フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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22「星屑祭三日目 コロシアム襲撃 アーガスの意地とユウの覚悟」

 周囲は阿鼻叫喚し、もはや試合どころではなくなっていた。

 観客席に紛れ込んでいた何者かたちが、一斉に剣を取り出し、あるいは魔法を使い始め、次々と人々に襲いかかっていく。

 逃げ惑う者。泣き叫ぶ者。恐怖で我を失う者。誰かを殺された怒りに狂う者。

 血飛沫が至る所で飛び散り、断末魔があちこちから聞こえてくる。

 

「あ、あ……」

 

 目を覆いたくなるほどの惨状に、私はショックから放心してその場を動けなくなってしまっていた。

 一人だけ、どうやら格の違う男がいた。そいつはオレンジ色の髪をしていて、がたいが良く、全身からギラギラしたオーラを放っていた。おそらく魔法による大爆発を次々と起こし、逃げ惑う人々を蟻を潰すように容易く殺していった。

 その様子に躊躇などまったく感じられない。むしろ至極楽しそうにやっていた。まるで悪魔のようだった。

 ひどい。ひどすぎる……!

 あまりに理不尽で惨たらしい殺戮に、恐怖や驚愕を通り越して、段々と怒りを感じ始めていた。

 

「――い、おい、ユウ!」

 

 アーガスの声に、心を呼び戻される。

 

「しっかりしろ! オレたちだって、狙われてるんだぞ!」

「あ、うん……」

 

 我に返った私の様子にほっとした顔を見せた彼は、辺りを見回すと歯をぎりぎりと食いしばって怒りを滲ませた。

 

「誰だか知らないが、酷いことをする……!」

「本当だよ! なぜこんなことを……!」

「まったくだ。それにやり方が狡いぜ。奴らはおそらく、有力な選手が邪魔になるからって、オレたちが試合で消耗するこのときを待ってやがったんだ!」

「くそっ! なんだよそれ!」

 

 私は怒りに打ち震えた。

 そんな私の目を見つめながら、アーガスは言った。

 

「ユウ。オレは被害を抑えるために、奴らをできるだけぶっ倒してくる」

「私も手伝うよ。こんなの見てられない!」

 

 ところが、彼は同行を認めてくれなかった。

 

「いや。お前はダメージが大きい。早く外へ逃げろ。奴らとは、オレ一人でやる」

「何言ってんだよ。一人じゃ危険だ。私も行くよ!」

 

 必死に頼むが、彼は頑として首を縦に振らない。

 

「ダメだ。ふらふらのお前じゃ、かえって足手まといになるだけだ」

「けど!」

 

 アーガスだって魔力を相当使ってるし、ダメージだってまったくないわけじゃない。一人に任せてもしものことがあればと思うと、どうしても心配だった。

 それに、私だってまだまだちゃんと戦える。あのまま試合を続けられた程度には。私が立派な戦力になることくらい、彼だってわかってるはずなんだ。

 なのに。どうして。

 

「大丈夫だ。オレの強さはよく知ってるだろ?」

「それは、もちろんだけど……」

「だろ? それに、すぐに魔法隊の応援も来るさ。いいからここは任せとけ」

 

 そう言って、彼は私に背中を向けた。

 どうしても納得できなくて、肩に手をかけて引き止めようとする。

 けれど、彼の頼り甲斐のある大きな背中を目にしたとき、私はふと彼の気持ちがわかったような気がした。

 伸ばそうとしていた手が、止まる。

 男は背中で語ると言うけれど、何も語らぬその背中が、何よりも雄弁に彼の本心を語ってくれた。

 それはきっと、自分が男で、目の前の人が女だったならそうするだろうという単純な答え。だけど、私が女に染まっていたがゆえに、中々気付けなかったことだった。

 アーガスは、私に気を遣ってカッコつけてるんだ。私の怒りもわかっていて、けれど女の私に危険な真似はさせたくないと。だから一人で私の気持ちの分まで背負ってやると、そう言ってるんだ。

 その意地を無下にしてしまうことは、彼の矜持に泥を塗ってしまうことになる。

 ここは彼の強さを信じよう。そう思った。

 

「わかったよ。でも、気をつけてね」

「おう」

 

 彼は振り返ることなく静かな声で返事をした。そして全力の《ファルスピード》を自身にかけると、最も敵の多い場所へと一直線に向かっていったのだった。

 

 私もさっさと逃げよう。 

 そう考えて動き出そうとしたところで――はっとした。

 突然の事件に混乱して、何よりも大事なことが頭からすっかり抜け落ちていたことに気付いたのだ。

 

「そうだ! アリスは!? アリスは、どこにいるんだ!?」

 

 慌てて、彼女がいたはずの場所に目を向ける。

 そこは――既に瓦礫と血に塗れた場所と化していた。

 まさか。アリスは、ここで――。

 嫌な想像をしてぞっとするが、すぐにそんな考えなんて頭から振り払う。

 いや。まだそうと決まったわけじゃない。

 彼女なら、きっと無事なはずだ。

 とにかく、早く探さないと!

