フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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119「世界の果てへ挑め」

「まいったぜ」

「いやほんとまいったわ」

 

 順調に冒険を続けていたはずのランドとシルヴィアは今、二人揃って、夜の食堂で酒を呷りながらグダっていた。

 相当気落ちしているみたいだ。

 

「せっかくユウさんに修行付けてもらってるのによー。あれじゃどうしようもねえぜ」

「私も無理。もう動きにくくって仕方ないわ」

 

 二人の嘆くところによれば、どうやら非常に広大なパワーレスエリアにぶち当たってしまったようだった。

 パワーレスエリアでは、その名が示す通り、彼らラナソールの人間はまともに力を発揮することができない。原因はおそらく、トレヴァークとの境界が近くなってしまっている場所だからだと推測される。実際、世界に穴が開く現象が観察されるのは、ほとんどパワーレスエリアのどこかだ。

 トレヴァークに近いということはつまり、ランドはそれだけリクのスペックに近付き、シルヴィアはシズハのスペックに近付く。現実世界の二人は、ラナソールに比べるとほんの小さな力しか持っていないので、全身から力が抜けたように感じてしまうのだろう。

 たぶん一番ひどくやられてしまうのがユイで、彼女は現実世界での肉体を持っていないから、まったく動けなくなってしまう。その上、もし世界の穴に飲み込まれてしまったらどうなるのかは、想像したくもない。もちろん身代わりになってでも、絶対にさせるつもりはない。

 その点、俺はまだ相対的には動ける方だった。要はトレヴァークに行ったようなものだと思って動けばいいだけのことだ。

 いざとなればまた俺が助け舟を出すつもりで、耳を傾けていた。

 

「シルよう~。お前の方が妙に動きが軽やかだったもんで、助かったけどな。俺はすぐバテちまった。情けないったらありゃしねえ」

「いいのよ。困ったときはお互い様だって何度も言ってるでしょう」

「はは。違いねえ」

 

 パワーレスエリアにおけるランドとシルの調子の差は、リクが単なる一般人で、シズハがよく訓練されたプロであることに起因すると思われる。

 

「広いってどのくらいなんだ」

「わからねえ。とにかく滅茶苦茶広いぜ。ほとんど何にもないところだから、ただ歩くだけだったんだけどな」

「ほとんど何もないって?」

 

 ユイも興味を示して、カウンター越しに会話に参加してきた。

 

「妙なとこなのよ。どこまで歩いて行っても殺風景な荒野」

「そして、どこまでもパワーレスエリアだったのさ。頑張って歩いたんだけどさ、途中で帰りの分の食糧が足りなくなりそうだったんで、泣く泣くギブアップだ」

 

 パワーレスエリアでは、ワープクリスタルなんて「夢みたいな代物」も使えないので、レジンバークに帰っての補給が一切できない。食糧計算をして、無理をせず生還してきたところは立派なものだ。

 

「何とかエリアを避けられないかってずーっと荒野の辺境を走ってみたのだけど……ダメね」

「ぐるっと囲むように配置されてるみてーだ。ちくしょう」

 

 二人は仲良く肩をすくめ、溜息を吐いた。

 

「ほう。君たちもそこまで辿り着いたか」

 

 そこに、近くのテーブルからピンク髪の優男が寄ってきた。

 

「うおっ!? しれっと剣麗様がいらっしゃる!?」

「ナチュラルにいるし!? ビビったわ!」

 

 そう言えば今日は、久しぶりにレオンが来てたな。

 彼は洒落たグラスを片手に、優雅な立ちスタイルでお酒を楽しんでいる。中に注がれているのはうちの人気メニュー、甘い完熟アリムの果汁をブレンドしたカクテルだ。口当たりがまろやかで、女性や子供にも人気がある。俺たちは、彼がしょっちゅうそれを頼んでいるのを知っている。どうやら彼は、甘めのお酒がお気に入りのようだ。

 

「ふっ、そう身構えなくても。僕は、君たちとはもっと仲良くなれそうな気がしているけれどね」

「やった! あんたからそんなことを言ってもらえるなんて光栄だぜ」

「まさか剣麗様からそんなに高い評価を受けてるなんてね」

「それだけではないけどね」

 

 レオンは曖昧な言葉で、穏やかに微笑んだ。

 

