フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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24「星屑祭三日目 二つの身体を使い分けて」

 私は奴のいる位置に魔法の狙いを定めた。

 少し距離が遠い。大規模な魔法では、途中で気付かれて避けられてしまうだろう。

 ここは、ほどほどでも確実にダメージを狙おう。

 

 風の魔弾。

 

《ファルバレット》

 

 いくつもの小さな空気の弾丸が生成される。それらは私のすぐ傍らに浮かんで奴の居場所を正確にターゲットしながら、私の命令を待っていた。

 行け。

 複数の弾は、同時に目覚ましい速さで動き出し、建物の隙間をすり抜けながら奴に迫っていく。

 こいつは威力こそ中くらいだが、スピードはトップクラスの魔法だ。

 本物のピストルほどの速度はないから、簡単に人体を貫通したりはしないけど、当たれば肉は抉る。場所によっては深刻なダメージを与えることができるはずだ。

 まもなく、狙い通り魔法が命中したらしい。奴がぶち切れながら大声を上げた。

 

「くそがあーーっ! どこだ!? どこにいやがるっ!?」

 

 声を聞く感じだと、残念ながらさほど傷は負わせられなかったようだ。何らかの加速魔法を使っているだけあって、さすがに攻撃に対する反応が早いな。

 

「出てきやがれーーー!」

 

 奴は血眼になって私を探し始めた。

 もちろん誰が素直に出て行くもんか。位置は悟らせない。

 このままアドバンテージを保って、遠距離攻撃で削っていってやる。

 男に変身して、居場所を悟られないように移動しながら奴の位置を確認。女になって魔法で攻撃。

 また男になって――というサイクルを繰り返していく。

 だが、最初の不意打ちこそ効果的だったものの、死角からの攻撃へ警戒を強めた奴に対して、中々決定打は生まれなかった。

 私は次第に焦りを感じ始めていた。

 ダメだ。小規模の魔法をこつこつ当てていったんじゃ、奴の魔法抵抗力もあって倒し切れない。

 魔力ももう残り少なくなってきた。このままではいずれ魔法が使えなくなってしまう。そうなれば、この戦法は破綻してしまう。

 どうにかして近づいて、気剣を叩き込むことができたら。

 そう思った。

 イネア先生に教えてもらったあの技を当てられれば。きっと倒せるはずだ。

 

 イネア先生のさらに師匠に当たる、ジルフ・アーライズなる人物が元々使っていたという技。

 彼のオリジナルは遥かに凄いものだったと聞いた。けどそれは、フェバルの固有能力を持った彼にしかできない御業だった。

 だから先生が彼の元の技を参考に、俺にも使える通常の気剣技として完成させたんだ。

 色々と細かな難しい点はあるのだが、原理は簡単。

 気剣に思い切り気を集中させて、斬るだけ。

 たったそれだけのシンプルな技だ。

 だが単純ゆえに欠点もなく、力強い。

 気剣術の奥義にして、男女を含めて俺が持つ最強の威力の技だった。

 

 機を窺いながら攻撃を続けていると、ついに業を煮やしたのか。

 奴はとんでもないことを叫び出した。

 

「ちくしょう! ちまちま攻撃しやがって! 出てこいっ! 出て来ねえと、てめえが見つかるまでこの辺全部ぶっ壊してやるぞ! 皆殺しだぁーー!」

 

 一瞬ではらわたが煮えくり返りそうになる。

 

 また関係ない人を巻き込むつもりか! お前はどこまでクズなんだ!

 

 許されるなら、すぐにでも出て行きたい。奴の横暴を止め、怒りの言葉を叩きつけてやりたい。

 それでも自らの衝動を、必死に抑えていた。

 今ここで出て行けば、奴の思うつぼだ。

 どうせ奴は、俺が出て行っても行かなくても、これまで散々破壊行為を続けてきた。

 そういう奴なんだ。

 まだ離れて隙を窺っていた方が、奴を倒せる可能性は高い。

 落ち着け。冷静になれ。

 理性が己を辛うじて諭そうとしていた、そのとき。

 

 爆発が。

 一つ、二つと巻き起こる。

 近くの民家が、いともあっけなく吹っ飛んでしまった。

 悲鳴が聞こえてくる。

 

 あいつ……! 本当にやりやがった!

 

 頭に血が上った俺は、歯を食いしばり、拳を固く握り締めていた。

 

 ――行くな。行っちゃダメだ!

