フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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117「夢の飛空艇プロジェクト 1」

 話の発端は、かなり遡る。

 

 大魔獣討伐祭の日のことだ。レオンとの試合が終わった後、打ち上げパーティーも大盛況だった。

 そのときに色んな人と顔見知りになったのだけど、その中に、トラッド・バッカードとメイリン・バッカードのバッカード兄妹というのがいた。

 兄は俺と同じ26歳、妹は18歳。やや歳は離れている。

 兄のトラッドは、飛空艇『アーマフェイン』プロジェクトなる名目で、宣伝目的で参加していた、というのは参加者名簿に目を通したときに覚えていた。

 二人は雑談もそこそこ、本題の依頼をもちかけてきた。

 件の話は、その飛空艇『アーマフェイン』プロジェクトについてだった。

 バッカード兄妹は、熱く語る。

 

 飛空艇。空を飛ぶ翼がもしあれば、世界の景色は一変するだろう、と。

 

 確かになと思った。もし飛空艇なるものがラナソール――ひいてはトレヴァークに生み出されるようなことがあれば、世界の交通事情、そして景色は一変するだろう。

 二人が語るには、「ミッドオールでも通用する」飛空艇を造りたいということだ。ここが何より大事なポイントだと俺も同意する。

 既に先進区フロンタイムには、空を飛ぶ列車シュルーを始めとして、数えきれないほどの浮遊する乗り物が普通にある。ただしそれらが機能しているのは、理想粒子とも呼ばれるメセクター粒子が、フロンタイムにだけは満ちていて利用できるからだ。一度未開区ミッドオールに着いてしまえば、人は便利な乗り物を捨てて歩かねばならない。そのように世界はデザインされている。

 またトレヴァークでは、空を飛ぶ乗り物の技術発展が遅れている。精々がゆったりと飛ぶ気球船程度のものしかない。

 トレヴァークで作れるのと同じようなものは、当然、ラナソールにもある。けれど、魔獣が平気でうろつくミッドオールでは、とてもではないが通用する代物ではない。いくら魔法で補強しておこうと、元々が強度に乏しい気球では厳しい。簡単に穴を開けられてお陀仏だろう。

 したがって、ミッドオールにおける飛行とは、レオンのような英雄レベルの個人にしか成し得ない奇蹟の技である。

 というのが、これまでの常識だった。

 

「その常識をぶち破る!」

 

 未来の船長を夢見る兄、トラッド・バッカードは、かなりお酒を飲んだのか、すっかり出来上がっていた。紅潮した顔で、高らかに拳を突き上げる。

 

「地の果て、海の果て、空の果て。どこへでも好きな場所へみんなを乗せて行ける船。夢の翼――アーマフェイン」

 

 やはり夢見がちな少女は、そんな兄を微笑ましい目で見つめながら、うっとりと語った。

 アーマフェインとは、夢の翼を意味するラナソ-ル、そしてトレヴァークの言葉である。

 

「たぶん、あともう少しってところまで来てるんだけどね。ユウさん、ユイさん」

「はい」「なに?」

「私と……兄貴の夢を応援してあげて欲しいの。ぜひお手伝い、してくれない?」

 

 もちろん快諾した。

 こうして、俺とユイは、飛空艇『アーマフェイン』プロジェクト、その一翼を担うことになった。

 

 二人の工房は、魔法都市フェルノートに存在している。

 兄妹でやっているというから、もっとこじんまりとした規模を想像していたのだけど。

 街外れにドーンと構えた巨大な倉庫を見て、俺たちは度肝を抜かされた。

 

「おっきいな……」「すごい……おっきい」

「どうよ。中々立派なもんだろう?」

「もう。兄貴、また自慢しちゃって。私たちだけの力じゃないんだからね」

「わかってるって」

 

 まず目を奪われたのは、すぐ正面に設置されているアーマフェイン本体だ。

 どっかのゲームで見たようなデザインをリアルにしたらこうなるのか、という感想だった。金属製の船の上部や側面に、飛ぶためのプロペラがたくさん設置されている。よく見ると、風力を通す穴なども計算された位置に配置されている。

 一体どこで資金を調達したのか、出来上がれば人が何百人も乗れそうな立派な船体だった。

 

「こんなに立派なもの、どうやって?」

「実は、剣麗――レオン様がスポンサーになってくれて」

「俺と妹の熱意が通じたのかもな。ありがたいことだった」

「へえ。レオンがね」

 

 あいつ、こういう人の夢を応援するの好きそうだもんな。金の使い道がないから、とか何とかカッコつけて。

 

「私たち、何を手伝えばいいの? 見た目だけだと、ほとんど完成しているように見えるけど」

 

 ユイが尋ねると、メイリンは寂しい顔で笑った。

 

「見た目だけはね。肝心のところで詰まってて」

「悔しいけど、箱だけさ。エンジンがないとこいつは飛べない」

「それも、試作機をいっぱい作って、ちょっとずつ形は見えてきてるんだけどねー……」

 

