試合が始まると、アーガスは不敵に口角を上げた。
「どう仕上げてきたのか見せてもらおうか。かかってこいよ」
「ああ。言われなくても見せてやるさ」
相手はあのアーガスだ。持てるすべてをぶつけなければ、勝負にすらならないだろう。
今までの試合では魔力の消費を抑えるために使ってこなかったけど、この試合では常時アレをかけておくべきだろうと思った。
加速しろ。
《ファルスピード》
風の力を身にまとって、私は素早さを大きく上げた。
「早速それか。ならオレも」
アーガスの身体にも風の力が宿ったのが様子からわかった。どうやら彼も同じ《ファルスピード》を使ったみたいだ。
これで速さは互角。
魔法の範囲や速度に対し、身体の動きが鈍かった今までの相手は、魔法を直接避けることはほぼ不可能だった。彼らは、もっぱら魔法をぶつけて打ち消すことで魔法に対処するしかなかった。
だが今度の状況は全然違う。お互い考えて打たないと、魔法は簡単にかわされてしまうスピードだ。
これまでの試合のように、足を止めての魔法の打ち合いではなく、双方激しく動き回りながらの戦いとなるだろう。それはこの試合が、今までのどの試合とも本質的に異なる展開となることを意味していた。
よし、いこう。まずは小手調べだ。
火炎の速球。
《ボルケット・ショット》
威力を多少犠牲にして速度を上げた火球を、アーガスに向かって放つ。
「よっと」
だがいくら速いとは言っても、不意打ちでない以上、やはり容易く避けられてしまう。
そこでもう一工夫。
彼がかわしたばかりのタイミングを見計らって、火球を分裂させた。
《スプリット》
火の球は、いくつかの小球に分かれて飛び散っていく。うち一つは、身をかわしたばかりの彼に直撃するコースだ。
しかし、彼は冷静だった。
「発想は悪くないが、一つ一つの威力が弱いぜ」
彼は最小限の水魔法で、自分に向かって飛んできたその火球をかき消してしまった。実力者らしい堂々とした立ち回りだ。
でもそんなことは想定内。私は構わず攻撃を続ける。
「まだまだいくよ」
《ボルケット・ショット》
ショット。ショット。ショット。ショット。ショット。
何発も何発も、次々と同じ魔法を彼に向けて放っていく。そして分裂させていく。
彼はその全てをかわし、あるいはいなした。
「つまんない攻撃だな」
「いや、周りをちゃんと見てみなよ」
「――ほう」
私の言葉に従って周囲を見回した彼は、少し驚いたようだった。
そう。私は何も考えなしに火球を撃ちまくっていたわけではない。アーガスに消されなかった分の小球は無駄にせず、彼の周りを包み込むように待機させていた。
実に数百発もの火の玉が、彼一人を狙い定めている。
「で、どうする気だ」
「散らばった無数の火の球は、風に包まれて一つの形になる」
巻き上がれ。炎の竜巻。
《ファイアトルネード》
私は風魔法で強烈な竜巻を起こした。それはたくさんの火の球を巻き込んで、強力な炎の竜巻を形成する。
そしてそいつを、中心にいるアーガスに向かって徐々に狭めていった。もちろん逃げ場など存在しない。
「なるほど。そうきたか!」
嬉しそうに笑った彼は、だがしかしまったく慌てた様子ではない。
すると彼を中心として、私が作り出した竜巻とは逆回転の強烈な旋風が巻き起こった。それはいとも簡単に、炎の渦を内部からかき消してしまったのだった。
彼が持つ、私以上の強大な魔力によって為せる力技だった。
残念。有効打にもならなかったか。
落胆する私の気持ちを察したのか、アーガスは慰めるような調子で言った。
「いや、中々だったぜ。このオレに初めてまともな魔法を使わせたこと、褒めてやるよ」
「本当?」
「ああ。この一か月、きちんと準備して来たようだな。褒美に少しだけ、本気を出してやろう」
「その言葉を待ってたよ」
どうせならいつもの訓練モードな彼でなく、もっと本気を引き出して思い切りやりたいと思っていたんだ。だからその言葉を聞いたとき、彼に認められたような気がして嬉しかった。
「ただ、あっさり決着がつくと面白くないな」
そう言って、彼は思案顔をしている。
あっさりだって。よく言うよね。
ちょっとだけむっとしていると、彼は何か閃いたらしく、一人で勝手に頷いていた。
「よし。ハンデとして、オレは魔法の宣言をしてやるよ」
「いいのかな。そんなことして」
