フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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85「ユウ、エインアークスへ殴り込む 4」

「取引の話、というには物騒な構えだが?」

 

 あくまでボス、シルバリオは冷たく落ち着いた声色で指摘する。

 当然、いくら追い詰められているとはいえ、大組織のボスがガキ一人に舐められてはいけないという思惑があるのだろうけど。

 舐められてはいけないのは、こちらも同じことだ。

 暗に武器をしまえという言葉は、あえて無視した。

 

「単刀直入にいこう。要求は二つある」

 

 要求を無視されたことに対する動揺は、向こうにもない。最初から素直に聞くとは思っていないようだ。

 

「一つ、俺自身や俺に近しい者、及びその関係者に今後一切の手を出さないこと」

 

 絶対条件だ。みんなの無事と平穏。その確実な保証のために、わざわざここまでやって来たと言ってもいい。

 相手にとっても、決して理不尽な要求ではないはずだ。むしろ弱腰とさえ見られているかもしれない。

 シルバリオは、こちらを値踏みするように見据えながら頷いた。

 

「……なるほど。して、もう一つは」

「シズハの身柄はこちらで預からせてもらう。所属はそちらのままでいい。必要なら俺の行動を今まで通り監視し、連絡させてもいい。ただし、それ以外の命令権は俺によこしてくれ」

 

 これも譲れない条件だ。もちろん命令なんてするつもりはないけど。

 この場から俺が去った後、彼女が理不尽に責任を問われ、下手すれば裏切者として殺されることがないようにである。

 それに、この世界で彼女のような実力派の協力者は貴重だ。今みたいに、俺が行動している間に守りを任せたり。身一つではできないことも、彼女がいればできる。

 そしてこの要求も、こいつらにとって決して理不尽なものではない。いくら有能な人材であっても、組織の体裁として、裏切り者である彼女は何らかの形で処分するしかないだろう。

 殺すなり閉じ込めるなり追放するなりしかないところを、こちらが引き受けるというだけのことだ。それも、幹部クラスに裏切り者が出たという組織の不始末ではなく、取引で「仕方なく」という名目を保ち、俺の監視役という仕事まで持たせることもできる。

 俺が要求したいのはこの二つだけだ。十分に寛大な措置だと思うけど、どう答える。

 

「取引と言うからには、我々の見返りはあるのだろうな?」

「お前の部下で散々舐めた真似をしてくれた奴がいる。その件を不問にしよう」

 

 最初から返答は決まっていた。これで十分なはずだ。

 不問にしよう。

 敵一人味方ほぼなしのこの状況で、この言葉がどれほどの価値をもつか。

 わからない馬鹿じゃないはずだ。そう期待したい。

 

「それだけか?」

 

 ボスは、憤りがあるというよりは、確かめるように言った。

 

「それだけで十分だと思うけどね。そちらの被害は建物が少々、あと怪我人がそれなりに出たくらいだ。こちらも危うく友達を殺されかけたんだ。この辺で手打ちにしよう」

「……ふっふっふ」

 

 すると、ボスは笑い始めた。

 

「随分と甘い男だ。報告通りの奴だな」

「寛大だと言って欲しいね」

「確かにそうだな。まったく、恐るるに足らん」

 

 ――そう来たか。

 

「取引だと。笑わせるな。正義ごっこでもしに来たのか?」

 

 ボスは、嘲るように笑う。

 

「お前は誰一人として殺せていない。現に、そこのNo.1も息があるようだ」

 

 言われるかもしれないとは思っていた。

 確かに俺は甘い。そこを突かれ、交渉を有利に進められるか、跳ね付けられるか。

 最悪、逆に脅されるか。

 

「実力は認めよう。上手くしてやったのだろうが、お前の取引とやらには乗れないな。我々にも矜持というものがあるのでね」

 

 やり方が甘いと。どうせお前はこれ以上のことはできないと。だから首を縦に触れないと。この期に及んで足元を見るのか。

 くそったれめ。このまま舐められては、今後も何かと手を出されてしまう。

 ……やるしかないか。

 俺は心を固めた。

 

「そうか。よくわかったよ」

 

 気剣をスタンモードから通常モードへ。

 相手が認識するよりも速く、懐に飛び込む。

 

 そして――彼の右腕の、手首より先を容赦なく斬り飛ばした。

 

 彼がふんぞり返っていた椅子の前に、手首がボトリと落ちて無残に転がる。

 一瞬何が起きているのか認識できていなかった彼は、突然走ったと思われる激痛に腕を押さえて、苦痛に顔を歪めた。

 手は緩めない。彼の首に気剣を押し当てて、正面から脅しつけるように、低いトーンで告げた。

 

