フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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83「ユウ、エインアークスへ殴り込む 2」

 特に邪魔もなく、あっさりとエインアークス本部までやって来られた。

 まあ下手すると今頃詳細の報告を受けて、どうしようか考えてるかもしれないくらい早いタイミングだからね。拙速第一。

 白服を着る一般市民と対照的な、黒服を着た者が二人。長身の銃を持ち、入口の両脇を固めている。

 少し離れたところにバイクを停めた俺は、後方座席の「荷物」を背負ってから、バイクをしまった。

 

『行こうか』

『うん』

 

 ぐるぐる巻きの男を背負って、入口正面に向かって堂々と歩み寄っていく。

 誰がどう見てもあからさまに怪しい感じがするので、当然呼び止められた。

 

「待て」

「小僧。何のつもりだ」

「ここはガキの遊び場じゃないんだぞ」

 

 俺はにやりと笑って、通る声で元気良く言った。

 

「お荷物お届けに上がりました~」

 

 気力強化して筋力増強し、背中の「荷物」を思いっ切りぶん投げる。

 大の男の身体が、野球ボールでも投げたように気持ち良く飛んでいく。入口のガラスを豪快に突き破って、ごろんごろん転がっていった。

 

『ナイスシュート』

 

 かなり鍛えてるみたいだし、このくらいじゃ死なないだろう。全治二、三カ月ってとこかな。

 正直とてもむかついていたので、ほんのお返しだ。すかっとした。

 

 両脇の黒服はあっけに取られて、ほとんど悲鳴に近い声を上げた。

 

『でも、ちょっと派手にやり過ぎたかな』

『むしろいいんじゃない? ここに何しに来たのかってね。インパクトは大事だよ』

 

 やっちゃえ派の姉の全面賛同が得られたので、まあいいことにしておく。ほんとにいいのか知らないけど。

 

「撃て!」

「殺せ!」

 

 やっと仕事を思い出した二人が、長身の銃を腰に構えて、こちらを撃とうとしていた。

 体感だが、トレヴァークはエルンティアよりさらに許容性が低いみたいだ。至近距離で弾が放たれてから対応するのは無理ではないけど、少し難しい。

 銃口を向けられたときには、もう手を打っているのが確実だ。

 さっきみたいに人質がいるわけでもないから、方法は色々あるけど。

 そうだ。こうしよう。

 

《スティールウェイ――えーと、弾掴み》

 

【神の器】を使った自動行動プログラムを、予め入れておく。

 ちなみにスティールウェイというのは、「鋼のように硬く決まったやり方」くらいの意味合いで、自動行動プログラム系統の技に共通して付けているものだ。

 ぶっちゃけ《スティールウェイオーバースラッシュ》の語感が微妙に気に入ったので、そのまま何となく他のやつにも使っちゃってるだけな感じだ。

 別に口に出して言ってないからいいよね? 頭の中でくらいちょっと厨二楽しんでも。まあユイにはちょくちょく笑われてるんだけど、元が同じだし、ネーミングセンスはお互い様なので気にしない。

 とにかく直後、こちらを狙って銃弾が雨あられのように飛び出した。

 歩みは止めない。余裕を見せつけるように、一歩ずつ前へ進む。そうしながら、左腕は攻撃にしっかり対処していた。

 視界に捉えた端から、極めて正確無比かつ機械的な動きでもって、当たりそうな軌道の弾だけを的確に掴み取っていく。

 脊髄反射など優に超えるあまりの速さに、目の前で荒ぶる腕が残像を成している。

 激しい動きに耐えられるよう、気力強化はしているので全然平気だ。けど、意志によらず勝手に腕が動くので、いつも妙な感じはする。

 時間にして十数秒ほどだろうか。音の止む間もないほど激しい銃撃が続く。

 それまでの間に、俺は全く平気な状態で、ゆっくりと敵の目と鼻の先まで迫ろうとしていた。

 彼らからすれば異常な腕の速度。何より俺が余裕の無傷で近寄ってくることに、ひどく驚き慄いているようだった。みるみるうちに、顔から血の気が引いていくのがわかる。 

 それでも撃てているうちはよかっただろう。攻撃しているという事実をあてにできた。

 しかし弾も無限ではない。いずれは撃ち止めになる。

 そうして、ついに弾が切れたとき。

 