宣言をするということは、どんな魔法がいつ来るのか相手にわかってしまうということである。サービスもいいところだった。このあまりに自信過剰とも思える彼の発言に対して、さすがに首を傾げてしまう。
「いいんだよ。それくらいで丁度良いだろ」
あくまで彼はそう主張した。何だかその鼻っ柱をへし折ってやりたい気分になってきた。
「あんまり舐めるなよ。その余裕の面、剥がしてやるからな」
「へっ。やってみろ」
彼は地面に向けて手をかざすと、宣言した。
「現れよ。砂の魔像。《ケルエンティオ》」
すると彼の真下から、徐々に砂の像が盛り上がっていった。それはみるみるうちに人のような形を成していく。
会場から大きな驚きの声が上がる。
やがて出来上がってみれば、それは優に五メートル以上はあろうかという巨体で、金剛像のような堂々たる雄姿を誇っていた。
彼は像の肩の辺りに悠々と乗っている。余裕綽々と説明をかましてくれる。
「魔力を与えたこの魔像は、鉄以上の強度を誇る。危ないから叩き潰さないように攻撃はしてやるが、一撃でもまともにもらえばおしまいだぞ」
私は、初めて見るタイプの魔法に内心わくわくしていた。
さすがアーガスだ。他の人には真似のできないことをやってくれる。
そんな私の顔を見て、彼はにっと笑った。
「良い顔だ。いくぞ」
魔像の巨体から、砂地をゴリゴリ抉りつつ、地面と平行にパンチが繰り出される。叩き潰さないと言っていた通りの優しさだろうが、攻撃自体はすごい迫力だ。
大きさゆえに、その動作は一見すると人間のそれと比べてゆっくりであるように見えるが、実のところはかなり速かった。
私は上手く身を翻し、辛うじてその攻撃をかわす。
もちろんそれだけでは終わらず、返す腕による薙ぎ払いが迫ってくる。
対しては、地面を強く蹴り、バック宙でその腕を飛び越えた。
すぐ下を腕が通過するのを見ながら、危なげなく着地する。このあたりの軽やかな身のこなしは、男のときにこなしてきた修行が生きていた。
とりあえずほっとしたけれど、休んでいる暇はない。即座に構えて魔法を放つ。
切断しろ。水刃。
《ティルカ》
目の前の何もない空間から、極細いレーザー状の超高圧水流が生じ、直線的な軌道を描いて飛んでいく。狙うのはもちろん砂の魔像だ。
イメージとしては、ウォーターカッターに近い。強力なやつだとダイヤモンドすら切れるらしいけど、まあそうしてやるくらいの気持ちで撃てば、いくら魔力のこもった固い砂と言えどもひとたまりもないはずだ。
切り刻んでやる。
だがアーガスは、余裕の表情を崩さぬままだった。
「そう簡単にいくかよ。跳ね返せ。《アールレクト》」
攻撃がついに届こうかというところで、魔像の目の前に光の壁が展開された。水の刃はそれに当たると、威力はそのままに、なんと方向を真逆に変えて私の方へと向かってきたのだった!
反射魔法だ!
咄嗟に身を伏せて、主に牙を剥いた水流を回避する。
私の頭上をすれすれで通過していった《ティルカ》は、闘技場の壁に到達すると、そこに見事な細穴を開けてしまったのだった。
うわ……わかっていたけど、我ながら容赦ない威力だ。危なかった~。
「おい。よそ見してると死ぬぜ」
はっと気が付くと、すぐそこに魔像が迫っていた。
逃げようとするが、時間がない。
仕方なく、ほぼ伏せた状態のまま地面を蹴ったが、あまり勢いは付かず、転がるので精一杯だった。直後、私のいたところを魔像の足がさらっていく。
無様に転がり続ける私に、手で足でと畳み掛けるように連続攻撃が襲ってくる。対する私は避けるのに精一杯で、中々立ち上がることすらできない。
たまらず弱音を漏らした。
「ちょ、ちょっと待って!」
「勝負に待つもくそもあるかよ」
当然、攻撃は続行される。
隙を見てどうにか立つことだけはできたが、闘技場の壁際まで追いつめられてしまった。
炎の竜巻のときと対照的。今度は、逃げ場がなくなってしまったのは私の方だった。
大ピンチだ。
だがこの状況は、最大のチャンスでもあることに私は気付いた。
私は魔像をギリギリまで引きつけると、腕が迫ると同時、風魔法を使ってふわりと飛び上がった。
闘技場端の壁の上に乗り、そこから、まだ戻り切っていない魔像の腕の上に飛び移る。
そして、その場に両手をついた。
やることは、一つだ。
砂よ。元に戻れ!
