フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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120「英雄の素顔」

 二人がいよいよ剣麗も到達できなかった難所に挑むらしいという噂は、うちの食堂を発信地として、すぐにレジンバーク中を駆け巡った。

 レジンバークの人は、とにかくお祭り騒ぎが大好きだ。出発式をしようという話になった。

 多くの冒険者仲間に見送られて、ランドとシルは、意気揚々と果ての荒野に旅立っていった。

 

 たっぷり食糧を持っていったので、次に見えるのは大体一週間後になるだろう。一応緊急で何かあったときは、強く助けを念じてくれと伝えてある。《マインドリンカー》を張っておいたから、強い想いがあればこちらに伝わってくるようになっている。ついでに力を増幅させる効果もあるので、いくらか楽になるはずだ。

 これをずっと続けるのは結構な負担なんだけど、俺とユイも頑張ろう。

 

 さて、日頃お世話になってきたリク-ランドパスとシズハ-シルヴィアパスは、しばらく自由に使えなくなる。

 ではどうやってトレヴァークに移動するかというと。

 二年近くもの時間をかけて着々と積み重ねてきた実績は、今や世界中に絆の網を張り巡らせていた。ありのまま団や依頼人のうちで、特に仲を深めた人の手を取れば、どこからでもトレヴァークに向かうことができるだろう。

 とは言え、トレヴァークの人たちにとっては、何もないところからいきなり俺が出て来るわけで。ほとんど怪奇現象だ。色んな人に対して無節操にやってると、それだけでニュースになりかねない。最悪不法侵入だ何だとかで捕まるかもしれない。

 できればリクやシズハのような、俺のことを世間に言いふらさず、かついきなり現れることを許容してくれるような親しい人物が望ましい。

 ランドとシルがいない今、それがいけそうな人物には、身近なところで二組ほど思い当たりがある。

 一組はもちろん、ミチオ-ミティだ。

 ただし聞いたところによれば、ミチオが普段住んでいるところはアロステップという町で、トリグラーブではない。

 アロステップは。トレヴィス=ラグノーディスで繋がるトレヴィス大陸東端の町――つまりラナソールでいうここレジンバークとほぼ同じところに位置する町である。写真や本で見た限りでは、レジンバークから冒険者要素をごっそり抜き去ったようなところで、入り組んだ形状の通りは健在だが、こちらと比べると面白味はない。

 彼はミスコンに出るために、わざわざバスタートラック、ダイクロップスを経由してはるばる大陸中央のトリグラーブまでやって来た旅行者だった。

 ……なのに軽く負かしちゃってごめん。

 まあそれはさておき。

 なんだかんだ言っても、世界の中心地はトリグラーブであり、普段はあそこを起点に諸々の活動をする方が、何かと都合が良い。アロステップからトリグラーブまで、普通に陸路で行けば一週間レベルの時間がかかるし、ディース=クライツを使って飛んでも半日はかかる。フライトモードは消費が激しいから、毎度ラナソールのユイに送って、雷魔法でチャージしてもらうという手間もかかる。

 なので、トリグラーブに直接行ける人物がより望ましい。

 

 俺は長い間気付けなかった。全ての望ましい条件を満たす人物が、ずっと近くにいたことを。

 

 数々の状況証拠は、おそらくそうだと言っている。

 ただ確信だけがなかった。自信が持てないうちは、あいつはそこを見抜いてはぐらかすだろう。

 

 さあ、答え合わせの時間だ。

 

 出発式が終わり、ギャラリーがまばらに帰っていく中、その人物の背中を叩いて、呼び止めた。

 

「なんだい。ユウ君」

「君は約束通り、ずっと協力してくれてたんだな」

 

 あえて、長い方の名前で呼んだ。

 

 

 

「レオンハルト。いや――ハル」

 

 

 

「おや。やっと気付いたのかい?」

 

 彼はにやりと、いつものように優雅ではなく、どこか子供っぽい調子で笑った。

 

 やっぱりか。君がこちら側のハルだったんだ。

 

「本当なら、もっと早く気付いてあげるべきだったんだけどね。確信が持てなかったんだ」

「まあ無理もないさ。性別も姿も、まるっきり違うからね」

 

 彼は自分の身体を確かめるように、伝説の鎧をコンコンと叩いた。

 

「それもあるけど。まるでレオンのことを他人のように話すものだからさ。すっかり騙されたよ」

 

 名前がよく似ていて同性の冒険者、『剣姫』ハルティ・クライかと考えていた時期もあったほどだ。口調も似ていたし。

 

「僕だって簡単にバレたら、面白くないだろう?」

 

 あくまで悪びれずに微笑む彼に、してやられたなと改めて思う。でも悪くない気分だった。

 

「時間はかかったけど、ゲーム終了ってことでいいかな」

「いいとも。よく見つけてくれたね。待っていたよ」

 

 彼は自分の胸に手を当てて、芝居ががった調子でお辞儀をしてみせた。

 

「改めまして。レオンハルト・スノウザー。それが僕のフルネームだ」

 