「もう終わりか?」

 

 これ見よがしに左腕を伸ばして、掌を開く。

 潰れた銃弾が、バラバラと落ちて。固いアスファルトにぶつかり、小さな金属音が弾けた。

 二人はぎょっと青ざめて、今度こそガチの悲鳴を上げた。

 

「うわあああああああああああ!」

「ばけもんだああああああああ!」

 

 空になった銃を放り捨てる。任務のことも忘れて、それぞれ通りの逆方向へ一目散に逃げ出してしまった。

 

 ……決まった。

 

『もう。かっこつけすぎ』

『いやあ。一回やってみたかったんだよねこれ』

『一回やってみたかったシリーズ多くない?』

『そりゃもう。人生やってみたいことだらけだよ』

『あっそう。ふふ。でも弾掴みじゃしまらないよね』

『思い付かなかったんだよ……』

 

 肝心なところでユイからケチが付いてしまったけど。

 見張りを殴らないで退散させた。戦果としては最高のものだろう。

 ステージ1クリア。これより内部へ突入する。

 

『幸先いいね。どんどん行こう』

 

 ユイも何気にノリノリだ。

 

 割れたガラスを踏まないように注意して、ビルの内部へ足を踏み入れる。

 奥の方では、ぐるぐる巻き男Aが白目を剥いてくたばっていた。床が透明に濡れているところから見るに、失禁してしまったらしい。

 シズハでなくても「ざまあ」と言いたくなるような光景だ。これ以上は可哀想だからそろそろ許してあげようか。

 あ、でもこのスマホっぽい電話で写真くらい撮っておこう。シズハに見せてあげたらきっと喜ぶぞ。

 いやもう。本当に腹立ったんだよね。相手が俺で運良かったと思うよ。他の人なら殺されてても文句言えないんじゃないかな。お大事に。

 

 横に目を向けると、カウンターの前で受付嬢が、カチンコチンに肩をこわばらせて、懸命に突っ立っていた。

 

「ボスに会いたいんだけど」

「ア、アポイントがなければ、お客様とのご、ご面会は……」

 

 へえ。あくまで普段通り仕事をしようというつもりか。感心感心。ならこちらも形だけは合わせておこうかな。

 

「なら今から予約を入れておくよ。しっかり伝えておいてくれ」

「は、はひ……!」

「今すぐお前に会いに行くから、そのまま部屋で待ってろと」

「は……か、かしこまり……まし、た……!」

「じゃあ」

 

 くるりと背中を向けたとき、ぴたりと彼女の震えが止まったのがわかった。

 

「御許可のない方は――しんでくださいまし」

 

 腰の銃を手にかけようとして。

 すか。すか。だが見つからなかった。

 動揺する彼女に、わざとらしくとぼけて言った。

 

「君が探してる銃だけど。これかな?」

 

 ちゃっかり引き抜いておいたものを、見せびらかす。

 殺意が見え見えなんだよな。もうちょっと上手く隠さないと。

 

「あっ、どうしてあなたが持ってるのです! 返して下さいまし! 返せっ!」

 

 演技も忘れて取り乱す女に、あっさりと返してやる。

 

「いいよ。はいどうぞ」

「え、あ?」

 

 いきなり投げ渡したので、彼女はつい反射的に受け取ってしまった。

 銃に手が触れた瞬間、

 

「ああ゛んっ」

 

 妙にエロティックな声を上げて、彼女は倒れた。

 

 気は大気中で霧散するが、物にならいくらか纏わせることができる。

 銃に纏わせておいた。ちょっと触れるだけで、普通の人なら簡単にスタンする。

 ……まあ、こんな組織の玄関口張ってる時点で、ただの受付嬢なわけがないし。

 残念だったね。心の力を持つ俺に不意打ちするのは難しいよ。

 