《魔法解除》
魔力を流すと、砂の魔像はその形を維持できなくなって、崩れ去っていく。
観客から盛大な拍手が上がった。そのことに少し気分を良くする。
崩れゆく魔像からさっさと飛び降りたアーガスは、感心したように言った。
「解除するとは。本当にやるじゃないか」
「余裕の台詞、どうも。で、またあれをやるつもり?」
正直、またあれをやられると大変だ。でも今ので攻略法はわかったし、なんとかなるだろうとも思うけど。
アーガスは首を横に振った。
「いや、あれはまあ遊びみたいなもんだしな。観客に見栄えが良いだろ」
からからと笑う彼。
そう言えば、彼は結局魔像を使っている間に他の魔法はほとんど使わなかった。確実に使える上に、使えば私をもっと効率良く追いつめられたにもかかわらず。
そこでようやく、今まで遊ばれていたことに気付いた。
またむっとしてしまう。こっちは結構真面目にやってたんだぞ。
「本気って言わなかったっけ」
「少しだけって言っただろ」
「ちぇっ。嫌みな奴だな」
「あー、わかったよ。今度こそ本気だ。もっと凄いやつを見せてやるさ」
「へー、それは楽しみだね!」
軽口を叩きながら存分に戦うこの時間。
私は心の底から楽しかった。アーガスも本当に楽しそうな顔をしていた。
そんな空気が伝わったのか、会場のみんなもまた純粋に試合を楽しんでいる様子だった。熱くも清々しい雰囲気で満たされている。
アーガスの顔つきが、やや真剣なものに変わった。
「火、雷、水、風、土、氷、光、闇。代表的な八つの魔法の属性だ」
「それがどうしたんだ」
「ユウ。今からお前に、上位魔法の素敵な八重奏をお見舞いしてやろう」
私はごくりと息を呑んだ。
彼はさっき言った順番通りに上位魔法を次々と唱え、待機状態にさせていく。
まだ何も発現していない、各属性の特徴的な色を持ったシンプルな大球が、一つずつ現れていく。そこから魔法が飛び出すみたいだ。
その隙のない流れるような詠唱速度と、各属性魔法の完璧と言っても良いほどの精度に、私を含め会場の誰もが驚嘆していた。
《ボルアーク》
《デルバルト》
《ティルオーム》
《ファルヴァーン》
《ケルマスカ》
《ヒルオーム》
《アールリオン》
《キルベイル》
間もなく、上位魔法八属性の球が揃い踏みする。それらは、主であるアーガスの周りを取り囲むようにして、くるくると浮かんでいた。
その幻想的な光景に、不覚にも祭りの夜に灯る七色の魔法灯が思い起こされた。綺麗だなと思ってしまった。
しかし現実には、これらの魔法は見世物ではなく――いや、観客にとっては美しい見世物に違いないし、もしかしたら彼もそのつもりでやってるんだろうけど――恐ろしいことに、矛先は全て私に向いているのだった。
まさに、圧倒的。
いやいや。こんなの全部食らったら、間違いなく死んでしまうって!
背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
そんな私の焦りを汲み取ったのか、アーガスは憎らしいほどクールなスマイルを浮かべてこう言ってきたのだった。
「心配するな。途中で倒れたらちゃんと止めてやるからよ」
「やるしかないのか……」
「ああ。いくぜ!」
八つの絶望が、闘技場を埋め尽くすようにして迫る。
特にやばそうなのは何だ。見極めろ。
火傷してしまう《ボルアーク》、凍傷の危険がある《ヒルオーム》、打ち消し方がわからない光弾魔法《アールリオン》と闇魔法《キルベイル》だと咄嗟に判断する。この四つだけでも、なんとか避けなければならない。
となると、私のアンサーは。
まず、《ティルオーム》と《ボルアーク》を、それぞれ《ボルアーク》と《ヒルオーム》に放って打ち消した。そうするだけで、遠くから安全に打ち消すのは時間的に精一杯だった。
それから、《アールリオン》と《キルベイル》の向かって来る方向は、何とかこのスピードを生かして回避する。
これであと四つ。危なそうなのはどうにか捌いたが、もう余裕がない。
どうせすべては避けられない気がしたので、ならばと、私は一番大したことがなさそうな水流魔法《ティルオーム》に、《ラファルス》を放ちながらあえて突っ込んでいった。
《ラファルス》によって多少威力こそ軽減されるものの、あまりの水流の激しさに、意識を持って行かれそうになる。
そこに加えて、雷魔法《デルバルト》が襲来。
アリスとミリアも用いた、水と雷の相乗効果による、激しいショックが私を襲った。
「うあああああああああああああーーーー!」
だが二人による全力の合わせ技とは違い、二つともごく普通の上位魔法だったことが幸いした。威力があれほどではなかったのだ。
痛みに叫び、よろよろになりながらも、何とか力尽きて倒れることはなかった。水流を突き抜けることには成功した。
しかし、攻撃はまだ終わらない。
最後に残った二つ。猛風の刃《ファルヴァーン》と、巨大な岩《ケルマスカ》が、すぐそこまで迫っていた。
一介の風魔法好きとして、ここで《ファルヴァーン》に打ち負けるわけにはいかない。手慣れた最速の手順で、風と水の合成魔法を唱える。
行け!
