フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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88「ユウ、シズハに説教を食らう」

 命からがらの激しい追いかけっこの末。

 俺は、怒り冷めやらぬシズハの前に正座させられていた。

 

「……反省」

「誠に申し訳ございませんでした!」

 

 深々と頭を下げる。

 刀を手にしたままの彼女の前でこれをやると、打ち首を晒しているみたいでぞっとするよ。

 

「…………」

 

 重たい沈黙が続く。

 何を考えているのだろうか。おしおきでもするつもりなのかな。

 あんまり無言のままなので、だんだん息が詰まってきた。

 恐る恐る首だけを持ち上げて様子を窺ってみる。

 

「あの、シズハさん……?」

「じろ。まだいい、言ってない」

「ははあっ!」

 

 また全力でひれ伏す。なんだかそうしないといけない凄みが今の彼女にはあった。

 身の凍えるような思いをしながらじっと耐えていると。

 長い長い沈黙の末、彼女はぽつりと尋ねてきた。

 

「どうやって」

「はい?」

「入ってきた。あそこ……私の隠れ家。お前、知らない、はず」

「えーと。それは、なんて言ったらいいのかな」

 

 どう説明したものかと思いながら、ある方(もう一人のあなたのことだが)の手引きで飛んできたということをなるべく誠実に、正直に話した。

 苦し紛れの嘘だと思われても仕方のないことだけど、何もないところからいきなり現れた事実を彼女も目の当たりにしているわけで。とにかく信じてもらうしかない。

 もっと怒られるかと覚悟していたが、思ったほどではなかった。

 シズハは怖い顔で睨みは利かせていたものの、俺の言い訳を黙って聞いてくれた。

 そして難しい顔で考えて、言った。

 

「以前。何度か、見た。突然……消えたこと、あった。後、追えなかった。それか?」

「うん。うん。たぶんそれ」

「不思議な、やつ……」

 

 俺からすると君も十分不思議だけどね。まあさすがに俺の方が色々おかしいという自覚はもうあるけど。

 はたと何かに思い至ったような顔をシズハはした。

 

「不可抗力。そう、言いたい……のか?」

「そう! そうなんだよ! 来てみるまで相手が何してるかなんて、全然わからなくってさ!」

 

 ここが勝負どころだと判断する。

 身振り手振りを大袈裟に、何でもいいから仕方なかったと思ってもらわないと。本当のことではあるし。

 

「リクのところにも行ったことあるんだけど、そのときもあいつがトイレ中でね。大変――」

「待て。その話、詳しく」

「あ。はい」

 

 彼女は懐から黒い革の手帳を取り出した。心なしか鼻息も荒い。

 そして開口一番「どうだった?」と尋ねてくるのには、苦笑いするしかなかった。

 やっぱり見たいものは見たい系女子なんだね。シルヴィアの一面発見。

 話せという圧力がすごい。怒りの矛先が向いていたのが、リクへの興味に逸れていくのを感じる。

 リク。悪いな。俺は保身のために君を売ることにしたよ。

 今度ハンバーグ作ってあげるから許して。

 彼女はこちらが述べた情報を片っ端からメモ書きしていく。

 もしかしてあれ、リク専用手帳だったりするのだろうか。聞いたら怒られそうだったのでやめておく。

 たっぷり事情聴取を終えると、シズは満足した顔で手帳を閉じた。

 

「おいしかった」

「ご満悦されたみたいで」

「リク。かわいい」

 

 ほくほく顔のシズハさん。

 小さいことも話しました。話させられました。むしろハイライト。

 こうしてみると、やっぱりリクのことが好きなんだな。

 よし。何だかこのままスルーされそうな雰囲気になってきたぞ。

 

「お前。今、こっそり許して、もらおう……顔した、な?」

「うっ。どうしてわかったの?」

「顔。わかりやすい」

 

 俺ってそんなにわかりやすいのか。

 ……まあ色んな人に見抜かれてきた実績があるね。

 ポーカーフェイス気を付ければ大丈夫なはずだけど、いつも気を張ってるのは疲れるからな。

 

「でもどうして、不可抗力だなんて思ってくれたんだ。そこは何も言わなかったのに」

「ん。お前すごく、馴れ馴れしい。でも……良識は、ある。と思う……」

「そっか。そんな風に思ってくれてたんだ。じゃあ」

「見られたことに……変わりは、ない」

 

 厳しいじと目を向けられる。おっしゃる通りで。

 

「それに……じろじろ、見てた」

「あ、はは。それは、君があまり綺麗なもので。つい」

「……やめろ。恥ずかしい」

 

 彼女は虚を衝かれたのか顔を紅く染めて、そっぽを向いた。

 そんなシズハさんであるが、実は今もバスタオル一枚巻いているだけの立ち姿だったりする。

 見られたのはともかく、その姿で追いかけるのは恥ずかしくなかったのだろうか。

 ……というのも尋ねたら追いかけっこが再燃してしまいそうなので、置いておこう。

 

「一回、だけだ」

「はい」

 

 大事なことを言いそうなので、きちんと正座し直す。

 

「一回、助けられた。恩は、恩。だから」

 

 シズハさんは呆れたように嘆息して、判決を下した。

 

「一回だけ。殺したことにして、やる」

 

 おお! やった! なんて寛大な措置なんだ!