『ステージ2クリア』

『ちょっと楽しくなってきたな』

 

 それもこれも、シズハが三人を守ってくれているおかげだ。彼女には感謝しないとな。

 

 受付嬢の失敗を見届けて、もう遠慮する必要はないと判断したのか、奥の通路からわらわらと黒服が溢れてきた。

 一様に同じモデルの銃を構えている。これがたった一人、それも自分に向けられているのだからすごい光景だ。敵の本気さが伺えるというものだ。

 

 一斉射撃二秒前。

 

《ディートレス》だと動きにくい。ここはまたあっちでいこう。

 

『サポート頼んだ』

『オーケー』

 

《アシミレート》

 

 発動と殺戮攻撃の開始が、ほぼ同時だった。

 銃弾のカーテンは、目標に達する前に魔法のように掻き消える。実際は、『心の世界』の中に移しているだけだけど。

 傍目にはそよ風の中を歩くような気軽さで、鉛の嵐を踏み越えていく。やはり、動揺しない者はいなかった。

 どうやら銃撃は無駄だ、やるなら接近戦だと気付き出したところ。

 緩急をつけて、一息に加速する。

 あっけに取られている間に、最小限の黒服だけを殴り飛ばして、強引かつ簡単に囲いを突破した。

 

「待て!」

 

 喚く彼らを尻目に、階段を駆け上がる。

 

『はい。ステージ3も楽勝』

『この調子だね』

 

 ボスは、もしかしたら危機を感じてどこかへ移動を始めているのかもしれないが。まだ上の方にいるのは間違いないだろう。

 大組織のボスともあろう者が、側に強者を置かないとは考えにくい。

 皮肉なことだけど。そういうのは雑兵より頭一つ抜けて強いせいで、気の強さを読めばボスの位置候補はある程度絞れてしまう。

 可能性は五か所。

 うち、ずっと上の部屋でじっと動いていないのがボスなのか、通路を動き回っているのがボスなのか。最も可能性が高いのは二つだが。

 とりあえず、逃げられるのはまずい。動き回っている方から行ってみるか。

 壁を蹴り、反動をつけて。駆け上がるというよりは跳ね上がるというのが相応しい恰好で、目的と定めた場所へ駆ける。

 閉じ込めようとしてシャッターが下りてきたけど、そんなものはおかまいなしだ。

 

《気断掌》

 

 跳んだまま掌を突き出して、紙べらを破るようにこじ開けてしまう。

 どんな金属でできているのかは知らないけど、ポラミットの方がよほど硬い。

 ビルも全部で七十階程度みたいだ。

 中央管理塔でリルナたちに追い詰められたあのときの苦労に比べれば。こんなもの大したことはない。

 

『ステージ4、5、6一気に突破って感じだね』

『はは。ワープゾーンかな』

『そんな感じ』

 

 ユイと軽口を叩きながら――こんなに余裕があるなんて、自分も結構成長したよなと思いつつ――まだまだ上っていく。

 四十五階まで上ってきたとき――

 

「おっと」

 

 頭上では、白い煙がもくもくと焚かれていた。

 視界が極めて悪く、ほんの少し先も見通すことはできない。

 なるほど。正攻法でダメなら、絡め手というわけか。そう来るだろうとは思っていたよ。

 

『このガス、吸ったら危ないよ』

『わかってる』

 

 こういう手にも、昔は弱かったものだけど。今は問題ない。

 

【反逆】《不適者生存》

 

