バイクをひたすら飛ばして、指定された倉庫までやって来た。
敵に奪われないよう、ディース=クライツは『心の世界』にしまう。
かかった時間は三十分程度。一時間は経っていない。
中にも外にも敵の気配を感じながら、倉庫に入る。広々とした空間に、貨物コンテナがいくつも置かれている殺風景な場所だ。明かりは小さく、窓もない。数メートル先でさえはっきりと見通すことはできなかった。
こんな場所にわざわざおびき寄せたということは、敵は間違いなく罠を張っている。十分に警戒しながら、一歩ずつ進んでいく。
そろそろか。向こうもシズハを殺してはいないはずだ。殺してしまっては人質の価値がなくなる。
敵は当然、彼女を利用してくるだろう。加えて、俺はリクとシェリーの二人を背負ったまま、かばいながら戦わなければならない。
正直、普通に考えるとかなり不利な状況だ。敵ながら、俺の性格を見越して、用意周到に有利な条件を作り出した手腕は認めざるを得ない。
シズハを助け出し、二人を守り、かつ敵を打ち倒すためには。
多くても、チャンスは一度だけだ。絶対に失敗はできない。
こんなときこそ冷静になれ。俺は深く息を吸い、吐いて、それから隅々まで行き渡るように声を出した。
「来てやったぞ。出て来い!」
コンテナの陰から、若い男が現れた。
暗さで顔はほんやりとしか見えないが、薄ら笑いを浮かべる口元が目に映っている。
「来たな。ホシミ ユウ」
「シズハはどこだ」
「言われなくても出してやるとも。おい、引っ立てろ」
***
不覚。
私、このような……無様……晒すとは。
縛り付けられて。猿ぐつわ。
悔しい。奇術師め。
くっ。身動き、取れない。縄抜け……使えない。
「来てやったぞ。出て来い!」
な……ユウの、声!?
バカ……なぜ、来た? 私、お前の……敵。来る義理、ないはず。なのに……なぜ……。
この……バカ。バカ。お人好し。死ぬまで……治らない、のか。
「来たな。ホシミ ユウ」
「シズハはどこだ」
「言われなくても出してやるとも。おい、引っ立てろ」
コンテナの上。引きずり出された。
……わかる。暗くても……鍛えた目、ある。
こんな怒っているユウ……見た。初めて。
「シズハ! 待ってろ。すぐ助けてやるからな」
「おっと。動くんじゃないぞ」
奇術師。銃……持ち出した!
ユウ、睨む。ちょっと……怖いくらい。
「それがお前のやり方か。卑怯者め」
「フフッ。オレは用意周到な方でね。スマートと言って欲しいな」
容赦なく。撃つ。嗤いながら。何発も。
手、足、肩。次々、撃ち抜かれて。
わざと急所、外している。悪趣味な、やつ……!
ユウ、黙って。耐えている。とても、苦しそう。
「くっくっく。我々のことをこそこそ探っていたらしいけどねえ」
とうとう、膝、ついた。もう、見ていられない。
「~~~~~!」
何も、できない。悔しい。喋れない。
逃げろ。どうして……そこまで。私なんか、いい。逃げて……!
「遊びじゃあ済まないんだよ。うちを嗅ぎ回るというのがどういうことか」
「……っ!」
「勉強代が高くついたなあ。クソガキ」
「くそ……! お前、許さないぞ」
「くっくっく。許さないからどうだって?」
装填された、八発。全部、撃ち切って。
嗤っている。とどめ、刺す気!
「~~~~っ!」
「さあ、ショーの仕上げといこうか」
指、動く。ワイヤー、来る……!
ダメ。ユウ、引き裂かれる! 見たく、ない。
だが、ユウの断末魔。ならなかった。
ユウ、目の色……変わった……?
突然、跳ねるように。動く。
速い。
まるでダメージ、ない、みたい……?
はっと。気付く。
まさか。全て。やられた、ふり……!?
ワイヤーを引く、一瞬。それだけ、奴の……隙。
ずっと、狙っていた……?
ユウ、一気。加速した。奇術師に、飛び込む。
見えないワイヤー……全て、引き千切って……!?
そして――
目……疑った。信じ、られない。
ユウの拳。
めり込んで、いる。
深く。深く。奇術師の……腹に。
「お、お……!」
「……あまり、俺を見くびるなと。シズハから聞かなかったのか?」
淡々と。当然の結果。ように。そう言って。
ユウ。とても、怒ってる。
「バ……そ、んな……! が……うぷっ……!」
あいつが、立てない。
喘ぎ。苦しみ。膝を突く。
少し前まで……想像も付かない。光景。
あまりに、重い。一撃。
「見誤ったな。お前の負けだ」
「あ゛っ……!」
奇術師、びくり。呻く。ショック……与えた?
あいつ…………のびた。もう、動かない。
気絶、している。完全に。
そして。またユウの動き。早かった。
次の瞬間……どこから、取り出した? ナイフ、投げつけて。
私の見張り。二人とも。簡単に。倒していた。
私、助かった……?
「ふう……」
ユウ。一息ついて。駆け寄って、くる。
縛り……解いてくれて。さるぐつわも……外して、くれた。
「大丈夫か。シズハ。怪我はないか?」
もうよく知ってる。隙だらけ。そうしか見えない。甘い顔。
「……平気。別に……助けに、来なくても……このくらい」
「よかった。そんな口を叩けるくらいなら大丈夫そうだね」
笑う。いつも、見てた。明るい顔。
本当に。今なら、私でも……殺せそう。見える。
でも、私……見た。今まで。見てた。
無様。倒れてる男、見つめる。
奇術師。ルドラ。私より……一段、二段、上。なのに。
馬鹿な。こんなこと……あり得るの……?
……ホシミ ユウ。
強い。戦い慣れている。
私たちより。ずっと。
一体、どれほどの。修練の果て。戦いの果て。ここまで……。
底が、見えない。
人のレベル……遥かに、超えている……?
今さら、震えてる。
武者震い? 恐怖? 感動? 安堵?
……たぶん、全て。
こんな強かった、なんて。全然、ちっとも。そんな風……見えないのに。
「さて、外の連中はみんなびびって逃げたみたいだけど」
事実。こくん。黙って頷く。
「このままだと、第二第三のこういう事件が起こらないとも限らないよなあ」
「組織……敵対者、許さない」
「だよなあ。うーん……」
ならば。どうする?
逃げるなら……協力する。拾った命。惜しくない。
「本当は、こんなことしたくなかったんだけど……仕方ない」
ユウ、あっさりと。言った。
「悪いけどさ。君の組織、少しばかり痛い目を見てもらうことにしよう」
私……学んだ。今、学んだ。
この人。怒らせては、いけない。