フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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100「ハッピーバースデートゥーユー」

「「ハッピーバースデートゥーユー!」」

「へ?」

 

 えっと。なに? みんなして。

 あ、そうか。そうだった。

 俺、誕生日だったんだ。そう言えば。

 ユイから「緊急の用があるからすぐに帰ってきて」と連絡があって。何だろうと身構えて帰ってみたら。

 そういうことか。

 ユイに、レンクスに、ジルフさんに、エーナさんに、ミティのいつものメンバー。だけじゃなくて、ランドにシルヴィアにレオンに、ワンディ、受付のお姉さん、まだまだたくさん。

 店いっぱいに顔なじみが揃っている。

 そしてみんな、俺に笑顔を向けていて。

 

「「ハッピーバースデートゥーユー!」」

 

 お馴染みの歌が、懐かしい歌が続く。

 もちろんこの世界に存在する歌ではない。

 大方、この歌が地球の風習だと知っているユイかレンクス辺りが、気を利かせてみんなに教えてくれたんだろう。

 憎いことしてくれるよ。ほんと。

 

「「ハッピバースデーディアユウ!」」

 

 はは。ここ、前から思うんだけど、ユウじゃ繰り返しみたいだよね。

 

「「ハッピーバースデートゥーユー!」」

 

「「二十六歳お誕生日おめでとう!」」「ですぅ!」

 

 受付のお姉さんが、盛大にクラッカーを打ち鳴らす。

 温かい拍手が、場内を包んだ。

 

「ありがとう。こんなみんなに誕生日祝ってもらったの、初めてだよ」

 

 やばい。ちょっと泣きそうだ。

 祝ってもらったこと自体、地球にいたとき以来だよ。

 最後は、ミライとヒカリとだったっけ。

 ささやかに。あれも良い思い出だったけど、昔のことで。

 まあアリスたちだったら、普通に祝ってくれそうだったけど。

 でも完全記憶能力をまともに使い始めたのがサークリスを去ってからだから、大体の感覚はあっても、いつが誕生日なのかわからなかったんだよね。それで自然とお流れに。

 だから何というか。もう祝われることもないだろうって思ってたから。

 ああ……思ったより効くなあ、これ。

 

「やーい。泣きそうになってんぞ」

 

 レンクスにからかわれた。

 

「い、いや、別に。嬉しかっただけだよ」

 

 もう子供じゃないんだし。さすがに泣かないって。ただ不意を打たれただけだから。

 でも強がっていると受け取られて、みんなからは生暖かい目を向けられてしまった。

 

「いやしかし、ほんと二十六には見えねえよなあ」

「「うんうん」」

 

 ランドの正直な感想に、満場一致で頷かれてしまう。

 まあ俺も自分がこれで二十六って、変な感じ満載だけどさ。母さんのようなカッコいい大人にはなれそうもないかな。

 

「ただ、ここぞというときの頼もしさというか。やっぱり私より年上なのよねえ」

 

 続くシルヴィアの言葉にも、賛同の反応が多かった。

 よかった。少しは成長できていたか。見た目こんなでも、らしくはなってたみたいだ。

 

 ユイがウインクして、微笑みかけてくる。

 

「ケーキもちゃんと用意してあるからね」

「ほんとか」

「しかも、特大サイズですよぉ! 私たちが腕によりをかけて作りました!」

「私もちょっとだけ手伝ったわよ!」

 

 ミティとエーナさんが、誇らしげに胸を張る。結構頑張ってくれたみたいだ。

 さあどんなものかと、人々の期待の高まる中。

 

 ポンッ!

 

 得意のマジック演出で、何もないところからわっとケーキが現れた。

 

「「おおー」」

 

 うわあ。本当に、大きいな。

 それに驚いた。すごい力作が飛び出してきたぞ。

 白地の上に、色も形もとりどりのデコレーションが一見まとまりもなく散らばっている。

 しかしテーマは、ここにいるみんなにとって明らかだった。

 レジンバーク。

 躍る人の砂糖菓子が。入り組んだ坂を表すチョコレートが。弾ける飴細工が。それらのまとまりのなさが、かえって賑やかさとして映る。

 今この場において、この上ない傑作だ。心からそう思う。

 そして、とても一人では食べ切れない。最初からみんなで分かち合うために用意されたものだ。

 多くの来客を見越していなければ、作ることはできない。

 実際、こうしてたくさんの人が集まってくれたわけで。

 別に何かありがたい記念日ってわけじゃない。

 ただの誕生日なのにさ。よく来てくれたよ。みんな。

 

「あの。みんな……その」

 

 ダメだ。胸が詰まって、まともな声にならないよ。

 唾を呑む。ここで泣いたら、今度こそ笑われてしまうな。

 

「せっかくだから、俺に切らせてくれないかな。みんなの分を」

 

 どうにか糸口を見つけて、笑顔で言葉を絞り出した。

 全員一致で、頷いてくれて。

 せっかくだからパフォーマンス気味にと、気剣を軽やかに抜き去って。一丁前に構えてみる。

 周りからも、気持ちの良い歓声が上がって。

 そこで、やや離れた位置からにこにこと俺を見つめる相棒の姿が、目に留まった。

 やっぱり、このままじゃ勿体ないな。

 そう思った。

 

『なあ。君も俺と一緒なんだから、誕生日一緒に祝ってもらわないか。俺だけじゃ悪いよ』

『ふふ。誰が企画したと思ってるの?』

 

 知ってるよ。もちろん君しかいない。

 俺が生まれてからの時間を正確に知っているのは。もう君だけだ。

 

