フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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116「夢想と現実のミスコンテスト! 2」

 思わぬところで見つかった。

 エントリーNo.11。ミティ。

 ミチオ――ミティに対応する人物は、なんと男だった!

 

「急に叫んだりしてどうしたんですか!? 何がお前なんですか?」

「いや、あの、ごめん……何でもないんだ……」

「何でもないってことはないでしょう? そんなショック受けた顔して。顔が真っ青ですよ?」

「ごめん。あまりに……衝撃的だったもので……つい……」

「大丈夫ですか?」

 

 お前かと言われたのが気になるだろうに、まずは心配する顔がこちらを覗き込んでくる。

 カツラをしていれば、瞳も顔立ちも、なるほどミティに多少の面影がある。

 しかしどう見てもまだ男の範疇であり、理想化された存在である彼女には届きそうもなかった。

 でも、そうか。そうだったのか……。

 年齢が違う。生死の状態すらも違う。夢想と現実の対応人物に多くの違いがあることはわかっていた。わかっていたはずなのに。

 無意識に可能性を除外していた。性別が違うってことも十分にあり得る話なのか……。

 

 あれ。ってことは、現実で解釈すると、俺はつまりこの男の子に……。

 うわっ、まるで意味合いが違ってくるじゃないか!

 

 やたらスキンシップを求めてきたのとか、あわよくば一つになろうとしてきたりとか。

 あんなことや、こんなことや。

 考え出すと、『心の世界』に溜まった記憶が、一気に、爆発的に、鮮明によみがえってきた。

 しかも、キスまでされ……!

 

「……うおおおおおおおお!」

 

 急に込み上げてきた恥ずかしさやその他諸々の感情にたまらず、俺は側にあった机にガンガンと頭を叩き付けた。

 

「ちょっ、どうしたんですかユウちゃん!?」

「わああああああああああ!」

「わっ、落ち着いて! 落ち着いて下さい!」

「うおえあああああああああ!」

 

 度重なるアプローチがあった。直接的なやつもあれば控えめなやつもあった。際どいのもあった。一年以上同じ屋根で過ごしていれば、それはもう数えきれないほどあったよ!

 元々愛に飢えていた自分は、人に好意を向けられるということにとても弱いのは自覚している。

 ミティは、見てくれは良いし、多少黒かったりあざとかったりするところを除けば、性格も悪くない。真剣に料理を覚えようとか、俺を振り向かせようとか、健気に頑張っているところはむしろ好感さえ覚えていた。

 たまに攻めっ気を見せて、豊かな身体を押し付けられたり、妙に慣れた手つきで攻められたときには、正直危なかった。

 だけど、鋼の意志で耐えてきた。

 リルナ、君がいるからと、君の目の届かないところで不誠実であってはならないと。

 でも、もちろんミティの気持ちが適当なものでないことは知っている。蔑ろにしてはいけないとも思っていて。

 俺は、結構真剣に悩んでいたんだ。どうすべきなのだろうと。

 だというのに。なんだこのオチは!

 リルナ、すまない!

 俺はもう少しで。あと少しで、男に身体を許してしまうところだった!

 

 

 ――――いや。いや。いやいや!

 

 

 違う。ダメだ。その考えは、ダメだ! 失礼だ!

 

 だって、こっちの世界ではどうあれ、向こうの世界のミティは、身も心も本物の女の子であるのは違いないじゃないか。散々押し付けられたから知っている。話してきたから知っている。

 多少男のモノとかの扱いに慣れていても――それはつまり、この人がこうだってことで――でもそれって。

 

 俺と同じじゃないか。

 

 この世界に来るまでの俺と、この世界の先でこれから過ごしていく――男であり女である俺と、何が違うんだ。

 そうだよ。確かにいきなりのことでショックだったけど、だからって彼女を否定しちゃいけない。それは自分を否定することであり、ひいてはこんな自分を肯定してくれたみんなの気持ちを踏みにじることになるんじゃないのか。

 ダメだ。そんなことはしちゃいけない。落ち着け。突然のことで、男に言い寄られたんだと思って、心がびっくりしてしまっただけだ。落ち着くんだ。

 

「ふう……はあ……」

 

 やっと考えが落ち着いてきた。まとまってきた。おかげでひどいことは言わずに済んだ。

 それにしても、恥ずかしい記憶の詰め合わせフラッシュバックというのは恐ろしい。一気に心の平静を失ってしまう。

 せっかく整えたのに、カツラとか色々ずれてしまったし、化粧も崩れてしまっただろうな。

 

「よかったです。落ち着いてくれたみたいで」

 

 気が付くと、青年――ミチオは、ずっと俺の肩をさすってくれていたみたいだった。

 

「本当にすみません。急に取り乱して」

「僕の顔見て、急に何か嫌なことでも思い出したんでしょう? そういうことにしておきます」

「ありがとう。気を遣わせてごめんね」

「いいんです。それに、苦しんでいるあなたを見ていたら、何だか放っておけなくて」

 

 思えば、この男はちょっと話し出してから向こうずっと親しげだった。ミティの好意に引っ張られて、こちらの方にも影響が出ているんだろうか。

 

「同類、か」

 

 俺を一目見たときから、同じ匂いがすると言っていた。

 ミティの直観は、本当に正しかったわけだ。

 同類だ。まさしく同類としか言いようがない。

 

 俺は男で女の子で。君も男で女の子だった。

 

