班長カーニンが再び無駄に暑苦しい紹介タイムに入り、終わった後はまた謎のマッスルポーズが始まろうとしたが、慌てた俺たちが「普通にお喋りするのも親睦を深めるには大事じゃないかな!」と必死で主張して、何とか事なきを得た。
各自自由になったタイミングで、早速シルが近寄ってきた。
「なんであなたたちがここにいるのよ」
「大会を何とかしてくれって依頼で」
ユイが答える。俺が補足した。
「本部には、監視してもいいけど、代わりに参加が条件と言われてね」
「そう。確かに例年、原理派が暴れるものね」
「それにしても、随分大胆な恰好をしてきたね」
下はしっかり履いて、上も露出が控えめでスポーティーなユイの肌着に対して、シルのそれは上下ともトップオブザマウンテンくらいしか隠すところがない。何かの拍子にずれたら、顔を覗いてしまいそうだった。
「言うな。まさか知り合いがいるとは思わなかった。恥ずかしくなってきたじゃないの」
顔を赤らめて、両手で胸を仕草をするシルは、可愛らしいものだ。
そんな彼女を見つめていたら、こちらの視線に気付いた彼女が、何やらむっとした顔をして近付いてきた。そして、耳打ちしてきた。
(あんたはこっちの世界の私まで視姦する気か)
(えっ。今日はそっちが見せてるんじゃないか)
(うるさい。あんまりじろじろ見るな。殺すわよ)
(冒険者が暗殺者みたいなことを言うなよ)
(あーもう。あなたが色々吹き込んでくれたせいで、余計なこと色々思い出しちゃったんじゃないの! 何も知らないで呑気に冒険してるランドが羨ましいわ)
(それは……ほんとごめん)
(マジで謝らないでよ。仕方ない部分もあったし)
「シルとユウっていつの間にかすごい仲良くなってるんだね」
声に顔を向けると、ユイがにこにこして、俺とシルに温かい目を向けていた。
「別に」
「そうでも……あるかな」
「あなたそこは否定しなさいよ」
突っ込みでチョップが入る。これまでだったら、俺がただの「元S級冒険者で山を斬ったすごい人」のままだったら、もう少し遠慮されていただろう。
「でもこうやってお互い軽口叩けるようになったのは嬉しいかなって」
「……あっそう。やっぱり調子狂うわ。あなた」
ぶつくさ言いながらも、表情はまんざらでもないようだった。
「ところで、どうなの? トレヴァークのことを知って」
「ああ。それ一度聞いてみたかったんだよね」
二つの世界を認識し、トレヴァークではシズハであることに気付いた彼女は、どう感じているのだろうか。
「どうも何も。とても……奇妙な感じね。もう一人の自分がいるっていうか。あっちの私も私なんだけど、私そのものじゃなくて」
俺にもその感じはよくわかる。ユイがいるからね。
体感していない人に中々口で言っても伝わらないんだけど、同じような感覚を共有できる仲間がいるのは、素直に嬉しい気持ちになった。
「深く繋がってはいるけれど、すべて思う通りにいかないというか。夢を見ているみたい」
シズハもそんなことを言っていたな。どっちが主で従というより、お互いに相手のことを夢のように認識しているわけか。
ラナソール側にとっては、トレヴァークこそが夢想の世界というわけだ。
「まあ、そんなところね。とりあえず私は私だし、あの子はあの子。何が変わるわけでもないわよ」
「へえ。そっか。面白いね」
うんうんとユイが頷いていた。俺も一緒に頷く。
すると、シルは俺の方を向いて、お願いしてきた。
「あっちは私よりもっと素直じゃないから、たぶんいっぱい迷惑かけるんだと思うけど。上手く付き合ってあげて」
「もちろん。あの子のツンデレぶりはよくわかっているさ。任された」
「ツンデレって……。ま、まあそう言えなくはないかもね」
何を想像したのか、シルが苦笑いする。
「ありがとう。本当、ユウでよかったわ。あれじゃあ色々誤解されても文句は言えないわよね……」
シルはシルで、シズに対してかなり思う所があるみたいだった。
もしある意味でシズにとって理想の存在が彼女であるとするならば、理想ができている彼女から見ると、シズにはあれこれと至らない部分があるのだろう。
「早くリクに声くらいかけなさいよ。まったく……」
とりわけ、もう一人の自分の恋の行方には、やきもきしているようだった。
「俺がとりなしてあげた方がいいのかな」
「いいわ。これは私たちの問題だから。形だけ整えたって、あの子自身は殻を破れない。私のことだからよくわかるの」
「そっか」
「見守ってあげて。いつかきっと自分の言葉で話せるときが来ると思うから」
俺はしっかりと頷いた。
「それにしても、あなたが団員だったなんてね」
ユイがしみじみと言った。