『それに……私の生まれた日って実はあんまり正確じゃないんだよね。気が付くとあなたの中にいた感じだし』

『君は、俺が助けを求めたあのときに生まれたとばかり』

『そうだって思ってるだけ。実はね。確信はないんだ。この肉体だって、本当はいつの間にかあったし』

『君が生まれるより、もっと前にあった?』

『うん。私がはっきり意識を持つようになった頃には、既にあったよ。おあつらえむきだったし、私のために創ってくれたんだと思ったけどね』

『そっか……。でもよく考えたら、肉体を一から創るってすごいよな。子供の俺』

 

 大袈裟に言わなくても、子供を産むでもなく一つの命を創ってしまったってことだよな。今とてもそんな真似ができるとは思えないんだけど。

 

『子供ってすごいからね。今よりも発想が自由だったのかもね』

『そうかもね』

 

 あのときの俺が今の俺に会ったら、どんな顔をするんだろうな。

 夢見ていたよりつまらない大人になったって思うんだろうか。それとも目を輝かせるだろうか。

 ……二十六歳、か。

 これからの長い長い人生を思えば、ほんの一瞬のことかもしれない。

 でも、かけがえのない大切な時間だった。

 そして今、この時も。

 だからこそ、分かち合いたい。君というもう一人の自分と。

 

 心は固まった。

 さて。一転攻勢といこうか。

 

「それからもう一つ。大事なことをみんな知らないんじゃないかな?」

 

 枕に興味を惹く言葉をぶつけて。

 

「みんな、ユイの言葉で集まってくれたんだと思うんだけどね」

「えっと。ユウ?」

 

 はは。ユイ、どうしたって困ってるな。続けよう。

 

「実は俺たちは、同じ日に生まれたんだ」

「ちょっ、ユウってば!」

 

 そうじゃないかもしれないけど、そういうことにしておく。

 姉ちゃんじゃないかもしれないけど、姉ちゃんと自らを定義し、そうなった君のように。

 あり方の問題だ。君と俺は違うけど、同じなのだから。一緒に育ってきたんだから。

 

「そうだったのか!」

「やっぱり双子だったのね」

 

 口々に驚きや納得の声が上がる。

 双子どころか、二心同体だったりして。

 

「だけど自分から誕生日と言い出すのは、あれじゃないか。だからユイは、自分のことは隠しても、俺のためにこの素敵なパーティーを企画してくれたんだ」

「くううー! 泣かせるじゃないのよ!」

 

 受付のお姉さん、魂のシャウト。

 ここまでくると、視線の中心は俺から君へと。感心や同情の気持ちも一緒に移る。

 

「あ、あのね……」

 

 詰めだ。ここまで来たら、堂々と言い切ってやろう。俺も少しは口が滑るようになったかな。

 

「この水臭く愛すべき姉ちゃんに、どうか俺よりも盛大な祝いの歌を」

「もう。ユウったら……」

 

 やられたことにはお返しと、相場は決まっている。

 好意の押し売り、上等だ。

 

「もちろんだぜ!」

「うむ。それでこそユウだ」

 

 これには、レンクスとジルフさんも諸手を挙げて大賛成だった。

 

「おめでとう。ユイちゃん!」「おめでとう!」

「あ……」

 

 なだれ込むように、祝いの言葉を受けて。

 ユイは戸惑いと喜びと感激の綯い交ぜで、すっかり形無しだ。

 ほら。こういうとき、何も言えないだろう。一緒だ。

 

 そして、またお馴染みの歌が歌われる。リクエスト通り、俺のときよりも盛大に。

 もちろん俺も歌う。あわあわしているユイが可愛かった。

 

「え、えっと。みんな」

「おめでとう。ユイ」

「う……うん。ありがとう」

 

 こちらこそ。

 

 本当は君の方が、よほど温かい触れ合いを求めていたはずなんだ。

 だって、ずっと独りで中にいたんだから。君は俺なんだから。俺が君に気付くまで、寂しくなかったわけがない。

 気付いてから、埋め合わせをするように大切な時間を分かち合ってきた。

 そしてこの一年、色々あったけど、楽しかったよね。

 君はユイという名前を持って、初めて俺を離れて、ユイという一人の人間になった。

 新しい君をたくさん見せてくれた。本当に楽しそうだったよ。君は。

 

 ……普段お世話になってばかりで、甘えてばかりで、あまりお返しはできないからさ。

 

 さっきまた、お世話になってしまったし。せめてこのくらいは。

 正真正銘、初めての誕生日パーティーを。

 主役は君でいい。みんなと一緒に楽しもう。

 

「やーい。やっぱ泣きそうになってんぞ」

「別に。嬉しかっただけだもん」

 

 レンクスのこれ見よがしな茶々に、ユイは俺とそっくりの台詞を言って、真っ赤に頬を赤らめた。

 ここまでかな。これ以上やると後できついお礼返しが来そうだし。

 

「よし。切ろうか。今日は景気良くいこう! 夜までおごるよ!」

「「いえーい!」」「「やったー!」」

 

 

 

 俺には両親がいない。幼いときに二人とも事故で死んでしまった。

 二人の親友がいた。でも二人ともいなくなってしまった。

 親戚が引き取ってはくれたけど、彼らは俺のことを鬱陶しく思っていて。何かと辛く当たられた。

 あまり迷惑はかけたくないからと言って、中学卒業を機に一人暮らしをすることにした。

 安いボロアパートを借り。生活費を稼ぐために夜遅くまでバイトをして、帰ってきたら勉強。それで一日が終わる。

 ほとんど友達とも遊べず、それを不幸だと思う心の余裕もなかった。何のことはない平穏な毎日に、でももう二度と大切な人たちの戻らない毎日に一人取り残されて、ただしがみつくしかなかった。

 けれどそうだった日々は、今は遠いことのように思える。

 

 旅に出て、十年が経った。

 

 俺はユイと、異世界にいる。


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