 

 なんとかギリギリのところで堪え、攻撃しても居場所がばれない位置まで移動しようとする。

 そんな俺に見せつけるように、奴は次々と大爆発を起こした。辺りの民家を片っぱしから破壊していく。

 俺は身を引き裂かれそうな思いで、悲惨な光景を目に焼き付けた。

 

 やめろ……やめろよ! 中には、人がいるんだぞ!

 

 直接自分たちが狙われていることに気付いた人々が、我先にと家を飛び出し、大慌てで逃げ始めた。

 奴は自ら生み出した情景を楽しそうな声で笑い飛ばしながら、赤子の手を捻るように簡単に人々を爆殺していく。

 街は燃え盛り、いたるところ死の匂いが立ち込めていた。

 殺された者の死を嘆く余裕すらなく、人々は奴からただひたすら逃げることしかできない。

 わなわなと、怒りで身が震える。

 今すぐにでも、奴に思い切り魔法をぶち込んでやりたい!

 でも、それはできない。今までの我慢が無駄になる。

 家が壊されて、視界が開けてしまった。まだ移動しなければ、奴に居場所がばれてしまう。

 

 攻撃を焦るな。焦っちゃダメだ……!

 

 やっと攻撃可能な地点まで辿り着いて女に変身した私は、すかさず魔法を打つ態勢に入ろうとする。

 

 だがそこで――とんでもないものを見てしまった。

 

 ちらりと、見覚えのある子供の姿が視界の端に映ったんだ。

 あの子は、まさか。いや、間違いない。

 祭りの初日にファルモを取ってあげた、小さな男の子だった。

 一人だけ完全に逃げ遅れて、泣いていた。

 ああ。そんなものを見てしまったら。

 突如として、胸中に抑えの効かない感情が込み上げてきた。

 

「はははははは!」

 

 高笑いする奴の声が聞こえ、魔法を振るう直前の魔力の高まりを感じたとき――ついに感情が理性を凌駕してしまった。

 気付けば、私は奴の目の前に飛び出していた。

 考えなんてなかった。居ても立ってもいられなかった。

 自分でも馬鹿だと思う。身体が勝手に動いてしまったんだ。

 

「やめろ! もうやめるんだ!」

 

 奴は私の姿を認めると、嘲けるような嗤いを浮かべた。

 

「くっくっく。馬鹿だぜ! 本当に出てくるとはなあ! あのまま遠くで攻撃するか、さっさと逃げりゃ良かったのによぉ!」

 

 姿を見せたことで、あの子を含めた人々への攻撃がとりあえず止まった。

 そのことが、私の頭を幾分冷やしてくれた。

 

「見てられなかったんだ。散々好き勝手しやがって!」

「はっ! とんだ甘ちゃんだな! その甘さが――命取りになるわけだ」

 

 これ以上ないくらいの怒りをもって、奴を睨みつけた。

 

「私はお前を許さない」

 

 それを聞いた奴は、まるで面白い冗談でも聞いたと言いたげに爆笑し始めた。

 何が可笑しい。

 

「許さないだぁ!? はっははははは! 傑作だな、おい!」

 

 そして奴は、突然嗤うのを止めると、ドスの利いた声で脅すように言った。

 

「このオレが、てめえのようなガキに許される必要がどこにある?」

「必要かどうかなんて関係ない。ただ、許さないと言ってるだけだ!」

「そういうのはなあ、力のあるヤツが言わねえと滑稽でしかねえんだよ。力のないヤツァ、ただ蹂躙されるしかねえ。それが、この世の真理だろうが」

「滑稽だろうが、真理だろうが。私はお前のことなんて認めない」

 

 男に変身する。奴の爆発魔法が来たとき、避けられるように。

 俺の変身をまじまじと見た奴は、いらついた様子で言った。

 

「ころころ姿を変えやがって。おかしなヤツだぜ。なにもんだよ、てめえは!」

「何者かなんて、自分でも知るかよ」

 

 己の運命にだって、まだまだ納得できていないくらいだ。

 

「はっ! そうかよ! じゃあ、そのまま死ねや!」

 