 エインアークス。無駄だ。その罠は――その地点は、五年前に通過している。




 シズハはユウの頼みを守るため、トリグラーブ市立病院へバイクを飛ばした。
 701号室。そこにハルという少女がいることを、彼女は知っている。
 ……ストーカー、もとい「要注意人物に対する必要な追跡調査」の賜物であった。
 無事病院へ着いたシズハは、適当な物陰にバイクを停めた。人目に付かないようにするのは、職業病である。
 停めながら、ユウのあのバイクを消す技、どうやってるのか知らないが、仕事で使えたら足が付かなくて羨ましい、などと彼女はちょっぴり思った。
 入る前にまず外から、慎重に中の様子を観察してみる。別に普通に入ってもいいのであるが、職業病である。
 701号室を確認。異変なし。
 幸いにもこちらの動きが早かったため、まだハルには手が回っていないようだった。
 とりあえずはほっとするシズハ。
 しかしいつ手が回ってくるかわからない。外で見守るなどと、いつもながらの悠長なことをしていては、急襲の事態に到底対処はできないだろう。護衛対象がハル一人ならそれも叶うかもしれないが、リクとシェリーもいるのだ。
 最低限、三人は固めおかなければ。シズハの身は一つである。
 不本意ながら。非常に不本意ながら。
 着替える暇もなく。怪しさ満点の黒装束に身を固めたままのシズハは、誰もいないタイミングを見計らって、へり伝いに七階へさっと忍び込む。職業病である。
 女の身でありながら、鍛錬と薬品によって強化された身体は、二人を抱えてなお身軽な動きを可能にしている。
 そして、ついに来てしまった。もう覚悟を決めるしかない。
 溜息を吐き、ドキドキしながら病室のドアを叩いた。

「どうぞ」

 明るく汚れを知らない少女の声が耳に通る。

 病室のドアがほんの少し、音も立てずに開いた。隙間からちらりと、シズハの瞳が部屋の気配を探る。職業病である。
 いつまでも入って来ない。どうも様子が変なので、ハルは「んー?」と不思議そうに首を傾げていた。
 すると、バン! いきなりドアが勢い良く開いた。
 びっくりするハルだが、あっという間もなく、ゴキブリもかくやのスピードで何かがさっと物陰に入っていった。
 シズハは腰を落として、近くベッド脇に隠れていた。こうすることで、出会い頭の銃撃を避けて身を守りつつ、こちらも攻撃に備えることができる。もちろん職業病である。

「…………」
「……あの、誰か、いるのかい?」
「…………」

 じっと亀のように黙っているわけにもいかないので、シズハはもそもそと立ち上がった。
 だが、やはり。喋れない。
 人の前に来ると、どうしても喋れない。単に恥ずかしいのもあるし、幼少の頃から感情を抑える訓練ばかりさせられてきた残念な副作用が、これだ。
 その代わり、なぜかネットだと生き生きと感情が爆発してしまうのであるが。

「…………」
「……や、やあ。キミ、誰?」

 いつまでもだんまり決め込んでいるので、ハルも苦笑いするしかなかった。
 いきなり現れた彼女。とっても怪しいと、ハルは普通の感覚でそう思っているのだが、どうも危害を加えてきそうな感じではない。あの身のこなしならやろうと思えば自分など簡単にどうとでもできそうなのに、律儀にノックしてきたからには、何か用があるのだろうと踏んだ。
 そこで人を呼ぶのは思い留まって、自分で彼女を見定めようと注視――しようとして。
 シズハの隣で力なく横たわっている、知らない少女と、あと見覚えのある人物に気付いた。

「リクくん!? リクくんじゃないか! どうしたんだい?」

 心配で駆け寄りたいのだが、足が動かないので、腕が宙を泳ぐだけだった。
 いくら呼びかけても、リクは目を覚まさない。ハルは不安で仕方がなくなって、事情を知っていそうなシズハを見つめた。
 自分がやったと、誤解させては敵わない。
 口を開くしかなかった。シズハは頑張って、とても頑張って喋った。

「大丈夫……気絶してる、だけ」
「気絶? そっかあ。よかった……」

 最悪の想像は外れて、少しだけほっとするハル。しかしよく考えてみればまったく良くない。

「でも、どうしてそんなことに?」

 言葉足らずのせいで、何が何やらさっぱりだった。とりあえず悪い人ではなさそうな感じがしたので、ハルは続けて尋ねていた。

「リク、この子。あと……お前。守る。ユウとの、約束」
「……そっか。ユウくんと。うんー、わかったような。わからないような」

 顎に手を添えて、真剣に考え込むハル。やがて聡明で想像力逞しい彼女は、自力でほぼ正解に至った。

「ユウくん、色々と危ない橋も渡ってるみたいだからね。それで変なことに巻き込まれて、リクとその子がそんなことになっちゃった。ユウくんの知り合いであるボクも危ない。キミはユウくんに、頼まれて来た。そうかな?」
(こくん)

