フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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106「家族に会いたくて 1」

 トレヴァークで夢想病に関する情報集めや患者支援をしつつ、ラナソールで依頼をこなしていたある日のことだ。

 一人の少女が、依頼のために『アセッド』を訪ねてきた。わざわざ遠くナサドから、評判を聞いてやって来てくれたそうだ。

 生産都市ナサドは、エディン大橋を渡り、さらに内部を進んだ遥か南方にある。魔法工業が盛んで、日用品から冒険者用製品、車まで様々なものが生産されているところだ。

 話を少女に戻すと、彼女――ニザリーの相談内容は、とても切実なものだった。

 

「いなくなった両親を探して欲しいと」

「はい」

 

 元々ニザリーは雑貨屋を営む両親の元でごく普通の暮らしをしていたが、ある日目を覚ますと、両親は書き置きも残さずに忽然と姿を消してしまったのだという。

 

「それが本当だとすると、ひどいことをしたものだね」

 

 ユイが、やや憤りの混じった反応を見せた。

 俺もユイも、両親のいない悲しみは身をもって知っている。目の前のこの子に対して、深い同情の気持ちを抱かずにはいられなかった。

 

「きっと何か、仕方ない事情があったんだと思います……。パパもママも、私をよく愛してくれていましたから」

「捨てられたというのは考えにくいと」

「はい……。そう思いたいです」

 

 そうだよな。俺もそう思いたい。

 当時十歳だった彼女は、悲しみのあまり涙が枯れるほど泣いた。またこれから一人でどう生きていくのか困り果てていたが、雑貨屋の周りの商店街の人たちが助けてくれたおかげで何とか生活していくことができたという。

 生活が落ち着いてから、足の伸ばせる範囲で両親探しを始めたものの、手掛かりとなるものさえ何一つ見つけることができなかった。

 そのまま六年が経ち、両親が置き捨てていった雑貨屋を継いで独り立ちした今でも、探しているということだった。

 

「お父さんとお母さんに会えたら、どうしたい?」

 

 ユイが優しげに目を細めて、ニザリーに尋ねる。

 お客さんという手前がなければ、頭を撫でにいっても不思議ではないくらいの様子だった。

 

「できたらもう一度、一緒に暮らしたいです。無理でも、私は大丈夫だよ、元気にやってるよって」

「そうだよね。伝えたいよね」

「はい。会いたいです」

「なるほど。事情はよくわかったよ」

「ありがとうございます。でも、何の手がかりもないですし、とても難しい依頼だということはわかっています」

 

 彼女は財布から札を十枚取り出して、机の上に差し出した。

 

「依頼料として、前金に千ジット。もしパパとママを見つけて下さったなら、一万ジットを。お店を切り盛りしながら、こつこつ貯めたお金です。どうかよろしくお願いします」

 

 ぜひ何とかしてあげたい。

 無償で引き受けてもいいくらいの気分だったが、ここで報酬を断るのは、依頼料をきちんと払ってくれた他の人たちに対して誠実ではない。

 

「わかりました。精一杯探してみましょう」

 

 気持ちと思って、前金を丁重に頂くことにした。

 

「ところで、失礼かもしれませんけど。ユウさんとユイさんを見たとき、驚きました」

 

 ニザリーはふふっと微笑んだ。

 

「こんな私と変わらないくらいなのに、あんなに有名なんですね」

「ああ……。よく言われるんだけどね」

 

 実は26歳なんだと、本当の年齢を告げると、改めてびっくりされた。お約束の流れだった。

 

 ニザリーから、彼女の知る限りの情報を聞き出した。何が手掛かりになるのかわからないし、知っていることは多いに越したことはない。

 ただ、聞けば聞くほど捜索は難しいミッションに思えた。

 彼女に姓はなく、ただのニザリーである。よって、姓から絞り込むことはできない。両親は冒険者でも何でもない一般人であることだし、砂漠から一粒の砂を探し出すようなものだ。

 念のため、手を貸してもらって繋いでみたが、残念ながら、トレヴァークにおける対応人物と面識はないようで、繋がりは感じられなかった。

 だけど……。そのとき、違和感を覚えた。

 向こうと繋がっていないからなのか、わからないけど。

 不思議な感触だった。

 どうも冷たい、淀んでいる感じがするんだ。元々川だったのが、流れの止まってしまった水溜まりに手を突っ込んだような。

 もう少し踏み込むことはできないだろうか。何かわかるかもしれない。

 

「ニザリー。君に頼みがあるんだ」

「なんでしょう」

「何でもいいんだけど、身の回りの色んなことをなるべくたくさん思い浮かべてみて欲しい。そして一緒に、それを俺に伝えようと念じてくれないか」

「よくわからないですけど……わかりました。やってみます」

 