「俺がただの甘い奴だと。そう思っているのなら考えを改めるべきだ」

 

 そこまでやると、さすがにシルバリオの顔色が変わった。

 お付きの女性二人が悲鳴を上げて、助けを呼ぼうとする。

 一喝した。

 

「動くな! 黙っていろ!」

 

 びくんと肩を震わせて。二人は押し黙る。これで邪魔はなくなった。

 くそ。こんなことしたくなかったけど。

 一度始めたからには、最後までやり通さないといけない。

 努めて声色を冷たく、顔に感情を出さないように意識する。

 

「助けは来ない。来ても倒す。早く止血しないと命に関わるぞ。どうする。シルバリオ」

「くそ、お前……!」

「俺がどうして殺さなかったのか。ただ必要がなかったと、なぜ思わない?」

 

 痛みに苦しみながら、ボスはようやく己の過ちに気付いたらしい。顔色が青くなり、『心の世界』は後悔の感情を受け取る。

 そうだ。殺さなかったという事実が重要じゃないんだ。

 殺すも殺さないも、俺は選べた。それほどの差があるという事実が重要なんだ。

 その気にさせたら終わりなんだよ。お前たちは。

 

「もう少し、話のわかる相手だと思っていたよ」

 

 さらに気剣を近づける。首の薄皮が切れて、小さく血の筋を作った。あとほんの少し力を込めるだけで、頸動脈が切れる。

 そうして、よく言い聞かせるように耳元ではっきりと言った。

 

「必要なら殺るぞ。俺は」

 

 これは……本心だ。

 俺だってもう子供じゃない。なくなってしまった。

 殺すべき相手というのは、残念ながらいる。

 改心の余地が全くない奴。生かせばさらなる被害をもたらすと確信できる奴。

 そういうどうしようもない奴をみすみす生かしておけば……今までもそうだった。いつか手痛いしっぺ返しを食らう。

 本当に守りたい人たちを守れないかもしれない。守れなかったこともある。

 もし放っておいて、リクやハルやシェリーや、シズハの命が危険に晒されるなら。

 殺すしかない。大切なものはわきまえているつもりだ。

 だから、テストさせてもらうよ。

 お前は生かすに足る人間か。話し合うに足る人間か。

 

「俺はいつでもお前たちを殺せる。どんな奴が来ても、どんな手で仕掛けてこようとも。よくわかったはずだ。俺の命を取ろうとすれば、みんなの平穏を乱そうとすれば、安くないぞ」

「くっ……」

「それに、取引を突っぱねて何になる? 得られるものは安いプライドと満足感だけだ。何の意義もない、何の価値にもならないことのために、みすみす部下を大量に死なせる羽目になってもいいのか?」

 

 そこまで言い聞かせると、さすがに彼も考えたのか、押し黙った。

 元々、俺の甘さを前提にした戦略だった。その前提が崩れた以上、この男に勝算はない。

 冷静に計算を働かせていることだろう。続ける。

 

「今から全員始末してやってもいいんだぞ。見ていただろう。俺には不思議な力があるんだ。どこへ行っても、逃げられると思うなよ」

 

 左手に気を集めて、掌を彼の胸に叩き込む。苦しむのも構わず、相手の心臓に気を浸透させる。

 これでマーキングされた。

 いつどこに逃げても、仕込んだ気が残っている限りは追跡ができる。

 気の扱いを知らなければ、解除はできない。数カ月は消えないだろう。

 

「そんな俺が、不問にすると。条件を呑めば手を出さないと言ってるんだ。何なら、手を貸せそうな分野ならいくらか協力してあげてもいい。夢想病は、お前たちも手を焼いているんだろう?」

 

 ダメ押しとばかりに、残しておいたカードを切る。ここで納得してもらわないと、待っているのは決裂と死だ。

 現時点で全世界の数千人に一人が罹患している不治の病。エインアークスの構成員やその家族親類も、例外ではないだろう。労働力の低下や意欲の低下など、深刻な問題になっているはずだ。

 何とかしようとして、必ず調べているはず。俺としても、バックアップが得られるなら助かる。

 

「下らないプライドや見栄のために、お前の命を含めて、全てを失うつもりか。よく考えろ」

「……随分と、言ってくれるじゃないか」

 

 若きボスは、精一杯の余裕を演出しようと口の端を吊り上げた。だが、額に滲む油汗が余裕のなさを如実に示している。

 最後の一押しだ。

 