聞きかじったにしてはやけに細かくレクチャーしてくれたからシンパなんだろうとは思ったけど、まさか自ら参加するほどとはね。
しかし、シルは首を横に振る。
「別に。ただのファンよ」
「ただのファンでそんなに?」
「うるさい。実は私も大会は初めてなのよ」
見事な黒ビキニ姿を見下して、彼女は照れ笑いした。
「ちょっと気合い入れ過ぎちゃったかしらね」
「「すごい気合いだよ」」
感想がハモった。
「ちなみに参加目的は?」
「目の保養」
即答。うふふとにやけたシルヴィアさんが、何だか恐ろしいものに見えた。
そう言えばリクのときも、シズハさん、妙にその辺突っ込んで聞いてきたな。
「ランドは連れて来なかったの?」
「あのバカにこんな濃ゆいところ見せられないって」
「確かに。パンクしそうだよね」
「しそう」
「それに、恥ずかしいわよ……」
なるほど。地味に恥ずかしがり屋なところはシズと一緒なんだな。
そのとき、班長のカーニンのやかましい声が聞こえてきた。
「おーい。ぼちぼち開会式の時間だッ! 野郎ども、行くぞーッ!」
「「応!」」
何しろすごい人数なので、ごちゃごちゃしたレジンバークではみんなが集まれる場所がなかった。開会式は、外周壁のすぐの草原で行われることになった。
会場はものすごい熱気だった。男性が九割に女性が一割といったところだろうか。当然のようにみんな肌を晒していて、むんむんする。
俺が真ん中、ユイが左隣、シルが右隣で三人固まっていたが、背の低いユイとシルは、ちょっとでも離れたら肉の壁に飲み込まれて見えなくなってしまいそうだ。
どうやら、俺とユイがかなりきつく注意しておいたので、肌色率が高いものの、まだみんな良心派までで留まってくれているようだ。
けど、盛り上がってきたらどうなるかはわからない。気を引き締めて監視しないと。
「開会の挨拶はどんな人がするんだろうね」
「さっきね。団長が出て来るって小耳に挟んだよ」
素晴らしく何もわからないプログラム表に目を落としながら、ユイが言った。
「団長ね。どんな人か知ってるか。シル」
「実は知らないのよね。団長はこういう大きなイベントでないと滅多に人前に姿を現さないとは聞いたわ」
散々俺たちに迷惑やちょっかいをかけてくれた、ありのまま団の団長とはどんな人なのか。注目だな。
しばらくユイとシルと三人で談笑していたが、途中からシルは周りをきょろきょろし始めた。
なんだろうと思いながらも話を続けていると、袖を引っ張られた。
どういうわけか、彼女は怪訝な表情を浮かべている。
「ねえ。気付いたんだけど……うちの人多くない?」
「ああ。確かに冒険者ギルドの人もそこそこいるよね」
冒険者というのはお祭り騒ぎが好きな体質らしい。大抵はカジュアル派での参加みたいだけど、顔なじみの連中がちらほらいた。
「違うわよ。エインアークス」
「え?」
……本当だ。
よくよく見れば、俺の知っている顔がいくつもあった。みんなマークと一緒で、『アセッド』トレヴァーク支部のメンバーである。
いやそれにしたって、多くないか? 俺が顔を突き合わせた人、ほとんど全員入っているじゃないか。
エインアークスの連中の大半を知らない俺でもこれだ。長年身を置いているシルには、もっと多くの構成員が目に映っていることだろう。
「同志がこんなにいようとはね」
「まさかね」
ユイは妙な想像をしたみたいで、イメージがこちらにも伝わってきた。
いや、まさかね。俺も嫌な予感がしてきたところ――。
「ぼちぼち団長がお出ましになるぜッ!」
カーニンの呼びかけで、注意が壇上に向いた。
ゆったりとした足取りで、年老いた男の人が即席壇上へ歩み進んでくる。
逆立った短髪に、白い立派な口髭を生やしている。
年月が皺を刻んでこそいるが、老体とは思えないほどに引き締まった肉体だった。漢ならばかく歳重ねるべしと、規範となるべき漢の肉体だった。
だが、そんなことよりも。
「「うわあ……」」
壇上に仁王立ちしたご老体は、光り輝いていた。
モザイク魔法がかかっていた。
隠しているようで、隠れていない。
見事なものです。立派なものです。
俺は思わず目を逸らし、ユイは手で目を覆った。
どうしてこう、ギリギリを攻めてくるのかな!? さすがに団長ともなると原理派を貫くんだろうとは思ってたけどさ!
だけど、違った意味で釘付けになっている方が隣にいた。
「大ボス……!」
「「えっ!?」」
「大ボス! 何やってるんですか!?」
シルが、白目を剥いて吠える。
そうだ。参考にと、写真を見せてもらったことがあった。
あまりにこの場とは繋がらないので、すっかり失念していた。
あれは。あの人は!
現エインアークスのボス、シルバリオ・アークスペインの父――ゴルダーウ・アークスペインその人だった。