「ところで剣麗さん。あんた、俺たちもって言ったよな? やっぱあんたも辿り着いていたのか? しかも俺たちより先に」

「ちょっと悔しいけど、別に不思議なことじゃないわね」

 

 ワールド・エンドを目指すグランドクエストに挑む面々に、現在レオンは名を連ねていない。しかし非公式には、彼は挑んだのではないかと噂されている。それもかなりのところまで進んだのではないかと。

 その通りであるという事実を、彼は結構前に俺とユイには打ち明けてくれた。

 今さら隠すようなことでもないのか、彼は首肯する。

 

「果ての荒野、と呼んでいるよ。もっとも、本当に果てかどうかはわからないけどね」

「果ての荒野、か。なんとなくそれっぽいネーミングでいい感じじゃねーか!」

 

 俄然やる気出てきた、と勢い握りこぶしを作るランド。

 

「ランドはほんと単純でいいわね」

「おうよ。男はくよくよ悩んでも仕方ねえ。やると決めて、やるだけさ」

「どっかの誰かさんたちに聞かせてあげたいわ。男と言わず女にも」

 

 シルが皮肉気に言っているのは、色んなことでくよくよ悩むもう一人の彼と、あともう一人の自分を指してのことだろう。

 

「聞かせたい奴がいるのか? 別にそんなありがたい言葉でもねーよーな気がするんだけどな」

「でも私は結構救われたわよ。あんたのそのバカっていうか、軽さに」

「バカは余計だろ。確かにそうだけどよ」

「本当は悩んでいても、私の前だと明るく振舞ってくれるところとか」

「んー? 別にそんなことねーぞ」

 

 いつも能天気なつもりのランドは要領を得ないのか、首を傾げている。

 わかる人だけにはわかる言葉だ。内心ににやにやしてしまう自分を許して欲しい。

 

「それでね、いつでも好きなことには、少年みたいに目を輝かせられる。そんなあなたが好きよ」

 

 たぶんランドとリク、二人に対して言っていた。

 さらっと言ってしまった後に、シルが気付いて、あわわと慌てふためいた。

 ランドも気付いて、頭の上にボンッと沸騰するような効果音でも付きそうなほど戸惑っている。

 二人とも、完熟アリムの実のように真っ赤になっていった。

 

「バッ……! お前、人前で照れるじゃねーか!」

「あっ、勘違いしないで! パートナーとしてよ!」

「そうか! だよな!」

「うん! そうよ!」

 

 ちらりと目を逸らすと、ユイとミティと目が合った。

 完全に同意見だ。

 もうお前らくっついて爆発してしまえ。

 

 たまらず吹き出したのが、レオンだった。

 

「ハハハ! いやあ、いいね。青春だね!」

「わ、私たち、別にそんなんじゃないし!」

「ただのなかーま、ビジネスライクってやつだぜ!」

「ねー」「なー」

 

 いやもうそのやりとりがね。

 レオンも笑いが止まらないようだった。

 

「フフ、羨ましい限りだよ。僕も恋の一つでもしてみたいものだ」

 

 ちらりと俺の方に視線を投げかけるので、曖昧に笑っておいた。

 

「だから! そうじゃないって言ってるでしょ」

「ん、でも意外だな。あんたほどの英雄様なら、美女なんていくらでも寄って来そうなもんなのに」

「あら、本当ね。性格だって悪くないと思うわよ?」 

「いや……まあ、来るには来るんだけどね。扱いをどうしたものかと、いつも困ってしまうんだ」

 

 本当に困っているのか、彼は苦笑いしていた。

 

「優男が災いするってか? 紳士なんだなあおい!」

 

 気楽に肩をバンバンと叩くあたり、実際ちょっと話してみたらレオンとランドはもう打ち解けたようだ。

 

「そんなもの、適当に食い散らかしたってバチ当たらないわよ。キャーレオン様に抱いていただけたわー! なんて目をキラッキラさせて語るに決まってるわ。ついでに私も広めてやるわ」

 

 さすがシルヴィアさん。つよい。

 

「本当に好きでもないのに、気安く触れるわけにはいかないよ。女性は大切に扱わないとね」

「ほーお。立派です。お堅い方なんですねぇ」

 