 レオン「ハル」ト・「スノウ」ザー。

 なるほど。ユキミ ハルだ。

 

「初めて聞いたな。それ」

「だってわざとレオンと名乗っていたし、呼ばせていたからね」

「うわ。結構負けず嫌いなんだね。君も」

「ゲームとなれば、それはもう本気さ。たまにハルを真面目に探している君を見ていて、こっそり楽しかったよ」

 

 ふふっと、まるで女の子のときのように彼は笑った。

 

 男で、女で。

 

 この世界に来るまで、俺のような境遇の人間はまあいないだろうと思っていたけど。

 驚いたよ。そして嬉しいかな。同類が結構いるものだ。

 どうせならユイと分かれているときでなくて、目の前で変身させて驚かせ返してやりたかったかな。

 どことなく漂う中性的な雰囲気と、時折見られた女性らしい仕草や好みは、わかってみれば本物の女性のそれから来ているのだとわかる。

 女性にとって一番のイケメンに映るのは、カッコいい同性だとたまに言われるけど。

 カッコいい同性をそのまま男性にしたような「私たちの考えた最高のイケメン」が、剣麗レオンハルトというわけだ。

 なにせ中身が女性で、しかもミティと違ってそのことを自覚している。

 下心もない。強い。優しい。カッコいい。となれば、当然のようにモテまくる。女性の憧れを具現化したような存在だ。オーラも出る。倒れる奴もまあ出てくる。

 そして彼が、いや彼女が、言い寄られて困ってしまうのも納得だ。本人にその気がまったくないのだから。

 そんな、彼と言っていいのか彼女と言っていいのかわからないレオンは――いや、もうあえてハルと呼ぼう――ハルは、いたずらっ子が種明かしをするように、全身を見せびらかして笑った。

 

「どうだい。正体を知って。とっても驚いただろう?」

「いや……。実は最近、もっと驚いた事例があって……ほんとはそれで確証が持てたっていうか……うん」

「なんだいそれは。詳しく聞かせてもらってもいいかな?」

 

 興味津々で身を乗り出されては、詳らかに話すしかないだろう。

 

「……ハハハハ!」

 

 すべてを聞き終えて、ハルは、腹を抱えて笑っていた。上品さを崩さない範囲で、ほとんど爆笑に近いと言ってもいいだろう。

 

「じゃあ君は、ずっと中身が男の人に好かれて、熱愛アプローチを受け続けていたというわけかい! そして今も! ハハ、失礼。こちらでは正真正銘、女性だよね。いやあ、本当に面白いね! 君は!」

 

 もう隠す必要がないと言わんばかりに、感情表現からキザったらしい飾ったところが消えた。周囲からは完全無欠の英雄のイメージを強く持たれているからか、あまりイメージと違う、がっかりさせるような振る舞いはしにくかったのだろう。

 あるいは、あえてそのように振舞うことで、俺の目からもカモフラージュしていたのか。

 とにかく俺の前で素直になった彼、彼女は、より好ましい人物に映った。

 

「フフ――でもまあ、僕も似たようなものか。男だけど女で、そして君が好きだ。人としても、異性としてもね」

 

 夢がベースだからか、ハルの愛情表現は、かなり大胆だった。

 逞しい身体でがっつりと肩を組まれて、耳打ちされた。

 

「どうだい。試しに僕と付き合ってみるかい? 一部の女性が喜んで騒ぎ立てるかもね」

「ちょっ……!」

 

 急に変なこと言うな! びっくりするじゃないか!

 

「変な冗談はやめてくれ! もし付き合うなら、女の子の君にするよ……」

「ハハハ。そうしてくれたら、僕としても嬉しいのだけどね。おっと。彼女は繊細だから、丁重に扱ってくれると嬉しいかな?」

「君からそんなに言われるなんて、本当に好かれてるんだな……」

「ああ。本当に好きみたいだよ。彼女は」

 

 当人だけど当人じゃない。もう一人のハルは、まるで現実世界の彼女の代弁者のようだった。

 

「……でも、ミティアナが諦めないのなら、僕たちも諦めたくないかな。少しは目があるかもしれないし……」

「何か言った?」

「いいや。何でもないさ」

 

 それからハルは、どうして彼女が英雄の彼になるに至ったのか、その経緯を教えてくれた。

 

「寝たきりになってから、夢想する時間が増えたと言ったよね」

「ああ。そう言ってたな」

「次第にこの世界での彼女の意識が明確になってきて。はっきり認識したときは、本当にびっくりしたよ。歩けない彼女は、心から自由になりたい、強くなりたいとは願っていたけどね……だって、男だよ? それも、後で知ったことだけど、パッケージの正面に載るような英雄の器じゃないか。どうして僕が? と思ったよ」

 

 なぜ男になったのかまではわからないが。

 つまりそれだけ、彼女の強くなりたいというイメージ力が強く、英雄として理想化したということなのかもしれない。

 他のほとんどあらゆる人物を突き放し、世界の先端を駆ける英雄。そこに至った彼女も、一種の天才なのだろう。

 