 その通りだった。感心しながら、シズハは静かに頷く。
 予想が当たって、ハルは少し納得できた。

「なるほどね。それでキミは、どんな人?」

 続けて言われて、シズハはたじろいだ。
 彼女の吸い込まれるような青い瞳に見つめられると、どうしてか。どんな嘘も誤魔化しも通用しない気分にさせられてしまうのだ。
 こんなこと、正直に言うのはナンセンスだが。非常におかしな、馬鹿げた告白であるが。
 気付けばシズハは、絶対に人に漏らすべきではない正体を、口にしていた。

「……暗殺者」
「暗殺者?」

 言ってしまった。なぜ言った。
 胸中に激しい後悔が渦巻く。
 さすがに引かれるか。怖がられるか。嫌がられるか。
 こんなときにもポーカーフェイスを張り付けて――職業病である……――どんな反応をされるのかと、内心怯えていると。

「ぷっ。あはははは!」

 そのどれでもなかった。
 ハルは笑い出した。可笑しくて可笑しくて、たまらないという様子だ。
 虚を突かれたシズハ。彼女というものがわからなかった。混乱をそのまま口にした。

「……なぜ、笑う? 嘘、じゃない……ぞ……」
「あはははは……! ううん、嘘だなんて思っていないとも。いやあ、ユウくんには、本当に面白い知り合いがいるんだね!」
「……おも、しろい?」

 そんな風に言われたことは、これまで生きてきて一度もなかった。
 身構えていたシズハは、あっけに取られて、肩の力が抜けてしまった。

「こわく、ないのか?」

 とうとう直接聞いた。半ばムキになってさえいる。そんな自覚がシズハにはあった。
 ひとしきり笑ったハルは、いやいやと首に振ってから、優しい瞳でじっと彼女を見つめて、はっきりと言った。

「怖くないよ」
「なぜ……?」
「だって。ボクはね、ユウくんを信じてるんだ。それにボク自身、人を見る目はあるつもりだよ」

 うん、と自分で確かめるように頷いて、黙って耳を傾ける暗殺者に続けた。

「ユウくんが信頼して友達を預ける人に、悪い人はいないさ。そう思ってる」

 シズハは、はっとした。させられた。
 なんだ。なんなのだ。この子は。
 病弱には見合わない。
 強さがあった。そして真っ直ぐでいて、温かい。
 似ている。ユウに……どこか、似ている。
 リクとも、少し。自分には、眩しい世界だ。

「もうとっくに知ってるかもしれないけど……」

 と前置きして、病弱の少女は、それを感じさせない明るい笑顔を見せた。

「ボクはハル。ユキミ ハル。キミの名前も教えてくれると嬉しい、かな?」

 ちょこんと可愛らしく首を傾げてみせる仕草は、どうやら半分は癖だった。

「……シズハ」

 シズハは、嘆息した。
 まさかこんなにすぐ、二人に名前を言うことになるとは思わなかったのだ。本当に、信じられないことだったのである。
 だが、そんな彼女の事情など、ハルには関係なくて。ただ名前を聞けたことを、底抜けに喜んでいた。

「シズハ、か。良い名前だね。じゃあ――うーんと……シズちゃんって呼んでもいいかな?」
「シズって……!」

 言うな! と、言いかけて。
 デジャブだった。
 この子が、ユウと全く一緒の呼び名で自分を呼ぼうとしている。
 妙な偶然が可笑しくなって。シズハは、危うく人前で笑ってしまうところだった。

「……いい」
「ん?」
「シズで、いい」
「ふふ。ありがと。よろしくね。シズちゃん」
「ん」

 二人の手が、温かく握られる。
 ユウの預かり知らないところで、小さな友情が生まれていた。

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