「「ハッピーバースデートゥーユー!」」
「へ?」
えっと。なに? みんなして。
あ、そうか。そうだった。
俺、誕生日だったんだ。そう言えば。
ユイから「緊急の用があるからすぐに帰ってきて」と連絡があって。何だろうと身構えて帰ってみたら。
そういうことか。
ユイに、レンクスに、ジルフさんに、エーナさんに、ミティのいつものメンバー。だけじゃなくて、ランドにシルヴィアにレオンに、ワンディ、受付のお姉さん、まだまだたくさん。
店いっぱいに顔なじみが揃っている。
そしてみんな、俺に笑顔を向けていて。
「「ハッピーバースデートゥーユー!」」
お馴染みの歌が、懐かしい歌が続く。
もちろんこの世界に存在する歌ではない。
大方、この歌が地球の風習だと知っているユイかレンクス辺りが、気を利かせてみんなに教えてくれたんだろう。
憎いことしてくれるよ。ほんと。
「「ハッピバースデーディアユウ!」」
はは。ここ、前から思うんだけど、ユウじゃ繰り返しみたいだよね。
「「ハッピーバースデートゥーユー!」」
「「二十六歳お誕生日おめでとう!」」「ですぅ!」
受付のお姉さんが、盛大にクラッカーを打ち鳴らす。
温かい拍手が、場内を包んだ。
「ありがとう。こんなみんなに誕生日祝ってもらったの、初めてだよ」
やばい。ちょっと泣きそうだ。
祝ってもらったこと自体、地球にいたとき以来だよ。
最後は、ミライとヒカリとだったっけ。
ささやかに。あれも良い思い出だったけど、昔のことで。
まあアリスたちだったら、普通に祝ってくれそうだったけど。
でも完全記憶能力をまともに使い始めたのがサークリスを去ってからだから、大体の感覚はあっても、いつが誕生日なのかわからなかったんだよね。それで自然とお流れに。
だから何というか。もう祝われることもないだろうって思ってたから。
ああ……思ったより効くなあ、これ。
「やーい。泣きそうになってんぞ」
レンクスにからかわれた。
「い、いや、別に。嬉しかっただけだよ」
もう子供じゃないんだし。さすがに泣かないって。ただ不意を打たれただけだから。
でも強がっていると受け取られて、みんなからは生暖かい目を向けられてしまった。
「いやしかし、ほんと二十六には見えねえよなあ」
「「うんうん」」
ランドの正直な感想に、満場一致で頷かれてしまう。
まあ俺も自分がこれで二十六って、変な感じ満載だけどさ。母さんのようなカッコいい大人にはなれそうもないかな。
「ただ、ここぞというときの頼もしさというか。やっぱり私より年上なのよねえ」
続くシルヴィアの言葉にも、賛同の反応が多かった。
よかった。少しは成長できていたか。見た目こんなでも、らしくはなってたみたいだ。
ユイがウインクして、微笑みかけてくる。
「ケーキもちゃんと用意してあるからね」
「ほんとか」
「しかも、特大サイズですよぉ! 私たちが腕によりをかけて作りました!」
「私もちょっとだけ手伝ったわよ!」
ミティとエーナさんが、誇らしげに胸を張る。結構頑張ってくれたみたいだ。
さあどんなものかと、人々の期待の高まる中。
ポンッ!
得意のマジック演出で、何もないところからわっとケーキが現れた。
「「おおー」」
うわあ。本当に、大きいな。
それに驚いた。すごい力作が飛び出してきたぞ。
白地の上に、色も形もとりどりのデコレーションが一見まとまりもなく散らばっている。
しかしテーマは、ここにいるみんなにとって明らかだった。
レジンバーク。
躍る人の砂糖菓子が。入り組んだ坂を表すチョコレートが。弾ける飴細工が。それらのまとまりのなさが、かえって賑やかさとして映る。
今この場において、この上ない傑作だ。心からそう思う。
そして、とても一人では食べ切れない。最初からみんなで分かち合うために用意されたものだ。
多くの来客を見越していなければ、作ることはできない。
実際、こうしてたくさんの人が集まってくれたわけで。
別に何かありがたい記念日ってわけじゃない。
ただの誕生日なのにさ。よく来てくれたよ。みんな。
「あの。みんな……その」
ダメだ。胸が詰まって、まともな声にならないよ。
唾を呑む。ここで泣いたら、今度こそ笑われてしまうな。
「せっかくだから、俺に切らせてくれないかな。みんなの分を」
どうにか糸口を見つけて、笑顔で言葉を絞り出した。
全員一致で、頷いてくれて。
せっかくだからパフォーマンス気味にと、気剣を軽やかに抜き去って。一丁前に構えてみる。
周りからも、気持ちの良い歓声が上がって。
そこで、やや離れた位置からにこにこと俺を見つめる相棒の姿が、目に留まった。
やっぱり、このままじゃ勿体ないな。
そう思った。
『なあ。君も俺と一緒なんだから、誕生日一緒に祝ってもらわないか。俺だけじゃ悪いよ』
『ふふ。誰が企画したと思ってるの?』
知ってるよ。もちろん君しかいない。
俺が生まれてからの時間を正確に知っているのは。もう君だけだ。
『それに……私の生まれた日って実はあんまり正確じゃないんだよね。気が付くとあなたの中にいた感じだし』
『君は、俺が助けを求めたあのときに生まれたとばかり』