「けど使い慣れてみると、これはこれでいいものだね。思った通りに身体が動く歓び。ラナソールは、まさに夢の世界さ」

「そっか。現実で不自由してる分、こっちで君は愉しみを見出してきたんだね」

「そうだね。君が来てからは、現実も素敵なものだと思うようになったけれどね」

「はは。ありがとう」

 

 積極的に来られてるみたいだな。やっぱり。

 

「ただ、ちょっと困った部分もあって……身体が男である以上、どうしたって込み上げてくる劣情には、時折辟易してしまうけどね」

 

 うわ。思った以上に生々しい話が飛び出してきたな。これ、体験者にしかわからないやつだ。

 俺も「私」が最初のアレのときは大変だったよ。

 

「結構苦労してきたんだな。君も」

「へえ。まるでわかっているような口ぶりだね」

「まあ、ね」

「できれば、その辺りの話も聞かせてくれると嬉しいかな」

「そうだな。そっちは後で向こうの君に話すことにするよ」

「いいね。楽しみにしているよ」

 

 別に隠すことでもない。俺もユイそっくりの女の子だったと知ったら、彼女も喜ぶだろう。

 一緒に両性類(誤字ではない)の楽しみや悩みでもたっぷり話せるかもしれない。それは楽しそうだ。

 

「それから……あとは、そうだな」

 

 突然、頭をぽんぽんと叩かれた。まるでユイにそうされているようで……ってなんでこんなことされてるんだ?

 戸惑った。

 

「向こうでは、僕は見上げてばかりだからね。君が大きくて、カッコよく見えて。でもこっちだと逆に、君が可愛く見えて。それが結構楽しいかな」

 

 目を細めて楽しそうに笑っている彼の裏に、ほとんど彼女の小悪魔な笑顔が透けて見えた。しかも、まるで子供に接しているみたいだ。

 軽くあやされているような気分になって、よりにもよって妹のように見えていたところもあったハルにそうされているというのは、何となくプライドが傷付いた。

 強く拒絶するとショックを受けるかもしれないから、やんわりと腕を振り払って、言った。

 

「変なとこで成長止まっちゃったからな。実はちょっとコンプレックスなんだよ……」

「そうかい? 僕は可愛くていいと思うけどなあ」

「くっそー。複雑な気分だ……」

「あはは。やっぱりカッコよくて、でも可愛いよね。君」

 

 言われて嬉しい部分と、悔しい部分が混在している。

 たぶん、的確な評なんだろう。

 どちらかというと、可愛い方なんだろうなとは自覚している。ただはっきり言われてしまうと、むず痒いものがある。

 じゃあもし自分がすごく男らしい、ムサい男だったらどうかというと、それはそれで嫌かもしれない。

 結局どんな自分でも、何かしらコンプレックスはあるものなのかもな。

 

「そんな君と……僕にとっての英雄の君と。ここでは肩を並べて戦えることが、何より嬉しいんだ」

 

 ハルは熱のこもった瞳で俺を見つめて、そう言った。込められた気持ちから、きっとそれが本当に嬉しかったことなのだと理解する。

 トレヴァークで、俺はハルに言った。「君は君にできる戦いをすればいい」と。

 言うだけなら簡単だ。しかし、実践するのは容易ではない。

 その言葉を、ハルは忠実に守ってくれた。

 深淵のダンジョンを調査し、人の夢を応援し、怪しい終末教相手に大立ち回りを繰り広げて。毎日、レオンハルトのニュースを聞かない日はなかった。

 世界の平和と秩序を守る英雄として、立派に役目を果たし続けていたんだ。誰よりも最前線で。

 

「そっか。すごく頑張ってくれてたんだね。俺も嬉しいよ。本当に」

「ふふ。せっかくだし、成果について色々と話したいこともあるんだけど――さて。もう誰も邪魔はいないね」

 

 彼、彼女が突然、話題を変えた。

 気が付くと、既にランドシルを見送ったギャラリーは解散していて、二人きりになっていた。

 

「久しぶりだ。今後の話の前に。一つ、準備運動でもしてみるかい?」

「……なるほど。実は、俺も適当な相手がいなくてさ。ここらで修行の成果を試してみたいところだったんだ」

 

 示し合わせたように、俺は気剣を、ハルは聖剣を、同時に抜き放った。

 

『あまり激しく遊び過ぎないようにね』

『はい』

 

 やっぱり普通に話を聞いていたユイからも、許可をもらった。

 

「お姉さんから、許可は頂けたかい?」

「……なんでわかったの?」

「何となく、かな」

「ああ。もらったよ」

「ようし。……そうそう。別に女の子だと知ったからって、遠慮することはないからね?」

「大丈夫だ。俺は嫁でも手抜きはしない人だから」

 

 そんなことしたら、俺自身が「手抜き」にされるからな。実際されたからな。

 

「そうかい。それを聞いて安心したよ」

 

 二人、同時に駆け出す。

 

「これからもよろしく。戦友君!」

「こちらこそ!」

 

 挨拶代わりの剣戟が、晴れ渡った空に響き渡った。


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