「お前がもし、この程度の計算もできないような無能なら――潰す。こんな組織は潰してやる。その方が世のためだ」

 

 首だけを挿げ替えて、話の分かる奴に聞いてもらう。実際はその辺りが現実的な落としどころだろうけど……。

 ここは強い言葉で言い切った。その方が相手に与える印象が強い。

 

「もう言わない。最後だ。よく考えて返答しろ」

 

 気剣を首から外す。椅子に突き放して、白い剣先を突きつける。ずっと睨みは向けたままだ。

 シルバリオは、大きく疲れたように溜息を吐いた。

 そして、とうとう観念してくれた。

 

「わかった。私の負けだ……。あなたの要求を全面的に呑もう」

「懸命な判断に感謝するよ。脅すような真似をしてすまなかったね」

 

 気剣をしまって、初めて笑顔を見せた。

 俺の笑顔は、どうも警戒心を解きやすいみたいで。ボスもどこか安堵したような表情を浮かべる。それを見て、やはり彼も組織を背負っているけれども、人間なんだなと思った。

 これまでとは打って変わり、高圧的な態度は失せていた。

 今はただ真摯な表情を見せている。もしかすると、こちらが本来の彼のキャラクターなのかもしれないな。

 

「ただし、一つだけ。約束通り、我々に協力してもらいたいことがある」

「内容によるけど、聞こうか」

 

 シルバリオは頷いて、続けた。

 

「我々も夢想病に苦しめられているのは確かなのだ。あなたがNO.9――シズハ共々調査に協力してくれるなら、これほど心強いことはない」

「わかった。可能な範囲で協力させてもらうよ」

 

 シズハとの夢想病調査部結成というわけか。これで俺にもシズハにも利用価値が生まれたから、余計な手を出される危険はぐっと下がるだろう。

 理想的な結果だな。

 

「ありがたい。それから数々の無礼、お詫び申し上げたい。私も立場上、簡単に頭を下げるわけにはいかなかったのです」

 

 うやうやしい態度で、深く頭を下げた。

 なるほど。大組織のボスに相応しい度量はあるようだ。

 

「理解してるよ。そのために少々手荒いこともしてしまったけど」

 

 シルバリオは、今にも倒れそうなくらい血の気が引いていた。よく我慢して喋ったものだ。

 まあここまでやっておけば、彼も申し訳が立つだろう。

 斬り落とした手首をすぐに拾って、気による治療でくっつけることにした。地味にくっつけやすい斬り方をしていたのは内緒だ。

 彼は最初驚いていたが、俺に不思議な力があることを思い出したのか、何も言ってはこなかった。

 繋がった手で、改めて握手を交わした。

 これにて一件落着。最悪の結果にならなくて本当によかったよ。

 

 まあ、殺さないといけない奴もいる。確かにいる。

 じゃあだからって、敵はみんな殺してしまえばいいのか。ただ容赦なくやっつけてしまえばいいのか。

 それも違うと思う。殺さずに済むなら殺さなくていい。甘くたっていいと思う。

 いや、できれば甘くありたいんだ。優しいことの方が少ない世界で、俺くらいは。

 できるならみんなが平和に過ごせる道を探すこと。どんなときもよいやり方を探し続けること。

 正直楽じゃない道のりだ。悩んで考えて、きっと毎回答えは違うだろう。出した答えが正しいとも限らないし、後悔することもあるだろう。

 それでも考え続け、時に選び行動することが大切なんだ。そこから逃げてはいけないと思う。

 思考放棄の正義もまた悪に違いない。傷付けなくてもいい人たちまで傷付けてしまうから。

 けど、きっと許されない種類の甘さもあって。それも思考放棄みたいなもので。

 上手く言い表しにくいけど、たぶんそういうことなんだ。

 

『お疲れ様』

『ふう。今日は本当に疲れたよ』

 

 精神的にも肉体的にも。やりたくないこともやったしな。

 

『シズハに連絡入れたら、一回帰っておいで。フォートアイランドシチュー作って待ってるから』

『ほんとか。やった。あれ美味しいもんな』

 

 シズハに電話をかける。無事解決した旨を伝えると、若干引き気味だったけど喜んでくれた。

 あと面白い発見。電話だと、若干キャラがシルヴィア寄りになるらしい。

 それから、知らないうちに随分ハルと仲良くなってたみたいだ。途中でハルに変わって楽しそうに話してくれたから、すぐわかった。

 二人の声を聞いて、何というか。安心して、肩の力が抜けた。

 守れた。よかった……。

 温かい実感と心地良い疲労を感じながら、ユイの元へ帰った。


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