《ハリケーン》
もちろんモデルは名前そのままだ。本物ほどの威力は全然ないけど、それでも強力な魔法の一つである。
《ハリケーン》が、二つの魔法とぶつかる。
面目躍如で、《ファルヴァーン》の方は見事に掻き消えてくれた。
けれども、巨大な質量を持つ《ケルマスカ》を削り切ることができない。
目前に、大岩が迫る。
私はそいつに激突して、激しく吹っ飛ばされた。咄嗟に受け身はとったものの、まるで車の交通事故にでも遭ったかのような衝撃が全身を襲う。
目まぐるしく景色は移り変わり、何度も砂地をバウンドして私は倒れ込んだ。
頭がくらくらする。身体中が軋むように痛い。
軽く血反吐が出た。少し中の方をやられてしまったらしい。
気がつくと、激しい魔法の応酬によって視界は著しく悪くなっていた。私たちの姿を確認できる者はほとんどいないだろう。
私もアーガスがどこにいるかわからなくなっていた。
だがそんなときは、特訓のときにミリアに教えてもらったこの魔法が役に立つ。
見通せ。
《アールカンバー》
光のベールが包むと、一気に視界が晴れ上がる。
するとアーガスの方も、何らかの方法で私のことを視認しているのか、しっかりと私の方を向いているのがわかった。
彼は自分で思い切りやっておきながら、かなり心配した様子で声をかけてきた。
「どうだ。もう無理そうか?」
「いや。まだだ。まだ、やれる……!」
イネア先生との過酷な修行が、私に痛みに耐える心と力を与えていた。
死にかけたことだって何度もある。それに比べればこのくらい……!
かなりダメージは大きいけれど、まだやれる。
ふらふらになりながらも、私はどうにか立ち上がった。
アーガスは、驚きと称賛のこもった声で言った。
「あれだけ食らってまだ立てるのか。本当に大したもんだ。実はな。さすがのオレも、今のはまあまあ魔力を使っちまった」
「え?」
驚きだった。
でもよく考えてみれば、上位魔法を八発も撃ったら、私だって魔力の大半を持っていかれてしまうだろうということにすぐ思い至る。
見た目こそ派手ではあったが、実際にはいくらかかわすこともでき、すべてに対処する必要がないさっきの彼の攻撃は、正直言って無駄が多かった。
魔力をたくさん使うことがわかっていながら、なぜそんな変な真似をしたんだろう?
その疑問は、彼がすぐに答えてくれた。
「いや、一度属性魔法たくさん使って周りを驚かせてみたくてな。少しカッコ付け過ぎたかな」
「おいてめえ」
私はお前のパフォーマンスの道具じゃないんだぞ。こら。
「だが、かなり本気ではあったぜ。これは嘘じゃない」
「そうかい」
悪びれもせずに弁解するアーガスを、私は内心呆れながらじと目で睨みつけた。
「それに、ちゃんと魔力は残してるさ」
「ふーん」
「……いや、悪かったよ」
「へえー」
私の不機嫌をありありと察したのか、彼はようやく向き合ってくれる気にはなったらしい。
「そうだな――よし。あれを耐えきったお前に敬意を表して、重力魔法を使ってやるよ。今のお前なら使っても大丈夫そうだからな」
その言葉を聞いて、単純な私は舞い上がった。
ついにアーガスが、重力魔法を使う。
試合前からそうさせることをずっと目標にしてきたのだから。
「今度こそ、本気の本気ってことでいいのかな」
「ああ。期待してくれ」
視界は未だ晴れず。
私たちの戦いは、次のステージに突入する。
「加重せよ。《グランセルビット》」
彼が宣言すると、私に強烈な重力がかかっていった。体重が何倍にも重くなったような気がする。
ぐ、重い……とても動けない。立てなくなりそうだ。
このままじゃまずい。
対抗しろ。反重力魔法。
《グランセルリビット》
すると多少はマシになったが、悲しいかな、魔法の影響を失くすにはほど遠い。
「ほう。だが無駄だぜ。お前に教えたそいつは、重力魔法と言っても初歩の初歩に過ぎない。そらよ」
彼が手をかざすと、さらに重力は強くなる。私の弱わっちい反重力魔法なんか、もはや焼け石に水だった。
「そして、こいつだ。《ボルケット・ダーラ》」
上から巨大な火の玉が、重力によって勢いを増しながら落ちてくる。
あれはまずい。
迎え撃ちたいけど、水じゃダメだ。重力のせいで、撃ったところですぐ下に落ちてしまう。
風、しかも軽いのをたくさんだ。それならなんとかなるかもしれない。
風の刃よ、蹴散らせ!