『そうだって思ってるだけ。実はね。確信はないんだ。この肉体だって、本当はいつの間にかあったし』
『君が生まれるより、もっと前にあった?』
『うん。私がはっきり意識を持つようになった頃には、既にあったよ。おあつらえむきだったし、私のために創ってくれたんだと思ったけどね』
『そっか……。でもよく考えたら、肉体を一から創るってすごいよな。子供の俺』
大袈裟に言わなくても、子供を産むでもなく一つの命を創ってしまったってことだよな。今とてもそんな真似ができるとは思えないんだけど。
『子供ってすごいからね。今よりも発想が自由だったのかもね』
『そうかもね』
あのときの俺が今の俺に会ったら、どんな顔をするんだろうな。
夢見ていたよりつまらない大人になったって思うんだろうか。それとも目を輝かせるだろうか。
……二十六歳、か。
これからの長い長い人生を思えば、ほんの一瞬のことかもしれない。
でも、かけがえのない大切な時間だった。
そして今、この時も。
だからこそ、分かち合いたい。君というもう一人の自分と。
心は固まった。
さて。一転攻勢といこうか。
「それからもう一つ。大事なことをみんな知らないんじゃないかな?」
枕に興味を惹く言葉をぶつけて。
「みんな、ユイの言葉で集まってくれたんだと思うんだけどね」
「えっと。ユウ?」
はは。ユイ、どうしたって困ってるな。続けよう。
「実は俺たちは、同じ日に生まれたんだ」
「ちょっ、ユウってば!」
そうじゃないかもしれないけど、そういうことにしておく。
姉ちゃんじゃないかもしれないけど、姉ちゃんと自らを定義し、そうなった君のように。
あり方の問題だ。君と俺は違うけど、同じなのだから。一緒に育ってきたんだから。
「そうだったのか!」
「やっぱり双子だったのね」
口々に驚きや納得の声が上がる。
双子どころか、二心同体だったりして。
「だけど自分から誕生日と言い出すのは、あれじゃないか。だからユイは、自分のことは隠しても、俺のためにこの素敵なパーティーを企画してくれたんだ」
「くううー! 泣かせるじゃないのよ!」
受付のお姉さん、魂のシャウト。
ここまでくると、視線の中心は俺から君へと。感心や同情の気持ちも一緒に移る。
「あ、あのね……」
詰めだ。ここまで来たら、堂々と言い切ってやろう。俺も少しは口が滑るようになったかな。
「この水臭く愛すべき姉ちゃんに、どうか俺よりも盛大な祝いの歌を」
「もう。ユウったら……」
やられたことにはお返しと、相場は決まっている。
好意の押し売り、上等だ。
「もちろんだぜ!」
「うむ。それでこそユウだ」
これには、レンクスとジルフさんも諸手を挙げて大賛成だった。
「おめでとう。ユイちゃん!」「おめでとう!」
「あ……」
なだれ込むように、祝いの言葉を受けて。
ユイは戸惑いと喜びと感激の綯い交ぜで、すっかり形無しだ。
ほら。こういうとき、何も言えないだろう。一緒だ。
そして、またお馴染みの歌が歌われる。リクエスト通り、俺のときよりも盛大に。
もちろん俺も歌う。あわあわしているユイが可愛かった。
「え、えっと。みんな」
「おめでとう。ユイ」
「う……うん。ありがとう」
こちらこそ。
本当は君の方が、よほど温かい触れ合いを求めていたはずなんだ。
だって、ずっと独りで中にいたんだから。君は俺なんだから。俺が君に気付くまで、寂しくなかったわけがない。
気付いてから、埋め合わせをするように大切な時間を分かち合ってきた。
そしてこの一年、色々あったけど、楽しかったよね。
君はユイという名前を持って、初めて俺を離れて、ユイという一人の人間になった。
新しい君をたくさん見せてくれた。本当に楽しそうだったよ。君は。
……普段お世話になってばかりで、甘えてばかりで、あまりお返しはできないからさ。
さっきまた、お世話になってしまったし。せめてこのくらいは。
正真正銘、初めての誕生日パーティーを。
主役は君でいい。みんなと一緒に楽しもう。
「やーい。やっぱ泣きそうになってんぞ」
「別に。嬉しかっただけだもん」
レンクスのこれ見よがしな茶々に、ユイは俺とそっくりの台詞を言って、真っ赤に頬を赤らめた。
ここまでかな。これ以上やると後できついお礼返しが来そうだし。
「よし。切ろうか。今日は景気良くいこう! 夜までおごるよ!」
「「いえーい!」」「「やったー!」」
俺には両親がいない。幼いときに二人とも事故で死んでしまった。
二人の親友がいた。でも二人ともいなくなってしまった。
親戚が引き取ってはくれたけど、彼らは俺のことを鬱陶しく思っていて。何かと辛く当たられた。
あまり迷惑はかけたくないからと言って、中学卒業を機に一人暮らしをすることにした。
安いボロアパートを借り。生活費を稼ぐために夜遅くまでバイトをして、帰ってきたら勉強。それで一日が終わる。
ほとんど友達とも遊べず、それを不幸だと思う心の余裕もなかった。何のことはない平穏な毎日に、でももう二度と大切な人たちの戻らない毎日に一人取り残されて、ただしがみつくしかなかった。
けれどそうだった日々は、今は遠いことのように思える。
旅に出て、十年が経った。
俺はユイと、異世界にいる。