 俺と奴は、互いに睨み合ったまま対峙する。ピリピリと空気が張り詰めるのを感じた。

 奴の前に出てしまったことで、形勢は一気に厳しくなった。

 それでも絶対にこいつには負けるわけにいかない。勝ってみんなを守るんだ。

 短期決戦しかないだろう。長引けば、それだけ奴に有利だ。こっちはもう魔力も少ないし、気力の消費も激しい。

 どちらかが切れたとき、俺の命運は尽きる。

 攻撃を読むんだ。奴の一挙一動を見逃すな。

 周りの空気が、わずかに熱を帯びる。

 爆発が来る。

 横へステップすると、やはり俺のいた場所に大爆発が起こった。

 爆風の直撃を避けながら、瞬時に女になって、魔力消費の少ない風魔法を放つ。

 

《ラファルス》

 

「おせーよ!」

 

 六本の風の刀身は、すべて奴の身体すれすれでかわされてしまう。

 当てられはしなかったが、しかしただでは転ばなかった。

 奴はこれまでも何らかの加速魔法を使っていた。その正体がわからなかったけど、今の攻撃で推測がついたのだ。

 アーガスの重力魔法と魔力の雰囲気が似ているのを、しっかりと確認した。

 きっと時空魔法だ。奴はおそらく時空間を直接弄ることによって、実質的に加速の効果を得ているに違いない。

 再び男に変身して、白く輝く気剣を生み出す。

 そして果敢に斬りかかりにいった。

 

「おっと! させねぇよ!」

 

 奴を中心に、防御するように爆風が巻き起こる。

 くっ! あんなものを食らえば、一たまりもない。

 俺は慌てて飛び退くしかなかった。

 

 攻撃の爆発魔法に、移動・回避の時空魔法。そして、防御の爆風魔法。

 どうやら奴が使うのはこのたった三つだけのようだが、そのどれもが強力で非常に厄介だった。

 おそらく奴は、この三つの魔法を徹底的に磨き上げた爆殺のエキスパートなのだろう。

 爆発で常に狙われ、魔法を撃てば避けられ、接近して気剣で斬ろうとすれば爆風を起こされてしまう。

 付け入る隙がない。俺には奴を倒す手段が見つからなかった。

 

 短期決戦の望みとは裏腹に、状況は次第に膠着していく。

 

「はっはあ! 疲れが見えるぜ。くたばるときが、近づいてきたようだなぁ!」

 

 どうにか直接爆発には当たらずに済んでいるものの、完全にかわしきれなくなってきた。爆風に揺られてよろめくことも増えてきている。

 精神力も体力も、もう限界に近い。

 それでも諦めずに、勝機を見出そうとしていた。

 奴が爆発魔法を使った直後だけは、一瞬の隙ができる。そこさえ突ければ。奴が爆風を展開する前に接近できれば。

 だけど、どうやってあの爆発魔法に対処すればいい? 攻撃を避けながら突っ込むなんて真似ができないように、奴は巧みにそれを操っている。

 ここまで俺は、爆発に対し、奴の正面方向から後ろに下がるか、横に逃げることしかできなかった。もし前へ進めば魔法が直撃するような、絶妙な位置で爆発を起こしてくるからだ。

 俺は奴の攻撃をかわしながら、必死に考え続けた。

 どうする。どうすればいい。どうすれば、あのとてつもない威力の爆発魔法を――。

 

 ――とてつもない、威力?

 

 そのとき、俺に電流が走るような閃きが起こった。

 そうか。

 発生が早く、連発可能で、威力も凄まじいあの魔法にも、重大な欠点があることに気付いた。

 爆発魔法は、威力があり過ぎるんだ。

 近過ぎれば――奴自身をも巻き込んでしまうほどに。

 その証拠に、奴はこれまで自分のごく近くでは爆風魔法だけを使い、爆発魔法の方は一切使わなかったじゃないか。

 それは、単に使わなかったんじゃない。使えなかったんだ!

 ならば。一発でも爆発を潜り抜け、奴に近づくことさえできれば。そうすれば、何度も爆発魔法を連発されることはない。

 使用魔法の切り替えには、少し時間がかかる。直線距離で近づけば、奴には爆風魔法を使う時間の猶予もない。

 これしかない。

 俺は命を賭ける覚悟を決めた。

 早速女になると、《ファルスピード》をかけ、奴がギリギリ爆発魔法を使いそうな射程に位置取る。

 奴が爆発魔法を準備し、もう撃つというところで。

 私はあえて逃げることなく、まっすぐ奴に向かって突撃した。

 すぐ前方で、大爆発が起こる。

 当然、直撃コースだ。男なら間違いなく、ここで命を落とすだろう。

 でも、たった一発。それだけなら、私の残った魔力をすべてつぎ込めばなんとかなるかもしれない。

 いや、なんとかしてみせる!

