ユウがアリスを背負い、ヴェスターから必死に逃げている頃。
コロシアムでは、魔法隊及び剣士隊の合同部隊と、襲撃犯たちによる激しい戦闘が行われた。
そして、多くの一般人と幾分の隊員の犠牲の末、襲撃者のほぼ全ては死亡あるいは逮捕されるに至ったのだった。
ただ一人、ヴェスターを除いて。
部下の一人が、隊の指揮に当たっていたエリック・バルトンに報告する。
「制圧完了しました。ただし、主犯の男は依然逃亡中の模様。目撃情報によれば、そいつは謎の爆発魔法を使うようです。どういたしましょうか?」
険しい顔で腕組みしながら話を聞いていたエリックは、即座に指示を飛ばした。
「直ちに捜索隊を配備しろ」
「はっ!」
そのとき一人の男が、周りの兵にも目立つ位置へと歩み出てきた。
彼は短く整った銀髪と、強靭に鍛え上げられた肉体を持ち、右の頬には大きな傷跡があった。年齢は中年くらいだろうか。眼光は鷹のように鋭く、背中には立派な剣がかかっている。
「その男の捜索だが――この私に任せてはくれんか?」
「おお! あなたは!」
「英雄、クラム・セレンバーグ!」
「龍殺しだ!」
「来ておられたのですね!」
方々から、歓迎の声が上がる。
クラム・セレンバーグ。
剣士隊一の実力者にして、龍殺しを称される英雄の登場だった。
数年前、サークリスの付近に巨大な黒龍が襲来したことがあった。そいつは魔法をほとんど通さぬ特殊な鱗を持っており、魔法使いたちはすべからく無力だった。
鱗を貫くことができる剣を持つ者たちは、恐ろしく広範囲まで広がる強力な龍のブレスによって、まったく近づくことができなかった。
誰もが絶望したそのとき、神業のような動きでブレスを回避し、一瞬にして龍の心臓を貫いたのが、このクラムという男であった。その活躍は今もなお語り草となっている。
エリックはそんな彼にこの上ない頼もしさを感じながら、もちろん彼の提案を認めた。
「ありがたい。クラムさんになら、私も安心して任せられますよ」
「そうか。では承った。早速行くとしよう」
クラムは数人の部下を引き連れて、堂々とした歩みでコロシアムから出ていった。
クラムたちを見送ったエリックの元に、今度は燃えるような赤髪の青年が現れた。
アーガスだ。先ほどまで数多くの襲撃犯を相手に大立ち回りを演じ、今はようやく一息ついていたところだった。
「お前、バルトン家のエリックだろ」
「オズバイン家の長男殿か。あなたの活躍がなければ、犠牲者はさらに増えていただろう。制圧にご協力感謝する」
「なに。礼を言われるほどのことじゃない。それより、ユウ・ホシミという子の状況はわかるか? オレの決勝での対戦相手だった子だ」
エリックは部下の報告をまとめた紙を見ながら、あくまで公人として事務的に言った。
「手元の情報によれば、混乱の最中で行方不明になったとのことだ」
「行方不明だと」
ショックを隠せない様子の彼を認めたエリックは、個人としての顔を滲ませる。
「私は彼女の担任をやっていてね。真面目な良い子だよ。無事だといいのだけど……」
「そうだな……。教えてくれてありがとよ」
「ああ」
エリックから離れたアーガスは、心配を顔に浮かべながらぽつりと呟いた。
「ユウの奴、上手く逃げられてればいいんだが……」