《ファルレンサー》
無数の風刃を生成する。それらが力を合わせて、一斉に火の球へぶつかっていった。
そして狙い通り、火の玉を細かく切り刻んで吹き飛ばすことに成功する。どうにか凌いだか。
だがそれだけでいっぱいいっぱいな私に対して、アーガスは余裕綽々に次の攻撃へ移ろうとしていた。
「へえ。なら、こいつはどうだ。引力よ。《グランセルロット》」
私の身体は宙に浮き、吸い寄せられるようにして彼に向かっていく。
「うわああああああ!」
「へっ。体勢が乱れたな。闇の一閃。《キルバッシュ》」
鋭利な漆黒の刃が、私目掛けて一直線に飛んでくる。このままでは直撃だ。
くそ、負けるか!
重力魔法って名前を聞いたときから、これくらいのことはされると予想していた。
この日のために用意した魔法がある。
初対面でアーガスとぶつかりそうになったとき、彼を避けようとして風を出したものの、ただ身体を横倒しにしてしまっただけのことがあった。
あのときの失敗からヒントを得て、考えた。自由の利かない空中でも、これなら。
《ファルスピン》
風を噴出することで、私は空中で巧みに身体を捻ってみせた。
彼の攻撃をわき腹に掠らせるだけに留め、相手の引力をも利用してさらに加速する。
「なに!?」
彼は、私の予想外の動きに驚いていた。
ピンチは転じて、チャンスと化す。
今度はそっちがくらえ。これも、お前のために用意した魔法だ!
絶対凍結領域。
《アブソリュートゼロ》
狙った場所をピンポイントかつ瞬間的に凍結させる、速攻魔法を炸裂させる。
「ちっ!」
アーガスは慌てて重力魔法を解除して、即座にその場から退避した。
だが、わずかに私の魔法の方が速い。
彼の身体の一部に、氷が貼り付く。
当たった箇所こそ致命的な部分ではなかったが、それでも彼に初めてダメージを与えたという事実には変わらない。
よし! やってやった!
私は達成感と、まだまだやってやるという気概に胸を満たしながら、アーガスを見つめた。散々やられ通してきただけに、してやったりの良い笑顔になっているかもしれない。
彼は身体に貼りついた氷のうち、剥がしても問題ない部分を剥がし始めた。彼はますます感心した様子だった。
「驚いたぜ。こんな隠し玉を持ってたんだな」
「まあね。アーガスの引き出しの多さほどじゃないけど」
彼は、心底楽しそうに笑った。
「いいねえ。ますます面白くなってきたぜ。まだまだオレを楽しませてくれよ」
「もちろん。力の残っている限りやってやるさ」
結構ふらふらで、魔力ももうあまり残ってなかったけど、体力の続く限りこの戦いを楽しんでいたい。
そんな風に思っていた。
「よし。次はこいつだ。斥力よ。《グランセルパー――」
ドオオオオオォォォン!
そのときだった。
突然、観客席の方で、とてつもなく大きな爆音が鳴り響いたのは――。
「えっ!?」
「なんだ!?」
アーガスは魔法を中断して、音が鳴った方へと振り向いた。
私もつられて一緒にそちらの方を見る。
まだ闘技場は、やや見通しの悪い状態のままだった。
だが、魔法で視界をクリアにしていた私たちには、はっきりとわかった。
わかってしまった。
観客席の一部が、抉れていた。
そこはもはや、私たちの試合を眺めるための場所ではなかった。
白熱した、楽しい空気に満ちた場所では、なくなっていた。
死体と血が散乱する、惨劇の現場と化していたんだ――。