 しかし、いざ逆をやられてみると結構びっくりするもんだな……。

 今までみんなはこれを受け入れてくれたのか。感謝しないとな。

 

 それにしても、こちらでは男でありながら向こうでは女であるということは……もしかして。

 

「急に変なことを聞くけど。君はどうして今回のミスコンに出ようと思ったの? 俺はまあ、周りに勧められてなんだけど」

 

 するとミチオは、悩みがちに答えてくれた。

 

「僕も、変な答えですけど……女の子らしくなって、自分に自信を持ちたいからです」

「自信を持ちたい?」

「はい。こう言うとアレなんですけど……女の恰好をしている方が落ち着くんです。僕」

 

 なるほど。

 夢想の世界には、その人の想う理想の姿が反映される。

 思えば、ミティも「女の子らしくあること」にやたらとこだわっていた。妙にぶりっ子じみた言動、料理が得意であること、とかく外面から入りがちで、どこかちぐはぐで、何か不自然で、空回りしている部分もあったけど……。

 それはつまり、現実のこの人が女の子でないことの、そして――。

 

「男であることが落ち着かなくて。この身体も、本当は嫌で。でも家族もみんなも認めてはくれなくて。女になりたいって思うのは、変ですか?」

 

 女の子になりたいと切望している人間の裏返しであるということだ。

 

「って、あれ。おかしいな。なんで初対面の人に向かってこんなこと言ってんだろ……」

「……いいや。別におかしなことじゃないさ。そういう人たちがいるのは知っているよ」

 

 性同一性障害。地球ではそう呼ばれている分類の人たちがいる。あまり障害って言葉は好きじゃないし、海外では別の言い方をされているみたいだけど。

 身体と心のミスマッチが起こっていて、普段の生活でも強い違和感を覚えてしまう。誰にも言えず深い悩みを抱えてしまったり、周囲の人間の無理解によって深く傷付いてしまうこともある。

 

「ありがとう、ございます。あなたも変ですけど、さっきから変ですね、今日の僕……」

 

 ミチオにとってミティは、そんな諸々の不都合が解消された、理想的な存在なのだろう。

 だけど。そんなミティでさえ、思えば二人きりのとき、時折どうしようもない悩みや苦しみが滲み出て、俺には吐露してくれているように思えた。

 俺にはそれがどうしてかわからなかった。普段明るく振舞う彼女とはあまりに遠かったからだ。

 ただ一つのことがわかってしまえば、家族がいるのにも関わらず一人で宿屋をやっていたという辺りから、おおよそのことを察することはできる。

 トレヴァークにおいて、性同一性障害への理解が進んでいるとは言い難い。彼女も彼も、よほど苦労してきたんだろう。

 

 つい同情してしまって、俯いたとき、たまたまずれていた俺のカツラが、ぽとりと床に落ちた。

 

 顔はほとんど本来そのままの俺と、彼の目が合ったとき。

 

 突然、彼の目からぽろぽろと涙がこぼれ出した。

 

「どうしよう。あれ。なんで。何か、本当に、変だ……」

「ミチオ……」

「どうしてだろう。やっと会えたって。そんな気がするんです。ユウさん。僕と、私とどこかで、会いませんでしたか?」

 

 ――ああ。やっと、わかった。

 同じ匂いを持つ俺なら、同じように男と女の心を身をもって知る俺なら、きっとわかってくれると。受け入れてくれると。君たちの直観は信じていたんだ。

 それが本当の彼女の望みで。身一つで飛び込んできた、彼女のもう一つの依頼で。彼女の好きも愛情も、深い理解を求めることの裏返しでもあって。

 ミティ。ごめんな。今までよくはわかってあげられなくて。

 自分のよくわからない感情を持て余していたんだね。君も。そいつに好きと名前を付けていた。だからあんなに必死で、なりふり構わなくて。ただ自分のことを見る余裕しかなかったんだ。

 君は、心のどこかでずっと助けを求めていた。理解を求めていた。

 やっと、君の気持ちが少しだけわかった気がするよ。

 なら俺も、君たちの心には応えよう。

 

「なあ。よかったらこのコンテストが終わった後でも、いっぱい話をしないか? 悩みとか色々あるんだろうし。吐き出すだけ吐き出してさ。全部聞くよ。もう友達だからさ」

「……お願いしても、いいですか?」

「うん。よろしく。ミティ」

 

 あえてそちらの名前で呼んで、手を差し出した。

 

「はい。ユウさん」

 

 ――繋がった。

 

 繋いだ手の温かさの向こうに、確かにミティの気配を感じた。

 懐からハンカチを取り出して、渡す。

 

「ほら。始まる前から泣いてたら、せっかくのイベントが楽しめないよ」

「……そうですね」

 

 受け取ってしっかり涙を拭いた彼は、どこかすっきりしたようだった。

 

「よーし! ミティ、ユウちゃんには負けませんよぉ!」

 

 アイドルのぶりっ子を取り入れたお馴染みの演技で、笑ってみせる。

 

「はは。その意気だ。行こうか」

 

 

 さて、勝負の世界はとっても厳しい。

 お互い意気込んで挑んだコンテストは、俺とユイがそれぞれ大差で優勝し、結果としてミチオとミティを叩き潰してしまいました。

 ごめん。本当にごめん! なぜか知らないけど、馬鹿みたいに票が入ってしまったんだよ!

 ああ、ダブルミティ、落ち込むなって! 自信なくさないでくれ!


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