 ミティが感心したように頷く。

 例の事件があってから、ミティからはどこか強張りが取れたというか、思い詰めたような表情を見せることが少なくなった。

 でもますます俺のことが好きになってしまったみたいで、事情も理由もわかっちゃったから、余計無下にしにくいというか。

 ユイが遠方の仕事で離れ、俺が深夜まで仕事をした日の帰り、「温めておきました」と俺の布団からひょこっと顔を出したときには、空いた口が塞がらなかったよ。

「わたし、本当に現地妻でいいんですよ? ユウさんのひとときになれるなら」って一言まで添えてきて。ゆるい寝間着と、無理のない範囲で煽情的な衣装だし。

 追い出すのも偲びなくて、結局、隣で寝ることは認めてしまった。よく手を出さなかったと思う。

 彼女の方もアプローチを切り替えたらしく、自分を投げ売りするようなことはしないで、時間をかけてじっくり攻めてくるつもりらしい。しかも一緒に寝られるだけで結構嬉しそうに満足していた。

 こう素直に来られると……俺の弱いやつだ。

 しかし、向こうでは男とは思えないくらいいい身体していて、匂いもいいんだよな。さすが理想の姿だ。

 

 思考が逸れている間に、いつの間にか話題は元に戻っていた。

 

「僕は、果ての荒野こそが、ラナソールの人間を阻む最大の壁なのではないかと考えている」

「確かにそんな気がしてくるな」

 

 そうなると、いよいよ世界の果てが近づいているのかもしれないな。

 果てはどうなっているんだろう。いくつか予想される形の候補はあるけれど。

 楽しみ半分。怖さ半分かな。

 

 レオンはランドシルの方を見て、どこか寂しげに笑った。

 

「実は恥ずかしながら、僕が諦めた地点がそこなんだ。僕はパワーレスエリアの影響を致命的に受けてしまうからね。歩くのも困難になってしまったよ。そういうものだと思って、諦めるしかなかったんだ」

 

 なるほど。レオンはパワーレスエリアだと、歩くのも大変なくらいになってしまうのか。

 

 ――ああ、そうか。なるほど。なるほど。

 

「へえ。剣麗さんにも意外な弱点があったってわけか。でもパワーレスエリアじゃしょうがないよなあ」

「私たちは何とか歩けはするものね。まだ恵まれているのかもね」

「そうだなあ。よーし、剣麗さんの分まで俺たちが頑張ろうぜ!」

「そうね!」

「はは、その意気だよ。君たちが僕には辿り着けなかった世界を見てくることを期待しているよ」

「「任せろ(て)!」」

 

 ランドシルは、決意を新たにしたみたいだ。目付きが燃えている。

 

「というわけでユウさん! またまた力を貸してくれよ!」

「ある程度まで何とかしてくれたら、あとは私たちで頑張るわ。お願い」

「わかった。依頼を承ったよ」

 

 どうやらいいところまで来てるんだ。一肌脱ぐとしようじゃないか。

 

 そして、ランドとシルヴィア最長の冒険、果ての荒野攻略作戦が幕を開けた。

 

 俺が採ることにした支援は、実にシンプルで、ささやかなものだ。全面的にバックアップするのはやめた。

 ユイが先に言い出したことだけど、この世界はフェバルにとって不寛容にできている。今までは俺たちがフェバルとして不完全だからという理由? でお目こぼしをもらっていたけど、いざ本当に世界の果てが近付いてくれば、どうなるかわからない。最悪、果ての姿を見せてくれないかもしれない。

 あくまで彼ら自身に到達して欲しかった。だから力が発揮できなくても、頑張って進んでもらうことにする。彼らもやる気だしね。

 問題は食糧だった。補給手段だけは、彼ら自身ではどうしようもない。

 そこで俺の出番だ。

 トレヴァークからリクもしくはシズハを介してラナソールへ行けば、いつでもランドとシルの目の前に行くことができる。そして俺には『心の世界』ストレージがある。無限食糧倉庫としての役割を果たせるのだ。

 何日かおきに二人の下へ訪れて、食糧セットを置いていけばいいだろう。

 実のところ、俺の支援は本当にそれだけだった。

 たぶん、長い冒険になるだろう。レジンバークには帰れない日々が続くだろう。

 頑張れ。ランド。シルヴィア。

 夢の果ては、君たちの手にかかっている。


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