呆れながらも、ふと足元に一枚の置き手紙があることに気付く。拾い上げて読んでみる。
『下員の不始末。何とかしてみる。成功すればわかる。失敗時は、あなたの携帯にワン切り』
なるほど。仕方ないから、力になってくれるみたいだ。ありがたい。
それにしても。うん……。なんか、忍者みたいな子だな。
シルヴィアの中の人は、やっぱり変な人だった。