 メイリンが本体の脇に目を向ける。そちらには、失敗の跡と見受けられる無数の小型試作機と、残骸があった。

 なるほど。肝心のエンジンがないと、どんなに立派な船体もただの巨大な模型でしかないからな。

 まずは試作機でテストして、それが上手くいけば徐々にサイズを上げて、最後は大型のエンジンを本体のアーマフェインに組み込むつもりであるらしい。

 

「じゃあエンジン造りのお手伝いをして欲しいってこと?」

「ああ。技術的な面と、材料的な面で色々と足りてなくてね。技術的な面はまだ、頑張ろうって思えるんだけど……どうしても材料が。ミッドオールの高ランク魔獣の素材や、貴重な鉱物が大量に必要なんだ」

「材料については、レオンに頼んで持ってきてもらうってのは無理だったのか?」

「相談してみたんだけど、やっぱりすごく忙しいみたいで。あと、僕よりもユウさんとユイさんならきっと何かヒントになることを知っているし、力になってくれるんじゃないかって。それで」

「あいつめ」

「あはは。そうだったの」

 

 すました顔で、上手く回されてしまったわけだ。

 そして、レオンの想像は正しい。

 実は、手伝うどころか、俺たちはほとんど答えを持っている。答えだけなら持っている。

 近未来のテクノロジーが生み出した怪物マシン――ディース=クライツ。フライトモードを解析すれば、マッハをも超える速度を実現するエンジン機構を明らかにすることができるはずだ。

 しかしそれは、世界に対して二足も三足も先を行く、本来存在してはならない技術である。

 以前、俺は似たようなことで失敗している。

 つい軽い気持ちで、サークリスでトランプを普及させてしまった件だ。あの後、アリスの口コミから爆発的に普及したトランプは、サークリスどころか、国全体における遊びの一つのスタンダードとして確立されてしまった。俺たちが何かをよそから持ち込むことによって、世界は思ったよりも簡単に姿を変えてしまう。

 ウィルが創り上げた浮遊都市エデルが、世界に覇を唱えて増長し、しまいにあんなことになってしまったように。不自然な技術は、きっと世界に歪みをもたらすだろう。

 だから、今ここで兄妹に答えを教えてしまうことが、果たして正しいことなのかというと、俺にはそうは思えなかった。

 あくまでさりげなく手助けするに留めようと心に誓い、こっそり念話で相談したユイも同意した。

 

 ということで、色んな依頼のついでに魔獣の素材や鉱物をせっせと集めては二人の工房に回したり、時々様子を見に来ては、エンジン機構についてさりげないアドバイスを贈ったりということが続いていた。

 一方で、トレヴァークにおける対応人物の捜索も、エインアークスの人手を使って進めていた。

 夢想の世界で飛空艇を造ろうとしているならば、きっと現実世界でも造ろうと夢見ているはずだ。現実の方に働きかけることで、より夢の実現に近付く発想が得られるのではないか、と考えたからだ。

 とは言え夢を見ているだけで、現実には造っていない可能性も高い。その場合は、捜索は難しいだろう。

 ヒントが少ないのと、別に探すことは急ぎでもなかったので、捜索には時間がかかった。何度かのはずれを経て(握手でもしてみないとわからないので、どうやって相手に触れるか、そこもちょっと苦労したわけだけど)、ついに先日、今度こそ同一人物ではないかと目される人が見つかった。

 

 そして事実を知ってまた、深く気分が落ち込んでしまった。

 

 二人の名前はそのままだった。

 バッカード兄妹は、現実でも飛空艇プロジェクトを推し進めていた。

 しかしそれは到底プロジェクトと呼べるような立派な規模のものではない、「夢の飛空艇プロジェクト」だった。

 何もかも夢のようにはいかなかった。

 強力なスポンサーであるレオンは、現実にはいない。人も簡単には集まってくれない。

 開発の規模はずっと小さく、資料を読むだけでも、資金集めから何から、大変な苦労をしてきたことが窺える。

 恐ろしい額の借金をしていた。実は借り先の一つを辿るとエインアークスに繋がっていて、借用書のデータからすべて身元が割れてしまったというのが発見の経緯だったのだ。

 ネットでも、一部で陰口が叩かれていた。いわく、「地に足のついていない変人兄妹」「鳥頭」「キチガイ」等々。

 

 しかし何よりも、打ちのめされそうになった事実は。

 

 兄の、トラッドの方は……数年前の飛行テストの事故で、帰らぬ人となっていた。

 

 それでも妹は諦めなかったらしい。どうやってか、年端いかぬ身でさらに資金を調達して、人からどんなに笑われようとも、呆れられようとも、兄が始めた夢を継いで、執念で開発を続けているという。

 

 とにかく話を聞いてみよう。そして何かできることがあるなら、力になろう。

 今は、兄妹にとっての完成形のその先であるディース=クライツを駆って、ステイブルグラッドへ向かって飛行を続けているところだった。


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