 必死になって観客席に目を凝らし、彼女の姿を探す。

 私がこんなに焦っているのには、理由があった。

 今のアリスは、まったく魔法が使えない。だからもし敵に襲われでもしたら、彼女に対抗する術はないんだ。

 

「ユウーーー! どこにいるのーー!?」

 

 そのとき、背後からかすかに彼女の声が聞こえたような気がした。

 振り向くと、遠くの方に私を呼ぶアリスの姿が映った。

 よかった……無事だった。

 ひとまず胸を撫で下ろす。

 どうやら私のことを心配して、闘技場の中に降りてきていたみたいだ。

 

 だが、ほっとしたのもつかの間。

 私は愕然とする。

 アリスの背後から、何者かが襲いかかろうとしているのが見えた。

 しかもアリスの方はまだ、気付いてすらいない!

 

「アリスーーーーーーーーー!」

 

 私はありったけの声で叫んだ。

 

「あ、ユウーー! よかった! 無事だったのね!」

 

 こちらに気付いて呑気な声を上げた彼女に対し、精一杯の声を張り上げる。

 

「後ろだーーーー! 逃げろーーーーーーーーー!」

 

 言われたアリスが、慌てて振り向く。やっと自分が狙われていることに気が付いた。

 敵は既に、彼女のすぐそこまで迫っていた。

 アリスが必死の形相で、こちらに向かって走ってくる。

 敵は彼女を追いかけながら、攻撃魔法を使おうとしていた。

 どうやら闇魔法のようだった。しかも、見たこともない発動様式だ。

 私は焦りを感じた。

 くそっ! あの魔法の正体がわからない。打ち消し方がわからない!

 さらに、迸る魔力の量から、それがかなり強力なものであることが予想された。

 

 やめろ……やめてくれ……。

 アリスは今、魔法への抵抗力がなくなってるんだ。

 なのに、あんなもの食らったら――。

 最悪の予感がした私は、ふらつく身体に鞭打って、全開の《ファルスピード》をかける。

 そしてすぐに、アリスに向かって全速力で走り出した。

 私が! 助けないと! アリスが、危ない!

 

 だが、現実は残酷だった。

 あまりにも時間が足りない。彼女までの距離が、果てしなく遠い。

 もはや敵の魔法は発動直前だった。

 まもなくそれは、彼女に容赦なく襲いかかるだろう。

 そして、彼女は――。

 手足が千切れたって構わない。心臓が破れてしまっても構わない。それほど懸命に走った。

 それでも、あまりにも遠い。手が届かない。

 ダメだ! 速さが、足りない!

 アリスが――。

 このままじゃアリスが、殺されてしまう!

 

 絶望に身をもがれそうになったとき。

 一筋の光明が浮かんだ。

 そうだ。

 

 変身すれば。

 

 今すぐ男になって、全開で気力強化をかければ、間に合うかもしれない。

 でも。

 ここでそんなことしたら、誰に正体がばれるか――。

 いや――。

 私はそんな下らない保身の気持ちなど、即座に切り捨てた。

 構うもんか! そんなこと、アリスの命に比べたら、ずっとずっと些細なことだ!

 今、この変身能力を使わずに、いつ使うんだ。

 イネア先生と築いたこの力を、いつ使うんだ!

 アリスを殺させはしない。絶対に助けてみせる!

 

 変身!

 

 一瞬、全身に電流が流れるような感覚が走る。それと同時に服が換装され、ほんの少し目線が高くなった。

 

《身体能力強化》!

 

 俺はすぐさま身体能力を限界まで強化し、女のときよりもさらにぐんと加速した。

 敵の魔法が発動する。それはブラックホールのように、周りのあらゆるものを吸い込みながら、逃げるアリスへと迫っていた。

 間に合え!

 持てる限りの最速で、魔法が彼女を飲み込むよりも一足早くアリスの元へと到達する。

 変化した俺の姿を見て、彼女はひどく驚いた顔をしていた。

 構わず、即座に抱きかかえる。急いで横へと蹴り飛ぶ。

 直後、敵の魔法は、俺とアリスがいた場所を、周りの砂地ごとごっそりと抉っていった。

 着地すると、俺は抱えていた彼女の無事を確認して、心の底から安堵した。

 

「よかった……。間に合ったっ!」

「ユウ……。あなた……」

 

 アリスは驚きで目を見開いていた。何がどうなってるのかわからないという様子だった。

 そんな彼女に、俺はついに真実を告げる。

 

「今まで黙ってて、ごめん。実は俺も、あのユウと同じユウなんだ」

 

 だがどうも、こんなたった一言では要領を得なかったらしい。

 彼女は首を傾げている。それはそうだよね……。

 

「え……。それって、どういうこと……なの?」

「説明したいけど、今は時間がない。後でちゃんと話すから。とりあえずここで待ってて欲しい」

 

 それだけ言って、彼女をそっと地面に降ろす。

 アリスは少し考え込む素振りを見せてから、渋々といった感じで頷いた。

 

「わかった。でも後できっちり説明してね!」

「もちろん」

 

 それからアリスは、なぜかほんの少しだけ顔を赤らめた。

 

「あ、あと、ありがとう。助かったわ」

「うん」

 

 さてと。

 俺は振り返ると、左手に気剣を作り出した。

 それは白く、生命力の輝きを放っている。

 刃を向ける先は当然、大切な友達の命を脅かしてくれた野郎だ。

 

「おい、お前。アリスに手を出して、無事で済むと思うなよ」


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