 やっぱり優しいところあるんだな。

 

「ありがとう! シズちゃん!」

「シズちゃんって……言うな……!」

 

 照れ隠しで、鋭い斬撃が一発飛んできた。

 この人、恥ずかしがってるときの方が強い説あるな。

 

「汗、かいた。シャワー。入り直す」

 

 彼女は淡々と言って、それからまたじと目を向けてきた。

 

「今度見たら……百回、殺す」

「見ないよ。見ないとも」

 

 と言いながら、また世界移動した際に入浴中に出くわしてしまったらどうしようもないなとも思う。

 後でそれとなくいつもの風呂の時間を聞いて、その時間は避けるようにしよう。

 

「そうだ。俺も君の後で入っていいかな。べとべとで」

「ん。でも、タオル、シャンプー。使うな。自分の……あるか?」

「大丈夫。マイタオルとシャンプーはあるから」

 

『心の世界』に絶賛常備中だ。

 

「なら……いい」

 

 バスルームへ入っていく彼女を見送った。

 

「はあ~」

 

 気が抜けた。腰が抜けそうだよ。

 あんなにしつこく追いかけられたの、リルナ以来かもしれない。

 久々に泣きたくなったよ。

 

『ふふ。災難だったね』

『君はずっと笑って見てたよな。人ごとみたいに』

『だって人ごとだもん』

『ひどいなあ。同じ身体を分け合った身じゃないか』

『まあ許してくれてよかったね』

『よかったよ。死ぬかと思った』

 

 正直このまま寝たい。

 

 

 ***

 

 

 シズに続いて、俺もシャワーに入る。

 出て来ると、彼女はソファーで足を伸ばしてくつろいでいた。

 しかも水色の可愛らしいムルちゃんパジャマに着替えている。戦争だな。

 冗談はさておき、シズもちゃんと女の子してるんだなと思う。

 

「シャワーどうもね」

「ん」

 

 逃げているときは余裕がなかったけど、改めて見回してみる。

 裏家業は儲かるのか、隠れ家というには立派な部屋で。中々良い暮らしをしているようだ。

 上品な部屋の置き物からもそれは覗える。

 ああ。そう言えば本題があるんだった。

 シズが知っているかどうかはわからないけど。シルバリオとの交渉で、今彼女の身柄は俺が預かることになっている。

 言うなれば、彼女は仕事仲間だ。図らずも裸の付き合いとなってしまったが。

 今後のことを話し合わないといけないんだけど……今日は疲れちゃったな。明日にしよう。

 

「君とは色々と話すことがあったんだけど、今日はもう疲れたよな」

「自業自得、だ」

「はは。そうだね。じゃあ俺はこのくらいで。明日、いいかな?」

「……わかった。でも……待て。この辺り……宿、ない」

「そうなのか」

 

 それはちょっと困ったな。どうしようか。

 

「このソファー、貸してやる。ありがたく……思え」

「ありがとう。優しいんだね」

「……ん。お前、話してると……調子、狂う」

 

 具体的に何を指してるのかわからないけど、彼女は呆れたようにそう言った。

 

「調子狂うって言うとね。思ったんだけどさ。そのぼそっとした話し方、どうしてなんだ」

「私、感情……抑える。訓練、続けてきた。その……副作用?」

 

 自分でも疑問形なのか。

 まあ変なところで拗らせちゃったってのはあるだろうな。

 

「でもほら。シルヴィアのときはあんなに平気で話せるじゃないか」

「あれ、外向き……キャラクター。私の、中にある……部分。不思議……」

「リアルだとあんな風に話せないの?」

「自己暗示……かければ。何とか」

「おお。いけるのか」

 

 興味あるなそれ。話しやすいことは間違いないし。

 いや、このままじゃダメだってわけじゃないけど。

 

「マインドセット……というやつ、だ。技術」

 

 シズハは胸を張り、どこか得意顔だった。乗せたらやってくれそうな雰囲気だ。

 ここは一つお願いしてみようか。話し合いもスムーズにいくだろうし。

 

「ちょっとやってみてもらってもいいかな」

「わかった。でも……明日、だ」

「そうだね。今日はもう遅いしね」

「ん」

 

 するとシズハはもそもそと座る位置をずらして、言った。

 

「隣……座れ」

「え。いいのか」

「いい。座れ」

 

 もしかして。ずっと立たせるのは偲びないと気を使ってくれたのかな。

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 座らせていただく。お、いい椅子だやっぱり。

 彼女がもう話したくなさそうな気怠い表情を浮かべているので、そのまま黙っていることにした。

 元々寡黙なのにこっちがどんどん声をかけて、疲れただろうしね。申し訳ない。

 悪い沈黙ではなかった。むしろ椅子の心地良さでリラックスできて、のんびりした時間を楽しめている。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……ありがと」

「デレた!?」

「……デレてない」

「デレたよね」

「……デレてない」

 

 デレシズハさんも頂き、微妙に距離が近くなったかもしれない。そんな一日だった。

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