 協力的でよかった。『心の世界』の力は、相手が嫌がると力を発揮しにくいからね。

 俺も彼女の記憶を読み取ろうと集中する。

 まだ知り合って時間もないため、いくら彼女が協力してくれたところで、接続度は低いものだったが。それでも彼女の思い浮かべたことの一部が、フラッシュのように浮かんでは消えていく。

 そのほとんどが、生産都市ナサドの日常風景だ。わずかに混じって、まだ一緒に過ごしていた頃の、彼女の両親の顔も知ることができた。

 彼女には頑張ってもらい、十五分ほど真剣に念じてもらった。

 礼を言って、それからこの店の二階に空き部屋があるので、しばらくそこを滞在場所に使っても良いことを告げた。彼女は助かりますと礼を返して、大荷物を抱えて二階へ上がっていった。

 それを見届けてから、ユイとともに得た記憶の解析作業に移る。完全記憶があるので、こういった作業もお手のものだ。

 一つ一つの断片をつぶさに見ていく。

 ある一つの瞬間で、俺の手が止まった。

 

『ユイ。見てみて。これ』

『なになに。これは――』

 

 一見すると何でもない風景なのだが、そいつだけは、周りの――ナサドの風景にしては、殺風景だった。おそらくナサドではない。

 

『旅行に行ったときの記憶とか?』

『調べてみよう。ラナソールの記憶と――トレヴァークの旅行本から、類似する風景を検索』

 

 日頃依頼をこなす中で見た光景、また以前大量に「仕入れた」本の記憶から、一致率の高い場所を検索する。

『心の世界』の検索機能は極めて優秀で、望みのものをすぐに探し当てることができた。

 

『あったぞ。旧工業都市マハドラ。一致率99%だ』

『なるほど。トレヴァーク世界地図だと……ラナソール世界地図ではちょうどナサドのある辺りに位置しているね』

『つまり現実世界の彼女は、マハドラで暮らしている可能性があるな』

 

 まだ行ったことがあるだけで暮らしているわけではないという可能性はある。だが行ったことがあるという事実だけでも、はじめの取っ掛かりにはなりそうだった。

「二つの身体」が暮らす位置関係の一致については、まったく関係がないとは言えないけれど、偶然だろう。事実、レジンバークとトリグラーブは対応する位置関係にない(レジンバークの位置に対応するトレヴァークの都市はアロステップである)が、リクとランドという身近な反例がある。

 

『でも向こうの世界のことが記憶に出てくるなんてね』

『おそらく――夢に見たんじゃないかな』

 

 二つの世界は互いに夢を見合っている。ニザリーにとっての夢想の世界は、トレヴァークなのだ。

 

『まずはマハドラから手を付けてみることにしようか』

『そうだね』

 

 ナサドで暮らす彼女が数年探っても手掛かりがないのなら、こちら側で今さら自分が何かを見つけるのは難しそうだ。

 ならば、別方向からのアプローチ。トレヴァーク側から探ってみることにする。

 結論が出たところで、『心の世界』での検討を打ち切る。膨大な記憶を探ると、さすがに少し疲れるかな。

 

「とりあえず向こうへ行くために、ランドかシルを呼ばないといけないけど」

 

 例によってあの二人はよく冒険に出ているので、今はどこにいるかわからない。

 急ぎの依頼ではないから、待っているという選択肢もなくはないけれど。せっかくはるばる遠くから真剣に依頼しに来ているのに、ベストを尽くさないのは忍びない。

 さて、どうしようか。何か良い方法があればいいんだけど。

 

「…………」

「…………」

 

 俺とユイは、互いに見つめ合い。

 

 固く抱き締め合った。

 

「俺、やっぱり君のことが好きなんだ」

「ユウ……ダメだよ。自分同士でなんて。それにこんなところ、人に見られたら……」

「いけないってわかってる。でも、もう抑え切れないんだ。この気持ち」

「私も、私だって……。そんなこと言われたら、断るなんてできないよ……」

「一つになろう。ユイ」

「うん……。いっこに、なろう」

「好きだよ。ユイ、愛してる」

「私もだよ。ユウ、愛してる」

 

 

 ゴンガッチャッアッ!

 

 

 これまでで圧倒的に一番の勢いで、激しいノックの瞬間にドアが開かれた。

 

 俺もユイも、目を真っ赤に血走らせ、肩で大きく息を切らす彼女を見て、思わず吹き出してしまった。

 思い付きでやってみたけど、まさかこんなにあっさり上手くいくとは。

 

「やあシル。よく来てくれたね」

 

 シルヴィアホイホイ作戦、成功。


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