 

 守護の風。私を包め!

 

《ファルアーラ》

 

 炎熱から身を守る風のベールが、全身を力強く包み込む。

 直後、凄まじい熱波が身を襲った。

 視界が炎に包まれる。

 身体中が焼けるように熱い。実際、焼けているんだ。

 だが通常なら、五体を跡形もなく消し飛ばすほどの強烈な爆風そのものは、身を包む風が弾き、どうにか守り切っていた。

 やがて爆発が収まり、視界が開ける。

 その身を焦がしながらもなんとか魔法を耐え切った私は今、奴の目前に抜け出していた。

 まさか爆発に正面から飛び込み、生き残ると思ってはいなかったのだろう。

 奴は、驚きに顔を歪ませていた。

 

「なにいっ!?」

「これで――」

 

 男に変身しつつ、奴の懐に入り込む。

 気剣が当たる至近距離まで、ようやく到達した。

 

「――俺の距離だ!」

 

 俺は左手に気剣を創り出すと、それに最大限の気力を込めた。白い刀身はさらに強い光を放ち、眩いばかりの青白い輝きに包まれる。

 

《センクレイズ》!

 

 高度に気を密集した強力無比な一撃は、奴の兵装など容易く貫き、右肩にがっちりと食い込んだ。

 そのまま鎖骨を断ち、胸を裂いて、左腰まで斜め掛けに一息で振り下ろしていく。

 最後まで斬り抜いた俺は、奴の身体を抜き去って、後方へと走り抜けた。

 

「う、うぐ……!」

 

 振り向くと、傷口を押さえて辛そうに呻く奴の姿が映った。

 俺は奴に向かって言ってやった。

 

「その傷じゃもう戦えないはずだ。出血多量で危なくなる前に、大人しく降参しろよ」

 

 すると奴は急に黙り込んだ。

 いったい、何を考えているのだろうか。

 訝しんでいたそのとき、奴は突如行動を起こしたのだった。

 

「オラァ!」

 

 なっ! 爆発!

 

 不意打ちだった。

 咄嗟にかわそうとしたが、気力すらほとんど失っていた俺は、完全には避け切れなかった。爆風にもろに煽られ、近くの家の壁に頭から叩きつけられてしまう。

 

「う……」

 

 気付けば、地面に倒れていた。

 すぐに起き上がろうとしたが、ダメだ。身体が言うことを聞かない。

 脳震盪にでもなってしまったのか。立ち上がることが、できない!

 一方で奴は、今にも倒れそうなほどふらふらになりながらも、しかし倒れることなく二の足で大地を踏みしめていた。

 奴は、無様に倒れている俺に歩を詰めながら言った。

 それは軽蔑するような口調でも、いらついたヤクザのような口調でもなく。

 真に敵と認めた者に対する、真剣な言葉だった。

 

「てめえは……やっぱり甘ちゃんだな。うっ……確かに、効いたぜ。認めてやる。力は、あるようだ。だが、これじゃ死なねえよ。このくらいの傷なら、焼いて塞げる」

 

 なんて、ことだ……。

 奴は真剣な顔で、だが勝ち誇った調子で続ける。

 

「いいか、小僧。戦いってのはなあ、止めを刺さないと終わらねえんだよ。てめえはオレを殺すまいと、無意識に手加減しやがった」

「っ……!」

「そのせいで、見ろ! 勝てたはずなのに、オレが立ち、てめえはその体たらくだ! 言ったよなあ? その甘さが、命取りだってよぉ!」

 

 奴の言う通りだった。

 俺が、甘かったせいだ……!

 きっちり倒しきらなかったから。

 ……お前の言う通りだ。きっと俺は、こんな奴でもどこかで殺したくなかったんだ。

 だから、確実に仕留められるはずの攻撃が、少し甘く入ってしまった。

 そして、こんな事態を招いてしまったんだ……!

 

「じゃあな! やっと、殺せるぜ!」

 

 俺は後悔を噛み締めながら、死を覚悟して目を瞑った。

 

 ごめん、アリス。

 生きて帰るって約束、守れなかった。

 

 ところが――。

 俺に止めを刺す一撃は、いつまで経っても来なかった。

 恐る恐る、目を開けてみると――。

 驚愕に包まれた奴の顔が、そこにあった。

 

「てめえは……! なぜ、てめえがここにいる! クラム・セレンバーグッ!」


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